広島地方裁判所 昭和47年(ワ)249号 判決 1974年12月12日
原告
坂井馨
被告
矢崎総業株式会社
右代表者
矢崎裕彦
右訴訟代理人
星野民雄
主文
被告は原告に対し金二〇七万円を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
事実
第一、申立
(原告)
被告は原告に対し金九二〇万円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、主張
(請求の原因)
一、原告は広島県知事から宅地建物取引業法三条一項の規定による宅地建物取引業者の免許をうけ、エビス商事の名称で宅地建物取引の仲介業を営む者である。
二、原告は昭和四六年四月ころ、宅建業者の登録をもつている建設業者である株式会社浅沼組広島支店担当社員渡辺聖志から、同会社が被告より広島支店の建設用地として三〇〇〇坪ないし四〇〇〇坪の土地の入手方の仲介を頼まれたので協力して探してほしい旨依頼された。原告は右渡辺と連絡をとりながら候補地を物色中、同年七月始めころ同業者畑好人から同業者である田中易延、土井繁登、大田英雄らが佐伯郡五日市町字波出石造幣局工場北側に十数名の所有者から売却仲介の依頼をうけている約四〇〇〇坪の土地がある旨の話が持ち込まれたので早速渡辺に報告し、被告会社の意向を尋ねてもらつたところ、該物件の精しい資料提出方の要望があつた。そこで原告は同年七月二〇日ころ、右渡辺の紹介により被告会社広島支店長木下三夫に面会し、資料として、目的物件の見取図および五日市町宅地造成事業指導要領を交付した。さらに、同月末ころ、右渡辺および原告は右田中、土井、大田ら関係業者を同道して被告会社広島支店を訪れ、木下支店長に対し物件を提示説明しかつ買入後の用途等を尋ねたところ、同支店長から早急に所要の広さの物件をとりまとめ売買が成立するよう尽力してほしい旨の依頼があり、協議の末売主側の単価の調整、物件のとりまとめは地元で売主側の仲介業者である右田中らが主として交渉にあたり、原告らは直接交渉しない方がよいということになつた。その際、木下支店長から特に仲介手数料について浅沼組は建築の方の請負を希望している関係で自己の受取分はいらないと言つておられるので安くしてほしい、1.5%位にしてもらいたい旨の申入れがあり、原告はこれを承諾した。
その後、原告は右渡辺とともに数回にわたり、右土井らの事務所を訪れ売主側との交渉の情況を尋ねたが、そのつど、数名の地主が代替地がなければ売らないと渋つているので今しばらく待つてほしいということであり、その旨被告会社広島支店に報告した。こうした経過をたどつているものと思つていたところ、被告会社は本社専務直々の指示で、原告ら買主側業者を秘かに除外し売主側業者である前記田中らに直接依頼して買取方を急がせた末、訴外久保田コユミ外一七名所有の前示波出石二二四一番外合計約一万五五一〇m2七二の土地の大部分について、同四六年九月一五日売主と売買契約を締結して手付金を支払い、同年一二月一七日所有権移転登記をし、ついで残余の土地について売買契約を締結し、同四七年一月一六日所有権移転登記をすませ、代金総額約四億六〇〇〇万円相当の取引を終えた。
三、右の次第で、原告は右土地売買契約の成立の際立会することはできなかつたが、これは、被告会社が原告ら買主側業者に対する手数料の支払を免れようとして、ことさら原告らを除外し、前記田中ら売主側仲介人に直接依頼して売買契約を成立させたものであるから、被告は原告に対し、原告の仲介によつて成立した場合と同様の報酬を支払う義務がある。
四、売買代金総額四億六〇〇〇万円に基づいて所定の報酬額を算出すると一三八六万円となるところ、諸般の事情を考慮し、原告は被告に対し、右取引価格の二%にあたる九二〇万円の支払を求める次第である。
(請求原因に対する被告の認否)<省略>
(被告の主張)<省略>
第三、証拠<省略>
理由
一<証拠>によると、本件土地売買成立に至る事情につき次の事実が認められる。
原告は広島県知事から宅地建物取引業者の免許をうけ、エビス商事の名称で宅建業を営んでいた者であるが、建設業者で宅建業者の免許をもつていた株式会社浅沼組広島支店に取引関係で出入していた。同支店営業課所属社員渡辺聖志はかねて被告会社が広島支店の新築移転先を探していることを知り、同支店長木下三夫に対し、新築工事請負に便宜を得る目的で用地入手に協力することを申入れ、原告ら出入の業者に物色を依頼し持込れた一、二の物件を提示したが成功しなかつた。原告は右渡辺の依頼で用地を物色中、同四六年七月初ころ同業者である畑好人から田中易延、土井繁登、大田英雄ら佐伯郡五日市町居住の宅建業者が同町五日市字波出石大蔵省造幣局工場北側に十数名の地主から売却の依頼を取りつけている約四〇〇〇坪の土地があるとの報せがあり、物件の見取図を借りてきたので早速その旨右渡辺に通報し、右渡辺は同年七月八日ころ木下支店長に右物件の所在を報告した。