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広島地方裁判所 昭和53年(ワ)517号 判決 1979年8月28日

原告 木下正伸

被告 国

代理人 河村幸登 小下馨 ほか四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五〇年七月三一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年九月二日から昭和五一年一〇月一五日まで被告の所管する広島拘置所で懲役囚として受刑し、同年一〇月一六日から昭和五二年二月一〇日まで刑事事件被疑者として同所に勾留され、同年二月一一日より同年三月一五日まで懲役囚として同所で受刑し、同月一六日山口刑務所に移送され現在に至つている。なお、原告の右刑期満了日は昭和五三年七月一五日である。

2  本件図書閲読不許可処分

昭和五〇年六月五日、原告は「都市ゲリラ教程」(三一新書)の購入及び閲読願を提出したが、同月三〇日不許可決定の告知を受け、また同年七月一日同書の特別購入(閲読)願を提出したが同月三日不許可決定の告知を受け、さらに同月二二日同書の交付(閲読)願を提出したが、同月三一日不許可決定の告知を受けた。

右一連の処分はいずれも広島拘置所長がなしたものである(以下右各処分を本件処分という)。

3  本件処分の違憲性・違法性

憲法一九条は「思想の自由」を保障しているが、この思想の自由と密接不可分な権利として、何人もいかなる図書であろうと読む自由をもつものである。つまり、読む自由は思想形成の手段として不可欠だからである。また憲法二一条は「表現の自由」を保障しているが、この表現の自由は思想の発表伝達の自由を当然包含し、かつ思想の伝達を受ける自由(「知る自由」)をも保障するものである。

そして、右憲法上の自由は基本的人権の一つとして受刑中の在監者にも認められるものであつて、監獄法三一条一項はこの趣旨を受けて在監者にも図書の閲読を原則として許すべきものとしているのであり、この閲読の制限は、右権利の性質上、拘禁、戒護等の面からする「明白かつ現在の危険」等の厳格な基準によるべきものといえる。監獄法三一条二項は、重要な基本的人権の一つである図書閲読の自由に対する制限を抽象的包括的に命令に委任しているものであり罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違反するものというべく、また仮に違反しないとしても、右監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項の解釈適用は憲法一九条、同二一条で保障する図書閲読の自由を侵害するようなものであつてはならない。

右趣旨に照らした場合、本件図書「都市ゲリラ教程」にはその閲読を禁止制限すべき合理的理由はなんら存しないのであつて、同禁止の本件処分は違憲・違法なものというべきである。

4  損害

原告は国の公務員である広島拘置所長の故意、過失に基づく右違憲・違法な本件処分により「読む自由」「知る自由」を侵害され、精神的に甚大な苦痛を蒙つた。原告の精神的損害を金銭に見積ると慰藉料として金一〇万円が相当である。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条により右金一〇万円及びこれに対する本件最後の不許可処分の通知を受けた日である昭和五〇年七月三一日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。ただし、原告の刑期満了日は昭和五三年七月一四日である。

2  同2項は認める。ただし、最後の図書の交付願が提出されたのは昭和五一年七月二二日であり、同不許可決定の告知はその月の三一日である。

3  同3項は争う。

本件(不許可)処分は、いずれも当時原告が、兇器準備集合等の罪により懲役刑受刑中であつたことから、監獄法三一条二項同法施行規則八六条一項、昭和四一年法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」三条四項に基づき、本件図書閲読を許可することが教化上適当でなく、拘禁の目的に反すると認められたことによるものである。

右不許可とした具体的理由は次のとおりである。つまり、本件「都市ゲリラ教程」の内容中かなりの部分は、拘置所からの脱走、収容者の身柄の奪取、武器弾薬の強取、その流用、都市ゲリラの戦略と戦術等各種犯罪の手段・方法を詳細かつ具体的に記述して、それをそそのかし扇動しているものと認められるところ、原告は、いわゆるマル学同中核派に所属する活動家であり、当時の受刑原因となつた犯罪歴がいずれも現在の法秩序を暴力をもつて破壊しようと企てる性質のものであることなどから、本件図書を原告に閲読させることは、教化上適当でなく、拘禁の目的に反すると認められ、そしてさらに、その支障となる部分が本件図書二一三ページのうち八九ページを占め、これを抹消又は切取りを行うことによつて、図書の形状及び内容を著しくそこなうおそれがあると認められたことから、広島拘置所長は、これを刑務官会議に附議したうえ全体として不許可としたものである。

なお、図書閲読の自由は憲法一九条の「思想の自由」、同二一条の「表現の自由」として受刑者についても一応保障されているところではあるが、しかし他方、これら受刑者の基本的人権も、国家が受刑者を刑事施設に拘禁して一般社会から隔離し、かつ矯正を図るという行刑の目的に照らし、刑罰権行使に必要な範囲と限度においてある程度制限されることもやむを得ないところで、前記監獄法等の規定及びこれらに基づく広島拘置所長の本件処分は右趣旨にそつたものであり、なんら違憲・違法なものではない。

4  同4項は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1、2項(ただし以下認定部分を除く)は当事者間に争いなく、そして、<証拠略>と右1項中刑期満了日は昭和五三年七月一四日であり、また右2項中最後の本件図書交付願の提出されたのは昭和五一年七月二二日であり、その不許可決定の告知のなされたのは同月三一日であることが認められ、そしてなお、<証拠略>によると、広島拘置所長の本件処分の理由は被告主張事実認否欄二3記載のとおりであると推知され、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  請求原因3項の主張について

