広島地方裁判所 昭和49年(ワ)894号 判決 1977年12月22日
原告 吉田義将
原告 吉田洋子
右両名訴訟代理人弁護士 阿佐美信義
同 佐々木猛也
同 緒方俊平
被告 大竹市
右代表者市長 神尾徹生
右訴訟代理人弁護士 村岡清
主文
被告は原告吉田義将に対し金二三六万〇六五九円、原告吉田洋子に対し金二二六万〇六五九円及び原告吉田義将については内金二一六万〇六五九円、原告吉田洋子については内金二〇六万〇六五九円に対する昭和四九年八月一八日から完済の日まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの各負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、原告吉田義将に対し金八四二万七四四七円、原告吉田洋子に対し金八三〇万九六四七円及び原告吉田義将については内金七七二万七四四七円、原告吉田洋子については内金七六〇万九六四七円に対する昭和四九年八月一八日から完済の日まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告ら夫婦間の子訴外亡吉田耕二(以下「耕二」という。)は、昭和四九年八月一八日午前一〇時過ぎころ、大竹市小方町一丁目八番一〇号所在の大竹市民水泳プール(以下「市民プール」という。)に入場し、遊泳していたところ、同日午前一〇時五〇分ころ、同プールのうちの大人用プール内、北西側水深約一・五メートルの水底(北西側プールサイド寄りの五メートルラインの中央付近)に沈んでいるのを発見救助され、人工呼吸を施されたが、時既に遅く、同日午前一一時一八分死亡した。死因は溺死であり、死亡当時亡耕二は満七歳(昭和四二年三月一六日生)の男子で、小学校二年生であった。
2 市民プールの概況
(一) 設置目的及び所有管理の主体
市民プールは、スポーツ振興法の目的である「国民の心身の健全な発達と豊かな国民生活の形成に資する」ため、普通地方公共団体たる被告市が設置したスポーツ施設であり、被告がこれを所有し、被告市の教育委員会所管のもとにこれを管理していた公の営造物である。
(二) 規模・形状
市民プールのうちの大人用プールは、長さが北西から南東方向へ五〇メートル、幅が北東から南西方向へ二五メートルの一般遊泳用及び競泳用(九コース)のプールで、北西側及び南東側にはスタート台が設けられている。水深は、中央部の深いところで一・九メートル、北西方及び南東方の両プールサイド側の最も浅いところで一・四メートルであり、プールの底は右両側から中央部に向ってなだらかな傾斜をなしていた。
(三) 公開の状況
被告市の昭和三八年六月二四日条例第一五号「大竹市民水泳プール設置及び管理等に関する条例」及びその施行細則である同月二八日教育委員会規則第二五号「大竹市民水泳プール管理規則」によれば、市民プールは毎年七月一日から八月三一日までの間、一般使用及び専用使用の方法で公開されるが、一般使用の場合には、所定の使用料さえ支払えば、右条例・規則で定められた一定の除外事由に該当する者(例えば保護者の同行しない幼児)以外は、誰にでも自由に使用を許可される建前になっていた。
そして、本件事故当日は、日曜日で一般使用の日であり、事故発生時における利用者は二〇〇名ないし三〇〇名以上にして、特に亡耕二が沈んでいた場所に近い大人用プールの北西側プールサイド及び南東側プールサイド付近は児童・生徒などで混雑を極めていた。
(四) 監視体制
市民プールには、正規の吏員である被告市教育委員会所属の社会体育施設係長越水宗秋が管理責任者として配置され、その下に被告市教育委員会が臨時に雇傭した使用人八名(内六名は男子高校生、内二名は主婦などの女性)がいて、右越水宗秋の指示に従い、プールの警備、監視、清掃その他必要な業務に従事していた。
そして、本件事故当時における事故防止のための監視については、越水宗秋はポンプ室の機械の点検監査も兼ねていて、プールに対する監視業務に専念しうる状態ではなく、他の臨時使用人のうち男子六名で、大人用プールの五〇メートル両サイドに設置された二台の監視台上からの監視や、巡回監視に当たり、女子二名で使用券の発売及びその回収整理に従事していた。
3 被告市の責任
(一) 公の営造物の設置及び管理の瑕疵に伴う責任
