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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)28号 判決 1969年12月26日

原告 巴電業株式会社

右代表者代表取締役 前田鉄男

右訴訟代理人弁護士 岡田俊男

被告 渡辺貞雄

右訴訟代理人弁護士 小野実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫に徴すると、原告は、訴外琴石電業社こと田中政雄に対し、昭和四一年六月二〇日から昭和四二年五月一三日までの間に電線類を販売して合計金一二五万六、六一五円の売掛債権を有していたこと、原告は訴外田中政雄に対する右売掛債権の内金一〇〇万円に基づき、右訴外人の被告に対する電気工事請負代金債権金一〇〇万円につき広島地方裁判所に債権仮差押命令の申請をしてその命令を得、右仮差押命令が昭和四二年六月九日第三債務者である被告に送達されたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。(但し、原告がその主張のごとき債権仮差押命令を得たことは当事者間に争いがない。)

二、原告は、訴外田中政雄を相手として前記売掛代金一二五万六、六一六円の支払を求めて広島地方裁判所に訴を提起したところ、昭和四二年八月二四日原告全部勝訴の判決があり、同年九月一七日右判決が確定したことは≪証拠省略≫によって認めることができ、原告が右判決の執行力ある正本を債務名義として右田中政雄の被告に対する電気工事請負代金一〇〇万円につき、右田中政雄を債務者、被告を第三債務者として山口地方裁判所柳井支部に債権差押並びに転付命令の申請をしてその命令を得、右命令が昭和四二年一一月二〇日被告に送達されたことは当事者間に争いがない。

民事訴訟法第五九八条第三項、第六〇一条、第五九八条第二項の規定によれば、債権差押命令は第三債務者に対する送達によって効力が生ずるが、債権転付命令は債務者及び第三債務者への送達が完了した時にその効力が生ずるものと解されるところ、前記債権差押並びに転付命令が昭和四二年一一月二〇日第三債務者である被告に送達せられたことは≪証拠省略≫によれば、前記債権差押並びに転付命令が昭和四二年一一月一九日債務者田中政雄に送達されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、ところで、被告は、本件債権仮差押命令が被告に送達された日である昭和四二年六月九日以前すでに訴外田中政雄に対し、電気工事請負代金債務金一三七万円を全額弁済した旨主張するので判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、被告は訴外田中政雄に対する前記電気工事請負債務金一三七万円につき、昭和四二年四月一一日金三〇万円、同年五月一一日金三〇万円、同月三一日金一七万円、同年六月二日金四〇万円、合計金一一七万円を現金あるいは小切手でそれぞれ支払った事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

そして、≪証拠省略≫を総合すると、被告は、昭和四二年五月二二日頃、琴石電業社こと田中政雄に対し、前記電気工事請負代金債務の支払のために金額一〇万円、支払期日昭和四二年九月三〇日の約束手形一通と、金額一〇万円、支払期日昭和四二年一〇月三一日の約束手形一通を振出交付したことが認められるが、右事実が果して被告の田中政雄に対する請負代金債務の有効な弁済として原告に対抗しうると解すべきかどうかにつき原、被告間に争いがあるので検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、訴外田中政雄は、右各約束手形をいずれも被告から振出交付を受けた直後に訴外牛島電設工業株式会社に裏書譲渡し、同会社から柳井信用金庫を経て取立委任裏書を受けた所持人山口銀行光支店から右各約束手形の満期日に手形の呈示を受けて、各手形金の支払をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、約束手形が既存債権の支払確保のため振出されたときは、法律上手形債権は既存債権と別個独立の債権として併存し、既存債権の仮差押の効力も手形債権に及ばないものと解すべきであるから、手形債務者としては適法な手形の所持人に対し、既存債権の仮差押の有無にかかわらず、手形金の支払を拒絶することができず、しかも手形金を支払ったときは既存債権もまた消滅することは解釈上明らかである。したがって、既存債権の仮差押前にその支払確保のため約束手形が振出されかつその手形が第三者に裏書譲渡されていた場合は、右手形金の支払が仮差押後になされたとしても、その支払は手形債務者にとって法律上回避できず已むを得ないものとみるべきであるから、かかる弁済は仮差押債権者を害することを意図する通常の仮差押後の債権の弁済とはその本質を異にし、民法第四八一条、民事訴訟法第五九八条、第七五〇条の律意に徴して仮差押債権者に対抗しうるものと解するのを相当とする。

(東京地裁昭和四二年三月三〇日判決、判例時報四九〇号六〇頁参照)

そうだとすれば、訴外田中政雄の被告に対する電気工事請負代金債権二〇万円もまた被告が振出した前記各約束手形の支払によって消滅したものというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。

なお、原告は、訴外田中政雄の被告に対する追加工事請負代金二〇万円の支払を求めるものであるが、原告の本件仮差押ないし差押並びに転付命令の効力が右追加工事請負代金債権にも及ぶものと証拠上認め難く、仮に右命令の効力が右追加工事請負代金に及ぶとしても、右追加工事請負契約の代金額を確定するに足る証拠はないから、原告の右主張もまた失当として排斥を免れない。

四、よって、原告が差押並びに転付命令を得た債権一三七万円は、すでに弁済によって消滅したのであるから、右債権の弁済を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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