木下支店長はたまたま来合せていた本社役員とともに右現地を視察した結果将来性のある好ましい土地ということになり、数日後渡辺を呼び、水道、電力、進入路、開発工事許可等の点について調査報告を求めるとともに買受けの具体的折衝を進めるよう仲介を依頼した。原告は渡辺の依頼で同人とともに建設省出先機関でバイパス道路との進入関係、五日市町役場で宅地造成事業関係等を調査し、付近の略図にこれをメモ書きしたものに、五日市町宅地造成事業指導要綱(乙二二、甲四号証)をつけて、同月二〇日ころ渡辺から被告広島支店に提出し、その間渡辺は木下支店長に対し原告を浅沼組に出入している宅建業者であり右物件取得の仲介に協力してもらつている旨紹介した。一方原告や渡辺は前記田中ら地元の仲介業者に被告が右物件買受けを望んでいることを伝え協力を求め、同月末ころ同人らおよび一部の地主を安芸郡海田町被告会社広島支店に同道し、被告の企業内容や土地の用途の説明をうけさせ、さらに同年八月中旬渡辺、原告、田中、土井、大田らで広島支店にでかけ木下支店長らと仲介の進め方について打合せをした。その際木下支店長から買入れの条件として、面積は実測により、価格は一坪(3.3m2)あたり一〇万以下でもらう、支払方法は手付金一割を契約成立時に、残額は三月以内に所有権移転登記と同時に支払う旨告げ、さらに、買主側の介人を浅沼組、売主側の仲介人を田中易延とし、売主に対する折衝は地元の売主側仲介人のみがあたる方針で進めることが話合われた。また木下支店長からこの売買がまとまると相当大きな額になるし、浅沼組は建築工事の関係があり仲介手数料はあてにしないといわれているから安くするようお願いしている、1.5%位でやつてもらいたい旨要望があり、田中らから買主側の手数料のことだから原告に返事するよう声が出、結局原告において承諾する旨答えた。当時田中易延ら売主側仲介業者としては、実際は六〇〇坪余りしか売主の委任をとりつけていなかつたのに原告や渡辺が勝手に四、〇〇〇坪直ちに容易に売買が成立するかのように被告側に申出ていたことに強い不満をもつており、また従来の取引において渡辺らから迷惑をうけたこともあつて同人らと組んで仲介することを心よく思つていなかつたが、木下支店長らの申入れにより一応協力する態勢にはなつた。しかし、このような関係や地主が一七、八名におよび中には売却に強く反対する者もあつてその後の交渉は容易に進展しなかつた。木下支店長は渡辺の言を信じ早急に契約成立の運びになる旨本社に連絡していたので渡辺にたびたび督促したが一向に進展の報告がないうえ、提出方を求めていた目的物件の登記簿謄本、公図の提出をしなかつたこともあつて、渡辺に対して不信の念をいだくようになつていた。折から同年八月二五日ころ本社から吉岡専務が用地問題で来広し、支店長から右状況の報告をうけ、田中易延に会つて直接交渉の進み具合を確めたところ、田中は前記事情を述べ、渡辺らが自分らに相談もなく勝手に全部の地主から売却の委任を取りつけているよう安易な紹介をしたものであると渡辺らの態度を非難し同人らと共同して仲介の労をとることを潔くしないでいることをほのめかした。そこで、吉岡専務は浅沼組の物件提示の仕方に不信の念をもつとともに売買の進展をはかるため、その場で田中に対し、今後は被告会社が直接田中に仲介を依頼するから大いに努力してほしい旨申入れ、田中が浅沼組との関係をただしたのに対して浅沼組の関係は被告会社で責任をもつて処置するから今後は直接被告会社に連絡報告するよう申述べたので田中は吉岡専務の仲介依頼を承諾し努力を約した。木下支店長は渡辺に対し田中に直接話をすることの了解を求め、田中らは気持を新にして地主の説得、価格の調整等に努め、被告会社広島支社係員も地主宅を廻つて売却方を依頼するなど協力した結果、同四六年八月末ころから同年一〇月末ころにかけて、田中らの仲介により、売主一七名との間に、順次佐伯郡五日市町大字五日市字波出石、肥後所在の約三一筆合計地積三四八八坪余の土地につき代金合計四億六一三一万八二九八円位で売買契約が成立し、手付金の支払がなされ、同四六年一二月ころから同四七年一〇月ころにわたり、残代金の支払、所有権移転登記手続が行われた。原告はその間前記土井らの事務所に再三出向き交渉の進行状況を尋ねたがいずれも二、三強力な反対をする地主があり難行しているのでしばらく待つようにということであつたのに、同四六年八月末ころに至り一部の売主との間に契約が締結されたことを聞知し、驚いて田中や木下支店長に問いただしたところ、本社が非常に締結を急いでいるのでできるものからした、未契約の分が残つており大事なときだからそつとして待つていてほしい旨告げられ、不満ではあつたがやむをえず経過を見守ることにした。取引が一応完結した後木下支店長は浅沼組に担当者をたずね取引終了の旨を告げ謝意を表するとともに仲介料のことをただしたところ、浅沼組としてはせめて建設工事の入札に加えてほしかつたが、仲介の仕方で迷惑をかけてもいるし、下部で働いた原告の分については別として、報酬の請求をする意思はない旨の回答であつたので、原告に対し正規の報酬の支払はできないが幾分の謝礼はするつもりであるから、原告の了承を得るよう説得方を依頼した。しかし、原告は浅沼組担当者の説得にもかかわらず、被告や浅沼組の右のような態度は商業道徳にもとるものでとうてい承服できないとして右申入れに応じなかつた。
