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広島地方裁判所 昭和61年(行ウ)4号 判決 1996年4月16日

広島市安佐北区小河原町一〇二二番地の九

原告

田中和喜

右訴訟代理人弁護士

坂本宏一

阿左美信義

佐々木猛也

津村健太郎

池上忍

広島市安佐北区亀山二丁目二五番一〇号

被告

広島北税務署長 小林勝彦

右指定代理人

村瀬正明

徳岡徹弥

伊奈垣光宏

戸田哲弘

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年七月一六日付けで原告に対してなした原告の昭和五六年分、昭和五七年分の各所得税の更正及び各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年ないし昭和五八年当時、広島市東区尾長町三一九番地において、タナカ工業の名称で鉄筋工事業を営んでいた。

2  原告は、別表1ないし3の各確定申告額欄の記載のとおり、昭和五六年分、昭和五七年分及び昭和五八年分(以下「係争各年分」という。)の各所得税の確定申告を、各年の法定申告期限までに行った。

3  被告は、原告に対し、右各確定申告について、昭和五九年七月一六日付けで、別表1ないし3の各原処分欄記載のとおり、それぞれ更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各決定」という。)をした(以下、本件各更正及び本件各決定を一括して「本件各処分」という。)。

4  しかしながら、本件各処分は、推計の必要性がないにもかかわらず、不合理な推計によって、原告の係争各年分の各事業所得の金額を過大に認定してなされている点で違法である。

5  また、広島東税務署の調査官神田正利(以下「神田調査官」という。)が本件各処分に先立って原告及びその取引先に対して行った税務調査(以下「本件税務調査」という。)は、以下のとおり、著しく違法性の程度が高いものであるから、本件税務調査に基づく本件各処分は違法である。

すなわち、所得税法二三四条一項は、税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務がある者等に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査すること(以下「質問検査」という。)ができる旨規定するが、これは、あくまでも申告納税方式の原則に対する例外を定めたものにすぎず、自主申告権を否定するような質問検査は許されないと解すべきである。したがって、単に申告書の記載内容が正しいかどうかを確認するためだけに質問検査をすることは許されず、申告が適正でない合理的な疑いがある場合に限り、質問検査が許される。また、質問検査は納税者の営業、人権及び信用に重大な影響を及ぼし、かつ、刑罰によって間接的に強制されていることにより刑罰類似の性質を有するから、憲法三一条を準用し、質問検査に際し、納税者に告知、弁解、防御の機会を保障しなければならないと解すべきである。したがって、税務調査における事前通知、調査理由の開示は、被調査者に弁解、防御の機会を与えるために必須の事項であり、これを欠く税務調査は、違憲、違法であり、無効となる。このような理解が正当なものであることは、昭和四九年の第七二国会で採択された請願で、「税務行政の改善については、税務調査にあたり、事前に納税者に通知するとともに、調査理由を開示すること」と決議されていることや、税務行政の指導基準である国税庁監修の税務運営方針でも、「税務調査は、その公益的必要性と私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては事前通知の励行に務め、また、現況調査は必要最小限にとどめ、反面調査は客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする。」と定められていることからも明らかである。

ところが、本件税務調査において、神田調査官は、事前に原告に通知することなく最初の臨宅調査を行い、また、原告が調査の理由の開示を再三にわたって求めたにもかかわらず、調査理由を開示しなかった。当時、原告方においては、義母が入院し、義父も病の床に就いており、その看護に忙殺されるという状態であったにもかかわらず、神田調査官は、原告の都合など全く考慮することなく、一日に何度も原告方を訪問したり、原告方に電話をかけたりした。そして、原告が、日頃税務申告について相談するなどして、原告の事業上の経理内容について原告よりもよく知っている広島民主商工会(以下「民商」という。)の会員、事務局員の立会いの下に、税務調査に協力しようとしたにもかかわらず、神田調査官は、民商関係者が立ち会う限り調査はしない、立会いがあるなら勝手に調査を進めるなどと言って、民商関係者の立会いを拒否し、短時間で調査を打ち切った。その一方で、神田調査官は、調査開始後間もない時期から、原告の取引先等に対する強引な反面調査を行い、その結果、原告は最大の取引先を失い、廃業を余儀なくされた。

