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広島地方裁判所 昭和55年(行ウ)7号 判決 1982年9月21日

原告 葉菫

被告 法務大臣

代理人 木村要 森盈利 山根光春

主文

被告が昭和五五年四月二日付でなした、原告の帰化許可申請に対する不許可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和五四年五月七日、被告に対し、日本国籍取得のため帰化許可の申請をしたが、被告は昭和五五年四月二日、「葉美穂(伊藤美穂)との身分生活関係が考慮された。」ことを理由に、帰化を不許可とする決定(以下、本件不許可決定という。)をした。

2  しかし、被告の本件不許可決定は、以下の理由により違法であつて取消されるべきものである。

(一) 原告は、昭和六年五月九日、広島県芦品郡府中町大字府中一三一番地において、日本人である奥家健一と同トウとの間の二女として出生し、本来日本国籍を有した者である。

(二) そして、出生以来日本の国土を離れたことは一度もなく、日本において高等小学校(当時)までの教育を受け、善良な市民生活を送つて来た。

(三) 昭和二三年二月、原告は、台湾人である訴外葉發貴(以下、葉という。)と結婚生活に入り、同年八月二五日婚姻の届出をしたが、これによつて台湾籍に移籍したものとされ、かつ、その後平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失したものとして取扱われるに至つた(原告としては、婚姻届をしたのみで台湾の戸籍に入籍した事実はないのであるから、右の取扱いは誤りと考える)。しかし、葉とは昭和三四年一〇月一五日に離別し、以後夫婦関係はなく、同四三年七月二五日に至つて離婚の届出をした。

(四) 一方、原告は昭和三四年一〇月一六日、訴外伊藤充(以下、伊藤という。)と事実上結婚し、以来、広島県双三郡三和町大字羽出庭六一三番地において内縁の夫婦生活を続けている。その間、昭和四三年八月二七日には伊藤との間に長女美穂が出生したが、原告は日本国籍を有しない者として取扱われたため、美穂の出生届を提出することができなかつた。

(五) 昭和四八年九月二八日、原告は中華民国政府から同国国籍の喪失を許可されてその旨の証書の交付を受け、これによつて、無国籍となつた(前述のとおり、原告の中華民国国籍取得、日本国籍喪失には疑義があるが、行政上の取扱いとしてかかる結果となつたことは否定し得ない)。

(六) 以上のように、原告は日本人の父母の間に出生し、日本国の教育を受けて成人し、日本国土を離れたことは一回もなく、ただ一時期に台湾人と婚姻の届出をしたために日本国籍を喪失し、さらに無国籍となつた者である。したがつて、原告の帰化申請は実質的には国籍回復の申請ともいうべきものであるし、原告の基本的人権確保のため、現在の無国籍の状態を速やかに解消して日本国籍を取得する必要がある。また、原告には国籍法四条所定の帰化条件に欠けるところはない。被告は、前記のとおり、原告と美穂との身分生活関係を理由に本件不許可決定をしたものであるが、その具体的な意味・内容は不明であるし、現行国籍法上、帰化申請者とその直系卑属との身分関係や生活関係を帰化の条件とする明文の規定は全く存在しない。

3  結局、被告のした本件不許可決定は、帰化に関する法令に違反し、または被告の裁量権を逸脱もしくは濫用したものであつて違法であるから、その取消を求める。

二  被告の本案前の主張

国籍法四条は、所定の条件を具備した外国人でなければ帰化の許可をすることができないと定めているが、逆に、法定の条件を具備する者が当然に帰化を許可されるというものではない。本来、帰化の申請は、専ら申請者である当該外国人が、法務大臣から日本国籍を付与されるについて事前に同意承諾を表明する行為であるに過ぎず、国籍付与請求権の行使ではない(かかる請求権は存在しない)。したがつて、帰化申請に対する不許可決定は、申請人の権利義務に何ら影響を及ぼすものではなく、単なる事実上の措置にすぎないから、行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」にあたらない。よつて、本件訴えは不適法なものとして却下さるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  原告のような無国籍者が日本国の国籍を取得できるか否かは、日本人として公法上の権利義務の主体となり得る地位を認められるか否かという法的な死活の問題であり、個々、特定の公的権利義務に関する処分とは比較にならない重大な意味を有する。そのような問題にかかわる行政庁の処置が、行政事件訴訟法上の処分にあたることは当然と言わなければならない。

