広島地方裁判所 昭和53年(ワ)235号 判決 1979年9月14日
原告
古川晟治
ほか一名
被告
株式会社日産観光サービス
主文
一 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告は、原告古川晟治に対し金三三五万二、九〇二円および内金三〇五万二、九〇二円に対する昭和五二年一〇月三〇日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を、原告古川冷子に対し金三〇四万二、九〇二円および内金二七七万二、九〇二円に対する昭和五二年一〇月三〇日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 訴外古川渉(以下「訴外渉」という。)は次の交通事故にあつた。
1 日時
昭和五二年一〇月二九日午後八時一〇分ころ
2 場所
島根県那賀郡金城町大字長田地内国道一八六号線上(広島県境から約六五〇メートルの地点)
3 事故に至る経過
訴外渉は同じ下宿の友人高司雅道、栗栖渉および右高司の友人藤原康弘とともにレンタカーによる山陰旅行を計画し、高司が被告から普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を賃借し、昭和五二年一〇月二九日午後六時三〇分ころ右自動車により旅行に出発した。当初高司が運転していたが途中運転免許を有しない藤原と運転を交替した。
4 事故の態様および結果
藤原は前記場所に差し掛つた際、下り勾配となつていた左カーブを曲り切ることができず、対向車線の路肩から本件自動車を逸脱させて一・八メートル下の草地に右自動車を転落転覆させ、この結果同乗していた訴外渉は昭和五二年一〇月二九日午後一一時肺水腫等により死亡した。
(二) 責任原因
被告は本件自動車を自己のために運行の用に供する者であるから、本件事故につき自賠法三条の運行供用者責任を負う。
なお、本件事故は被告に無断で無免許の藤原が運転中発生したものであるが、このような場合でも被告が運行供用者であることに変わりはない。
(三) 原告らの地位
原告らは訴外渉の父母であり、相続により訴外渉の権利義務を二分の一ずつ承継した。
(四) 損害(弁護士費用以外のもの)
1 逸失利益
原告晟治 金一、一一七万五、五七五円
原告冷子 金一、一一七万五、五七五円
訴外渉は昭和三二年五月二五日生まれであり、本件事故当時二三歳であつて、広島修道大学商学部一年生であつた。同人は昭和五六年四月同大学を卒業し、少なくとも大学卒業者の平均的な賃金を取得することは確実であつた。そこで、同人の逸失利益は、同人の就職予定の昭和五六年四月以降就労可能年限である六七歳までの四四年間につき大学卒業者の平均給与額を基礎として算出することとする。
賃金センサス昭和五〇年度第一巻第一表の産業計、企業規模計の旧大、新大卒の項によると、右該当者の平均収入額は給与(月額)が金一七万七、二〇〇円、年間賞与等が金八一万三、〇〇〇円である。
昭和五六年度の右該当者の平均収入額は昭和五〇年度の右該当者の平均収入額より上昇することは明らかであるところ、控え目に考えて昭和五〇年度より一割上昇するものと解すると、昭和五六年度の右平均収入額は、給与(月額)が金一九万四、九二〇円、年間賞与等が金八九万四、三〇〇円となるから年間収入は金三二三万三、三四〇円となる。
(194,920×12+894,300=3,233,340)
しかして、就労の終期までの年数四七年(67年―20年)に対応するライプニツツ係数は一七・九八一、就労の始期までの年数三年(23年―20年)に対応するライプニツツ係数は二・七二三であるから二三歳から六七歳までの訴外渉の収入の現価を生活費を五〇%として計算すると金二、四六六万七、一五〇円となる。
{3,233,340×(17.981-2.723)×1/2=24,667,150}
ところで訴外渉は昭和五二年一一月以降昭和五六年三月まで四一ケ月間学生生活を送るはずであつたところ、下宿代を含め一ケ月五万円の生活費を要した。但し、特別奨学生として月額金二万八、〇〇〇円の貸与を受け、このうち金一万四、〇〇〇円は返還免除となるものであつたから、結局生活費として一ケ月三万六、〇〇〇円要し、四一ケ月では金一四七万六、〇〇〇円となる。
(36,000×41=1,476,000)
また、訴外渉は学費として年額金二八万円を納入しなければならなかつたから、三年間では金八四万円となる。
(280,000×3=840,000)
従つて、訴外渉が昭和五二年一一月以降昭和五六年三月に至るまで要した生活費、学費は金二三一万六、〇〇〇円となる。
右の生活費、学費を前記収入の現価から控除すると、訴外渉の逸失利益は金二、二三五万一、一五〇円となる。
(24,667,150-2,316,000=22,351,150)
前記のとおり、原告らは訴外渉の父母として訴外渉の右金額に相当する損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したから、原告らの取得した損害賠償請求権は各金一、一一七万五、五七五円となる。