(1) 大人用プールは、その営造物としての種類及び設置目的自体からして事故発生の危険性が高く、しかも前記のとおり最深部が一・九メートル、最浅部でも一・四メートルもあるのに、「保護者の同行しない幼児(未就学者)」以外は一応誰にでも単独使用が許され、小・中学校の児童生徒などにも開放されていたのであるから、このようなプールとしては、危険状態に対する判断力や適応能力の低い児童生徒の安全を確保するために、例えばプールを一般人用の部分と児童生徒用の部分とに区分したうえ、児童生徒に開放する部分は水深を最深部においても一メートル程度にし、かつ、同部分と一般使用に供される部分とを物理的に区別して、児童生徒が不注意ないし誤って一般人用の部分に行くことのないような形状にするとか、または、一般人と児童生徒とを一緒にして同一プールを開放する場合には、児童生徒が溺れることのないように、例えばプールの水位を最深部においても一メートルないし一・二メートル位までにするとか、板などを必要に応じて水底に沈め、プール内のいかなる場所においても児童生徒が容易に足を水底に着けて立つことができるようにするなどの物的措置を講ずべきである。
然るに、大人用プールは、その設備・構造のうえで、右の点の不備があり、通常有すべき安全性に欠けていたといわざるを得ない。
(2) また、大人用プールは、前記の規模形状のとおりのもので、元来かようなプールは小中学生の場合には講習会など各児童生徒の一人一人に充分な監視の目が行き届く場合以外は一般的かつ自由に児童生徒に公開するに適しないものであるのに、前記のとおり幼児を除く児童生徒に対し単独でも入場を許可していた点において管理上の瑕疵があったうえ、本件事故当時の混雑した利用状況をも合わせ考えると、泳げない児童生徒が入水した場合、事故発生の危険が多いことが当然予想されるのであるから、利用者に対する事故防止のための監視人を増員したうえ、利用者に対して種々適切な指示や措置を行ない、市民プールを管理しなければならないところである。然るに、遊泳の監視に当たったのは使用券の発売回収業務に従事した女性二名を除く七名であって、内越水宗秋はプールの監視に専念し得ず、その人数は不足であったうえ、利用者に対し何ら適切な指示措置も行なわなかったのであり、これでは水泳技術に未熟な学童が大人用プール内に入るのを規制することも、同プール内に入っているそのような学童に対する監視が行き届かず、更には溺れる者があっても直ちにこれを発見して救助するなどの措置を講ずることは到底不可能であったのである。亡耕二が水底に沈んでいるのを発見された時には、既に手遅れの状態であって、これは右監視体制の不備欠陥にこそ原因があったのであり、これらの点に鑑み、大人用プールは管理上通常有すべき安全性に欠けていたといわざるを得ない。
(3) 従って、本件事故は、市民プールの設置及び管理に瑕疵があったため発生したのであるから、原告らは被告市に対し、第一次的に国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項に基づき、本件事故より生じた後記の損害の賠償を請求するものであり、被告市はその責任がある。
(二) 公務員の公権力行使に伴う責任
次に、国賠法一条一項の「国又は公共団体の公権力の行使」の範囲としては、国または公共団体が権限に基づき優越的な意思の発動として行なう権力作用のみならず、非権力的な公行政作用をも含めて解するのが相当であり、同条同項にいう「公務員の故意過失」とは、個々の公務員の主観的な責任要件とは無関係に「公務運営の瑕疵」という程度に解するのが妥当であるところ、被告市の市長及び教育委員会の事務当局並びに市民プールの管理運営のために任命配置されていた管理責任者・監視人らはいずれも前記設置目的のもとに社会教育作用としての公務に従事していた者として、スポーツ振興法一六条に則り、かつ、大人用プールの構造設備及び公開使用の状況並びに本件事故当時における利用者数等の実情に鑑み、水泳事故を防止するために必要な措置を講ずべき高度の安全保持義務を課されていたにも拘らず、右義務に違反して、前記のとおり本件当日人員不足の監視人らを配置し、かつ、事故当時監視人らにおける具体的な監視業務に不行き届きな点があったのは、被告市の市長及び教育委員会事務当局並びに市民プールの管理責任者・監視人らの公務運営上の瑕疵というべく、これが本件事故発生の基因をなしたものといわざるを得ない。
従って、原告らは被告市に対し、第二次的に国賠法一条一項に基づき、本件事故より生じた後記損害の賠償を請求するものであり、被告市はその責任がある。
