大判例

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広島地方裁判所 昭和42年(ワ)518号 判決 1968年1月24日

原告

久保田菊己

右代理人

星野民雄

大野正男

被告

日本国有鉄道

右代表者

石田礼助

右代理人

鵜沢勝義

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

<事実―省略>

理由

一原告が被告の職員であつたこと並びに被告の総裁が、原告に対し、原告主張二の懲戒免職処分をなしたことは当事者間に争いがなく、被告は、右処分は、行政処分であると主張するが、被告と、その職員との間の雇傭関係は、私法関係と解するを相当とする。けだし、国鉄法第三一条の総裁が懲戒処分を行う旨の規定は、処分の重大性からして総裁みずからこれを行うべきことを定めたものとみるべきであつて、右規定から懲戒が行政処分であるとは解しえず、また国鉄職員がある面で公務員、一部の公務員と同一の法的規整をうける諸規定例えば国鉄法第三五条の国鉄職員の労働関係は公労法の定めによる旨、同法第三四条第一項の国鉄職員は法令により公務に従事する者とみなす旨等(同法第六〇条、第六一条公務員等の懲戒免除等に関する法律第二条)の規定があるが右は国鉄事業の沿革、業務の特殊性から右各規定に定める事項に限局した特例というべきであり(右国鉄法第三四条第一項の規定は刑罰法規の適用上公務員に準ずるにすぎない)、右各規定から国鉄職員の任免、雇傭関係が公法関係であると推論すべきでなく、一般原則にしたがい公法人(国鉄法第二条)の職員の雇傭関係は私法の適用をうけるものと解するを相当とし、本件処分の本質は私法上の解雇とみるべきである。したがつて、右と反対の被告主張は採用できない。

二<証拠>によると次の事実を認めうる。

原告は昭和二一年四月一八日下関通信区西宇部信号分区電気保安手として被告に採用され、同区阿知須信号分区電気保安掛、同区西宇部信号分区信号保安掛、下関信号通信区厚狭信号分区信号保安掛(主務者)を経て、下関信号区厚狭信号分区信号検査掛となつたものである。

そして、昭和三四年九月二二日から三日間、文部省、山口県教育委員会が共催で、さきに文部省が昭和三三年教育課程審議会の答申に基づき、中学校の教育課程を全面的に改訂したことの趣旨につき、これが徹底をはかるべく、中国、四国教育課程研究協議会を山口市湯田所在の松政旅館で開催したのであるが、右教育課程の改訂は道徳教育の特設により、戦前の教育勅語中に見られるような時の権力者が必要とする徳目を生徒に教え、選択教科を多く設けることにより、差別的取扱を学校教育にもちこむものであつて、文部省は右改訂により国家権力による教育統制を行わんとしているものであるとの見地から、右協議会の開催に反対する宇部興産炭鉱労働組合員、県教職員組合員、国鉄労働組合員等約七〇〇名が同会場である同旅館前に集合し、同月二二日、二三日の二日間は宣伝車の拡声器を使用するなどして、文部省、県教育委員会側に交渉に応ずるよう呼びかけたり、あるいは県教育委員会側の警備員等が阻止するにもかかわらず、同旅館別館内庭に立ち入つたりなどしていたところ、最終日である九月二四日午前八時四〇分ころ、右協議会参加者が貸切バス約一〇台に分乗して、前記松政旅館前を出発した直後、同旅館附近の栗田商店前路上で警察官多数と、国鉄労働組合員を中心とする反対運動者多数が接触し、混乱してきたが、そのころ、本件協議会反対運動をめぐる犯罪予防のための警備、犯罪捜査のための情報収集並びに採証等の職務を執行中の山口県厚狭警察署勤務山口県警部補谷喜市において、反対運動者の一人が警察官に暴行を加えるのを現認し、部下の松村巡査に右場面の撮影を命じたところ、右反対運動に参加していた原告は、右谷警部補を指さし、「こいつを巻き込め」と他の反対運動者に対し叫んだので、危険を察知した同警部補が難をさけるべく車道を横断しかけたが、これを見た原告は他二、三名と共同して、逃げる同警部補を追いかけ、逃げ場を失い再び栗田商店前路上に引きかえし、反対運動者等の間に割り込もうとした同警部補の腰附近に背後から抱きついて捕え、同警部補の右の職務を妨害したことにより、昭和三四年一〇月三一日、公務執行妨害罪で起訴され、昭和三八年一一月二八日山口地方裁判所で懲役六月、執行猶予二年の判決言渡があり、昭和四二年一月三一日、控訴審たる広島高等裁判所において控訴棄却の判決言渡があり、右判決は同年二月一四日確定した。そして、被告の総裁は同月二八日、原告の右所為をもつて、国鉄法第三一条第一項第一号、日本国有鉄道就業規則第六六条第一七号の「著しく不都合な行いのあつたとき」に該当するものとして懲戒免職処分をなしたものである。

