広島地方裁判所 昭和46年(行ウ)1号 判決 1974年12月17日
原告 楠清一 外一名
被告 広島県収用委員会・広島市
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一、双方の申立
原告らは、主位的請求として、「被告広島県収用委員会が昭和四五年一二月二日に原告らに対してなした別紙記載の各土地を収用する旨の裁決を取消す。」との判決を求め、予備的請求として、「被告広島市は、原告楠清一に対し金二、二三〇万五、七八二円、原告楠静人に対し金二、五五三万八、八四九円及びこれらに対する昭和四六年二月二八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求めた。
被告広島県収用委員会は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、被告広島市は、本案前の申立として「原告らの被告広島市に対する訴を却下する。」、本案に対する申立として、「原告らの被告広島市に対する請求を棄却する。」との各判決を求めた。
二、被告委員会に対する請求原因
(一) 被告広島県収用委員会(以下被告委員会という)は、起業者被告広島市(以下被告市という)から昭和四四年八月一八日付でなされた広島市平和記念都市建設計画鈴ケ峰新住宅市街地開発事業のための裁決申請及び明渡裁決申請につき、昭和四五年一二月二日原告楠清一所有にかかる別紙1ないし3記載の土地及び原告楠静人所有にかかる別紙4ないし6記載の土地を収用する旨の裁決(以下本件裁決という)をなし、裁決書正本は同月二一日原告らに送達された。
(二) 本件裁決には、次のとおりの違法がある。
(1) 別紙記載の各土地(以下本件土地という)は、前記事業の区域外である。
(2) 起業者である被告市の提出した裁決申請書付属の土地調書に添付された実測平面図は、現地を実測して作成したものではなく、航空写真をもとにして作成した図面であるにすぎず、実測図とはいえないから、本件裁決は土地収用法四〇条、三七条に違反した裁決申請に基いて裁決した違法がある。
(3) 前記事業は、新住宅市街地開発法に基くもので、昭和四三年八月二〇日付広島県告示第六七二号をもつて本件土地に関する収用手続開始の告示がされ、被告委員会は、土地収用法七一条により右告示時点における地価を基準とし、これに一般物価の変動に応ずる修正率を乗じて本件土地に対する補償金額を決定した。しかし地価の上昇率は極めて高く、一般物価の上昇率との間に格段の開きがあるから、補償金額の決定に当つては、その点を考慮すべきであるが、土地収用法七一条及び本件裁決は右の点を考慮していない。
また本件裁決における補償金額の決定に当つては、同一事業の用に供される他の土地と差別的取扱がされている。例えば被告市が、本件裁決後間もない昭和四五年一二月一一日に訴外大畠久太郎から任意買受けた広島市井口一丁目一四六八番の一所在の田については、本件土地と同一価値の土地であるのに代金の一平方メートル当りの単価は本件土地に対する補償金額の一平方メートル当りの単価の約三倍であるし、また訴外楠引行所有の井口町字鈴ケ山甲二三〇―三所在の山林は勾配約三〇度の傾斜のある細長い土地で宅地として利用可能の土地ではなく、他方原告楠清一所有の同町字ケ麓一四六六番地の一、二の土地(別紙1、2記載の土地が分筆される以前の地番)は直ぐに宅地として利用できる土地であるのに土地の評価額はほぼ同一にしている。
以上要するに補償金額の決定に当り地価の上昇率を考慮しない土地収用法七一条は憲法二九条に違反するものとして無効であり、仮に無効でないとすれば右の点を考慮しなかつた点で本件裁決が同条に違反するものとして無効である。本件土地を他の土地と差別して取扱い、本件土地に対する補償金額を低額とした点は、憲法一四条、二九条に違反するものとして無効である。
(4) 本件裁決には、原告楠静人に対し別紙5記載の土地に存する養魚池及びその附属施設に対する移転補償を全く認めていない点に違法がある。
(三) よつて原告は、本件裁決の取消を求める。
