広島地方裁判所 昭和61年(行ウ)15号 判決 1991年1月17日
原告
オリエント実業株式会社
右代表者代表取締役
米沢精子
右訴訟代理人弁護士
桂秀次郎
本田兆司
被告
広島県
右代表者知事
竹下虎之助
右訴訟代理人弁護士
幸野國夫
右指定代理人
新井卓夫
外八名
被告
広島市
右代表者市長
荒木武
右訴訟代理人弁護士
宗政美三
右指定代理人
山崎孝通
外七名
主文
一 本件訴えのうち、原告と被告らとの間で、被告広島県が昭和四六年八月三一日付け広島県告示第七六八号をもってなした県道勝木安古市線の供用開始の公示は、別紙物件目録記載の土地に関する部分につき無効であることの確認を求める部分をいずれも却下する。
二 原告の被告広島市に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告らとの間で、被告広島県(以下「被告県」という。)が昭和四六年八月三一日付け広島県告示第七六八号をもってなした県道勝木安古市線(以下「本件道路」という。)の供用開始の公示は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に関する部分につき無効であることを確認する。
2 被告広島市(以下「被告市」という。)は、原告に対し、本件土地を明け渡し、昭和六一年三月四日から右明渡済みまで一か月七万六〇六〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 被告らの本案前の答弁
1 請求の趣旨1の訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告らの本案に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告市のみ)
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 供用開始処分
被告県は、昭和四六年八月三一日、広島県告示第七六八号をもって本件道路のうち安佐郡安古市町大字上安字叶計八〇四番地先から同大字字茅原五二七番の一地先までの区間につき、供用開始の公示(以下「本件供用開始」という。)をした。
2 供用開始の瑕疵
本件土地は、本件供用開始に係る区間の道路敷地内にあり、本件供用開始当時、道堂原まさ子(以下「道堂原」という。)の所有であったが、被告県は、本件土地につき同人から何らの権原も取得することなく、本件供用開始を行ったものであるから、本件供用開始のうち本件土地に関する部分(以下「本件処分」という。)は、無効である。
3 指定都市の指定
被告市は、昭和五五年四月一日、昭和五四年政令第二三七号をもって地方自治法二五二条の一九第一項の指定都市(以下「指定都市」という。)に指定され、同日以降現在に至るまで本件土地を道路として管理し、占有している。
4 原告の所有権取得
道堂原は、昭和六〇年一月二一日、居蔵武純(以下「居蔵」という。)に本件土地を売却し、同年一二月三日所有権移転登記をし、原告は、昭和六〇年九月三〇日、居蔵よりこれを買い受け、昭和六一年三月四日所有権移転登記をした。
5 損害
本件土地の相当賃料額は、月額七万六〇六〇円(坪当たり一〇〇〇円)であり、原告は、被告市の右不法占有により、右と同額の損害を被っている。
6 よって、原告は、被告らに対し、本件処分が無効であることの確認を求め、被告市に対し、本件土地の所有権に基づき、右土地の明渡しを求めるとともに、不法行為による損害賠償として、原告が本件土地につき所有権移転登記を経由した昭和六一年三月四日から右明渡済みまで一か月七万六〇六〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 本案前の主張
(被告県)
本件道路に係る道路管理者の権限(道路の供用開始、廃止のほか、改築、維持、修繕、災害復旧等の管理行為)は、被告市が指定都市の指定を受けたことに伴い、道路法一七条一項により、昭和五五年四月一日被告市に引き継がれ、その結果、供用開始の権限は、被告県から被告市に承継された。したがって、行政事件訴訟法三八条一項、一一条一項ただし書の規定により、被告県には、本件処分の無効確認の訴えについて被告適格がない。
(被告市)
1 被告適格について
道路法九七条によると、同法一八条に定める供用開始についての道路管理者の権限は、道路管理者である地方公共団体の長が行うこととされている。したがって、本件供用開始は、広島県知事によって行われたものであり、被告市が昭和五五年四月一日指定都市に指定されたことに伴い、広島市長が供用開始の権限を含む本件道路の管理権限を同法一七条により広島県知事から承継した。したがって、行政事件訴訟法三八条一項、一一条一項ただし書の規定により、本件処分の無効確認の訴えについて被告適格を有するのは広島市長であって、被告市には被告適格がない。
2 原告適格について
原告は、行政事件訴訟法三六条に定められた処分の無効確認の訴えについての原告適格に関する要件をいずれも欠いているから、本件処分の無効確認の訴えについて原告適格を有しない。
三 請求原因に対する認否
(被告県)
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち本件処分が無効であることは否認し、その余は認める。
3 同3は認める。
4 同4のうち本件土地につき原告主張のとおりの所有権移転登記がなされたことは認める。
5 同5は不知。
6 同6は争う。
(被告市)
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち本件土地が本件道路敷地の一部であること、本件供用開始当時、本件土地が道堂原の所有であったことは認めるが、その余は否認する。
