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広島地方裁判所 昭和45年(む)143号 決定 1970年5月04日

被告人 吉田正裕 外八名

決  定

(被告人氏名略)

右被告人らに対する兇器準備集合等被告事件につき昭和四五年四月二四日広島地方裁判所裁判官高篠包がなした保釈取消命令に対し、同月三〇日右被告人ら弁護人樺島正法、高井昭美から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各準抗告の申立を棄却する。

理由

本件申立の趣旨は「原命令を取消す」というのであり、その理由とするところは別紙(略)記載のとおりである。

よつて次のとおり判断する。

一、原命令記録、原命令請求につき広島地方検察庁より提出された疎明資料、被告人らに対する兇器準備集合等被告事件に対する広島地方裁判所刑事第二部の公判記録および広島地方裁判所事務局長若崎得一作成名義の警備状況報告と題する書面を総合すると次の事実が認められる。

広島地方裁判所刑事第二部を受訴裁判所とする被告人らに対する兇器準備集合等被告事件第二回公判(第一回公判も実質審理がなされないで期日変更となつており、実質上の第一回公判)は、昭和四五年二月二〇日午後二時から広島地方裁判所第三〇二号法廷において開廷されることになつていた。そして、被告人ら全員に対し適法に召喚状の送達がなされていた。被告人らは他の学生らと共に約四〇人のいわゆるデモ隊となつて(もつとも被告人ら全員がその中にいたかどうかは詳らかでない。)、同日午後二時〇五分頃右裁判所西側入口に到着した。大多数の者がヘルメツトを着用し赤旗数本を携行していた。広島地方裁判所庁舎管理権者は「ヘルメツト、赤旗を預けなければ構内に入つてはいけない。構内でのデモ、集会はできない。」と警告した。デモ隊は「安保粉砕、公判勝利」と叫びながら、警告を無視して鉄柵引戸を開き構内になだれ込み、構内の庁舎北側に設けられた傍聴券交付所に進んだ。そして一被告人が携帯マイクを使用して「我々はヘルメツトをかむつて構内集会を勝ちとろう。」と叫び、他の者は坐り込んでその場で集会が開かれた。庁舎管理権者は「集会中の学生は退去せよ。被告人らはヘルメツトを脱いで法廷に入れ。」との退去命令並びに勧告を行なつた。被告人らは指揮者が次々に立つて演説をすることにより集会を継続し、ヘルメツトを脱いで法廷即ち庁舎内に入ることをしなかつた。右刑事第二部裁判長も被告人らに対し入廷勧告をなし、庁舎管理権者もヘルメツトを脱いで法廷に入れとの勧告を続けた。しかし被告人らは依然としてこれに応じないので、庁舎管理権者は「坐り込んでいる学生は退去せよ。退去しないと機動隊の出動を要請する。」と警告のうえ、午後二時三〇分頃被告人らを機動隊によつて構外へ排除した。広島地方裁判所刑事第二部は午後二時二三分頃開廷したが、前記第三〇二号法廷には結局別件勾留中の被告人松野俊孝(本件申立外)を除いては一名も出頭しなかつたため、公判期日を変更のうえ午後二時三〇分頃閉廷した。

二、被告人は受訴裁判所の召喚があつたときは指定の日時指定の場所に出頭しなければならないのであり、その際第三者との間で出頭の障害となるべき事態が発生したときは、自からこれを解決して出頭しなければならない義務があり、これをしないで出頭しないときは、刑事訴訟法第九六条第一項第一号の「被告人が召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。」に当り得る。もつとも第三者との間に生じた出頭の障害も種々のものがあり、解決が極めて困難で出頭を物理的に不可能にするもの、あるいは社会的に見てこれと同一視し得るものがあり、この場合には不出頭につき正当の事由があることになるのはいうまでもない。