2  また、被告は帰化の許否は自由裁量であつて申請者には帰化請求権がない故に処分性がないと主張するけれども、憲法二二条二項の国籍離脱の自由は、他面において国籍取得の自由を保障していると解すべく、かつ、国籍法は帰化の要件を明文をもつて規定しているのであるから、被告としては帰化申請者が右要件を充足している限り、原則として許可を義務づけられていると言うべきである。特に、原告の経歴や現在置かれている立場は既に述べたとおりであり、このような原告に日本国籍を回復させることは、条理上もまた国民全体の倫理観念からも当然の処置であつて、これを不許可とする裁量の余地はない。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同(二)は不知。

同(三)のうち、原告と葉がその主張の日に婚姻及び離婚の各届出をしたことは認めるが、原告の日本国籍喪失を誤りとする見解は争う。右婚姻届出により、原告は台湾の戸籍に入籍され、その後日本国との平和条約の発効によつて日本の国籍を喪失したものである。

同(四)のうち、昭和四三年八月二七日に原告の子美穂が出生したことは認め、その余は不知。

同(五)のうち、中華民国内政部長名で原告に対する国籍喪失許可証が発行されたことは認める。

同(六)の主張は争う。

3  請求原因3の主張は争う。

五  被告の本案の主張

1  原告にはその親権に服し現実にその監護を受けている未成年の子美穂(中華民国籍)があり、原告と同時に右美穂の帰化申請をすることができないような特段の事情はなく、他方、原告のみ早急に帰化を許可されなければならない事情もない。本件不許可決定は、このような状況下に美穂を放置したまま、原告の帰化申請に許可を与えることは相当でないという考慮に基くものであり、「美穂との身分生活関係が考慮された。」というのは右の趣旨にほかならない。以上、この点につきさらに詳述する。

(一) 被告はその裁量権に基づき、親とその親権に服する未成年の子の帰化申請は原則として同時になされるべきものとして帰化実務の運用をしている。もとより、現行の国籍法は親子国籍独立主義を採用しているが、右は親の国籍変動に伴つて当然に子の国籍変動が生じるとする主義(親子国籍同一主義)を採用しなかつたことを意味するにとどまる。親権に服する未成年の子の帰化申請を親権者の帰化申請と同時に行うことができない特段の事情がある場合を除いて、かかる特段の事情がないにもかかわらず、親権者が現実にその監護下にある未成年の子を放置したまま帰化申請した場合、未成年の子と親権者の国籍が異なることによつて生ずる種々の弊害(在留資格や国家への忠誠義務等の問題で、不一致や対立を生ずることも考えられる)を考慮して、当該親権者の帰化を許可しないという運用を行うことは、親子国籍独立主義に何ら反するものではない。

(二) 原告は、昭和二三年八月二五日台湾人葉と婚姻の届出をしたことにより、葉の本籍地である台湾の戸籍に移籍した(共通法三条)ところ、昭和二七年四月二八日日本国との平和条約の発効によつて日本国籍を喪失したものである。そして、昭和四三年七月二五日、原告と葉は協議離婚の届出をしたが、美穂の出生は同年八月二七日であるから、同人が原告と伊葉充との間の子であるとしても、法律上、原告と葉との間の嫡出子と推定され(法例一七条、同二〇条、中華民国民法一〇六一条ないし一〇六三条)、出生時に中華民国国籍を取得したものとして処遇され(中華民国国籍法一条一号)、美穂が日本国籍を取得するには、帰化以外に方法はない。この点、原告は、自己の帰化が許可されれば、帰化後の戸籍に美穂を入籍させることができ、同女に対する伊藤の認知、原告と伊藤との婚姻届出により、夫婦・親子が同一戸籍に在籍する状態が実現するとの見解をとるもののようであるが、日本国籍を有しない美穂は、帰化しないかぎり日本の戸籍に入籍することはあり得ないのであるから、原告の右見解はあたらず、この意味でも原告のみの帰化に固執する実益はない。