3 同3は認める。
4 同4のうち本件土地につき原告主張のとおりの所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。
道堂原は、原告主張の居蔵との売買以前から被告市が本件土地を本件道路敷地として使用することを承諾していたのであるから、道堂原は、右売買の対象であった広島市安佐南区上安七丁目八六八番の一山林三三〇平方メートル(以下「旧八六八番一」という。)(以下、土地の所在は、すべて右上安七丁目であるから、地番のみで表示する。)から本件土地(本件土地は、旧八六八番一からその後分筆された土地である。)を除外していたのであり、原告は、居蔵との売買により本件土地を取得するに由ない。
5 同5は否認する。
賃料相当損害金の請求については、次の点が考慮されるべきである。
(一) 昭和四六年八月三一日付けで本件道路についてなされた区域変更の処分は、有効な処分であるから、道路法九一条一項の規定により、道路管理者が本件土地について権原を取得する前においても、何人も道路管理者の許可を受けなければ、本件土地の形質を変更し、工作物を新築し、改築し、増築し、若しくは大修繕をし、又は物件を附加増置してはならないこととされている。ところが、原告が本件土地を使用収益するには、同項に規定する道路管理者の許可を要する行為を伴うが、本件土地におけるこのような行為は、極めて公共性の高い本件道路事業の執行に支障を及ぼすことが明らかであり、到底許可を得ることはできない。したがって、原告は、本件土地の使用収益を妨げられたことによる損害を請求することはできない。
(二) 本件供用開始が無効であるとしても、本件道路については、路線認定があり、区域変更がなされ、現実に道路になっているのであるから、本件土地は、建築基準法四二条一項一号に規定された「道路法による道路」に該当する。したがって、同法四四条一項の規定により、本件土地内には、建築物又は敷地を造成するための擁壁を建築、築造することは許されないから、その後、本件土地を取得した原告は、右規定による制限を受け、本件土地を更地として使用できないことによる損害を請求することはできない。
(三) 本件土地の賃料相当損害金算定の基となる本件土地の価格は、次に述べる理由により、付近の更地と同様に評価することは許されない。
(1) 原告の本件土地所有権取得に関する主張によれば、原告は、道堂原の立場を承継したものというべきであるから、本件土地の相当賃料額算定の基となる本件土地の価格は、本件道路の用地買収が行われた昭和四四、五年頃の買収額の積み上げ価格で考えるべきであり、本件土地の隣地の買収額により本件土地の推定買収額を求め、これを年七パーセントの複利で運用したとして本件土地の右積み上げ価格を計算すると、五〇〇万円強となる。
(2) 本件土地は、本件道路の現在の利用状況に照らし、道路として存続させるのが最も有効である上、少なくとも原告との関係では、次に述べるような個別的事情、すなわち原告が本件土地について私道減価を適用されても受忍すべき特別な事情が存するので、本件土地の価格の評価に当たっては、私道減価をすべきであり、道路の形態等からして私道減価のうち準公道的私道による減価(減価率八〇パーセント以上)が相当である。右特別事情は、次のとおりである。すなわち、原告は、不動産業に精通しており、本件土地の現況が道路であり、その価格がどの程度であるか熟知して本件土地を取得している。また、原告と、同系、一体の会社である永楽地所有限会社(以下「永楽地所」という。)は、昭和六〇年七月三一日、本件土地の隣接地で、本件道路沿いにある八六八番一、八六八番二、八六八番三及び甲五二四番二の各土地を買い受け、その後、右土地が幹線道路である本件道路沿いにあり、有効利用できることを示して、道路に接しない単なる山林より格段に有利な条件で一部を転売し、残りを賃貸等して保有している。このように、原告は、本件土地が道路であることについて特別の事情を有するのであって、本件土地が道路でないことを前提に損害額を主張するのは、権利の濫用であり許されない。
(3) 本件土地を明け渡した場合、本件土地の開発は、その位置、形状、地積等を考慮すれば、八六八番一等の開発と一体として行われることになり、本件土地及び八六八番一等を開発する場合の開発面積は、一〇〇〇平方メートルを超えるから、都市計画法二九条の開発許可を要するところ、本件土地及び八六八番一等を開発する場合、同法三三条一項二号及び同法施行令二五条に定める開発許可基準との関係で、本件土地を道路として整備しない限り、開発は、困難である。したがって、本件土地の用途は、あくまで道路と考えるべきである。また、本件土地のうち約四分の一は、一般に価格の低い市街化調整区域内の土地であるから、市街化区域内の土地と同じ評価をすることはできない。
(4) 仮に、本件土地から道路という要素を除外して更地として評価すべきであるとしても、その場合には、本件道路が本件土地及びその付近に建設されていないものと仮定して評価すべきであるところ、本件土地は、雑種地(登記簿上の地目は山林)であり、本件道路がない場合、都市計画法施行令八条三号に照らせば、本件道路の法下の荒谷川が市街化区域と市街化調整区域とを区分する境界とされていたはずであるから、本件土地は、市街化調整区域内の土地のままであり、市街化区域内の宅地並みの評価をすることはできない。
四 被告らの主張
(被告県)