原告は本件処分の違憲・違法を主張する。そこで以下検討する。

憲法はその一九条で思想の自由を、同二〇条で信教の自由を、同二一条で表現の自由を、同二三条で学問の自由を各定めて、憲法上国民にその基本的人権としてこれらの自由を保障している。そして、図書閲読の自由は、国民が右思想を形成し、表現し、またこれを信じ、あるいはそのための学問をする手段として当然必要とされるもので、右各基本的人権の内に含まれ、そしてまた、受刑者についても、一般には右権利が保障されているものと解さなければならない。

しかしながら、刑罰としての懲役(刑法一二条)は自由刑の一つで、受刑者を監獄に拘置してその自由を奪うことを本質とするものであり、かつ同時にその受刑中受刑者の教化矯正をも図ろうとするものであると解されるところ、このような国の刑罰権の適切な行使は、社会の法的秩序を維持するという強い公益上の必要から憲法上も十分是認されているところであり、したがつて、受刑者については、前記基本的人権の一つとしての図書閲読の自由も、右刑罰権の適切な行使を受容すべき公益的側面から相当程度の制限を受けることのあるのはやむを得ないことというべきである。監獄法三一条二項、同法施行規則八六条は右趣旨にそつたものとみられ、右趣旨にそつた解釈適用がなされる限り右各規定につき違憲の問題を生ずることはない。

そこで右各規定に照らしさらに具体的に検討してみるに、本件のごとき懲役刑受刑者の刑務所内における図書閲読の自由の制限は、一般には、その図書の内容及び受刑者の個々的諸事情に照らして、その拘禁(懲役受刑)の目的に反するかどうか、その施設の正常な秩序、管理運営を阻害する蓋然性の有無、また受刑者の教化上の適否等によつて判断すべく(監獄法三一条二項同法施行規則八六条)、施設管理者たる拘置所長の行刑上の専門的知識、経験に基づくある程度の裁量的判断をなし得べきものと解される。

そして、これらを本件についてみるに、<証拠略>によると次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告の本件処分当時の受刑(懲役二年六月)の基になつた犯行は、その罪名が兇器準備集合、建造物侵入(不退去)、公務執行妨害で、その内容は、いわゆる東大紛争の際、原告を含む約一六〇名くらいの学生らが東大法三号館に立てこもつてこれを占拠したうえ、原告は、(一)多数の学生らが、右占拠を解除しようとする警察官らに対しこれを阻止するため共同して投石殴打などの暴行を加える目的をもつて、多数の石塊、建物自体を破壊しあるいは大学周辺の舗道の敷石を砕いて作つたコンクリート塊、角材及び鉄パイプ、火炎びん等を同建物要所に準備したのに加わり、また、(二)右建物の退去要求に応ぜず、さらに、(三)多くの学生らと共謀のうえ、不法占拠者らの排除等に従事中の警察官らに対し、高さ約一四メートルの右建物屋上等からコンクリート塊、火炎びんなどを投げつける等の暴行を加えた、というものであり、そしてなお、右犯行の経緯等につき一審の刑事判決書の記載によると、原告を含む同刑事被告人らは「大多数の学生あるいは国民の意思を無視し、民主主義のルールと現行法秩序のもとでは到底許されない独自の論理を掲けて、あたかもそれが正当視されるものの如く公然と本件を敢行したものである。」としたうえ「そしてその行動をみるに、セクトごとに軍隊あるいは警察機動隊をまねて部隊編成を行ない、建物内部における守備範囲等を決め、大量の石塊、鉄パイプ、角材などを運び入れ、さらには火炎びんまで製造・準備するなどして、計画的・組織的に集団をもつて事を起したもの」である、とされ、次いで原告は右犯行のリーダー的役割を果たしたものであるとされている。

2  そして、原告が閲読を求める本件図書の内容であるが、同図書の内容、解説、標題等からすると、同図書「都市ゲリラ教程」は、ブラジル革命の軍事論として、ブラジルの都市ゲリラ指導者カルロス・マリゲーラの著作になるもので、ブラジル革命への道は武装ゲリラ斗争しかありえないという立場から都市ゲリラ実践の指針を詳述したものであり、その具体的内容は、暴力による革命の手段として、都市におけるゲリラ活動の様式、態様等につき襲撃、市街戦、占拠、武器・弾薬・爆薬の奪取・流用、処刑、誘拐、拘置所からの脱走等を詳述し、しかもこれらに直接関連する記載は本件図書全体のうち少くとも三分の一以上に及ぶものとみられる。

右事実からしてみるに、前叙説示に照らすと、本件図書を右懲役刑受刑中の原告に閲読させることは、教化上適当でなく、拘禁の目的に反すると認められるとして、一部抹消等もしないで全体として右閲読を許可しなかつた広島拘置所長の措置は十分首肯し得るところというべく、いまだその裁量的範囲内に属するものと認められ、したがつて、本件処分は格別違憲・違法はないというべきである。

なお、<証拠略>によると、原告が受刑中他に「ゲリラ戦争」等の図書閲読を認められている事実がうかがわれるが、このことは、その各具体的当不当の問題を残すのみで、右本件の判断を左右するものではない。

三  そうすると、原告の本訴請求はさらにその余の点につき判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平)

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