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広島地方裁判所 昭和44年(ワ)410号 判決 1972年2月18日

原告 岸本博道

右訴訟代理人弁護士 星野民雄

被告 椋田美生

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 中村勝次

被告 新谷元

主文

被告新谷元は原告に対し別紙第二目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の土地(但し同目録に本件土地として表示されている部分)を明渡し且つ昭和四三年八月一日から右明渡済に至るまで一ヶ月金三、〇六六円の割合による金員を支払え。

原告の被告椋田美生、被告杉田守に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告新谷元との間に生じたものは、被告新谷元の負担とし、原告と被告椋田美生、同杉田守との間に生じたものは全部原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、申立

原告は、被告新谷元に対し主文第一項同旨、被告椋田美生、同杉田守に対し「被告椋田は原告に対し別紙第三目録(A)記載の建物部分から退去し、被告杉田は原告に対し同目録(B)記載の建物部分から退去していずれもその敷地部分の土地を明渡せ。」訴訟費用被告ら負担の判決および仮執行の宣言を求め、

被告新谷は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

被告椋田、同杉田は主文第二項同旨及び訴訟費用原告負担の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、別紙第一目録記載の従前の土地は原告の所有であるので、その仮換地たる同目録記載の土地に原告は所有権と同じ使用収益権を有する。

二、原告は右土地のうち同第一目録記載の部分(以下これを本件土地という)を昭和四〇年三月一日被告新谷に賃貸し、最新の賃料は一ヵ月三、〇六六円であった。

しかるに被告新谷は昭和四三年八月一日以後の賃料を支払わないので、原告は昭和四四年四月三日付内容証明郵便を以て同年三月分までの延滞賃料合計二万四、五二八円を同年四月一〇日までに支払うよう催告し、右催告書は同月四日被告新谷に到達した。

しかるに被告新谷は右期日までに右延滞賃料の支払をしないので、原告は同被告に対し同年四月一一日本件土地の賃貸借契約を解除する旨通知し、右通知書は同月二一日同被告に到達した。よって本件土地の賃貸借契約は同日限り解除となったものである。

三、被告新谷は本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下これを本件建物という)を所有し、被告椋田は右建物のうち別紙第三目録(A)記載部分(以下これを本件建物中(A)の部分という)を、被告杉田は右建物のうち別紙第三目録(B)記載部分(以下これを本件建物中(B)の部分という)を各占有して、いずれも本件土地を占有している。

四、よって原告は

被告新谷に対し次の請求をする。

1、本件建物を収去し本件土地を明渡すこと。

2、昭和四三年八月一日以後昭和四四年四月二一日までの延滞賃料を支払うこと。

3、昭和四四年四月二二日以後本件土地の明渡完了の日まで一ヵ月金三、〇六六円の割合による本件土地の使用損害金を支払うこと。

被告椋田、同杉田に対し次の請求をする。

1、いずれも本件建物中各占有部分から退去し本件土地を明渡すこと。

第三、請求の原因に対する被告新谷の認否

全部認める。

第四、請求の原因に対する被告椋田、同杉田の認否

一、認める。

二、不知。

三、被告椋田が本件建物中(A)の部分、被告杉田が本件建物中(B)の部分を占有し、それによりその敷地たる本件土地を占有していることは認める。

四、争う。

第五、被告椋田、同杉田の抗弁

一、(虚偽表示)

1、本件建物は原告の所有であったところ、被告椋田は昭和三三年一一月頃本件建物中(A)の部分を賃料月七、〇〇〇円(但し(B)の部分を被告杉田が賃借した後は月六、〇〇〇円となる)で、被告杉田は昭和三四年一二月頃本件建物中(B)の部分を賃料月五、五〇〇円(但し後に月六、五〇〇円となる)でそれぞれ原告から賃借した。

2、原告は昭和四〇年三月六日に至ってはじめて本件建物の保存登記をなすと共に同日被告新谷に対し停止条件付代物弁済契約にもとずく所有権移転仮登記をなし、同年五月七日被告新谷は代物弁済契約にもとずき所有権移転登記を了している。

そしてその後被告新谷は昭和四三年八月分から同四四年三月分の地代を不払とし、金二万四、五二八円の賃料不払いにより原告より契約解除を受け、原告は同年五月被告らに対し本訴提起に及んだのである。

3、しかし右代物弁済契約、本件土地の賃貸借契約解除等の一連の行動は原告が被告椋田、同杉田を本件建物から退去させるために被告新谷と仕組んでなした通謀虚偽の表示である。即ち被告椋田、同杉田は原告から昭和三九年中に本件建物明渡しの要求、賃料増額の要求を受けたが、これをいずれも拒否するや、原告はかかる一連の行為に出たのである。

二、(合意解除、賃借権の放棄)