被告県は、昭和四五年三月二〇日、本件土地を本件道路敷地として買収するに際し、本件土地が道堂原所有地であることを見過ごし、錯誤により隣地所有者である竹田近登(以下「竹田」という。)の所有地であると誤認して、同人との間で本件土地を同人所有の八七二番に含まれるものとして売買契約を締結し、同人に代金を支払った。被告県が本件土地につき権原(所有権)を取得していなかったため、本件処分につき瑕疵(無効原因)があったとしても、次に述べるとおり、その後、権原が取得されたことにより、右瑕疵は治癒され、本件供用開始は、適法となったものである。
1 時効取得
被告県は、昭和四六年八月三一日の本件供用開始後、前記のような経過により、本件土地を本件道路敷地として適法に買収したものと信じて、これを道路敷地として所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失で占有を継続し、被告市は、昭和五五年四月一日以降、直接占有者として被告県の右占有を承継し、被告県は、同日以降、間接占有者となったものであるから、昭和五六年八月三一日限り短期取得時効が完成した。
そこで、被告県は、昭和六二年三月二六日の本件第四回口頭弁論期日において、右時効を援用した。
したがって、被告県は、占有を開始した昭和四六年八月三一日に遡って本件土地の所有権を取得した。
2 使用貸借
道堂原の代理人山手巧(以下「山手」という。)は、昭和五八年一二月二八日被告市の職員に対し本件土地を本件道路敷地として無償で使用することを承諾し、道堂原と被告市との間で本件土地について使用貸借契約が成立した。
(被告市)
1 売買契約
道堂原の代理人山手は、被告県との間で、本件土地の周辺に存する道堂原所有の他の土地を本件道路敷地として売り渡す旨の売買契約を締結しているが、右契約締結の際、本件土地を売買契約の対象から除外する明確な意思は有していなかったのであって、道堂原と被告県との間では、本件土地を含めての売買契約が成立した。
2 瑕疵の明白性の欠如
行政処分が無効とされるためには、その瑕疵が重大かつ明白であることが必要とされるところ、本件供用開始時に存在した買収丈量図によれば、本件土地も形式的には買収されていることが判明する。そうすると、被告県が本件土地を有効に買収していなかったとしても、処分成立当初の資料で判断した場合、何人も本件供用開始の前提である買収に瑕疵があるという同一の結論に達するものとはいえず、本件供用開始の瑕疵は、明白とはいい難いから、本件処分は、無効とはいえない。
3 瑕疵の治癒
仮に、本件供用開始が無効であったとしても、被告らは、次に述べるとおり、その後、権原を取得したから、本件供用開始の瑕疵は、治癒された。そして、供用開始が有効になされたことによる道路法四条の規定は、本件土地にも適用され、原告は、右規定により既に私権が制限された状態で本件土地を取得したものであるから、本件土地の明渡しや損害賠償を請求することはできない。
(一) 時効取得
(1) 被告県の主張1のとおり
なお、被告県は、本件道路敷地を買収するに当たって、地権者に対し事業説明会を開いたほか、現地で地権者の立会を求めて境界の確認をして杭打ちをし、右杭に基づいて再度確認し、更にこれに基づいて作成された買収丈量図により確認するという手順を踏んだ。その結果、本件土地は、竹田の所有とされたので、その地番を確認しようとしたところ、公図の上では該当地番がないことが判明した。しかし、竹田、道堂原の代理人山手及びその他の周辺地権者は、本件土地も竹田所有の八七二番と同じく竹田の所有であることを認めたので、被告県は、本件土地を隣の八七二番に含めて竹田から買収したのである。本件土地周辺は、現況山林であり、公図の地番の配列等が正確でなかったのであるから、被告県が関係地権者の同意に従って、本件土地を竹田の所有であると信じて買収し、占有を開始したことに過失はない。
(2) 原告は、時効完成後に登記をした背信的悪意の取得者である。
(二) 使用貸借
被告県の主張2のとおり
(三) 同意
使用貸借関係が認められないとしても、本件土地を道路敷地として使用することについての道堂原の同意があった。このような単なる同意も供用開始をするについての有効な権原に含まれる。
(四) 使用貸借に準ずる合意
永楽地所は、原告と同系、一体の法人であるが、本件土地の隣接地について宅地造成を計画していたのであって、本件道路の存続、有効利用を当然の前提としている以上、原告も本件道路の存続を認めているというべきである。また、永楽地所が本件道路の存続を認めている以上、同系の原告がこれに反する主張をすることは法人格否認の法理に照らし、許されないから、原告は、被告市が本件土地を本件道路敷地として使用することを認めたことになり、原告と被告市との間に使用貸借に準ずる合意が成立したものというべきである。
4 弁護士法違反
原告は、本件土地を他から譲り受けて、本件請求に及んでいるが、原告は、他人の権利を譲り受けて、訴訟その他の手段によって、その権利の実行をすることを反復し又は反復の意思をもって行っているものであり、原告の本件請求は、弁護士法七三条に違反し、許されない。
5 権利濫用
本件土地は、本件道路の敷地であるところ、本件道路は、供用開始がなされて既に一五年以上経過し、しかも、安佐町所在のあさひが丘団地方面から市内中心部への通勤、通学用道路、安佐動物公園へのアクセス道路等として交通量の多い幹線道路であって、公の施設として公共の用に供され、高い公益性、社会性を有する道路として完全に定着している。仮に、本件土地を明け渡すことになれば、本件道路は寸断されて一般の通行は不可能となり、公共の福祉が著しく損われる。
