広島地方裁判所 昭和46年(行ウ)3号 判決 1974年5月15日
原告 原正秋
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 山田慶昭
被告 国
右代表者法務大臣 中村梅吉
右指定代理人 菅野由喜子
<ほか五名>
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判ならびに主張は左の項目を加えるほか、別紙書面(一)のとおりである。
記
(被告の本案前の抗弁)
土地収用法第一三三条第二項にいう収用委員会の裁決のうち損失補償に関する訴えは、形式的には当事者訴訟の形式をとることとしているが、その実質は収用委員会の裁決に対する抗告訴訟であり、そのうち補償額の増額を求める訴えは裁決によって定められた補償額の変更を求める形成の訴えである。したがって、収用委員会の裁決のうち右部分についての変更を求めることなく、ただちに収用委員会の裁決額を超える額の支払を求める訴えは、不適法である。
第二、証拠≪省略≫
理由
第一、被告の本案前の抗弁について。
土地収用法第一三三条第二項にいう収用委員会の裁決のうち損失補償を求める訴えは行政処分としての収用委員会の裁決の一部取消の趣旨を含むことは明らかであるが、右訴えの究極の目的は収用委員会の裁決を取り消して再び収用委員会に裁決をさせるところにあるのではなく、むしろ直接この訴えにおいて当事者間における適正な補償額を最終的に確定するところにあるというべきである。そして、そもそも右損失補償請求権そのものは実体法規に補償に関する規定があるか否かには関係なく、補償すべき財産権の収用があった場合には憲法第二九条第三項により当然に発生するものと解すべきである。したがって、収用委員会の損失補償に関する裁決部分はその数額を確認する性質を有するにすぎないものであり、また損失補償の訴えは既に客観的には確定している補償額の確認ないしはその給付を求める訴であると解される。
右のように解する限り、損失補償の訴えにおいて必ずしも収用委員会の裁決を取り消しもしくは変更する必要はなく、直ちに差額の給付を求めても違法ではないというべきである。
よって、被告の右主張は失当である。
第二、本案について
一 補償金額算定の基準時
原告は収用される土地またはその土地の所有権以外の権利に対する補償金の額は収用裁決時の価格を基準とすべきであり、収用または使用の手続を保留した土地について、土地収用法第七一条第一項の「事業認定の告示の時」を「収用手続開始の告示があった時」と解しなければならないとすると憲法第二九条第三項に違反すると主張する。
右主張の趣旨は必ずしも明らかでないが、土地収用法第七一条は右基準時を「事業認定の告示の時」とし、右基準時の相当価格に権利取得裁決時までの物価変動に応ずる修正率(右修正率は同法後段により政令で定めることとしている)を乗じて得た額をもって補償金額と算定する。そして、同法第三四条の五によれば、収用または使用の手続を保留した土地については、同法第三四条の三の規定による手続開始の告示があった時をもって、同法第二六条第一項の規定による事業認定の告示の時とみなす、と規定する。
そこで、右各規定が憲法第二九条第三項に違反しているかどうかについて案ずるに、右憲法条項にいわゆる「正当な補償」は必ずしも収用裁決時における市場価格と解さなければならないわけではなく、土地収用法が事業認定の告示の時を基準にしていること自体は、同法第四六条の二により、土地所有者等に告示後収用または使用の裁決前に補償金の支払請求をする権利を与えていること、同法第四六条の四により、起業者は右請求のあった日から原則として二月以内にその見積額を支払わなければならないこと、同法第九〇条の三により、右見積額が不当に低いときや支払期限を遅滞したときは、後に収用委員会が正当な補償額を裁決する際に不正額や遅滞額について高率の加算金を加えることとしていること、収用委員会の裁決において補償金額を定めるときには、同法第七一条により右事業認定告示の時の相当価格に権利取得裁決時までの物価の変動に応ずる修正率を乗ずることとしていること等を加味して検討するとき、右憲法条項にいわゆる「正当な補償」に反するとは断じ難い。また、収用または使用の手続が保留された場合には、収用または使用の手続の開始が告示された時点の価格を基準とし、事業認定の告示の時から右手続開始までの間は価格の自由な変動に委ねることになるという点において、保留されない場合と異なるが、そもそも法が手続保留の制度を設けた趣旨は、事業認定は当該事業自体で公益性を発揮できる程度にまとまった事業単位に対して与えられるから、事業自体を分断して事業認定を受けることは不可能であるが、一方、起業者側に充分な資金的準備がなされていない場合等には一度に補償金の大量な前払請求がなされると、事業自体が進展できない場合が生ずるので、事業を施行する土地の全部または一部について、収用手続を保留することとし、手続保留地については、補償金の前払請求を認めないこととした点にあるから、右保留された手続が開始されるまで価格の固定をしないことにしているのは、右趣旨に照らし、十分に理由のあることといえる。