(三) 被告は帰化の実務において、帰化申請者の身分関係の整序をも考慮の対象としている。すなわち、帰化によつて新たに戸籍を編成することとなるが、戸籍が真実の身分関係を表示するものであるべき要請から、帰化申請についての調査の段階で、表見上の身分関係が真実のそれと合致しないことが判明したときは、原則としてその身分関係が整序されるまで、帰化を許可しない方針である。

前述のとおり、美穂は原告と葉との嫡出子の推定を受け、出生届もこれにそつてなされるべきものであるが、原告の主張するように、真実は原告と伊藤との間の子であるならば、帰化申請にあたつてその整序を行う必要がある。しかし、この点は、出生の届出に先立ち、葉との間で親子関係不存在確認の判決または審判を得て、その裁判所の謄本とともに原告の非嫡出子として出生届出をすれば、その届出は受理されるであろう。そして、右のような裁判を得ることは、原告の主張を前提とするかぎり、さして困難ではなく、長期間を要するとも思われない。この意味でも、原告単独の帰化を先行させる必要性は乏しいと言わなければならない。

2  被告としては、原告が日本人として出生、生育し、日本国籍を有していたこと、現在無国籍であること、日本人と内縁関係にあること等をも十分に考慮したが、それ以上に、美穂について帰化申請をすることができない特段の事情が認められない本件にあつては、親権の及ぶ未成年の子を残して親権者だけの帰化を許可することは相当でないと判断した結果、本件不許可決定をしたものである。したがつて、本件不許可決定には被告の裁量権の逸脱やその濫用はなく、原告の主張は失当である。

六  被告の本案の主張に対する原告の反論

1  国籍法に定める帰化条件は専ら帰化申請者自身に関するものであり、親が未成年の子と同時に帰化申請をすべき旨を定めた規定は全くないし、このような実務の運用がなされているとすれば、右は親子国籍独立主義を採用した国籍法の基本理念に違反するものである。

2  原告の帰化が許可されれば、原告の戸籍が編成され、美穂の出生届を提出することにより、嫡出でない子として戸籍上登載されることとなるのであろう。そこで、実父である伊藤の認知を経て、原告と伊藤との婚姻届を提出すれば、民法による準正の効果が生じ、これによつて原告ら親子・夫婦ははじめて法的に正常な地位を得ることができる。このように、原告の帰化は、単に原告のみの問題ではなく、運命に共にする美穂や伊藤の法的救済の前提をなす重大な事柄であり、速やかに許可さるべきものである。

3  仮に親子同時申請を要求する被告の取扱が是認される場合があるとしても、被告はこれに先立ち美穂の身分関係の整序が必要というのであるから本件において、美穂の帰化申請をする前に、葉と美穂との親子関係不存在確認の裁判を得る必要があり、そのためには諸般の手続と相当の期間を要することは勿論である。原告は生来日本人であるのに、かつて台湾人葉と婚姻した一事により、現在無国籍という悲惨な境遇にある者であり、一日も早い救済が必要であつて、その帰化申請を独自に許可さるべき特段の事情を有する。

第三証拠関係<略>

理由

第一本案前の主張に対する判断

一、国籍法四条は、その一号ないし六号の条件を具備しないかぎり、法務大臣は当該外国人に対し帰化を許可することができない旨を定めているところ、その文理と帰化の意義・性質を併せ考えると、同条は法務大臣が帰化の許可をするについての最少限の基準を示したに止まり、同条の帰化条件を具備する者が当然に帰化の許可を得ることができるとか、その条件を具備する者に対し法務大臣が必ず許可を与えなければならないことまでを規定したものではないと解せられる。すなわち、帰化の許否は法務大臣(被告)の自由裁量に属するというべく、帰化申請者に国籍付与請求権というような権利が存するものでないことは、被告の指摘するとおりである。