(三) 使用者責任
更に、本件事故は、監視業務に従事中、亡耕二を発見し救助することが遅れた監視人らの過失に直接基因するものである。即ち、一般にいわゆる溺死においては、溺れてから四分ないし分五分の間に発見救助され、人工呼吸を施せば、蘇生させることができるものとされているのに、本件においては、亡耕二が溺れてから何分位経過した後に発見救助されたかは判然としないものの、発見救助後直ちにその場で人工呼吸を施されたが蘇生しなかったというのであるから、溺れてから四分ないし五分以上経過した後に発見され救助されたものと推認される。亡耕二が水没した位置がプールサイドから約五メートル離れた水深約一・五メートルの水底であったこと、当時のプールの水は澄んでいたことなどからすると、亡耕二水没後五分以上も発見救助が遅延したことは明らかに被告市教育委員会の雇傭する監視人らの過失によるものである。
従って原告らは前記(一)、(二)の請求が認められないとしても、被告市に対し、民法七一五条に基づき、本件事故より生じた後記損害の賠償を請求するものであり、被告市はその責任がある。
《以下事実省略》
理由
一 請求原因1項(事故の発生)及び2項(一)(市民プールの設置目的及び所有管理の主体)の事実は、当事者間に争いがない。
二 被告市の責任原因
そこで、まず原告ら主張の第一次的責任原因である本件事故が市民プールの設置または管理の瑕疵によって発生したものか否かについて検討する。
請求原因2項(二)ないし(四)の事実(本件プールの規模形状、公開状況、監視体制)中、小学校の児童は保護者の同行しない場合でも使用を許可されていたかどうかの点及び本件事故当時における市民プールの利用状況の点を除き、その余の事実については(但し、臨時の監視人の人数は五名の範囲内)で、いずれも当事者間に争いがない。
《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 市民プールは、当初大人用プールだけの施設で、五〇メートルの公認プールとして、日本水泳連盟競技規定・競泳規則等の基準に基づき、同時に成人の男女をも対象として設計され、昭和三八年七月一日竣工したものであるが、大竹市内の小中学校にはそれぞれ専用のプール施設を備えてはいたものの、児童生徒数が多いことなどの関係から使用回数に制限があったため、右大人用プールにも児童生徒らの利用を認めていたところ、その後、泳げない児童や幼児のためにも家族とともに楽しめるようにとの要望が強く、昭和四九年七月に至って、小人用プール(長さ・幅とも各一〇メートル、水深〇・五メートル)が大人用プールの西側に併設された。
2 小人用プールの併設後においても、市民プールの利用許可基準、両プールの使用者の区分等についての条例・規則に変更はなく、右条例・規則によると、当初から一貫して保護者が同行しなければ入場を許可しない対象者は幼児であって、右幼児とは小学校に就学しない者を意味しており、従って、水泳未熟な児童や生徒も規則上は所定の使用料さえ支払えば、単独でも自由に入場を許可され、小人用プールでも大人用プールでも区別なしに遊泳できる建前になっていた。
3 ただ、被告市教育委員会としては、大竹市内の小中学校長や市広報紙を通じて、児童が市民プールに行くときには、学校長の泳力証明書の携行者など特別の例外の場合を除いて、大人と一緒に行くようにとの指導がなされており、被告市も利用者の責任においてこれが遵守されることを前提に運営していたのであるが、市民プールの使用券売場や使用券回収場所付近及び施設構内においても児童は大人と同行しなければならない旨の注意書きを記した掲示はなく、アルバイトの主婦二名による使用券の発売と回収では、入場の際大人の同伴しない児童を規制することも徹底されておらず、利用者が込み合う時など単独で入場する児童があり、無論入場の段階で利用者に対し、大人用プールと小人用プールの使い分けにつき指示指導することはなかった。
4 また、市民プールの施設の外周には、金網フェンスや管理棟、機械室、更衣室などの建物が存在していて、利用者が入場する箇所は、施設南側にある前記使用券の回収をなす通路のみであって、ここを経て構内に入れば、すぐ大人用プールが眼前に在り、幼児児童らは、その南西側のプールサイドを通って西方に所在する小人用プールに行かなければならず小人用プールは大人用プールの南西側縁から僅か一〇メートル足らずの近距離にあって、その間には何ら往来を遮るような工作物設備は設けられていなかった。