このような調査は、前記の立場からは、明らかに違法なものであるというほかない。

なお、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているという見解(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二〇五頁参照)は、税務職員に広汎な裁量権を認めるものであって不当であるが、仮に、このような見解を前提にしても、右にいう質問検査の必要がある場合とは、申告にかかる税額が適正でないと判断すべき具体的かつ合理的な疑いが客観的に認められる場合に限定されなければならないし、その場合においても、相手方の私的利益が最大限尊重されなければならないのであるから、税務職員の合理的な選択として、事前通知又は調査理由の具体的な開示をしなくてもよい場合は、極めて限られた場合しかあり得ないというべきである。

よって、原告は、被告に対し、原告の係争各年分の各事業所得の金額を過大に認定したことの違法又は本件税務調査の違法を理由に、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の主張は争う。

3  同5のうち、本件税務調査において、神田調査官が、事前に原告に通知することなく最初の臨宅調査を行ったこと、原告の要求する民商関係者の立会いを拒否したことは認め、その余の事実は不知ないし否認し、本件税務調査が違法であるという主張は争う。

所得税法二三四条一項の規定は、税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告書の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、質問検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、実施の日時場所等の事前通知及び調査の理由の個別的具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではないから、原告の主張はそれ自体失当である。

また、税務職員は、所得税法二三四条及び国家公務員法一〇〇条一項によって、当該事務に関して知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない義務を課せられているところ、税務調査をなすに当たっては、当該納税者のみならず、その取引先の秘密に属する事項をも調査の対象とする場合がほとんどであるから、守秘義務を課せられた税理士でない第三者の立会いを認めることは、仮に当該納税者において自己の秘密事項が他に漏れることを認容していたとしても、税務職員に守秘義務を課した法の趣旨に抵触することになり、到底許されないし、税務調査に第三者の立会いを継続的に認めれば、非税理士が税理士業務を行うことを容認することにより、税理士法五二条違反の疑いを生じるのであるから、本件税務調査において、神田調査官が民商関係者の立会いを拒否したことは正当である。

さらに、税務調査の手続きは、本来、課税庁が課税要件の内容をなる具体的事実の存否を調査するためのものにすぎず、調査手続き自体が課税処分の要件となることは、いかなる意味においてもあり得ないというべきであるから、仮に、本件税務調査が違法であったとしても、それに基づく本件各処分を違法ならしめることはない。

三  被告の主張

1  推計の必要性

神田調査官は、原告から提出された係争各年分の各所得税の確定申告書に記載された事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため、昭和五九年四月二七日から、延べ一〇回にわたって原告方へ赴き、原告が不在の際には伝言メモを差し置くなどの手だてを講じたほか、電話により何度となく説得を行うなどして、原告の妻である田中カズエ(以下「カズエ」という。)を通じて原告に対して所得税に関する調査への協力を要請するとともに、事業所得の金額の計算に関する帳簿書類の提示要請を行ったにもかかわらず、原告又はその意向を繁栄しているカズエの協力を得ることができなかった。その結果、被告は、帳簿書類に基づいて原告の係争各年分の各事業所得の金額を実額で計算することができなかったために、やむを得ず、推計課税に及んだものであり、本件において推計課税の必要性が存在したことは明らかである。

2  推計の合理性

被告は、原告の取引先に対する反面調査等によって、係争各年分の原告の各収入金額を把握し、これに、原告と業種業態及び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の所得率(収入金額に対する所得金額の割合)を適用して、以下のとおり、係争各年分の原告の各事業所得の金額を算出したものである。

なお、原告は、被告が本件訴訟に至る前に採用していた類似同業者とは異なる者を類似同業者として採用したことを非難するが、一般に課税処分取消訴訟において、被告は、原処分時に客観的に存在した税額を主張する限り、原処分時の税額認定理由には拘束されないと解すべきであり、本件の場合、本件各処分時に選定した類似同業者は、一件を除いて係争各年共通ではなかったので、係争各年分の所得の推移状況を的確に反映するために、本件訴訟において類似同業者の選定条件を見直したものであって、これによって、さらに推計の合理性は高まったものであるから、原告の主張は失当である。