仮りに然らずとするも原告と被告新谷との間の本件土地賃貸借の解除は、その形式はともかく実質は合意解除であり、又は被告新谷が昭和四三年八月頃から本件土地の賃貸借契約を維持する意思を失い賃借権を放棄するにいたったものである。かかる賃借権の放棄ないし合意解約は借地人所有家屋の賃借人たる被告椋田、同杉田に対抗しえない。

三、(権利濫用、信義則違反)

仮りに然らずとするも、原告の本訴請求は権利の濫用ないしは信義則違反として許されない。すなわち、原告の主張する本件土地明渡請求権は被告新谷による僅々二万四、五二八円の賃料不払の結果成立したというのであるが、もとは原告が被告椋田、同杉田に対する本件建物の賃貸人であったものであり、原告は同被告らが本件建物に賃借居住している事情をよく知っているのであって、右未払地代にしてももし被告新谷の地代延滞の事実を被告椋田、同杉田に知らせてくれれば、同被告らにおいて代位弁済することもできたのである。しかるにかかる機会も与えることなく本件土地賃貸借契約を解除して建物明渡を強行することは、本件建物の賃借人たる被告杉田、同椋田に対し自己になんらの責なくして昭和三四、五年以来継続して営んできた営業を破壊し、更には居住するところさえなくなるという甚大な損害を強いることになるのであって、かかる建物明渡の請求は権利の濫用ないし信義則の違反として許さるべきでない。

第六、抗弁に対する原告の認否

一、(虚偽表示の主張に対し)

1、被告ら主張の1の事実については、本件建物はなるほど以前原告名義で登記されてはいたが原告の亡父悦蔵の生存中は実質上同人の所有であったものであり、被告らに賃貸したのも亡父悦蔵である。

而して被告椋田の賃料は最初月五、〇〇〇円であった。その余の事実は認める。

2、被告ら主張2の事実は認める。

3、被告ら主張3の事実は否認する。但し、昭和三九年九月頃原告が被告らに賃料増額を求めたこと、その後原告が本件土地建物を他に処分しようとして被告らに相当の立退料にて明渡を交渉した事実はある。それもこれも原告の実母の生活困窮等のためで遂には本件建物を代物弁済として提供するにまで至ったのである。

二、(合意解除、賃借権放棄の主張に対し)

全部否認する。

三、(権利濫用、信義則違反の主張に対し)

被告ら主張の趣旨はすべて否認する。

第七、証拠≪省略≫

理由

第一、被告新谷に対する請求について。

請求原因事実は全部当事者間に争いがない。右事実によれば原告の本訴請求はすべて正当と認められる。

第二、被告椋田、同杉田に対する請求について。

一、本件土地につき原告が所有権と同等の権利を有すること、被告らがそれぞれ本件建物中原告主張部分を占有し、それによりその敷地たる本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告らの抗弁を検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。

1、原告の亡父悦蔵(昭和三四年一二月二二日死亡)は昭和二二年七月頃別紙第一目録記載の従前の土地を購入し、昭和二三年一〇月頃同地上に本件建物を建築したが、右土地建物の所有名義を長男の原告名で登記した。しかし悦蔵カズ夫婦は右土地建物を自分達の老後の生活の場とする考えであったから、悦蔵の生存中は悦蔵が、同人の死後は妻のカズ(原告の母)が事実上右土地建物を管理し来ったのであり、原告もこれを尊重し容認していたものと目されること。

2、悦蔵は本件建物中(A)の部分を昭和三三年一一月頃被告椋田に、本件建物中(B)の部分を昭和三四年頃被告杉田にそれぞれ賃貸したが、その賃料は昭和三九年頃被告椋田において月額六、〇〇〇円、被告杉田において月額六、五〇〇円であった。昭和三八年頃にいたり広島銀行が本件土地附近に空地を求め本件土地を含む原告所有地に食指を動かしたことがあったので、岸本カズは昭和三九年五、六月頃被告椋田、杉田両名に対し本件建物の明渡方を交渉したが成功せず、ついで同年九月頃あらためて賃料の増額を要求したところ、これも拒否されて結局このため被告らは同年一〇月以降毎月の賃料(旧賃料)をいずれも供託するようになった。

3、翌昭和四〇年はじめ頃岸本カズは次男の義行に事業資金の入用が生じたので同年三月一日被告新谷から原告の名前で金三〇万円を借受けると共に、右借金を同年四月三〇日までに返済しなかったときは代物弁済として本件建物を提供する旨契約した。そして同年五月はじめに至り岸本カズは右借金の返済にかえて本件建物を取ってくれと希望したので、被告新谷はさして乗り気でもなかったが、本件建物の所有権を取得することとし、同月七日その所有権移転を登記した(この登記の事実は当事者間に争いがない)。その頃被告新谷の原告に支払う本件土地の借地料は月額二、三〇〇円(坪あたり一五〇円)と協定された。