5 大人用プールは、水底を明るい空色のペンキで塗られているためか、プールサイドから肉眼で水面を見た場合、実際の水深より浅く感ずる状況であり、同プールの四隅のコンクリート壁の縁には赤色のペンキで「水深1.4m」と書かれてはいるものの、よく注意すればともかく、大人でも注意しない場合や幼児児童などでは気づかない虞れがあったうえ、場内には「幼児や泳げない児童生徒などは大人用プールを使用しないで、小人用プールを利用すべき」旨の掲示やアナウンスなどはなく、ただ監視人が個々的に特に身長、体格などから見て危い子供だと感じた時に、小人用プールで泳ぐようにとの注意をする程度であって、その規制は徹底されているとはいい難く、混雑する時には目こぼれがあった。
6 本件事故当時は、学校が夏期休暇中の日曜日で、普段の日に比べて利用者が多く(被告市は本件事故当日、全日で五〇〇名位、事故時刻ころ約八〇名位と自認)、殊に小人用プールに近い大人用プールの北西側プールサイド寄り付近は、児童生徒などが多く遊泳していた。
7 本件事故当時の市民プールの監視体制は、正規の吏員である管理責任者一名のほか、アルバイト学生五名によるもので、朝九時から夕方六時までの連続監視であったが、その方法は、大人用プールの北東側と南西側との五〇メートルのプールサイドに各一台の監視台を置き、台上にそれぞれ一人が上って水面上を監視し、同プールサイドの両監視台の左右はすかいの形にそれぞれ一名の監視人が巡回に当たり、他の一名が小人用プールのプールサイドに位置して監視に従事していた。本件事故はこのような状態の下に、その時刻直前、管理責任者が大人用プールの南西側プールサイドを通って、北西側プールサイドに至り、スタート台から水面を見た後、北西側に所在する機械室に入り、濾過機を点検した後、再び右スタート台付近に戻って水面を監視し、次いで西側の小人用プールの機械室の濾過機を点検すべく、歩いて行き、その点検中に事故発生の騒ぎを耳にした。
8 監視台上から北西側及び南東側プールサイド寄りの水面を見た場合、遊泳などで波立っているときには、水底ラインの色なども関係して人が沈んでいるのか、潜っているのか見分けがつけ難い状態であり、本件においても亡耕二が水没箇所付近の水中にいるのに最初気付いたのは、南西側監視台上の監視人だけで、他の監視人らは全く亡耕二がプールサイドにいることも、同プールサイド寄りのプール内で泳いでいることにも気付いておらず、右監視台上の監視人も亡耕二が潜っているのか、沈んでいるのか不審に思う程度で、暫く時間を置いていたところ、付近の大人の人が「子供が沈んでいる。」と叫んだため、直ちに台上から飛込み、南西側プールサイドに引上げ、監視人において人工呼吸を継続施行した。しかし蘇生せず、救急車で近くの国立大竹病院に運び医師に診察して貰ったが、最早手遅れの状態であった。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
してみると、亡耕二は、後記認定の行動や水泳能力などの点からすると、一人で使用券を窓口で購入し、使用券回収通路においてこれを回収される際、別段大人同伴の有無を問われることなく、施設構内に入場を許されたものであり、入場後、小人用プールで遊んでいたが、すぐ近くの大人用プールの北西側プールサイドの方にも行き、同プールサイドにおいて、プール内を多くの児童生徒らが楽しそうに遊泳している様子を見ているうちに、水は澄み、しかも浅く感ずることでもあり、つい大丈夫と思って、発見された箇所付近のプール内に入ったか、さもなければ、北西側プールサイドのスタート台付近で遊んでいるとき、誤ってプール内に落ち込んだかしたもので、結局背たけよりも深く、泳ぐことができなかったため、溺れたものと推認するのが相当である。
