広島地方裁判所 昭和57年(わ)2号 判決 1986年7月01日
本籍
広島県広島市安芸区瀬野川町大字中野六六一九番地
住居
広島県呉市東中央一丁目八番一六号
医師
後藤尹彦
昭和三年二月一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官萩原三郎出席のうえ、審理をして、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月および罰金四〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金八万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、呉市東中央一丁目八番二〇号において後藤病院を、同市警固屋四丁目二番二八号において鍋診療所を開設し、医業を営むものであるが、顧問税理士藤井春男と共謀のうえ、自己の所得税を免れようと企て、架空仕入、架空経費を計上し、前記鍋診療所分の所得を同診療所医師久保忠夫の名義で所得税確定申告をしてその所得を除外するなどの方法により
第一 昭和五三年分の実際の総所得金額が二億六〇七二万八七四九円(別紙第一修正損益計算書)であるにもかかわらず、昭和五四年三月一五日、同市西中央二丁目一番二一号所在の呉税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億二七三一万五三一四円で、これに対する所得税額が六七〇六万二八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億六七一二万二五〇〇円と右申告額との差額一億〇〇〇五万九七〇〇円(昭和五三年分脱税額計算書)を免れ
第二 昭和五四年分の実際の総所得金額が二億六五二四万五九一四円(別紙第二修正損益計算書)であるにもかかわらず、昭和五五年三月一五日、前記呉税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億三四四七万六三四七円で、これに対する所得税額が七一九一万四六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億六九九九万一四〇〇円と右申告額との差額九八〇七万六八〇〇円(昭和五四年分脱税額計算書)を免れ
第三 昭和五五年分の実際の総所得金額が二億六三〇五万八九七六円(別紙第三修正損益計算書)であるにもかかわらず、前同様の方法により右所得の一部を秘匿したうえ、同五六年三月一六日、前記呉税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億一九四九万九一八九円で、これに対する所得税額が六三八一万七五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億四〇一六万九〇〇〇円と右申告額との差額七六三五万一五〇〇円(昭和五五年分脱税額計算書)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述(全事実)
一 被告人の検察官(二通。全事実)及び大蔵事務官(昭和五六年四月二一日付、同月二二日付、同月二四日付、同年六月一六日付、同年七月二八日付、同年九月二日付、同月三日付、同月二九日付、同年一〇月八日付。全事実)に対する各供述調書
一 証人阿南洋子(第一、第二事実)、同塩飽悦三(第一回―第一〇、第一一回各公判期日。全事実)の当公判廷における各供述
一 証人阿南洋子(第一、第二事実)、同村田弘美(第三事実)、同牛石洋子(第三事実)、同久保忠夫(全事実)に対する当裁判所の各尋問調書
一 藤井春男(昭和五六年一二月一四日付。全事実)、阿南洋子(二通。全事実)、久保忠夫(全事実)、久保伸子(全事実)、前田博昭(全事実)の検察官に対する各供述調書
一 後藤澄子の検察官(二通)及び大蔵事務官(昭和五六年四月二二日付、同月二三日付、同月二四日付、同年六月一二日付)に対する各供述調書(全事実)
一 前田耕二(全事実)、松尾弘之(全事実)、松村博之(全事実)、天野国幹(全事実)、藤井勝邦(第一、第二事実)、萱原盛人(第二事実)、坂本忠昭(第一、第二事実)、河奥凱士(第二、第三事実)、細谷金作(第二事実)、清水利幸(第二事実)の大蔵事務官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の調査事績報告書一七通(請求番号検三号ないし八号、同一〇号ないし一四号、一六号ないし一八号につき全事実。同二号につき第一事実。同一五号につき第三事実。同一九号につき第二、第三事実)