三、被告市に対する予備的請求の請求原因
(一) 本件裁決は、損失補償について、原告楠清一に対する補償額を二、〇九一万七、三八〇円(内訳土地分二、〇〇三万五、八五一円、立木分八八万一、五二九円)、原告楠静人に対する補償額を一、九六五万三、九五一円(内訳土地分一、九三五万二、四四七円、立木分三〇万一、五〇四円)と定めた。
(二) しかし仮に本件裁決が取消されないとしても、被告委員会が損失補償額算定の根拠とした土地収用法七一条は地価の上昇率を考慮していない点で憲法二九条に違反し、かりにそうでないとしても前記(一)の補償額は低額に過ぎる点で憲法に違反するものであつて、原告らに対する適正補償額は次のとおりである。
(1) 土地に対する補償
原告楠清一が所有する別紙1ないし3記載の土地は、三・三平方メートルあたり時価八万五、〇〇〇円であるから右土地に対する補償としては、四、一九八万四、〇五〇円が相当である。
(210.48+451.38+968.14)÷3.3×85,000=41,984,050円
原告楠静人が所有する別紙4ないし6記載の土地は、三・三平方メートルあたり時価八万円であるから右土地に対する補償額としては、四、四七九万六、八〇〇円が相当である。
(614.02+1035.87+197.99)÷3.3×80,000=44,796,800円
(2) 立木に対する補償
原告楠清一は、果樹一〇九本を所有しており、その価格は一本平均一万一、三六八円であるから、これに対する補償額としては、一二三万九、一一二円が相当である。
原告楠静人は、果樹三三本を所有しており、その価格は一本平均一万二、〇〇〇円であるから、これに対する補償額としては三九万六、〇〇〇円が相当である。
(三) したがつて、損失補償金としての適正額は、原告楠清一について合計四、三二二万三、一六二円、原告楠静人について合計四、五一九万二、八〇〇円となるから、被告市は、前記(一)の補償額との差額、すなわち原告楠清一について二、二三〇万五、七八二円、同楠静人について二、五五三万八、八四九円を支払う義務がある。
(四) よつて、原告らは、被告市に対し右損失補償金の差額と、これらに対し被告市が本件土地の所有権を取得した日の翌日である昭和四六年二月二八日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を附加して支払うことを求める。
四、被告委員会の答弁及び主張
(一) 被告委員会に対する請求原因(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は争う。
(二) 本件土地は、原告主張の事業の区域内に含まれており、また被告市の裁決申請書には土地調書が添付され、それには実測平面図が付されていた。本件裁決において定めた損失補償額も適正である。原告主張の養魚池における養魚作業は、訴外宮本信三が行なつていたのであるから、原告楠静人に対し右養魚池及びその附属施設に対する移転補償をすべきいわれはないが、そもそも右養魚池は、稚鯉を水田に入れて養魚している程度のものであるから、移転を要する施設として補償すべきものとは到底認められない。
なお、原告は、土地収用法七一条が憲法二九条に違反し無効である旨の主張をしているが、かりにそうであつたとしても、その無効は損失補償の額の決定に影響を及ぼすにとどまり、収用裁決の無効を来たすものではない。
以上要するに本件裁決には原告主張の違法はなく、適法である。
五、被告市の本案前の答弁
原告らの被告市に対する請求は、原告らの被告委員会に対する請求が認容されない場合の予備的請求であり、いわゆる主観的予備的請求の併合に当たるものであるが、かかる訴訟形式は被告市の訴訟法上の地位を著しく不安定にするものであつて、民訴法上許されない不適法なものである。
六、被告市の本案に対する答弁及び主張
(一) 被告市に対する予備的請求原因(一)の事実は認める。同(二)、(三)の事実は争う。