そして、本件の場合、被告人らはヘルメツトを着用したままで裁判所庁舎内に入ろうとし、庁舎管理権者がこれを禁じたために法廷に達し得なかつたというのであるから、被告人らからいうと、庁舎管理権者がつくりだした出頭障害である。そして受訴裁判所の立場からいうと庁舎管理権者も第三者である。さて、この庁者管理権者がつくりだした障害は物理的に出頭を不可能にするものといえるであろうか。弁護人らは本件申立書において、「ヘルメツト着用は不当な権力行使に対し戦う思想を表現するものであり、裁判所庁舎管理権者が庁舎内での着用を禁止することは表現の自由を犯す違法のものである。」と主張しており、被告人らもかような見解から出頭に至らなかつたものと考えられるのであるが、今日の社会では「裁判所構内におけるヘルメツト着用による思想の表現の自由は、裁判所庁舎管理権者の排除行為に絶対許さないものである。」との見解がすくなくとも定見として固まつているとはいえないのである。このように、被告人が出頭に当り法律的見解の岐れる問題に遭遇し、相手が自己の見解に同調しないとき、しかも自己の見解を一応押えれば事実上出頭はいとも簡単であるときは、自己の見解を一応抑えて受訴裁判所に出頭すべき義務があるのであつて、受訴裁判所の立場からは、出頭を物理的に不可能にする場合と同一視し得るとはいえないのである。

すなわち、被告人らは未だ異論のある見解に固執する余り、一挙手一投足で可能なヘルメツト脱帽を敢てなさず、よつて庁舎管理権者の排除行為に遭つて出頭しなかつたのであつて不出頭につき正当の事由ある場合に当らない。

かりに、被告人らのうちに、当日右デモ隊と行動を共にしたのでない者があつたとしても、要するに公判廷に出廷せず、しかも他の不出頭事由は主張し疎明しないのであるから、不出頭につき正当事由ある場合ではない。

三、なお、裁判所庁舎管理権者が被告人らに対し裁判所構内でのヘルメツト着用を禁止したことが違法であるかどうかについて一言する。本件申立書において弁護人らもヘルメツト着用につき、それは、「不当な権力行使に抗議しているからという理由で警察官に警棒などで無残に頭を打たれ、文字どおり血ぬられた運動史・・・・大事な頭を保護する防衛機能の意味」と共に、不当な権力の行使、不当な政治のあり方には徹底して戦うという思想表現の意味があると主張している。そして最近余多の大学紛争などにおいて、学生がヘルメツトを着用し角材などを手にして実力(腕力)を行使したことは公知の事実である。したがつて、学生のヘルメツト着用は、実力(腕力)行使とか力による対決を象徴するものであると理解する者があつたとしても不思議ではない。さて、裁判は当事者が弁論を尽くすことによつて公正な結論を導き出すものであり、法廷では言論による主張が冷静になさるべきものである。要するに裁判は実力(腕力)を以て自己の主張を貫くという態度とは根本的に背馳するものということができる。なるほど、表現の自由は憲法第二一条によつて保護された極めて重大なる基本的人権であるが、その内容と表現方法は時と所によつて自から制約のあるものであり、裁判所庁舎管理権者が、構内において学生のヘルメツト着用を許すと、裁判が実力による支配下にある観を呈し、裁判事務遂行につき明らかに危険であることを禁止したとしても、公物管理権の範囲を超えたものとはいい難い。

四、弁護人らは、法律的見解の相違から出頭しないという事態が生じたに過ぎないから、被告人らに対しいきなり保釈取消しをするのは不当であるというけれども、正当の理由なくして出頭しない点は同じであつて、保釈取消しをなした原命令裁判官がこの点につき裁量権の範囲を逸脱しているとは認め難い。勾引状を発しないで保釈取消しをしたことが不当であるとすべき根拠はない。右公判期日に出頭しない被告人のうち、かりに現在保釈取消しになつていない者があつたとしても、保釈取消しについては裁判官に裁量権のあるところであつて、原命令裁判官がその範囲を逸脱していると認むべき資料はない。制限住居違反が独立して保釈取消事由に当ることは刑事訴訟法第九六条第一項第五号が明定するところであつて、この点につき多く論ずるまでもない。

以上の次第で、原命令は相当であり、本件準抗告は理由がないので、刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項により、本件準抗告の申立を棄却することとする。

よつて主文のとおり決定する。

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