一 呉税務署長作成の「青色申告の承認取消決議書」写
一 押収してある申告書一綴(昭和五九年押第一三八号の9)、試算表二綴(同号の10、11)、確定申告書綴(同号の12)、青色申告書綴(同号の13)(以上、全事実)
(補足説明)
一 被告人の捜査段階における各供述調書の任意性、信用性について
証人畑本義雄、同塩飽悦三(第二回)、同応竹郁男、同中村春雄の当公判廷における各証言をあわせると、捜査段階における被告人に対する取調べは、被告人が繁忙な業務に従事している医師であることを十分に考慮してなされていること、すなわち、身柄の拘束は一切なく、大蔵事務官の取調べについてはその大部分が被告人の自宅でされていること、その取調べの状況は、被告人の供述をありのまま録取するため、一問一答式の供述記載方法を採用したり(大蔵事務官に対する昭和五六年九月二日付、同月三日付、同月二九日付、同年一〇月八日付)、被告人の訂正要求にも応じ、被告人においてその内容に不満があったため、署名押印を拒んだ供述調書も存在することが認められ、全証拠によっても任意性に疑いを抱かせるような事情は全く見いだせない。
次に、被告人の右各供述調書の記載内容は、取調べが進むに従って被告人がそれまで秘匿していた所得等を認めていく経過が無理なく記載され、なかでも、藤井税理士と知り合った経緯、同人を顧問税理士として被告人の税務関係を担当して貰うようになった事情、本件各所得税確定申告に際し事前に藤井税理士と相談した内容などが、比較的詳細かつ具体的に記載されていて、その内容にも不自然、不合理な点はみあたらないこと、他の関係証拠、殊に、阿南洋子、村田弘美、牛石洋子、久保忠夫に対する当裁判所の尋問調書、阿南洋子、久保忠夫の検察官に対する各供述調書の内容と重要な部分において符合している(もっとも、昭和五四年分の所得税確定申告に際して、被告人と藤井が相談した場所が、被告人の自宅か、又は藤井の事務所かについて、阿南と被告人の供述に差異が存するが、右程度の差異は、信用性の判断の支障となるものでなく、むしろ、被告人が自らの記憶をそのまま維持した証左に過ぎない。)ことに徴すると、その供述内容は十分措信し得るところである。
被告人は、当公判廷において、捜査段階における被告人の供述は、肉体的、精神的に疲労した状態のなかで捜査官に追及されたり、また、大した事件ではないから罰金刑で処理するなどと利益誘導されたために、やむなく自白したものである旨主張するが、右供述部分は、前掲各証拠に比照して、にわかに措信し難い。
以上の次第で、被告人捜査段階における供述は、いずれも任意になされたもので、かつ、十分措信し得るというべきである。
一 被告人の逋脱の意思の存否と、藤井春雄との共謀について
前掲被告人の捜査段階における各供述調書、阿南洋子、村田弘美、牛石洋子の前掲各尋問調書、阿南洋子の検察官に対する各供述調書によれば、本件各所得税確定申告に際しては、いずれも、被告人の顧問税理士である藤井の事務所において各判示のような虚偽の所得税確定申告書を作成して提出しているものであるところ、いずれの年分においても、各申告書作成の前に、被告人と藤井との間に、各年分の正規の所得税額より圧縮した所得税額を申告すること、そのための不正行為すなわち、架空経費の計上などの具体的方法は藤井事務所が担当することについて被告人と藤井との間に謀議が成立していたことが認められる。すなわち、昭和五三年分については、昭和五四年三月中旬ころ、被告人宅において、藤井及び藤井事務所の事務員である阿南が、被告人に対し昭和五二年分の被告人の所得、所得税額を参考にしながら、五三年分の予測所得税額を説明したところ、被告人が、五三年分の所得税額も前年度より少し多目ぐらいにしようと発言し、その場で、藤井の指示によって阿南が五二年分の所得税額の収入に対する比率を計算し、結局、五三年分も五二年分の右比率程度の所得税額に圧縮すること、その為の架空経費の計上などの具体的操作は藤井事務所で担当することとの謀議がなされ、右謀議に基づいて作成された確定申告書等の写を被告人に送ってその了承を得たうえ、必要書類を税務署に提出したこと、昭和五四年分については