(二) 被告市が損失補償額を算出した方法は次のとおりで、算出額は損失補償としての適正額であるが、本件裁決により定められた損失補償額は、個々の土地及び立木について被告市の算出額と同額か或いはその額を超えるから、原告らの請求は理由がない。
(1) 土地関係
被告市としては、新住宅市街地開発事業区域内の土地四六二筆のうち、形状、日照、道路その他の諸要因を考慮し、標準的な土地六三筆を標準地として選定し、右標準地につき三井信託銀行株式会社、財団法人日本不動産研究所、株式会社谷沢総合鑑定所、被告市の四者が鑑定評価をした価格のうち、最高価格である広島市井口町字銭神一五五五番地の一を指数一〇〇とし、ついで右四者の鑑定評価額を参考にして他の標準地の指数を決定し、標準地以外の土地については標準地と比較し近隣の開発状況、土地の利用度、位置、形状等を総合的に勘案して指数を決定した。次に昭和四三年七月広島市財産評価委員会で右最高標準地を一平方メートル当たり一万二八五円(指数一点当たりの単価一〇二円八五)と評価決定したので、これを基礎に各筆単価を求めて協議価格とし、この協議価格に二五パーセントを乗じた額(不動産鑑定業者が評価した標準地の最高価額一平方メートル当たり一万六〇〇円に、評価時から契約時までの地価上昇割合一ケ月一・五パーセントの割合計二一パーセントを乗じたものがこれに相当するため)と、地目別に均衡是正を図るために本件土地の所在する井口地区で、しかも地目が田となつている土地の評価額合計額に五パーセントを乗じその土地の総面積で除して得た一平方メートル当りの額三〇三円の七との合計額を算出してこれに面積を乗じて損失補償額を算出した。
(2) 果樹関係
果樹の補償は、原告ら本人から聴取した樹令と農林技師の認定による樹令を基礎にし、広島市西部開発事業用地の取得に伴う損失補償基準に基づいて算定した。
七、被告委員会及び被告市の主張に対する原告らの答弁
全部争う。
八、証拠関係<省略>
理由
一、被告委員会に対する請求について
被告委員会に対する請求の請求原因(一)の事実は当事者間に争いがないので、本件裁決が違法であるとの原告らの主張について判断する。
(一) 本件土地が広島市平和記念都市建設計画鈴ケ峰新住宅市街地開発事業の区域外であるとの主張について
成立に争いのない乙第一号証の二ないし四、六ないし八、丙第一、第二号証、証人丸山享三、同山口能弘の各証言によると、本件土地は広島市平和記念都市建設計画鈴ケ峰新住宅市街地開発事業区域内に存することが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告の主張は理由がない。
(二) 土地収用法四〇条、同三七条に違反した裁決申請に基いて裁決したとの主張について
成立に争いのない乙第一号証の一ないし八、証人丸山享三、同山口能弘、同池田幸三の各証言によると、被告市の職員は、原告らからかねて本件土地の範囲を指示されていたので、昭和四四年七月末から八月初めにかけて本件土地を平板測量により実測して、同年八月半ばすぎに本件土地の地積測量図を作成し、その図面を実測平面図として、裁決申請書付属の土地調書に添付し、土地調書との間に割印を押捺して被告委員会に提出したことが認められ、右認定に反する原告楠清一の本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告らの右主張は理由がない。
(三) 補償の適否に関する主張について
(1) 原告らは、本件裁決において損失補償額決定の根拠とされた土地収用法七一条が憲法違反であるか、本件裁決における補償金額の決定が憲法違反であることにより本件裁決は無効であるとし、また本件裁決が養魚池及びその附属施設に対する移転補償を認めていないのは違法であるとも主張しているが、土地収用委員会の裁決事項のうち収用の目的物に関する裁決と損失補償に関する裁決とでは救済の方法を異にし、後者については行政不服審査法による不服申立を許さず、損失補償に関する裁決を不服とする者が被収用者であるときは起業者を、起業者であるときは被収用者をそれぞれ被告として出訴すべきものとし、この訴の提起によつては事業の進行、土地の収用を停止しないこととしているから(土地収用法一三二条二項、一三三条一、二項、一三四条)、前者すなわち収用の目的物に関する裁決においては、補償金額或いは補償原因である損失の範囲に関する決定の違法は取消事由にならないものというべきである。