一方、原告は、昭和五八年頃から本件土地が道路として利用されていること、所有者である道堂原が道路敷地としての使用を承認しており、供用開始以後一五年間に明渡請求がなされたことは一度もなく、平穏に道路交通の用に供されてきたことを承知の上で、旧八六八番一のうち本件道路敷地部分(本件土地は、右部分を分筆したものである。)である本件土地のみを買い受けたものであり、しかも、前記のとおり本件道路の存続を認めている。以上のことから、原告は、何ら必要がないにもかかわらず、被告県の買収手続の手落ちを奇貨として殊更に本件土地を買い受け、所有権を主張してその明渡しを請求し、道路の効用の妨害を予想させることにより、不当な利益を図ろうとしているものである。
以上の事情に照らせば、原告の本件土地の明渡請求、損害金の請求は、権利の濫用であることが明らかである。
五 被告らの主張に対する認否
(被告県の主張について)
1 被告県の主張のうち冒頭の本件供用開始の瑕疵が治癒され、適法となったことは否認する。
同1のうち被告らの本件土地の占有は認めるが、被告県が無過失であったこと、被告県が昭和五五年四月一日以降間接占有者となったこと、短期取得時効が完成したこと、被告県が本件土地の所有権を時効取得したことは否認する。
公図の記載や八七二番の登記簿上の地積等に照らせば、本件土地が八七二番に含まれるものとは通常考えられないことであり、被告県が、本件土地が竹田所有の八七二番に含まれ、その所有権を取得したものと信じて占有を始めたことについては過失があることが明らかである。
2 同2は否認する。
(被告市の主張について)
1 被告市の主張1のうち道堂原が被告県に本件道路敷地として所有土地を売却したことは認めるが、その余は否認する。
2 同2は否認する。
3 同3の冒頭の主張は否認する。
同3の(一)の(1)に対する認否は、被告県の主張1に対する認否と同じであり、同(2)は否認する。
同3の(二)ないし(四)はいずれも否認する。
4 同4、5はいずれも否認する。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件処分の無効確認の訴えについて
一本件処分の無効確認の訴えは、原告が、本件土地は、原告の所有であるところ、被告県は、本件土地について所有権その他の権原を取得しないで、本件土地を敷地の一部とする本件道路につき供用開始をした旨主張し、被告県及びその後本件道路の管理権限を取得した被告市に対し、右供用開始のうち本件土地に係る部分である本件処分の無効確認を求めるものである。
そこで、原告が右無効確認の訴えにつき行政事件訴訟法三六条に定める原告適格を有するかどうか検討するに(被告市の指定都市の指定に伴い、被告県が道路管理者の権限を失い、本件処分の無効確認の訴えにつき被告適格を失ったかどうかの問題、本件処分の無効確認の訴えにつき被告適格を有するのは、被告市か広島市長かの問題はひとまず措くこととする。)、同条は、無効確認の訴えは、(1)当該無効な処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者、(2)又は、当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限って認められるべきものであることを規定している。
ところで、道路法における供用開始の公示は、道路を一般交通の用に供する旨の行政主体の意思表示であり、道路を最終的に成立させる行政処分であって、本件土地につき本件供用開始に続いて、原告の法的地位に影響を及ぼすような具体的な処分(後続処分)がなされることは予想されないから、原告は、右(1)には該当しないものというべきである。
次に、原告が右(2)に該当するか否かであるが、原告は、本件供用開始の当然無効を前提として、本件土地の所有権に基づいて、土地所有権確認、土地明渡請求、賃料相当損害金の支払請求等の現在の法律関係に関する訴訟の提起が可能であり、これによってその目的を達することができるものと認められる。もっとも、原告の本件土地明渡請求は、後記説示のとおり、権利の濫用として棄却すべきものであるが、右にいう「目的を達することができないもの」とは、処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、本来、その処分のために被っている不利益を排除することができないことをいうのであるから、法律上そのような訴訟の形態をとり得るかどうかだけが問題となるにとどまり、その提起が法律上可能である以上、具体的に勝訴の見込みがないかどうかは関係がないものと解するのが相当である。本件において、右のように現在の法律関係に関する訴えの提起が可能である以上、土地明渡請求が権利の濫用として棄却され、勝訴の見込みがないからといって、「目的を達することができないもの」とはいえず、この点は、処分の無効確認の訴えを許す理由にはならない。
もっとも、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えの提起が法律上可能であっても、当該処分が多数の関係者に対する処分と相互に連鎖し、関連し合っているなど、その処分の性質に照らして、処分の効力をめぐる紛争を私人間の法律関係に関する個別の訴えによって解決するのが必ずしも適当でなく、また、当該処分をめぐる紛争の実態にかんがみ、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えは、右紛争を解決するための争訟形態として適切とはいえず、むしろ当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であるような場合は、現在の法律関係に関する訴えによってはその目的を達することができないものとして右(2)の原告適格を肯認するのが相当である。