(22,351,150÷2=11,175,575)
2 慰謝料
原告晟治 金三五〇万円
原告冷子 金三五〇万円
訴外渉は原告らの子供四人のうちの二男であり、原告らは志望の大学に入学した訴外渉の将来に大きな期待を寄せていたが、本件事故によりこれが無惨に打砕かれてしまい、原告らの蒙つた精神的苦痛は筆舌に尽くし難いが、金銭に評価すると原告ら各人につきそれぞれ金三五〇万円を下まわることはない。
3 葬儀費
原告晟治 金四〇万円
原告晟治は訴外渉の葬儀のため金四〇万円の支出を余儀なくされた。
4 合計
右を合計すると、原告らの取得した損害賠償請求権は次のとおりとなる。
原告晟治 金一、五〇七万五、五七五円
原告冷子 金一、四六七万五、五七五円
(五) 過失相殺
訴外渉は無免許の藤原の運転する本件自動車に同乗していたものであるから、三〇%の過失相殺すると、原告らの損害賠償請求権は次のとおりとなる。
原告晟治 金一、〇五五万二、九〇二円
原告冷子 金一、〇二七万二、九〇二円
(六) 損益相殺
原告らは自賠責保険から各金七五〇万円(合計金一、五〇〇万円)を受領したので、これを控除すると、原告らの損害賠償請求権は次のとおりとなる。
原告晟治 金三〇五万二、九〇二円
原告冷子 金二七七万二、九〇二円
(七) 弁護士費用
原告晟治 金三〇万円
原告冷子 金二七万円
原告らは本訴の提起遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、認容額の一割相当額の報酬を支払うことを約したので、原告らの負担する弁護士費用は右の金額となる。
(八) 結論
よつて、被告に対し、
1 原告晟治は金三三五万二、九〇二円および内金三〇五万二、九〇二円に対する本件事故の日の翌日である昭和五二年一〇月三〇日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
2 原告冷子は金三〇四万二、九〇二円および内金二七七万二、九〇二円に対する本件事故の日の翌日である昭和五二年一〇月三〇日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実につき
1 その1は認。
2 その2は認。
3 その3は、そのうち、訴外渉が高司、栗栖、藤原の友人三人と本件自動車で山陰旅行に行つたこと、本件自動車は高司が被告から賃借したこと、本件事故当時無免許の藤原が本件自動車を運転していたことは認、その余は不知。
4 その4は認。そのうえ、藤原は制限速度毎時四〇キロメートルのところ、毎時七〇キロメートルで運転していた。
(二) 請求原因(二)の事実は否認。その理由は次のとおりである。
1 被告はレンタカー業者であるところ、貸渡自動車に対し運行支配を及ぼしえないから運行供用者たる地位にない。
2 仮にしからずとするも、本件事故は無免許の藤原が無謀運転中に発生したものであるところ、訴外渉を含む同乗者三名はこれを認容していたものである。
3 右のような事情から被告は歩行者等第三者に対してはともかく少なくとも本件自動車に乗車していた四名に対しては運行供用者責任を負わない。
(三) 請求原因(三)の事実は認。
(四) 請求原因(四)の事実は不知。
(五) 請求原因(五)の事実は争う。仮に被告が運行供用者責任を負うとしても、(二)1ないし3の事情があるから、もつと大幅な責任の制限がなされるべきである。
(六) 請求原因(六)の事実は、そのうち、原告らが自賠責保険から各金七五〇万円(合計金一、五〇〇万円)を受領したことは認。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 本件事故の日時、場所
請求原因(一)1、2の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故に至る経過、事故の態様および結果、責任原因、過失相殺(請求原因(一)3、4、(二)、(五))について
(一) 当事者間に争いのない事実、成立につき当事者間に争いのない乙第一ないし第一六号証、第一九ないし第二五号証によると次の事実を認めることができる。
1 訴外渉(広島修道大学一年生)は同じ下宿の友人高司雅道(広島工業大学二年生)、栗栖渉(広島工業大学二年生)および高司の友人藤原康弘(広島工業大学二年生)とともにレンタカーによる山陰旅行を計画した。高司がレンタカー業者である被告に対しレンタカーの借受を申込んだところ、被告は、免許証の呈示を求めたうえ、貸渡期間四八時間、予定走行経路山陰方面、乗車人員四名の約束の外、貸渡約款による種々の制限を課したうえで高司に対しその所有する本件自動車を貸渡した。レンタカーの料金は一万六、八〇〇円であり、四名の均等割という約束のもとに高司が立替払した。
四名のうちで普通乗用自動車の運転免許を有していたのは高司(昭和五二年九月取得)および訴外渉(昭和五二年七月取得)であり、藤原と栗栖は無免許であつた。しかして、訴外渉が夜間運転することに自信がないというので夜間とか交通量が多いところを高司が運転し、昼間交通量の少ないところを訴外渉が運転する約束であつた。