してみると原告らの右主張は、いずれも被告委員会を被告とする本件裁決の取消訴訟においては、裁決の取消事由として無意味なものという外ない。
(2) なお原告らは、土地収用法七一条は地価の上昇率を考慮していない点で憲法二九条違反である旨主張しているので考えるに、同条は補償金額算定の基準時を事業認定の告示の時期(本件の場合収用手続開始の告示時期が事業認定の告示時期とみなされる)とし、その基準時における相当価格に権利取得裁決時までの物価変動に応ずる修正率を乗じて得た額をもつて補償金額とする旨規定し、同法施行令一条の一二は右修正率は消費者物価指数のうち全国総合指数及び卸売物価指数のうち投資財指数を用いて算定することとしているから、右修正率は必らずしも権利取得裁決時までの地価の上昇率を反映しているものとはいえない。
ところで土地収用法七一条は、土地収用による損失額は収用裁決時における価格により算定すべきものとした従前の制度の下では、事業認定を受けた公益的事業による開発利益を期待しての地価の値上り分を事業の創出者である起業者自身が負担する不合理があつたことと起業者による用地取得時期の違いによつて取得価格に差を生じ被収用者である土地所有者間に不公平が生じたことから、損失補償金算定の基準時を改めこれを事業認定告示の時として固定したもので、それはそれなりに合理性をもつものといえるが、収用の目的物の滅失、毀損の危険負担が裁決時から起業者に移ること(同法一〇三条)、収用の目的物の価格の騰落も危険の一種に外ならないことからすると、損失補償金の額は収用裁決時における相当価格であるべきであるから、補償金算定の基準時を事業認定告示の時としても収用裁決時までにおける地価の上昇率を加味して補償金を決定するのが相当である。しかし土地収用法は、収用裁決前であつても事業認定が告示された時点以降においては被収用者たる土地所有者に補償金の前払請求権を与え(同法四六条の二の一項)、被収用者が従前と同程度の代替地を取得できる方法を設け、事業認定告示以降における地価の上昇による利益を享受できるようにしているから、土地収用法七一条に定める修正率が地価上昇率を考慮していないからといつて憲法二九条に違反するものとはいい難い。
ただ被収用者が補償金請求権を行使しない場合は、前記修正率を加味した補償を受けるにとどまることになるが、それは被収用者の任意の意思によるものであるから、このような場合をとらえて補償が憲法二九条に違反するものと断ずることはできない。しかしその場合においても補償金額の決定について地価上昇率を加味することが望ましいことはいうまでもない。ところが地価上昇率といつても被収用地自体については事業認定の告示以降一般の取引はなくなるのが通常であるから、その地価の上昇率を探索することは不可能であり、また近傍類地の地価上昇率にしてもそれには事業認定を受けた公益的事業の実施による開発利益を期待しての上昇、投機的売買の横行による上昇が加わることが多く、地価が適正価格として安定するまでの間一定の混乱期間が続くことが多いから、これをもつて被収用地の地価の上昇率とみることは相当でないし、また土地は位置、形状、環境、面積、収益性その他一般的取引における価格形成要因の相違によつて上昇率は一様でなく、著しく個性的なものであるから、全国或いは被収用地の所在する市町村における平均地価上昇率を被収用地にあてはめることも相当でなく、結局被収用地の価格の上昇率についてはこれを決定するのに参考となる地価上昇率は見出し難いから、被収用地の地価の事業認定告示時期から権利取得裁決時までの上昇率については、一般物価の上昇率を考慮した前記修正率によることもやむをえないものというべきである。