ところで、原告らは、被告市が大人用プールを児童生徒用の部分と大人用の部分とに物理的に区分したうえ、児童生徒用の部分の水深を一メートル程度にすべきであり、或は児童生徒と大人とを一緒に使用させるならば、水位を最深部でも一メートルないし一・二メートル位にし、板などを底に沈めて、足を水底に着けたまま立つことができるようにすべきであるのに、このような形状設備に整えなかったことをもって、営造物の設置の瑕疵であると主張するが、大人用プールは公認の水泳競技用プールとして使用する目的で、日本水泳連盟競技規定・競泳規則等に定める基準に合致するよう設計されたものであり、水泳熟練者ばかりでなく、一般市民においても成人ないし泳ぐことのできる生徒児童をも対象としたものであって、泳げない児童や幼児のためには別に小人用プールが併設されていて、これを利用することが自由であったのであるから、市民プールを全体として考察すれば、原告主張の物理的区分や工作はなされていたものというべく、単に利用者の年令・水泳能力の観点から大人用プールに原告主張の形状設備を施こさなければならない必要性はない。また本件においては、後記説示のとおり幼児や泳げない児童生徒が大人用プールへ接近することなどによる事故の発生を防止するため、大人用プールと小人用プールとの間に柵等の工作物を設けて往来を遮断するとか、出入口から小人用プールへ行く通路を別にする必要がありはしないかが問題となるが、市民プールは親子家族が一緒に楽しめることをも目的として設置されたものであるうえ、規則や指導によって年少者には大人が同行しているのが通常であり、かつ、利用者自らにおいて水難に対し、或る程度の危険回避責任を負担すべきことが当然であること、更には普段の日の市民プールはそれ程利用者が多くはなく、被告市も監視人らを雇傭して常時子供が大人用プールに接近することの防止を含めて遊泳者に対する危険発生を未然に防止すべく監視等に当たらせていたことなどを勘案すると、前記設備工作物の不存在をもって直ちに通常予想される危険発生を未然に防止することができない程の欠陥であるとは断定し難く、その他市民プールに設計上の不備・工事の不完全など営造物として通常備うべき安全性に欠ける事実を認めるに足りる証拠はないから、物的施設面での設置の瑕疵ありとはいえない。
しかしながら、およそプールはその利用者の身体上の故障、水泳の未熟或は水泳不能者の転落等が原因となって、水死する危険を伴うものであるから、この点市民プールが住民に対する福祉施設であるからとて、利用者が自らの判断と責任で事故の発生しないよう注意義務を尽してくれることに任し、或は、年少者単独の利用が許されない旨のPRを前提に、年少者には保護者が同行し、かつ、保護者が年少者の監督義務を遵守してくれることに期待するだけではすまされず、プールの設置管理者としてもその利用者の安全を確保するための監視体制を整え、適確な営理方法を講じなければならないところ、特に市民プールは、同一施設構内に大人用と小人用のプールが併設され、出入口は一つで、大人も子供もそこから入場し、大人用プールの南西側プールサイドがいわば小人用プールへの通路となっており、小人用プールと大人用プールの間は僅かに一〇メートル足らずで、かつ、柵等による往来を遮断する設備もないのであるから、もし全く泳ぐことのできない幼児や児童など危険回避能力の乏しい者が大人用プールに接近してこれを利用する場合には、事故の発生することが当然考えられるところである。この点被告市は市民プール開設中は、常時管理責任者一名のほか、プールの監視に当たる臨時のアルバイト学生五、六名、使用券の発売回収に当たる臨時雇の主婦ら二名をもって、管理運営を行なっていたものであり、普段の比較的利用者の少ない日であれば、この体制で十分と思われるが、大人用プールは外周一五〇メートル、プールサイド部分をも含めると相当広い面積であるうえ、利用者の中には最近大竹市に転入して来た児童など利用準則を知らない者がいたり、利用者が混雑するようなときには、規制監視の目が行き届かない虞れがあったのであるから、本件当日のような利用者の特に多い時には、若干監視人や事務員を増員して監視体制を強化し、管理の適正を期する必要があったのである。そしてまず、使用券の発売、回収の段階において、大人同行の児童であるか否かの確認を徹底し、入口付近には、幼児ばかりでなく児童にも保護者の同行を要する旨を掲示するとか、更には入場後においても児童などに理解できるように、場内の適当な箇所に、大人用プールに対する危険を認識させ、危険防止を呼びかける旨の標識を設け、場内アナウンスをするとか、泳げない児童幼児が小人用プールから大人用プールに接近して、スタート台付近で危険な行動をするのを規制したり、入水している水泳未熟者に対する注意を厳にし、もって、事故の発生を未然に防止すべきであるのに、被告市において右の点の監視態勢が十分でなかったことは前記認定の事実から明らかであり、市民プールは営造物としての人的施設・管理体制の面で、その設置管理に瑕疵ありというべきである。