4、本件建物の所有者となった被告新谷は同年五月一三日被告椋田、同杉田に対し内容証明郵便を発送し、被告新谷の方で本件建物を使用したいので三ヶ月以内に本件建物を明渡してほしい、期限後は一ヵ月金一万二、〇〇〇円ずつの使用損害金をほしい旨要求したが、程なく被告椋田、同杉田から右二点とも応じられない旨の回答があり、爾来一度も被告椋田、杉田から賃料を受取らず今日にいたっている。そこで被告椋田は昭和四〇年五月分まで毎月六、〇〇〇円原告に賃料として供託していたのを同年六月から月八、〇〇〇円に増額して被告新谷宛に供託し、被告杉田は従来原告に供託していたのを昭和四〇年五月分から被告新谷に宛てて毎月六、五〇〇円を供託して今日に及んでいること。

5、ところで被告新谷は右の如く本件建物を自ら使うこともできず家賃も受取らぬことから、自腹をきってまで本件土地の地代を支払う気になれず昭和四〇年五月以降ずっと原告に本件土地の地代を支払わずにいたため、昭和四一年一月はじめ原告から催告と契約解除の通知を受け取ったが、この時は被告新谷が延滞地代を支払い、地代を月三、〇六六円(坪あたり二〇〇円)とすることで解決をみた。ところが被告新谷としては再び前同様の気持から、昭和四三年八月以後本件土地の地代の支払を滞っていたところ、昭和四四年四月三日頃原告から催告書が送られてきたが、この時はこれ以上地代を支払って借地関係を維持することに熱意を失い、もうそれまでの供託家賃だけでも三〇万円の貸金の返済を受けたことにはなるから少くとも損はないからいいとそのまま放置しておいた。このため同年四月一一日原告から契約解除の内容証明郵便が被告新谷に発せられた。

以上のように認められる。

そこで右事実をもとにして按ずるに、本件建物の代物弁済契約、本件土地の借地契約等にはじまる原告と被告新谷間の賃貸借関係がことごとく原告の被告椋田、同杉田を本件建物から追い立てるための擬装工作だとまでは断じ難いけれども、被告新谷は被告椋田、同杉田が本件建物に賃借人として居住していることを承知の上で本件建物の権利を譲り受けながら、本件建物を自ら使用することができず椋田、杉田が賃料の増額にもすんなり応じないとなるや本件土地の賃貸借関係を正常に維持して本件建物の賃貸人としての責務を果す気持をも失い、本件土地の地代を支払わず契約解除の結果を自ら招来したものと認められる。

そうすると、これは実質において被告新谷が本件土地の借地権を自ら放棄したものと解するのが相当である。

ところで一般に権利の放棄はそれが正当に成立した他人の権利を害する場合には許さるべきでないから、被告新谷のなした右借地権の放棄は正当の理由がない限り地上建物の賃借人たる被告椋田、杉田らには対抗できないものといわなくてはならない。本件において被告新谷のとった右行動に被告椋田、杉田らの権利を害しても信義誠実の原則に反しないような特段の事情があったとは本件証拠上認め難い。却って、被告椋田、杉田は賃料増額の要求にこそそのまま応じなかったとは言え、賃料の供託を続け賃借人としての義務の履行に欠けるところはなかったし、他方被告新谷の支払うべき地代が右被告椋田、杉田の家賃の範囲内で十分まかないうる筈だったこと等をみても、被告椋田、杉田の供託した賃料がたとい適正賃料以下だったとしても、これをもって直ちに被告新谷の権利放棄を正当化する、被告椋田、杉田の不信行為と目するを得ないといわざるを得ない。

尤も右の如く借地人の不当な借地権放棄からその借地上の建物の賃借人を保護する必要があるとしても、そのことは直ちに地代の支払を受けなかった地主の解除権を制約する理由にならないから、本件においても原告が昭和四三年八月以後地代の支払を受けなかった以上、原告のなした借地契約の解除は有効であり、被告椋田は本件建物からの退去明渡を余儀なくされるということも考えられる。しかし、本件においては本件建物を賃貸したものがもとはといえば原告であったことなど前認定の事態の推移その他本件全証拠にあらわれた諸事情を考慮すると借地上の建物の賃借人を保護するために地主たる原告の権利が制約されてもやむを得ないとみられるから、本件被告新谷の債務不履行が前述のように単純な債務不履行ではなくむしろ借地人の借地権放棄とみるべきである以上、右債務不履行から直ちに機械的に原告の被告椋田、杉田に対する明渡請求を肯認するのは相当でない。

よって原告のなした本件土地の賃貸借契約の解除が実質は賃借権の放棄ないし合意解約であって、被告椋田、杉田には対抗しえないとの同被告らの抗弁は理由があると認められる。

第三、結論

以上のとおりであるから、原告の被告新谷に対する請求はすべて認容するが、被告椋田、同杉田に対する請求は失当としてこれを棄却することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老澤美広)

<以下省略>

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