しかしながら、このことから直ちに、被告主張のように、帰化申請が専ら被告から日本国籍を付与されるについての事前の同意承諾たる性質のみを有すると結論することには疑問がある。国籍法三条以下の諸規定及び同法施行規則一条の規定を総合して考えると、被告としては、帰化の申請に対し、申請者が同法に定める帰化条件を具備しているかどうかを添付の証明書類によつて調査したうえ、これを許可する場合、その旨を申請者に通知すべきことはもとより、不許可とする場合においても、そのまま放置するのではなく、同様その旨を通知すべきものと解するのが相当である(本件においても、経由機関たる広島法務局長は、書面をもつて原告に対し、帰化を許可しないことと決定された旨及びその理由を通知したことが弁論の全趣旨から認められる)。すなわち、被告は帰化申請に対して許否いずれかの応答をなすべく、申請者はその応答を求めることができると解され、そうであれば、申請者としては、進んでその応答が適法になされることにつき権利もしくは法律上の利益を有するということができる。

そして、帰化の許否が被告の自由裁量に属するといつても、その裁量権の行使が社会通念や条理に照らして著しく妥当を欠く場合は、裁量権の逸脱またはその濫用として違法となり得るであろう。かかる違法な許否の決定を受けた帰化申請者は、前記法律上の利益を享受するため、行政事件訴訟法三条二項によつてその取消を求めることができるというべく、この意味で、帰化申請に対する被告の許否の決定は、右法条にいう処分にあたると解するのが相当である(東京高裁昭和四七年八月九日判決行集二三巻八・九号六五八頁参照)。

よつて、被告の本案前の主張は採用することができない。

第二本案の主張に対する判断

一、原告がその主張の日に、被告に対し帰化許可の申請をしたが、被告がこれに対し、「葉美穂(伊藤美穂)との身分生活関係が考慮された。」ことを理由に本件不許可決定をしたことは、当事者間に争いがない。そして、右不許可理由の詳細は、事実第二の五1に掲記のとおりであり、その骨子は、原告はその親権に服する未成年の子美穂と同時に帰化申請をすべきもので、それを困難とするような特段の事情もないのに、原告のみに対し帰化を許可することは相当でないというにある。

そこで、先ず、原告と美穂との「身分生活関係」について検討する。

1  原告が昭和六年五月九日広島県芦品郡府中町大字府中一三一番地において、日本国籍を有する父奥家健一の母奥家トウの間の二女として出産したものであることは、当事者間に争いがない。そして、<証拠略>によれば、原告は同月二一日、父健一からの出生届出により、その戸籍に入籍したことが認められる。

2  <証拠略>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和一一年一月五日母トウを失い、昭和一三年四月広島県芦品郡府中町内の小学校に入学したが、同一七年二月六日父健一とも死別し、翌一八年五月、兄に伴われて大阪市内に移り、同市北区内の小学校に転入し、翌一九年三月には高等小学校に進んだが、戦時疎開のため同校を退学して広島に引揚げた。

(二) 原告は、父健一の死亡によりその家督相続人奥家匠の、さらに同人の死亡によりその家督相続人奥家健太郎の戸籍に入つた。

(三) その後昭和二三年一月二〇日、原告は広島市松原町で台湾人葉發貴と結婚式を挙げ、同年二月三日証人二名の署名捺印のある婚姻届を提出し、葉の本籍である台湾省新竹県新竹区園西鎮東門里一五四番地に新戸籍が編製されることとなつたため、奥家健太郎の戸籍から除籍された。

もつとも、原告が現実に右新戸籍に登載されたかどうか、これを確知する資料はないけれども、右のとおり台湾人との婚姻により内地戸籍から除籍された以上、原告は台湾人としての法的地位を持つに至つたというべく、したがつて、昭和二七年四月二八日、日本国との平和条約の発効により、日本国籍を喪失したと解される(最高裁昭和三六年四月五日、同昭和三七年一二月五日各大法廷判決参照)。

(四) 原告と葉は、昭和三四年一〇月頃事実上離婚し、以来同居したことはなく、夫婦関係も全くない。もつとも、両名は昭和四三年七月二五日に至つてはじめて協議離婚の届出をした。

(五) ところで、原告は葉と離別した直後頃、日本人伊藤充と事実上結婚し、広島県双三郡三和町大字羽出庭六一三番地で同棲生活をはじめ、現在に至るまで内縁関係を続けている。昭和四三年八月二七日、原告と伊藤との間に長女美穂が出生したので、原告は美穂を伊藤との間の子として出生届をしようとしたが、戸籍事務官はこれを受理しなかつた。そのため、美穂の出生届は未了のままであるが、同女は出生以来原告及び伊藤と同居して、両名の養育・監護を受けている。