そして、本件事故は、右瑕疵により発生したものといえるから、被告市は、国賠法二条一項によって亡耕二及び原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。
三 被害者側の過失責任
《証拠省略》に弁論の全趣旨を合わせると、次の事実を認めることができる。
1 原告ら家族は、本件事故の数日前に兵庫県より大竹市へ転入引越して来たものであるが、亡耕二は事故の二、三日前ころから、自宅の前を水泳に行く子供達の姿を目にとめ、前日には父及び兄邦彦(小学校六年生)とともに市民プールを見に行ったりして、すぐにでも泳ぎに行きたい素振りを示し、両親にこれを要望していたが、父から勤めが休みのときに連れていってやるからと云われ、果たさずにいた。
2 本件事故当日、父である原告義将は勤めのため不在であり、母である原告洋子は午前一〇時ごろから日頃の貧血と引越し疲れのため横臥し、睡眠中であったところ、一〇時過ぎころ亡耕二は兄邦彦に「プールに行こう。」と誘ったが、兄から「父が連れて行ってくれるからやめとけ。」と断わられたにも拘らず、母にも無断で市民プールに出かけて行った。しかし、使用料を持っていなかったため、一旦家に引返し、小人としての使用料一〇円を自己の小遣銭から取り出して、再び母には黙って家を出た。
3 亡耕二及び両親らは、大竹市に転入してきたばかりで、児童が市民プールに行くときには大人が同行しなければならない旨市内の小学校において指導されており、かつ、市広報でもこの旨通知されていたことを知らなかったものの、亡耕二自身小学校二年生で背も低く、二、三メートルしか泳げない状態であったうえ、前在学校である兵庫県加古郡播磨町立蓮池小学校では中学校との併用プールがあって、浅い部分(〇・五メートル位)と深い部分(〇・九メートルないし一・一メートル)とが鉄パイプ様のもので区分され、小学校一年生から三年生までの児童は浅い部分を利用することとされており、また校区外のプールに行くときには、父兄と一緒に行くよう学級会などを通じて指導を受けていた。母も同校PTA役員として、また父も常識として、プールとか河海などでの水泳に子供を行かせるときには、大人が同伴しなければならないことをよく承知していた。
4 母は当日午前一〇時三〇分ごろ目を覚まし、邦彦に亡耕二の行く方を尋ねたところ、市民プールに行ったことを聞いたので、邦彦をして約八〇〇メートル離れた市民プール(子供の足で約五分で行ける。)まで亡耕二を捜しに行かせた。邦彦は市民プルの金網フェンス越しに亡耕二の姿を求めたが見付け出すことができず、帰宅して来たので、母がもう一度邦彦を市民プールに行かせようと話していた矢先午前一一時ごろ)、事故による救急車のサイレンの音を耳にしたというのであり、その間母は約二〇分ないし三〇分横臥して休んでいた。
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
そうすると、原告ら両親は、一応市民プールの状況を把握のうえ、亡耕二に対し父の勤めが休みの日にはプールに連れて行ってやるから、一人で行ってはならない旨注意していたにも拘らず、父は不在、母は身体の具合いが悪いため睡眠していた間に、亡耕二が無断で、しかも兄邦彦の制止にも耳を貸さず出掛けたことは、誠に不運であったと同情されるが、本件のような住民に対するサービス施設にあっては、利用者の安全確保は、まず個々の利用者側においてこれに留意すべきことが基本であって、当時亡耕二はまだ自己の願望を押えうる年令ではなく、兄の反対を振り切って家を飛び出す程、プールで遊泳したい欲望やその素振りは相当強いものがあったと予想されるところ、もし両親の知らない間に一人で市民プールに入場し、大人用プールに接近するなどすれば危険であるから、父母はもっと厳しく亡耕二に一人では行かないよう警告することが必要であり、また可能であったと認められる。そして、邦彦にも弟耕二がプールに行くようなことがあれば、直ちに親に知らせるよう告げておくとか、事故の二〇分位前に目覚めた際、いかに健康状態が思わしくないからとて、重病でもない限り、まだ児童で、しかも転入して来たばかりで様子もよく分らない邦彦をして市民プールに捜しに行かせることに任すことなく、歩いても余り時間を要しない市民プールまで自らも出掛けるとか、それが無理なら他に適当な人に依頼するなどの手段を講ずべきであった。しかるに、原告らには前示認定事実から見て、これを怠った過失ありといわざるを得ない。