これを本件についてみると、供用開始処分の性質に照らし、これをめぐる紛争を私人間の法律関係に関する個別の訴訟によって解決するのが適当でないものということはできない。原告は、現に本訴において、被告市に対し、土地明渡し及び賃料相当損害金の支払を請求しているのであって、原告のこのような意図ないしこれにより窺われる本件紛争の実態に照らすと、本件においては、紛争を解決するための争訟形態として、処分の無効を前提とする土地の所有権確認等の現在の法律関係に関する訴えよりは、処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な訴訟形態であるというような事情は窺われないのであって、紛争を解決するための争訟形態としては、土地の所有権確認等の現在の法律関係に関する訴えの方が、処分の無効確認の訴えより有効かつ適切なものと認められる。
したがって、本件において、本件処分の無効確認の訴えの方が現在の法律関係に関する訴えよりもより有効、適切な争訟形態であるとして、右(2)に該当するものということもできない。
他に、原告適格を肯認させるべき事由は認められないから、原告は、本件処分の無効確認の訴えにつき原告適格を欠くものといわざるを得ない。
二よって、原告の被告らに対する本件処分の無効確認の訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法であるというべきである。
第二本件土地の明渡請求について
一争いのない事実
請求原因1(本件供用開始)、同2のうち本件土地が本件道路敷地であること、本件土地が道堂原の所有であったこと及び同3(指定都市の指定等)は当事者間に争いがない。
二原告の土地所有権の取得
<証拠>を総合すると、次のとおり認められる。
1 不動産業を営んでいる永楽地所は、道堂原の依頼を受けて同人所有の土地の売却の仲介をしていたが、昭和五九年八月二日その仲介により、道堂原の代理人である押尾義治と居蔵との間で、道堂原所有の旧八六八番一外の土地を造成の目的で居蔵に代金一四〇〇万円で売り渡す旨の売買契約が締結され、昭和六〇年一二月三日所有権移転登記がなされた(右移転登記がなされたことは争いがない。)。旧八六八番一のうち本件土地部分は、本件道路敷地になっていたが、当時、被告県の手違いで買収洩れになっていることが判明し、道堂原と被告県との間で本件土地と付近の被告県所有の土地とを交換する話が持ち上がっていたので、右売買契約は、右交換が行われることを前提として締結されたものであり、右売買契約に係る土地売買契約書(<証拠>)には、旧八六八番一のうち県道として無断工事をされている土地と被告県所有地とを交換することで、道堂原と被告県が話し合い中であり、交換成立後は、道堂原は、居蔵に被告県所有地を引き渡す旨の条項が記載されている。
2 ところが、その後、右交換が実現せず、途中から本件土地を被告らが買収する話が進んだが、価格の点で折り合いがつかず、合意するに至らなかった。そのため、居蔵から、右売買は、右交換がなされることを前提に締結したものであるとして、仲介業者の永楽地所に対し、右売買土地を買い取るよう要請があったので、永楽地所は、昭和六〇年七月三一日居蔵から右各土地を買い受けた。その後、旧八六八番一のうち本件土地部分については、被告県ないし被告市との間で訴訟による解決を図るほかない状況となり、右部分について訴訟を提起することが見込まれたので、これに備えるため、原告が同年九月三〇日本件土地部分を永楽地所から買い受け(原告は、永楽地所の系列会社であるが、訴訟費用の負担等を考慮し、永楽地所より財政的に堅実な原告が買い受けたものである。)、昭和六一年二月一〇日旧八六八番一から本件土地を分筆した上、中間省略登記により、同年三月四日居蔵から所有権移転登記を受けた(右移転登記がなされたことは争いがない。)。
以上のとおり認められる。
被告市は、道堂原は、旧八六八番一を居蔵に売却するに当たって、本件道路敷地になっていた本件土地部分を除外したと主張するが、前記認定の道堂原、居蔵間の売買契約の内容に照らせば、本件土地も売買の対象に含まれていたものと認められるから、右主張は採用の限りでない。
前記認定によれば、原告は、前記経過により本件土地の所有権を取得したものと認められる。
三本件供用開始の瑕疵について
1 原告は、本件供用開始は、本件土地につき何ら権原を取得しないでした瑕疵があると主張するのに対し、被告市は、被告県は、道堂原から売買により本件土地所有権を取得した旨主張するので、検討するに、<証拠>を総合すると、被告県は、本件道路敷地を関係所有者から買収するに当たって、本件土地部分は、竹田所有の八七二番の土地の一部であると判断し、昭和四五年三月二〇日同人との間で、本件土地部分を八七二番に含めて、右八七二番外の土地について売買契約を締結したこと、被告県は、本件土地の周辺に存する道堂原所有地について、山手を代理人として、昭和四五年三月二〇日及び昭和四六年三月一〇日の二回にわたって、土地売買契約書<証拠>を交わして、売買契約を締結したが、道堂原所有の旧八六八番一の土地(本件土地が右土地から分筆されたことは前記認定のとおりである。)については、道路敷地にかからないものとされ、したがって、右各契約書に対象土地として記載されておらず、右各売買の対象とされなかったことが認められる。
被告市は、道堂原は、被告県との売買契約に当たって、本件土地を除外する意思はなく、本件土地も売買の対象に含まれていたと主張するが、道堂原ないしその代理人山手が、道堂原所有の土地のうち本件道路敷地に含まれる部分については、右売買契約書に対象土地として記載されているかどうかにかかわりなく、全部被告県に売り渡す意思を有していたものと認めるに足りる証拠はなく、右主張は採用できない。