(一) 類似同業者の選定

被告は、次の(1)ないし(6)のとおり、原告の業種業態に合致することを主たる内容とする一定の条件(以下「本件抽出基準」という。)を設定して、類似同業者の抽出基準とした。

(1) 係争各年分を通じて鉄筋工事業を営んでおり、その中途において開業、廃業、休業又は業態の変更をしていない者

(2) 係争各年分を通じて所得税法上青色申告書の提出につき税務署長の承認を受けている者(以下「青色申告者」という。)

(3) 事業に係る収入金額は、係争各年分に応じいずれも次の範囲内である者(この金額は、被告が把握した原告の係争各年分の各収入金額をそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の範囲の金額である。)

昭和五六年分 九三九万円以上三七五七万円以下

昭和五七年分 一四四八万円以上五七九五万円以下

昭和五八年分 八五六万円以上三四二八万円以下

(4) 材料の支給を受けて労務を主体とする下請業者

(5) 鉄筋工事作業には切断機及び鉄筋曲げ機を使用している者

(6) 所得税の更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過している者若しくはこれらの争訟が係属していない者

そして、被告は、広島国税局長が被告並びに広島東、広島南、廿日市、海田及び呉の各税務署長あてに発した通達に対する報告に基づいて、本件抽出基準のすべてに該当する者を機械的に類似同業者として選定した。したがって、そこに恣意の介在する余地はないとともに、資料は正確であるから、このような類似同業者の抽出方法は、客観的な合理性を有するものである。

なお、原告は、被告が類似同業者の具体的な事業内容を明らかにしないなどと非難するが、類似同業者間に通常存在する程度の営業状況の差異は平均値の中に捨象されることから、本件抽出基準を越えて、類似同業者の個別的営業条件を斟酌する必要はない。

(二) 類似同業者の所得率

被告が前記により選定した類似同業者(以下「本件類似同業者」という。)の係争各年分に係る各売上金額(収入金額)、所得金額及び所得率は、別表8ないし10記載のとおりであり、係争各年分における本件類似同業者の平均所得率は、それぞれ、別表4の平均所得率欄記載のとおりである。

なお、本件類似同業者は、いずれも原告同様、妻を経理担当者(青色事業専従者を含み、現場作業に従事しないで、記帳、集金及び電話の取次ぎ等に従事している従業員をいう。)として、妻に青色事業専従者給与を支給してこれを必要経費に算入しているところ、青色申告者ではない原告の場合、仮に妻に対する給与の支給事実があったとしても所得税法上これを必要経費に算入することはできないが、これに代えて一定額の事業専従者控除を必要経費とみなすこととされているので、本件類似同業者の必要経費の中から妻の青色事業専従者給与の額を控除した。また、本件類似同業者は、右の青色事業専従者給与以外に各種引当金や青色申告控除等の特典の適用を受けているので、これら特典項目もすべて除外した。

(三) 収入金額

被告が、原告の取引先等に対する反面調査等により把握した、係争各年分の原告の各収入金額は、別表4の売上金額欄記載のとおりであり、その内訳は、別表5ないし7の各被告主張額欄記載のとおりである。

(四) 事業所得の金額

被告は、前記収入金額に本件類似同業者の平均所得率を乗じた金額から、法定の事業専従者控除額(原告の事業に従事していた原告の妻に関するもの)を控除して別表4の事業所得の金額欄記載のとおり係争各年分の原告の各事業所得の金額を算出した。

3  本件処分の適法性

したがって、本件各更正において被告が認定した係争各年分の原告の各所得金額(昭和五六年分が二五三万三〇七五円、昭和五七年分が三九九万四三〇六円、昭和五八年分が二五一万四五六〇円)は、それぞれ、合理的に推計された当該年分の原告の事業所得の金額(昭和五六年分が三三七万五七六九円、昭和五七年分が六〇三万二四四四円、昭和五八年分が三〇六万二〇九八円)を上回るものではないから、その範囲でなされた本件各更正は適法であり、また、これを前提とする本件各決定も適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1のうち、原告が税務調査に協力しなかったという事実は否認し、本件において推計課税の必要性が存在したとの主張は争う。