一方亡耕二は、小学校二年生として学校での水泳教育において、自己の水泳能力の未熟であることを知り、かつ、日ごろ学校プールでは浅い部分の使用を指示され、校区外のプールなどに行くには父兄同伴であることを指導されていたのであり、単独で市民プールに行くこと及び大人用プールは深い部類のプールであるからこれを利用すれば危険であることの理はわきまえておりながら、軽率にも勝手な行動をとったもので、やはり判断力や分別に乏しく、危険な行動に及び勝ちな子供であることを考慮に入れても、過失ありという外はない。
そして、本件事故は、右の被告市の前記営造物の設置管理上の瑕疵と被害者側の右過失との競合により発生したものであり、その過失割合は、前記認定の事実関係のもとにおいては、被告市四割、被害者側六割と認めるのが相当である。
四 損害
次に損害について判断する。
1 亡耕二の逸失利益
亡耕二が本件事故当時七歳の男子であったことは、当事者間に争いがないところ、厚生省発表の第一三回生命表によると、七歳の男子の平均余命年数は六三・七六年であるから、もし亡耕二が本件事故にあわなかったとすれば、七〇歳余になるまで存命し、少なくとも一八歳から六七歳に達するまでの四九年間稼働して通常の男子労働者と同等の収入をあげることができた筈である。
しかして、昭和四八年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者の一八歳~一九歳の産業計・企業規模計の平均給与額(きまって支給する現金給与額に年間賞与その他の特別給与額を加算)は年間八一万〇二〇〇円である。
従って、亡耕二も四九年間右同額の収入を得ることができ、その生活費等は収入の二分の一とみるのが相当と解するから右を基礎にライプニッツ式計算法により年五分の中間利息を控除して現価を算出すると、金四三〇万三二九六円(円未満切捨)となる。
数式 405,100円×(18.9292-8.3064)=4,303,296円
2 葬儀費用
《証拠省略》によれば、原告義将は、亡耕二の葬儀を行ない、その費用として葬儀社に対し金一一万七八〇〇円を支払い、その他金一五万円の費用を支出したことが認められるところ、右費用のうち本件事故と相当因果関係のある支出は金二五万円をもって相当と認める。
3 過失相殺
前記1の逸失利益、2の葬儀費用について前記認定の割合による過失相殺をすると、1の逸失利益については金一七二万一三一八円(円未満切捨)、2の葬儀費用については金一〇万円となる。
4 慰藉料
亡耕二の死亡による亡耕二自身及び原告らが被った精神的苦痛を慰藉するには、本件事故の態様、過失割合その他諸般の事情を斟酌し、亡耕二については金九〇万円、原告らについては各七五万円をもって相当と認める。
5 弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告らは、被告市が本件事故による亡耕二及び原告らの損害賠償金を任意に支払わないので、本件損害賠償訴訟の提起と遂行とを弁護士阿左美信義、佐々木猛也、緒方俊平に委任し、その際報酬等として相当の出費をなすことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、後記認容額などに徴すれば、原告らが本件事故による損害として被告市に請求しうる額は各二〇万円をもって相当と認める。
6 相続
原告らが亡耕二の父母であることは当事者間に争いがなく、原告らは前記認定3、4の亡耕二の損害賠償請求権を二分の一宛、即ち金一三一万〇六五九円宛相続したことになる。
7 以上により、被告は原告義将に対し金二三六万〇六五九円、原告洋子に対し金二二六万〇六五九円及び原告義将については内金二一六万〇六五九円、原告洋子については内金二〇六万〇六五九円に対する本件事故の日である昭和四九年八月一八日から各完済の日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。
五 してみると、原告らの本訴請求は、右認定の限度において理由があるから、これを認容すべく、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森田富人)