以上によれば、本件土地は、道堂原所有の旧八六八番一の一部であるにもかかわらず、竹田所有の八七二番の一部であるとして、同人との間で売買契約が締結されたにすぎず、道堂原との間では売買契約が締結されていないのであるから、被告県が本件土地の所有権を取得したものと認めることは到底できない。
2 他に、被告県が本件供用開始に当たり、本件土地につき権原を取得したことの主張、立証はないから、本件供用開始は、道路敷地である本件土地につき何ら権原を取得しないでなされたものであるといわざるを得ない。そこで、次に、本件処分の効力について判断する。
道路法によれば、道路を開設するためには、まず、路線の指定又は認定を行い、その結果決定された道路管理者が道路の区域を決定し、その敷地等の上に所有権その他の権原を取得し、必要な工事を行って道路としての形体を整え、更に、これを一般公衆の通行の用に供する旨の供用開始をすることを必要とするものとされている。このように、道路法は、道路敷地につき権原を取得した上で供用を開始することを予定しているのであるから、敷地についての権原の取得は、供用開始処分の要件の一つであると解すべきである。そして、供用開始がなされ、道路として成立すると、道路法四条の私権制限により、道路の供用廃止を余儀なくさせる結果となる敷地の返還請求のような権利行使も当然制限されるのであって、供用開始は、道路敷地の所有者等に対し、敷地を道路として使用されることについて受忍義務を課するものであるということができる。
したがって、敷地について権原の取得を欠いていることは、供用開始処分の瑕疵を構成するものというべきであるが、権原の取得は、敷地を道路として使用されることを受忍させるという重大な法律効果発生のための前提要件であるということになるから、右要件の具備は、国民の権利保護上重要な意味を有するのであって、全く無権原でなされた供用開始は、極めて重大かつ根本的な瑕疵を有するものとして、その瑕疵の明白性の有無にかかわらず当然無効になると解するのが相当である。
以上によれば、本件供用開始は、本件土地につき何ら権原を取得しないでなされた瑕疵があり、本件処分は、無効であるといわざるを得ない。
被告市は、本件供用開始の瑕疵は、明白性の要件を欠いているから、本件供用開始は無効とはいえないと主張するが、右説示に照らし、採用できない。
四瑕疵の治癒
1 被告市は、被告らは、本件供用開始後、本件土地について権原を取得したから、瑕疵は、治癒されたと主張するところ、供用開始の要件である敷地についての権原の取得は、専ら敷地の権利者の保護を目的とするものであることにかんがみ、処分後であっても権原が取得され、権利者の保護が図られた場合には、右瑕疵は、治癒されるものと解するのが相当である。
そこで、被告市主張の権原について、以下検討する。
(一) 時効取得
被告県が本件供用開始をして昭和四六年八月三一日以降本件土地を占有していたこと、被告市が指定都市の指定に伴い、昭和五五年四月一日以降現在に至るまで本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。
そして、被告市は、道路法一七条一項の規定により、県道である本件道路の道路管理者として、被告県の占有を承継し、本件土地を管理、占有するに至ったものと認められ、これによれば、被告市は、被告県の占有代理人として本件土地を占有しているものと認められる。
右占有は、所有の意思をもって、善意、平穏、公然になされたものと推定されるから、以下、被告県が右占有を始めるに当たって過失がなかったかどうか検討する。
<証拠>を総合すると、次のとおり認められる。
(1) 被告県は、昭和四六年九月に開園を予定していた広島市立安佐動物公園への交通の便を図るため、本件道路の改良工事(幅員7.6メートルないし五一メートル、延長二一九〇メートル、ルート変更。なお、改良工事とはいっても、本件土地周辺については、広島市安佐北区上安二丁目から安佐動物公園までの区間のバイパスの一部として新設されたもので、旧道を改良したものではない。)を計画し、昭和四四年頃から道路敷地の買収作業を進めた。
(2) 右買収作業は、一般的には、まず、同年夏頃地権者を集めて事業説明会を開き、次に、現地に関係所有者の立会を求めて買収地の各地番ごとに境界を確認した上、杭打ちをし、これに基づいて丈量図を作成し、更に、右丈量図に基づいて買収地の位置、範囲を所有者に確認してもらって買収地を確定し、売買契約を締結するという手順を踏んで行われた。道堂原は、永年アメリカに在住していたが、所有土地が本件道路敷地として買収されることになったので、右買収につき甥の山手を代理人に選任していた。山手は、右買収の際、現地に立ち合ったことはあるが、本件土地に関し、道堂原ないし山手に対し右のような一般的手順が実際にどの程度行われたか本件証拠上明らかでない。
(3) 被告県が当初作成した丈量図には、本件土地部分は、地目畑、地番八七二番、面積251.07平方メートル、所有者道堂原寅吉(同人は、旧八六八番一の元所有者である。以下「寅吉」という。)と記載され、里道の北側に接して所在する土地として表示されていた。そして、右丈量図には、寅吉所有の右八七二番の土地のほかに、別の八七二番の土地が右里道の南側に接して表示されており、その面積は、116.88平方メートル、所有者は、竹田利恵(同人は、竹田の父である。)と記載されていた。公図上、八七二番は、里道の南側に接して表示され、また、旧八六八番一は、右里道を挟んで、その北側に接して表示されており、本件土地部分は、公図上、旧八六八番一内に位置している。なお、八七二番は、竹田の所有する畑であり、登記簿上の地積は、一九八平方メートルである。