(六) 原告は昭和四八年九月二八日、中華民国政府(内政部部長)から中華民国国籍の喪失を許可され、その旨の証書の下付を受けた。右は原告の日本国籍取得の希望に沿う措置とみられ(中華民国国籍法一一条)、これによつて、原告は無国籍となつた。

(七) 美穂の身分については、原告と葉との離婚の届出が昭和四三年七月二五日、美穂の出生が同年八月二七日であるから、同女は原告と葉との間の嫡出子と推定され(法例一七条、同二〇条、中華民国民法一〇六一条ないし一〇六三条)、出生時に中華民国国籍を取得したことになる(中華民国国籍法一条一号)。

以上のとおり認められる。そして、右認定事実と同国民法一〇八九条、一〇五一条但書によれば、美穂に対し親権を行使しその監護にあたるべき者は原告のみと解せられる。

二、被告は、このように、帰化申請者がその親権に服する未成年の子を有する場合、親子同時に帰化の申請をさせるのが実務上の取扱であると主張し、<証拠略>によればその事実が認められる。

右取扱について、原告は、国籍法の採用する親子国籍独立主義に反し違法であると主張するので、先ず一般的な問題として考察するに、旧国籍法一五条は親の帰化の効力を子にも及ぼしていた(親子国籍同一主義)が、現行国籍法は、国籍立法における個人主義を徹底させて、当然には帰化した者以外の者に帰化の影響を認めていない(親子国籍独立主義)。しかし、親子の国籍が異なることによつて、例えば在留資格、忠誠義務若しくは兵役義務の問題、社会保障の受給権の有無など親子間の身分生活関係が錯綜して弊害が生ずるおそれがあることを考慮すると、未成年の子の利益保護の見地から、親権や監護権の行使を十分ならしめるため、親子の国籍を同一にして同一の国内法規に服させるのが妥当であることも否定できない。そして、その方法として、親権者の帰化申請と未成年者のそれとを同時にさせ、双方の帰化を同時に許可する取扱をすることは、合理性を有すると考えられ、かつ、右取扱は、親の帰化によつて当然に子の国籍に変動を生ずるとの構成をとるものではないから、親子国籍独立主義に反するとの批判はあたらないというべきである。

このように、帰化実務において親子共同申請の取扱をすることは、一般的には被告の裁量権の範囲に属するというべく、右取扱一般を違法とすることはできない。

三  しかしながら、本件においては、被告の裁量権行使の適否を判断するにあたり、なお考慮すべき点が少くない。

1  被告は、美穂が帰化申請をするにあたつては、先ずその身分関係の整序をする必要があると主張し、その方法として、美穂と葉間の父子関係不存在確認の裁判(判決または審判)を得たうえ、原告の非嫡出子として出生届をすべき旨を指摘するところ、表見的な身分関係と真実のそれとのを一致を要求する以上、右の指摘は正当と考えられる。およそ帰化の許否判断にあたつて、被告としては申請者の真実の身分関係に基づき帰化条件の有無を判断することが必要かつ相当であるし、帰化を許可された者について新戸籍を編成するにあたり、戸籍に真実の身分関係を反映させる必要からも、かかる整序の要求は肯認すべきものと解せられる。

そして、本件において、前記のような父子関係不存在確認の裁判を得るためには、原告が葉との共同生活や交渉の不存在等、外観上明白な事実により、葉の子の懐胎が不可能であることが明らかな事情を主張立証する必要があり(中華民国民法一〇六三条による婚生推定の効力も、条理上、このような場合にまでは及ばないものと解する)、そのためには相応の期間を要することが予想される。すなわち、原告は、かなりの期間と有効適切な訴訟活動を経てはじめて、美穂との同時帰化申請が可能となる。

