広島地方裁判所 昭和42年(ワ)664号 判決 1968年10月09日
原告
二宮正行
ほか二名
代理人
高橋一次
復代理人
清信進
人見利夫
被告
中村孝義
代理人
阿部幸孝
被告
林田盛夫
ほか一名
代理人
高木茂
森智弘
主文
被告林田友子、中村孝義は原告二宮正行に対し、各自二九五万円及びこれに対する昭和四二年九月一五日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告二宮正行のその余の請求を棄却する。
原告二宮秀雄、二宮ミヤ子の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告二宮正行の支出したものを二分し、その一を右原告の、その一を被告林田友子、中村孝義の負担とし、右被告らの各支出したものを各三分し、その各一を原告らの、その余を当該各当該各被告の負担とし、被告林田盛夫の支出したものを原告らの負担とし、原告二宮秀雄、二宮ミヤ子の各支出したものは当該各原告の負担とする。
この判決は原告二宮正行の被告中村孝義に対する勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、被告中村の運転する軽四輪自動車(8神わ〇〇〇三号)が原告ら主張の日時場所において、原告正行に衝突したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と<証拠>によれば原告正行は昭和四一年一月三日午後八時四五分ごろ、広島市霞町二二八番地先の国道(一級国道二号線、幅員27.5メートル、歩車道の区別はされていないが舗装の部分の幅員九メートル、非舗装部分の幅員舗装部分南側で一六メートル、北側で2.5メートル)上舗装部分南側端から2.1メートル北寄りの地点を東方に歩行していたところ、その時被告中村の運転する軽四輪乗用車が時速四五キロメートルの速度で西進し、右現場にさしかかつたのであるが、被告中村は前方注視を怠つていたため、右歩行中の原告正行に気づかず、原告正行に自車前部左側を衝突させて、原告正行を路上に転倒させたため、原告正行は右衝突事故によつて脳震盪(頭蓋骨骨折、脳内出血)、左前額左耳打撲裂創、左大腿骨骨折、右下腿骨複雑骨折の傷害を受け、その結果、右事故時から昭和四二年二月二八日までの間及び同年五月一一日から同年八月三一日までの間入院治療を続け、現在前記左大腿骨骨折の傷害により屈曲度最高一五〇度の左膝関節拘縮の後遺症を生ずるに至つたことが認められる。<証拠判断省略>
右自動車が被告友子の所有するものであつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、被告友子は昭和三九年一二月一一日兵庫県知事より道路運送法第一〇一条第二項に基づく許可を受け、青木ドライブクラブの商号のもとに被告友子の夫盛夫を右営業の補助者として、右自動車を含む自家用自動車三台を有償で貸渡すことを業としていたものであるが、被告中村は昭和四一年一月三日被告友子より、期間同日より同月七日まで、賃借料約一万円、所用の、ガソリン、オイル代は自弁とする旨の約で、本件自動車を借受け、郷里山口県防府市へ帰省すべく、前記現場へさしかかつた際、右事故を発生させたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二被告らの責任につき検討する。
(一) 自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、通常の場合、自動車の当該運行に対する直接支配と運行利益の帰属する者をいうと解して妨げないであろう。
しかしながら、同条が、不法行為に関する民法第七〇九条、第七一五条の特別決定たる所以は、近時の自動車事故の激増に鑑み、民法の過失責任、使用者責任の枠を拡大し半ば不可避的な事故現象に対し被害者の保護を厚くし、かつ衡平の見地から損害賠償義務者を定めんとするにあるというべきであり、右の「自己のため自動車を運行の用に供する者」の概念を定めるには、第一段に前記危険の見地から考察して、自ら運行の危険を作出した者はその運行によつて生じた事故につき賠償責任を負担すべきものとし(危険責任)、第二段に前記衡平の見地から右の運行の危険を作出した者のうち、当該運行により利益をうける者(報償責任)を指すものとするを相当とする。
そこで他人に自己所有の自動車を業として短期間賃貸しその賃料収得を目的とするいわゆるドライブクラブ業者は借主のなす運行に具体的支配力を及ぼさないとしても、右の貸借を通じて借主に運行の機会を与えたものということができ、借主から貨貸料名義で収得する金員は、貸与期間が短かいことないしは機会的であることからして、その実質は借主のなす運行の対価にあたるもので、この関係は貸主の責任に関するかぎり、タクシー業者が乗客から乗車料金を徴収することに近似し、長期間の賃貸、さらには所有権留保附割賦販売の場合のごとく、自動車所有者がその所有権に基づき目的物の使用収益の対価、或は目的物の対価そのものを獲得する場合は、右の借賃ないしは代金が、借主ないしは買主のなす運行による利益とは一応無関係の対価であることとは趣きを異にするものと考えられる。本件では前認定のとおり、被告友子が、本件自家用自動車を有償で貸渡すことを業としていて、その営業上右自動車を被告中村に神戸市から山口県下へ帰省のため五日間賃料約一万円で貸渡したことからすると、被告友子は右賃借により被告中村に本件運行の機会を与え、かつ右運行による利益を得たものといいうるから、以上説示に照らし運行供用者に該当すると認むべきである。したがつて、被告友子は同条に基づく本件損害賠償責任を免れないというべきである。