よって、右各規定は憲法第二九条第三項に違反するものとは認め難い。
二 補償金裁定額の相当性
1 別紙物件目録(一)ないし(四)の土地について
右各土地について、原告原正秋が持分九分の一の所有権を有すること、右四筆の土地の収用補償金(裁決額)として原告原正秋に対し、総額一一八万八二九七円が支払われたこと、本件起業地全部につき、昭和四三年八月二日収用手続開始の告示がなされたこと、は当事者間に争いがない。
ところで、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。
(一) 同目録(一)の土地について。
昭和四三年八月二日時点の時価について、土地収用委員会が命じた不動産鑑定士小幡伯夫は九三万二二〇〇円(一平方メートル当り―以下単価という―一万一八〇〇円)、同小田明治は六六万四〇〇〇円(単価八四〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右各鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して七七万九九二二円(単価一〇一〇〇円)と認定し、右価格に土地収用法第七一条に基づく修正率一・一〇二八を乗じて算出した金額八六万〇〇九八円をもって右土地損失補償金相当と認めたが、起業者である被告の見積額(九〇万七三三五円)がこれを上廻ったので、被告の見積額を補償金額として採用したこと。
(二) 同目録(二)の土地について。
前記日時における時価について、右小幡伯夫は、二七八万三五五〇円(単価一万一〇〇〇円)、小田明治は二九六万円(単価一万一七〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右各鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して七二五万五八二八円(単価一万一三五〇円)と認定(総額が右鑑定と大きな差異が生じたのは公簿上の面積が実測より狭小であったためと認められる)し、右価格に前記修正率一・一〇二八を乗じて算出した金額八〇〇万一七二七円を補償金額と認めたこと。
(三) 同目録(三)、(四)の土地について。
前記日時における時価について、小幡伯夫は一三一万八四〇〇円(単価一万〇三〇〇円)、小田明治は一一九万円(単価九三〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して、一六一万九一五六円(単価九八〇〇円)と認定し、右価格に前記修正率一・一〇二八を乗じて算出した一七八万五六〇六円を補償金額と認めたこと。
以上のとおり認められる。右事実によると、収用委員会は右各土地の単価について、前記両鑑定のほぼ平均を採用していることが認められるが、右判断は≪証拠省略≫により認められる各土地の位置、形状、性質、地積、広島県知事が先行取得した近隣事業用地の価格その他の諸事情にてらし相当と認められる一方、前掲各土地の単価に関する原告主張額はこれを裏付けるに足りる明確な証拠はない(≪証拠省略≫によるといずれも収用手続開始告示時以後に成立したものであることが認められるので、その取引価格が真正なものであるとしても、事業遂行にともなう特殊の要因の影響をうけていることを否定できないからこれをもって直ちに同原告主張の単価が正当であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)。してみると結局、右各土地の価格は収用委員会の認定額をもって正当な補償額であると認めざるを得ない。
そうすると、原告原正秋の前掲各土地に対する持分九分の一の収用補償金も被告主張の額をもって正当といえるから原告原正秋の右土地に関する請求は失当である。
2 別紙物件目録(五)、(六)の土地の借地権について
右各土地について、原告原正秋が借地権(正確には≪証拠省略≫により、賃借小作権と認められる)を有すること、右各土地の権利消滅補償金(裁決額)として右原告に対し、総額一五二万五四八二円が支払われたことは当事者間に争いがない。
ところで、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
(一) 同目録(五)の土地について。