、昭和五五年三月中旬ころ、藤井事務所において、被告人と藤井との間に、前同様昭和五四年分の正規の所得税額を圧縮してその一部を免れること、前同様、架空経費計上などの具体的操作は藤井事務所が担当することとの謀議がなされ、藤井事務所で右謀議にそった確定申告書等を作成したうえ、その写を被告人に送るとともに必要書類を税務署に提出したこと、昭和五五年分についても昭和五六年三月中旬ごろ、被告人宅において、藤井及び藤井事務所の事務員である村田が被告人に対し、昭和五三年分の場合と同様、五五年分の予測所得税額を前年分に納付した所得税額等と比較しながら説明し、被告人と藤井との間で、前同様の方法で正規の所得税額を圧縮して所得税額の一部の納付を免れるとの謀議が成立し、前二年分と同様、藤井事務所で架空経費計上などの具体的操作をして右謀議にそった確定申告書等を作成したえ、被告人に電話で納付すべき税額を連絡するとともに必要書類を税務署に提出したこと、が認められる。
阿南洋子、村田弘美、牛石洋子の前記各供述は、いずれも詳細かつ具体的で、被告人とは特に利害関係もなく、その供述内容からみても、藤井の刑責を免れさすために被告人を陥し入れようと作為的に虚偽の事実を供述した形跡は全く窺われず、むしろ、藤井の税務処理方針に批判的であったとみられるから、同女らの証言は、十分措信し得る。
なお、架空経費を計上することが、不正の行為であることは明らかであるが、鍋診療所が被告人の経営にかかるもの(この点は、前掲各証拠によって明らかである。)であるにかかわらず、右診療所の所得を自己の所得から控除して他人名義で分離申告することが、不正の行為に当ることも明らかである。そして、証拠の標目欄記載の各証拠によれば、藤井が従前から鍋診療所の所得を久保忠夫名義で分離して申告していたこと、家事関連費を病院の経費用として処理するため、家事関連費の領収書の提出を求めていたことは、被告人において十分了知しており、かつ、被告人には、鍋診療所の所得を自己の所得として申告しなければならないとの点についても、少なくとも未必の故意が存していたことが認められるから、不正行為の具体的処理は、藤井に委せる旨の前記謀議によって、被告人は、本件各逋脱行為について、逋脱犯としての刑責を免れない。
(法令の適用)
一 罰条
判示第一ないし第三事実につき、
各昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項(懲役刑と罰金刑併科)、二項
一 併合罪加重
懲役刑につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の刑に加重)
罰金刑につき 刑法四五条前段、四八条二項
一 労役場留置
罰金刑につき 刑法一八条
一 刑の執行猶予
懲役刑につき 刑法二五条一項
一 訴訟費用の負担
刑事訴訟法一八一条一項本文
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木恒平)
別紙第一
修正損益計算書
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
<省略>
修正損益計算書(別紙第一のうち、事業所得分)
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
<省略>
別紙第二
修正損益計算書
自 昭和54年1月1日
至 昭和54年12月31日
<省略>
修正損益計算書(別紙第二のうち、事業所得分)
自 昭和54年1月1日
至 昭和54年12月31日
<省略>
別紙第三
修正損益計算書
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
修正損益計算書(別紙第三のうち、事業所得分)
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
修正損益計算書(別紙第三のうち、給与所得分)
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
脱税額計算書
昭和53年1月1日
昭和53年12月31日
<省略>
税額の計算
<省略>
脱税額計算書
昭和54年1月1日
昭和54年12月31日
<省略>
税額の計算
<省略>
脱税計算書
昭和55年1月1日
昭和55年12月31日
<省略>
<省略>