(二) 被告中村は前記認定のとおり、本件自動車を被告友子から賃借し、前記自己の目的のために運行していたものであるから、運行支配と運行利益の帰属者として同条の運行供用者に該当するというべきである。したがつて、同条に基づく本件損害賠償責任を免れないというべきである。
(三) 被告盛夫は前記のとおり、本件事故当時青木ドライブクラブこと被告友子の従業員であつたことが認められ、他に被告盛夫の責任を肯定すべき主張立証のない本件においては、被告盛夫は本件損害につき賠償の責を負わないというべきである。
三原告らの損害について検討する。
(一) 原告正行の入院治療費<証拠>によると、原告正行の入院治療費等に一四二万一、九六一円を要したことが認められるところ、<証拠>によれば、右費用中一二万五、七八二円は原告正行の入院中の通常の食費代であることが認められるので、右は本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認めがたいが、その余は、本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。しかし、原告正行が右損害賠償として、被告中村から四九万八、三八〇円の支払を受けたことは右当事者間に争いがなく、また原告正行が被告友子から同様五万円の支払を受けたことは右当事者間において争いがないところ、<証拠>によれば、原告正行は、右損害につき、右被告らから合計五四万八、三八〇円、健康保険から五三万九、七〇九円右合計一〇八万八、〇八九円の補てんを受けていることが認められるので、右差額二〇万八、〇九〇円が原告正行の右被告らに対し求め得べきこの点の損害額というべきである。
<証拠>によれば、原告正行の入院中の食費代として一一万六、〇五二円が健康保険法による療養給付として支払われていることが認められるが、右は本件事故の加害者の責に帰すべき損害に対する補てんというをえないから、原告正行の右損害額から右金額を控除すべきでない。
(二) 原告正行の得べかりし利益の喪失
<証拠>によれば、原告正行は昭和二一年二月二三日生れの男子であり、中学卒業後有限会社川崎電気商会に勤務し、本件事故当時販売修理の業務に従事し、月収二万円を得ていたことが認められるから、原告正行は本件事故に遭遇しなければ、少くとも五五才まで前記月収を得て稼働し得たものと推認しうるところ、原告正行の前記後遺症による労働能力の低下率は前記認定の後遺症の部位程度、原告正行の職種等からして五〇パーセントと認めるのを相当とし、したがつて、原告正行は右労働能力の低下により本件事故時より前記就労可能年限まで三六年一箇月と二〇日間少くとも毎月一万円右総計四三三万六、六六六円の減収を余儀なくされたというべきである。
そこで、本件事故当時の一時払額を年ごと式ライプニッツ法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して求めると、一九八万八、四九二円となり、右が原告正行の本件事故時に受ける得べかりし利益の喪失額である。
(三) 原告正行の慰藉料
前記認定の本件事故の態様、受傷の部位程度、後遺症、年令等一切の事情を考慮すると、原告正行の受くべき慰藉料は一五〇万円をもつて相当とする。
(四) 原告秀雄、ミヤ子の慰藉料
第三者の不法行為によつて身体を害された者の両親等一定の近親者はそのために被害者が生命を害された場合にほぼ等しい程度の精神的苦痛を受けた場合に限り、自己の権利として慰藉料を請求し得ると解すべきところ、原告正行の前記受傷ないしは後遺症をもつてしては、原告秀雄、ミヤ子が自己の権利として、慰藉料を請求しうる程度の精神的苦痛を受けたものとは認めがたいので、右原告らの本訴請求は失当である。
四過失相殺について検討する。
前記一認定の事実によれば、本件事故発生につき、被告中村に前方注視義務違反の過失があるというべきであるが、前記認定のとおり、本件自動車と原告正行の衝突地点は道路南端より18.1メートルの地点であり、当時降雨のため前記非舗装部分は泥ねい化していた状況にあつたため、舗装部分を歩行することもやむを得ぬにしても、原告正行はさらに舗装部分の南側端に寄つて歩行すべきであり、そうすれば、本件事故の発生を避け得たものと認められるから、原告正行の右の過失も本件事故の一因をなすと認められるので、被告林田友子、中村孝義の支払義務ある本件損害額を定めるにつき右過失を斟酌することとするが、前記認定の諸般の状況を考察すると、原告正行に対する右被告らの本件損害賠償額は各自二九五万円と定めるのを相当とする。
五以上により、被告林田友子、中村孝義は原告二宮正行に対し、本件損害賠償として、各自二九五万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和四二年九月一五日から右支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告らの本訴請求を以上の限度で認容、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(長谷川茂治 北村恬夫 篠森真之)