土地収用委員会は右土地について残地請求を認めたこと、前記小幡伯夫は昭和四五年一〇月二一日(収用委員会の裁決時であること当事者間に争いがない)時点における同目録(六)の土地の単価を一万六八〇〇円と鑑定したこと、右目録(六)の土地と同(五)の土地がもと一体をなしていたこと、残地収用の補償額は土地収用法第七六条第三項により、権利取得の裁決時の価格を基準とすべきであり、収用委員会は目録(五)の土地の裁決時の価格を認定とするに際し、同目録(六)の土地の単価に関する前記小幡の鑑定結果を斟酌し、三六万三二一六円(単価一万六八〇〇円、実測面積二一・六二平方メートル)と認定したこと。
(二) 同目録(六)の土地について。
昭和四三年八月二日時点の時価について、小幡伯夫は四八二万七六〇〇円(単価一万〇八〇〇円)、小田明治は四八三万円(単価一万〇八〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右各鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して五二〇万三七六四円(単価一万〇八〇〇円、実測面積四八一・八三平方メートル)と認定し、右価格に前記修正率一・一〇二八を乗じて算出した金額五七三万八七一一円をもって、損失補償金額(但し、所有者に対する補償額と賃借小作権に対する補償額を含む)と認定したこと。
以上のように認められる。右認定は本項1号で判示したと同様の理由により相当であると認められ、他に右認定を覆えし、原告の主張額を裏付けるに足りる明確な証拠はないから、右土地価格についても、収用委員会の認定額は相当であるといわざるを得ない。
そして、前掲各証拠によると、土地所有者と賃借小作権者の配分割合は三対一と認めるのが相当であり、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうすると、目録(五)および(六)の土地の賃借小作権の消滅に対する補償金を一五二万五四八二円とした裁決は正当であり、原告原正秋の借地権に関する請求も失当である。
3 別紙物件目録(七)、(八)の土地について
右各土地について、原告高木寿子が所有権を有し、同谷ウタノが目録(八)の土地のうち、一八四・四三平方メートルにつき、使用借権を有すること、土地所有権者と使用借権者の補償金の配分割合は八七対一三をもって相当とすること、右各土地の収用補償金ならびに権利補償金(裁決額)として、高木寿子に対し、二八八万六八六一円、谷ウタノに対し一九万一八〇七円が支払われたことは当事者間に争いがない。
ところで、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
(一) 目録(七)の土地について。
昭和四三年八月二五日時点の時価について、小幡伯夫は三五万八八〇〇円(単価五二〇〇円)、小田明治は四〇万円(単価五八〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右各鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して九四万六七七〇円(単価五五〇〇円)と認定し、右価格に前記修正率一・一〇二八を乗じて算出した金額一〇四万四〇九八円をもって右土地損失補償金額と認めたこと。
(二) 目録(八)の土地について。
前同日の時価について、小幡伯夫は一〇七万四〇六〇円(単価六八〇〇円)、小田明治は九九万五〇〇〇円(単価六三〇〇円)と鑑定したこと、収用委員会は右各鑑定ならびに現地調査の結果を総合勘案して一七八万九一三三円(単価六五五〇円)と認定し、右価格に前記修正率一・一〇二八を乗じて算出した一九七万三〇五六円をもって、右土地の損失補償金額と認めたこと。
以上のとおり認められる。右認定は本項1号で判示したと同様の理由により相当であると認められ、他に右認定を覆えし、原告主張額を裏付けるに足りる証拠はない。
そうすると、谷ウタノに対する補償金額は右目録(八)の土地のうち、一八四・四三平方メートル分に対する土地損失補償金額一三三万二二〇一円に〇・一三を乗じた額一七万三一八六円となり、高木寿子に対する補償金額は目録(七)、(八)の土地損失補償金総額三〇一万七一五四円から谷ウタノ分一七万三一八六円を減じた額二八四万三九六八円となるべきであるが、谷ウタノに対する補償金額については起業者たる被告の見積額(一九万一八〇七円)が右金額を上廻っているので、右見積額をもって補償金額と認めることにした裁決はいずれも相当である。(ちなみに、収用委員会の裁決による高木寿子に対する土地損失補償金額は二八八万六八六一円であること当事者間に争いがないが、右金額は≪証拠省略≫によれば土地損失補償金額に立竹木類移転料を合算したものと思料される。)
よって、原告高木寿子、同谷ウタノの請求も失当である。
三 結論
以上判示したとおり、原告らの請求はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 五十部一夫 裁判官 若林昌子 池田和人)
<以下省略>