(3) また原告らは、本件裁決には養魚池及びその附属施設に対する移転補償を認めていない違法がある旨主張しているが、成立に争いのない乙第七号証、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人村上信英の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証、証人丸山享三の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第五号証、証人村上信英、同宮本信三の各証言によると、訴外宮本信三は、訴外新庄昭五と共に昭和四二年から同四五年までの間、原告楠静人所有の別紙5の土地の一部を無償借用して掘り、これを池にしてビニールパイプで水を引き鯉を飼育していたが、宮本らは、被告市に対し養魚物及び養魚のために設置した工作物に対する補償請求権を放棄したことが認められ、この認定に反する原告楠清一の本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、本来被告市が養魚事業についての補償をすべき相手は宮本信三、新庄昭五の両名であつて、原告楠静人ではなく、しかも宮本らにおいて養魚池に関する補償請求権を放棄している以上、原告らの前記主張もまた理由がないものという外ない。
(四) してみると、本件裁決には原告ら主張の違法はなく、適法であるということができるから、原告らの被告委員会に対する本件裁決の取消請求は理由がないことに帰する。
二 被告市に対する請求について
(一) 本案前の主張について
被告市は、主観的予備的請求としての損失補償金増額請求の併合は許されない旨主張しているので、その点について検討するのに、土地収用法は、損失補償に関する訴は収用裁決(収用の目的物に関する裁決)の取消訴訟とは別個の訴訟によるべきものとしているが、もともと収用裁決と損失補償に関する裁決とは一個の処分(裁決)の内容をなしているのであるから、本質的にはこれらの適否は処分庁としての収用委員会を相手方とする一個の訴訟において審判されるべきものであるし、また損失補償金の増額を求めることは収用裁決が適法であることを前提とすることになるが、そのための訴訟を収用裁決取消訴訟に予備的に併合できないとすると、収用裁決と損失補償金のいずれにも不服がある者としては、損失補償金増額請求について出訴期間が裁決書正本送達の日から三ケ月以内と定められている関係上(土地収用法一三三条一項)、たとい収用裁決に取消しうべき瑕疵があつても収用裁決取消訴訟において敗訴する場合を慮つて、他にその訴訟における主張と矛盾した主張を前提とした損失補償金増額請求訴訟を提起しておくことが必要となり、結果的には無用な訴訟の提起を強いたことになる場合が生ずるのに対し、予備的併合を認めればこのような弊害を生ずるおそれのないこと、他方起業者についてみれば損失補償金増額請求の予備的併合を認めるとした場合、訴訟の当初から訴訟に関与しなければならないのに判決において主位的請求としての収用裁決取消請求が認容されれば自己に対する請求について判決を受けることができず、また主位的請求を認容する判決の確定により当然に相手方との間の訴訟係属がなくなる点、訴訟上不安定な立場に立つことにはなるが、それは損失補償金増額請求について別訴が提起された場合でも収用裁決取消の判決が確定すれば別訴がその進行程度の如何にかゝわりなく無意味になることに想到すれば径庭はないものといつて妨げないこと、むしろ起業者としては収用裁決取消訴訟に参加しうる立場にあるから(行政事件訴訟法二二条一項)、その訴訟において損失補償金の適否についての審判を受けることの方が利益に合するものとみられることからすると、損失補償金増額請求の予備的併合を認めても、起業者に特段の不利益を課するわけではなく、当事者にとつて利点も多いのであつて、そのことの外に訴訟経済の点からみても、予備的併合を認めれば、審理の重複が避けられ訴訟促進に寄与することになり、ひいては一個の処分(裁決)をめぐる紛争を一挙に解決できるのであるから、一般の民事訴訟についてはともかく、本件のように収用裁決の取消と損失補償金の増額を求める場合には主観的予備的併合も許されるものと解するのが相当である。したがつて被告市の本案前の主張は採用しない。