(4) 被告県の買収担当者は、公図の記載等に照らし、当初、本件土地部分は、旧八六八番一の一部で、道堂原の所有ではないかと考えていたが、その後、本件土地部分の所有者を竹田とする丈量図が作成され(どのような経緯で本件土地部分の所有者が右のように寅吉から竹田に変更されたのかは、本件証拠上不明である。)、被告県は、本件土地部分を竹田所有の八七二番の一部に属するものと判断し、昭和四五年三月二〇日竹田との間で八七二番(その地積367.95平方メートルは、前記丈量図に記載された本件土地部分の面積251.07平方メートルと竹田利恵所有の八七二番の土地の面積116.88平方メートルとを合計したものに一致する。)外の土地について売買契約を締結した。被告県は、本件土地部分の所有権を右売買により竹田から取得したものとして、改良工事に着手し、その後、工事を完成し、本件供用開始をした。
以上のとおり認められる。
<証拠>中には、現地で境界確認をした際などに竹田のほか、道堂原の代理人の山手や付近の土地所有者が、本件土地部分は、竹田の所有地であると述べたので、本件土地部分を竹田所有地として処理したとの部分があるが、右証言によると、関係者が竹田の所有であると述べたとの証言部分は、同証人の具体的な記憶に基づくものではないことが認められる。そして、<証拠>によると、昭和五八年六月被告県の職員が本件土地が買収洩れになっているかどうか調査するため、竹田に問い合せた際、同人は、即座に、本件土地部分は、同人の所有ではないと答えたことが認められる。また、<証拠>によると、山手は、道堂原の代理人として本件土地の周辺に所在する道堂原所有の土地を本件道路敷地として被告県に売り渡す旨の売買契約を締結しているが、山手は、当時、道堂原所有地の位置、範囲について承知していなかったので、被告県の担当者に境界を指示したことはなく、右担当者が買収地の地番、面積を記載して持参した契約書に言われるままに押印して売買契約を締結したことが認められる。これらの事実に照らし、<証拠>部分は信用できない。
前記認定によれば、公図上、本件土地部分は、旧八六八番一内に位置する土地として表示されていること、里道を挟んで同一地番の土地が存在するのは不自然であるのに、被告県は、八七二番の土地が里道を挟んで二箇所存在しているものと判断して、本件土地を八七二番の一部として売買契約を締結していること、八七二番は畑であり、登記簿上の地積は、一九八平方メートルしかないのに、被告県は、八七二番の土地の面積を367.95平方メートルとして買収していることが認められるのである。これらの事実によると、本件土地は、八七二番の一部ではなく、むしろ旧八六八番一と見る方が自然であり、被告県の職員も、当初、本件土地は、旧八六八番一の一部で道堂原の所有ではないかと考えていたところ、本件土地を八七二番の一部とするについては、右のように種々の疑問があるにもかかわらず、被告県は、これらの疑問を解消するに足る特段の根拠もないのに(本件土地の買収を担当した被告県の職員である証人玉守雄司は、本件土地の所有者を当初の道堂原から竹田に変更した根拠や経緯について何ら首肯するに足る証言をしていない。)、漫然と買収作業を進め、本件土地を竹田所有の八七二番の一部であると軽信して売買契約を締結し、本件土地の占有を始めたものと認められるから、被告県が竹田との売買により本件土地の所有権を取得したものと信じたことについて過失がなかったものと認めることはできない。
したがって、本件土地につき短期取得時効が完成したものということはできない。
(二) 使用貸借
<証拠>によると、昭和五八年五月頃本件土地が買収洩れになっていることが判明し、山手らが被告県と交渉した結果、本件土地とその近くにある被告県の所有地とを交換する話が持ち上がり、交換手続を進める作業の一環として、同年一二月二二日頃被告県及び被告市の職員と道堂原の代理人の山下寿(以下「山下」という。)らが現地に立会し、測量を行ったこと、右現地立会いの際も含め、被告県との交渉の過程で、道堂原ないしその代理人から、本件土地の明渡しや使用料の請求がなされたり、これに類する苦情が述べられたことはなかったことが認められる。
右認定のように、道堂原なしいその代理人から明渡請求等がなされなかったことから、道堂原と被告市との間で本件土地につき使用貸借が成立したものと認めることは到底できず、他に使用貸借の成立を認めるに足りる証拠はない。
<証拠>は、被告県の職員が昭和五八年六月山手と本件土地の処理について話し合った際、同人が本件土地を寄付しても差し支えない旨述べたと証言しているが、これは、山手が個人的見解として処理の方針を述べたにすぎないと認められる上、<証拠>によれば、当時、山手は、道堂原の代理権を有していなかったことが認められるから、右証言をもって使用貸借契約が有効に締結されたものと認めることはできない。
(三) 同意
被告市は道堂原が本件土地を道路敷地として使用することについての同意をした旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(四) 使用貸借に準ずる合意
本件全証拠によっても、原告と被告市との間に同被告主張のような使用貸借に準ずる合意が成立したものと認めるに足りない。
2 以上によれば、本件供用開始後、本件土地について権原が取得され、本件供用開始の瑕疵が治癒されたものと認めることはできないから、本件処分は無効であり、本件土地は、未だ道路法上の道路の構成部分ではないというべきである。したがって、本件土地の所有者である原告は、同法四条の規定による私権制限を受けることはなく、本件土地所有権の行使を妨げられるものではないというべきである。