2  一方、原告は中華民国国籍喪失の許可を受けたことにより、現在無国籍である。我国の国内法上、日本国籍の存在を要件として種々の公法上、私法上の法律効果が付与されていることから、反面、日本国籍を有しない者は、出入国・在留の制限、参政権・公職の制限、財産権の制限、職業・事業活動の制限、社会保障の受給の制限など諸般の制約を受けることとなる。しかも、原告は無国籍者であるから、日本以外のいずれの国においても、その国民として有する諸権利を享有することができない。前記のとおり、原告の中華民国国籍喪失は、日本国籍取得のため原告の志望に基づいて許可されたものとみられるけれども、現に無国籍であることは原告の基本的人権にかかわる無視できない事実であり、被告としては帰化申請に対し、原告が帰化条件を具備している以上、できる限りすみやかに帰化の許可をすべきものと考えられる。

3  前記認定事実のとおり、原告は日本人の父母の間に生まれ、ごく平均的な日本人として成長したが、終戦後平和条約発効前に台湾籍を有する葉と婚姻したことから、その発効によつて日本国籍喪失の効果を受けざるを得なくなつた者であり、出生から今日まで日本に住所を有し善良な市民として生活し(素行の不良や国籍法四条六号所定の事実の存在を窺わせる証拠はない)、昭和三四年、事実上葉と別れて以来、日本人伊藤と内縁関係を続け、美穂を養育していることを考慮すれば、原告は同法四条の帰化条件を具備している者ということができる。

4  なお、本件の審理を通じて、原告自身美穂の日本国籍取得を強く望んでいるが、その手続に関してやや独自の見解を有し、母である原告のみの帰化が許可されることにより右が実現するものと期待していることが窺われる。すなわち、原告(またはその代理人)の見解によれば、原告が帰化を許可されることにより、帰化後の戸籍に美穂を入籍することができ、伊藤が同女を自己の子として認知し、さらに原告と伊藤が婚姻の届出をすることによつて準正の効果を生じ、右三名の身分関係は戸籍上も正しく表示されることとなるというもののようである。また、原告及び伊藤は、美穂につき帰化の手続を要するとした場合、その前提として一旦同女を他人である葉の戸籍に入籍する必要があると考え、右は感情の上で耐えられないことと主張するようにも窺われる。しかし、右前段については、被告の本案の主張1(二)のとおり、美穂の帰化による国籍取得がないかぎり日本の戸籍に入籍し得ないとの指摘が正しいと考えられるし、後段についても、右1(三)にいうように、葉との父子関係不存在確認の裁判を得て、その謄本とともに原告の非嫡出子として出生届をすることが可能と解される。したがつて、原告のみの帰化に固執し、または美穂の帰化手続を回避する必要も実益もないと言つて差支えない。しかしながら、このような美穂の帰化の必要性とその前提手続については、本件の審理を通じ既に原告においても理解しているところと推察される。現に原告代理人は、一方では美穂についても帰化申請手続をとる(とらざるを得ない)ことを言明しているのであり、原告が美穂の母としてその日本国籍取得を強く希望していることからみて、右は早い時期に実行されるものと推測される。そうだとすれば、先んじて原告に帰化の許可を与えるとしても、被告の危惧するような、親子の国籍の違いを生ずることによる弊害は比較的短期間で解消することとなるであろう。この見地に立つときは、少くとも本件に関するかぎり、親子同時申請をなし得ない特段の事情がないとして本件申請を不許可とすることはやや酷に過ぎ、むしろ子の帰化許可申請が確実にかつ早期になされるであろうとの予測に立つて、本件申請を許可すべきものと判断される(弁論の全趣旨によれば、本件不許可決定前、原告代理人と帰化申請の経由庁である広島法務局との間でかなりの折衝が行われたことが窺われるから、被告としても右のような予測は可能であつたとみられる)。

四  以上の諸点を総合すると、帰化実務上、一般に親子同時申請の取扱が被告の正当な裁量の範囲に属すると言い得るとしても、本件においては、その取扱を例外的に停止または解除すべき特段の事情があるというべく、この点を十分に考慮することなく、原則的取扱に反する故をもつて原告の帰化申請を不許可とした被告の処分は、その合理的な裁量の範囲を超えたものとして違法の評価を免れず、これを取消すべきものと判断される。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三 山森茂生 土生基和代)

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