2 一行四名は高司が本件自動車を運転して昭和五二年一〇月二九日午後六時三〇分ころ下宿から山陰旅行へ出発した。
広島県山県郡芸北町地内に差掛つたとき空地があつたのでしばらく休憩した。同所を出発するとき藤原が運転の交替を申出たところ、高司は藤原が無免許であることを知つていたが疲れていたので運転を交替することとした。訴外渉、栗栖も藤原が無免許であることを知つていたが、藤原が運転することに異議をとなえることなく、これを黙認した。一行四名は藤原が運転して同日午後八時ころ同空地を出発した。
3 同空地を出発してから約一〇分経過したころ本件事故現場に差掛り、同所は下り勾配で左に急カーブしていたが、藤原は制限時速四〇キロメートルのところ七〇キロメートルの高速度で運転していたため左カーブを曲り切れず、急制動する間もなく道路右側の路肩から逸脱し、一・八メートル下の草地に本件自動車を転落転覆させた。
この結果訴外渉は同日午後一一時肺水腫等により死亡した。
(二) 右(一)認定を覆えすに足りる証拠はない。
(三) 考察
右(一)認定の事実を基礎として考察する。
1 本件事故に至る経過、本件事故の態様および結果
右は右(一)認定のとおりである。
2 責任原因および過失相殺
(1) 被告はレンタカー業者であり、本件自動車は被告の所有である。しかして、被告はレンタカーの借主に対し、自動車貸渡契約により短期の利用期間を定め、走行区域を限定する等種々の制約を課しているので自動車貸渡契約を通じて貸与後も本件自動車につき運行支配を有するということができ、また、賃料を取得しているので運行利益をも有するということができるから、被告は借主による本件自動車の運転使用中も運行供用者性を失なわないというべきである(最判昭和四六年一一月九日・民集二五巻八号一一六〇頁参照)。
(2) しかしながら本件自動車に乗車した四名も運行供用者性を有するというべきである。右の四名は共同で旅行するために費用を各人が負担して本件自動車を利用したのであるから、本件自動車につき運行支配と運行利益を有するということができるからである。もつとも被告との間で貸渡契約を締結したのが高司であるから、本件自動車につき高司の運行支配性が高く、従つて、また運行供用者性が高いといえるが、このことのゆえに他の三名殊に訴外渉の運行供用者性が否定されるものではない。
(3) ところで、運行供用者という概念と自賠法三条本文の他人という概念は相互に排斥するものではないから、運行供用者の一人(本件では訴外渉)が当該自動車の運行により被害を受けた場合には、他の運行供用者(本件では被告)に対する関係では他人性を取得し、当該他の運行供用者に対し損害賠償請求権を取得するとともに、自らの帯有する運行供用者性の程度に応じて右損害賠償請求権を減額するのが信義則ないし公平の原則に適合するというべきである。
(4) また、訴外渉は無免許の藤原が運転するのを看過しているが、この点は訴外渉自身の過失であり、また藤原が無謀運転した点は被害者側の過失として、いずれも原告らの損害賠償額を定めるにつき斟酌すべきである。
(5) 右の(3)(4)の如く、訴外渉が運行供用者性を有したことや原告らにつき過失相殺事由が存在することにより、原告らの損害賠償請求権は少なくともその六割を控除するのが相当である。
三 原告らの地位
請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない。
四 損害(弁護士費用以外のもの)
(一) 逸失利益
原告晟治 金一、一一七万五、五七五円
原告冷子 金一、一一七万五、五七五円
原告最治本人尋問の結果、公知の事実、弁論の全趣旨によると、請求原因(四)1の事実を認めることができる。
(二) 慰藉料
原告晟治 金三五〇万円
原告冷子 金三五〇万円
原告晟治本人尋問の結果によると、請求原因(四)2の事実を認めることができる。
(三) 葬儀費
原告晟治 金四〇万円
原告晟治本人尋問の結果によると、請求原因(四)3の事実を認めることができる。
(四) 合計
右を合計すると、原告らの取得した損害賠償請求権は次のとおりとなる。
原告晟治 金一、五〇七万五、五七五円
原告冷子 金一、四六七万五、五七五円
五 過失相殺等
二(三)2、(5)に従い、右の金額からその六割を控除すると、
原告晟治 金六〇三万〇、二三〇円
原告冷子 金五八七万〇、二三〇円
六 損益相殺(請求原因(六))につき
原告らが自賠責保険から各金七五〇万円(合計金一、五〇〇万円)を受領したことは当事者間に争いがないから、これを右の金額から控除すると、原告ら各人の未填補の損害賠償請求権(弁護士費用以外のもの)は存在しない。
七 弁護士費用
右のとおり原告らの未填補の損害賠償請求権(弁護士費用以外のもの)は存在しないから、弁護士費用の請求は失当である。
八 結論
右によると、原告らの本訴各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三浦宏一)