右のとおり認めることができる(ただし、右事実中原告主張一、二の事実は当事者間に争いがない。)。

三そこで、原告の右所為が、右就業規則第六六条第一七号所定の「著しく不都合な行い」にあたるか否かを考えるのに、懲戒は使用者が企業秩序の維持ないしは企業の発展向上のため、労働者に対して加える不利益処分であるから、右の「著しく不都合な行い」があつたときとは業務の内外を問わず、道徳的ないしは法律的非行の一切を含むものではなく、右非行のうち客観的にみて、企業秩序の維持、企業の発展向上と相容れない性質の非行に限ると解すべきことは原告主張のとおりであるが、右二で認定した原告の公務執行妨害の所為はその目的、動機、信念のいかんにかかわらず、現行法秩序のもとにおいて正当行為とはいいがたく、原告の反規範的態度を徴表するもので、被告企業の職員としての適格性に疑いを持たしめるものであり、かかる職員をそのまま企業に存置すると、被告企業の信用を毀損し、他の職員に悪影響を及ぼし職場規律を乱すおそれがあると認めるのが相当であり、原告の右所為は被告の企業外におけるできごとではあるが、前記説明の企業の秩序維持、発展と相容れない性質のものとして前記懲戒事由にあたるものと解すべきであり、したがつて、被告が原告の右所為をもつて、前記就業規則の「著しく不都合な行い」に該当すると認定したことは相当というべきである。

四次に、原告の右所為に対する懲戒として、被告が国鉄法第三一条に定める処分のうち最も重い免職処分をなしたことが相当か否かを考えるのに、<証拠>によると次の事実を認めることができる。

原告は、昭和三二年七月一六日石川俊彦、森田正人、木曾政之助と共に国鉄労働組合中央委員の解雇処分等各種処分の撤回及び待遇改善闘争の際、勤務時間内職場集会に参加しなかつた下関車掌区の内勤職員二二名に対し、それぞれ他の数名の協力をえて、強引に各自の手を引張り、両脇を抱え込みあるいは背後から押し突くなどして、下関車掌区事務所内から階下講習室に強制連行する暴行を加えたことにより、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪で起訴され、昭和三二年一〇月一一日付で国鉄法第三〇条第一項第二号により休職を命ぜられ、昭和三八年一月一一日山口地方裁判所下関支部において罰金一万五、〇〇〇円の判決言渡をうけ、同年九月三〇日控訴審たる広島高等裁判所で控訴棄却の判決言渡がなされ、右判決はその頃確定したものであり、前記公務執行妨害は右休職中のできごとであり、そのほか、原告は、(一)昭和三五年六月四日長門一の宮駅において、第二一二列車の車掌の職務を妨害したことにより、同年七月二〇日付で戒告処分、(二)昭和三六年三月四日厚狭駅において、列車等にビラをはつたことにより、同月二二日付で戒告処分、(三)昭和三九年九月一一日小野田駅構内において、列車等にビラをはつたことにより、同年一一月八日付で戒告処分、(四)昭和四〇年四月三〇日長門市駅構内において、国鉄業務の正常な運営を阻害したことにより、同年六月一六日付で一月間俸給の一〇分の一の減給処分、(五)昭和四一年四月二一日、同月二四日、厚狭駅構内及び同月二一日、同月二四日、同月二五日小野田駅構内において、箇所長の許可なく建造物等にビラをはつたことにより、同年八月一六日付で一月間俸給の一五分の一の減給処分を受けた。

右のとおり認めることができ、右認定の各所為に対しては、右認定のごとく原告は懲戒処分をうけ、また処分をうけていない所為は本件懲戒事由とされていないことは前記のとおりであり、したがつて、これらの所為は、本件の懲戒事由とすることは許されないというべきであるが、これを国鉄法第三一条第一項の免職、停職、減給、戒告のいかなる処分を選択するかの裁量の資料とすることは許されるものと解すべきである。

そして、右判定資料となるべき事項をも、解雇事前通知書に表示することは、解雇権の適正な行使を確保するうえにおいて無意味とはいえないとしても右記載がないからといつてこれを右裁量上斟酌することが許されないとは解しがたい。

そこで、本件公務執行妨害の所為、その余の右認定の原告の各所為、処分歴を考慮すると、被告が被告企業から原告を排除する免職処分を選択したことは、さきに説明したところに照らし苛酷に失する違法な処分と解するにたりない。

五以上によれば、本件懲戒処分に前記就業規則の解釈適用の誤まりあるいは解雇権の濫用があるとはいいがたい。原告は本件懲戒は七年余前の前記公務執行妨害の所為を対象としたもので不当である旨主張するところ、右は前記のとおり、刑事事件として審理されていたもので、審理の結果有罪判決が確定したので、被告において本件処分に及んだことが弁論の全趣旨により明らかであるから、右行為と処分時に距りたがあることをもつて本件処分を不当となしがたい。したがつて原告は昭和四二年二月二八日被告国鉄職員としての地位を失つたものというべきであるから、右解雇の無効を前提とする原告の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(長谷川茂治 雑賀飛竜 篠森真之)

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