以上のように認められる。<証拠判断省略>
二右事実によると、本件物件の売買契約は、田中易延ら地元仲介業者の関与によつて成立したものであつて、浅沼組や原告の関与によつて成立したと認めることは困難である。しかし、浅沼組や原告は右物件の存在を被告に紹介し右売買成立の端著を開いたものであり、浅沼組らが右成立に関与できなかつたのは、被告会社が浅沼組関係者に対する不信感も手伝つて途中から契約成立の鍵を握つていた田中ら売主側仲介業者に直接仲介を信頼し、浅沼組らを除外して取引を進めたためであつて、浅沼組らに仲介の仕方に多少問題はあるにしても、同人らの責に帰すべき事由があつたとまではいえないから、浅沼組らはなお民法一三〇条の法理により自己の仲介によつて成立した場合と同様に報酬を請求する権利を失つていないといわざるをえない。
三被告は原告は仲介を依頼した浅沼組の補助者であり、被告会社との間に委託関係はなく、しかも、浅沼組との契約は適法に解除されているからいずれにしても原告は仲介の報酬を請求する権利はないと主張する。
なるほど、右認定の事実によると、被告会社は浅沼組に対し田中ら売主側仲介業者に直接話合をする了解を得たけれども、仲介委託契約の解除がなされたとまではいえないこと、取引終了の報告に対し浅沼組が自社分の報酬を請求する意思がないことを表明したことが認められる。また前記認定の事実関係にてらすと、原告は被告会社から仲介を依頼された浅沼組からさらに仲介に協力することを依頼された仲介業者であるから、原告の仲介に関する報酬は浅沼組との内部関係にとどまり、仲介委託者たる被告に直接報酬を請求することはできないといえなくもないけれども、浅沼組の担当者渡辺は木下支店長に対し、原告を浅沼組の下で同組に協力して仲介にあたつている宅建業者である旨紹介し、そのうえ、木下支店長、浅沼組担当者、原告との間に、仲介の報酬について、浅沼組は建築受注の関係から特に報酬請求の意思はないが、その下で働く仲介業者の関係でその報酬を一般より安く1.5%程度で尽力する話合が一応まとまつていたのであるから、被告会社は原告が浅沼組の復委託により同組と共同して仲介にあたることを少くとも暗黙のうちに承諾していたと解するのが相当である。してみると、原告は民法一〇七条二項の類推適用により、被告会社に対し直接仲介の報酬を請求することができるものといわなければならない。
四そこで、その報酬額について考えてみるのに、本来委託者は数人の仲介人に対し同時に同一の委託をし、そのうちの一つの仲介を選択して契約を成立させることができるものであるから、既にある仲介人に委託をしている場合でも、さらに他の仲介人に同一の委託をして目的を達することはさしつかえないものである。本件仲介においては、当初買主側仲介人を浅沼組、売主側仲介人を田中易延とする申合せがなされたが、もともと、買主側仲介人が直接地主に売却の交渉をすることを不得策とする事情があつて、それらの交渉はすべて売主側仲介人に任されていたものであり、いわば仲介の成否はほとんど売主側仲介人の努力如何にかかつていたのである。前示認定の事実によると、被告会社が浅沼組のみに仲介を委せていたのでは契約の成立が危ぶまれると考え、田中易延に直接仲介の委託をしたことは、やや性急の感は免れないとしてもやむえない点がないでもなく、本件仲介は結局田中ら地元仲介業者と浅沼組および原告らが共同して成立させた関係にあるものということができる。そして、前示のように、被告と浅沼組、原告らとの間に買主側の仲介報酬をおおむね取引価格の1.5%とする了解がなされたこと、田中ら地元仲介業者は右了解がなされた際同席し右事実を認識していたことを合せ考えると、田中ら地元仲介業者を含め、右1.5%にあたる六九一万九七四五円の範囲内で、売買成立に尽力した度合に応じて接分した報酬額を被告に請求することができるものと解するのが相当である。本件ではもともと、原告は物件の存在を紹介したのみで売主との交渉はすべて田中ら地元仲介業者の努力に負うほかなく、結果においても同人らの尽力によつて売買の成立を見たものである等前示認定の諸事情によると、原告が被告に請求できる報酬額は前記限度額の約十分の三にあたる二〇七万円とするのが相当である。
五よつて、本訴請求は被告に対し二〇七万円の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条九二条を適用して主文のとおり判決する。 (五十部一夫)