(二) 本案について
本件裁決が損失補償について原告楠清一に対する補償額を二、〇九一万七、三八〇円(内訳土地分二、〇〇三万五、八五一円、立木分八八万一、五二九円)、原告楠静人に対する補償額を一、九六五万三、九五一円(内訳土地分一、九三五万二、四四七円、立木分三〇万一、五〇四円)と定めたことは当事者間に争いがない。
ところで原告らは、土地収用法七一条が地価上昇率を考慮していない点で憲法二九条に違反する旨主張しているが、この主張が採用し難いことは前記一の(三)の(2)において述べたとおりである。
次に原告らは、本件裁決により定められた前記補償額が低額に過ぎる点で憲法に違反するとし適正補償額を主張しているので、その当否について検討する。
(1) まず本件土地の時価について、原告楠清一は、同人所有地の価格は三・三平方メートルあたり八万五、〇〇〇円であると主張し、原告楠静人は、同人所有地の価格は三・三平方メートルあたり八万円であると主張し、成立に争いのない甲第一号証、原告楠清一の本人尋問の結果によると、被告市は、昭和四五年一二月一一日井口川及び市道六号線切替用地として別紙1、2の土地の近隣に存する訴外大畠久太郎所有の広島市井口一丁目一四六八の一の土地の一部を一平方メートルあたり二六、六六七円で任意買受けたことが認められるけれども、この事実から直ちに本件土地に対する収用手続開始の告示当時(昭和四三年八月)における価格が原告らの主張する価格であると推認することはできず、他にその事実を認めるに足る証拠はない。しかも本件土地について収用手続開始の告示がされた当時の地価に土地収用法七一条所定の修正率を乗じた価格の原告別合計額が前記補償金額を超えることを認めさせるに足る的確な証拠はない。
ところで土地収用法による損失補償金増額請求事件にあつては、適正補償金額が収用委員会の収用裁決所定の補償金額を超えるものであることの挙証責任は原告にあるものと解するのが相当であるから、その点の証明がない以上、原告の請求は認容されないことになる。
したがつて本件土地に関する本件裁決所定の補償金額の適否の判断に及ぶまでもないことになるので、その点についての詳細な説示は避けるが、証人松本利明の証言及びこれにより真正に成立したと認められる丙第三ないし第五号証、第六号証の一ないし六並びに弁論の全趣旨によると、本件土地の収用手続開始の告示があつた昭和四三年八月二〇日の時点における本件土地の時価について、被告市は、広島市財産評価委員会、日本不動産研究所、谷沢総合鑑定所、三井信託銀行の各鑑定の結果を考慮して別紙「被告市の見積額」欄記載のとおり本件土地の損失補償額を決定し、被告委員会は、右見積額のほか、不動産鑑定士山田洋一及び松永清秀の鑑定の結果ならびに現地調査の結果を総合勘案して、本件土地の時価を別紙「本件裁決の定めた額」欄記載のとおり認定し、右価格に土地収用法七一条に基く修正率一・一一二二を乗じて算出した金額をもつて、右土地の損失補償金と認めたが、起業者である被告市の見積額がこれを上廻つた土地については、被告市の見積額を採用したことが認められるところ、被告委員会の右判断は、前掲乙第一号証の二ないし四、六ないし八、丙第二ないし第五号証、第六号証の一ないし六、成立に争いのない乙第二号証の一、二、証人松本利明の証言、当裁判所の検証の結果に照らし相当と認めることができる。
以上要するに原告らの土地に関する損失補償金増額請求は理由がないことに帰する。
(2) 次に立木に対する補償金については、原告らは、その主張にかかる果樹の価格についてなんら立証しないし、原告らの所有する立木の価格が前記補償金額を超えることを認めるに足りる証拠はないから、原告らの立木に関する損失補償金増額請求もまた理由がないものという外ない。
三、結論
以上の説示によると、原告らの被告委員会に対する主位的請求、被告市に対する予備的請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森川憲明 高升五十雄 安次嶺真一)
別紙<省略>