五権利濫用について
<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1 本件道路は、供用開始がなされてから既に約二〇年が経過し、安佐町のあさひが丘団地方面から広島市内中心部への通勤、通学用道路、市内中心部から安佐動物公園へのアクセス道路等としての機能を有する交通量の多い幹線道路となっている。本件道路(観測地点は、広島市安佐南区上安二丁目二八)の午前七時から午後七時までの一二時間交通量(自動車類)は、昭和五八年度六一一二台、昭和五九年度七八三六台、昭和六〇年度九二二八台(乗用車類五〇九二台(うちバス三〇五台)、貨物車類四一三六台)であり、逐年増加している。
2 原告は、前記第二の二認定の経過で本件土地を取得したが、昭和五八年五月に本件土地が買収洩れになっていることが判明して以来、道堂原と被告らとの間で行われた本件土地の交換ないし買収についての交渉の経過を熟知した上で、本件土地を取得したものである。
右認定によれば、本件道路は、公の施設として一般公衆の通行の用に供され、高い公益性、社会性を有する道路として定着しており、本件土地を明け渡すと、本件道路は分断されて一般の通行は不可能となり、道路交通という公共の利益に極めて重大な障害が生ずるおそれがあること、一方、原告は、本件土地について具体的な利用計画を有しているわけではなく、直接的には被告らを相手取って訴訟をする目的で本件土地を取得したものであることが認められる。
右のような事情を比較考量すると、原告の本件土地の明渡請求は、権利の濫用であって、許されないものと認めるのが相当である。
六まとめ
よって、原告の本件土地の明渡請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三損害金請求について
一被告市は、本件土地の不法占有者として、原告に対し賃料相当損害金を支払う義務がある。そこで、本件土地の相当賃料額について検討するに、原告は、右賃料額を立証する資料として<証拠>(土地一時賃貸借契約書)を提出している。
そして、<証拠>によれば、竹田康律は、昭和六〇年一〇月三一日本件土地の東南方に位置する広島市安佐南区上安六丁目八九〇番一の土地のうち三〇坪を戸田建設株式会社に仮設工事現場事務所及び駐車場として一時使用の目的で、賃料月額坪当たり一〇〇〇円と定めて賃貸したことが認められるが、右証拠によれば、右賃貸土地は本件土地とは立地条件を異にしているものと認められるのであって、右賃料額をもって直ちに、本件土地の相当賃料額であると認めるのは困難である。
のみならず、<証拠>によると、被告県は、昭和四六年八月三一日付け広島県告示第七六五号をもって本件道路につき道路法一八条一項の規定による区域変更の公示をしたこと、本件土地は、右変更区域内にあることが認められる。
そして、右区域変更の処分が無効であることについては何ら主張、立証がない(道路の区域の決定(変更の場合を含む。以下同じ。)をする場合には、道路管理者がその対象たる土地について所有権その他の権原を取得していることは要件ではなく、道路管理者は、権原を取得していると否とにかかわらず、区域の決定をすることができる。)ところ、道路の区域が決定されると、その後供用が開始されるまでの間は、道路管理者が当該区域内にある土地について権原を取得する前においても、何人も、道路管理者の許可を受けなければ、当該土地の形質を変更し、工作物の新築・改築・増築若しくは大修繕をし、又は物件の附加増置をなし得ないこととなる(道路法九一条一項)。
そして、原告が本件土地につき所有権移転登記をした昭和六一年三月当時、本件道路は、前記のとおり、幹線道路として定着し、一般の交通の用に供されていたのであって、本件土地について右のような形質の変更、工作物の新築等が行われると、交通の物理的障害となり、道路事業の執行に重大な支障を及ぼすことが明らかであって、これについて道路管理者の許可を得ることは困難であったものと認められる。
そうすると、本件土地は、右区域変更により、その使用収益に重大な制約を受けるに至ったものであるから、その相当賃料額を単純に近傍類地(更地)の価格ないしその賃料額を基準として算定することは困難であって、右算定に当たっては、基本的には、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した相当な価格に右制約による一定の減価率を乗じて得た価格を基準とすべきであり、相当賃料額は、右価格に適正利潤率(期待利回り)を乗じて得られた純賃料に必要経費等を加算して算定する方法によるのが相当であると認められる。
結局、<証拠>をもって本件土地の相当賃料額を認定することはできず、また、本件全証拠を精査しても、右のような特殊な事情を斟酌した上で算定されるべき本件土地の相当賃料額を認定するに足る的確な証拠は見当らない(右減価率等については、専門的な鑑定によるほかないものと認められる。)。
二したがって、原告の損害金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわざるを得ない。
第四結論
以上の説示に照らせば、原告の被告らに対する本件処分の無効確認の訴えは、いずれも不適法であるから却下し、被告市に対するその余の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官高升五十雄 裁判官蓮井俊治 裁判官山﨑宏は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官高升五十雄)
別紙<省略>