本件税務調査に際して、原告は、帳簿書類等を準備して、これを提示するなどして、被告の調査に応じようとしたにもかかわらず、神田調査官は、民商を嫌悪し、原告が民商関係者の立会いを求めたことの一事をもって、原告の準備していた帳簿書類等を調査しようともせず、一方的に反面調査を行って、推計課税の方向に進んだものである。したがって、本件の場合、神田調査官が原告の準備していた帳簿書類等を調査していれば(さらに、場合によっては被告において反面調査の結果も合わせ踏まえれば)、被告は、実額で更正をすることができたものであるから、推計の必要性は存在しなかったものである。

被告は、守秘義務や税理士法違反の問題を指摘するが、守秘義務は公務員に課せられた義務であって国民の課せられた義務ではないから、納税者自身が容認している立会いを税務署員が拒否するのに守秘義務は理由にならないし、税理士法違反の点についても、単に帳簿書類等の説明を行うだけであれば何ら問題とはならないというべきである。

2  被告の主張2の事実は総体として不知ないし否認し、本件において推計課税の合理性が認められるとの主張は争う。

本件類似同業者の所得率は、被告が本件訴訟に至る前に採用していた類似同業者の所得率よりいずれも相当高いところ、このような類似同業者を選定すれば、当然に本件各処分時の所得額を上回る所得額を推計することができるのであるから、被告は、類似同業者の選び方次第で本件各処分を正当化できることになる。一方、原告としては、被告が本件類似同業者の具体的な事業内容を明らかにしないので、推計の合理性について反証することができない。そして、本件抽出基準は、事業規模の似通った同業者の選びだす基準としては乱暴にすぎるのみならず、事業形態の面からみても、中小の鉄筋工事業者であれば当たり前のものであるから、合理的基準であるとはいえない。原告の営業は、広成建設株式会社広島支店(以下「広成建設」という。)の専属的下請けを中心にしていたために、請負単価が安いのみならず、応援、外注の仕事が極めて多く、その結果、経費中の労務費の割合が突き出していたのであって、このような特殊事業を考慮しないで、中小の鉄筋工事業者に一般的な事情にのみ基づいて類似同業者を選出して行われた本件推計には合理性がないことは明らかである。

五  原告の実額の主張

原告の係争各年分の売上金額、必要経費及び事業所得の金額は、別表11記載のとおりであり、右のうち、係争各年分の売上金額の内訳は、別表5ないし7の各原告主張額欄記載のとおりである。

なお、実額の立証は、推計課税に対する反証であるから、有効な反証たり得るためには、推計を不要ならしめる程度の一応の合理的な立証で足りるのであって、実額を証明する必要はないというべきである。

六  原告の実額の主張に対する認否及び被告の反論

納税者が推計課税取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いをいれない程度に立証する必要があると解すべきである。

これを本件についてみるに、原告が別表11において主張している係争各年分の各事業所得の金額は、<1>各確定申告書に記載されている事業所得の金額と相当な開差があること、<2>日々記帳された会計帳簿に基づき適正に計算されたものとは認められないこと、<3>真実の取引の全てが立証されているとは認められないこと等から、真実の所得金額に合致するとは認められない。すなわち、具体的には、原告の主張する実額計算には、以下の点において不明確な部分が存在する。

1  売上金額について

(一) 原告は、係争各年分の各売上金額について、審査請求の時点では、昭和五六年分一八六六万四九二二円、昭和五七年分二九二九万六三七四円、昭和五八年分一六七三万九一〇〇円と主張していたにもかかわらず、本件訴訟では、昭和五六年分二一六八万一四七二円、昭和五七年分三〇四三万八九七五円、昭和五八年分一八七〇万五七〇〇円であると主張しており、主張額に変遷がある。

(二) 原告は、係争各年分の各売上金額の内訳について、別表5ないし7の各原告主張額欄記載のとおりであると主張し、それを立証するための資料として、原告名義の銀行口座の取引記録、取引先に対して発行した領収証の控え及び従業員等の日々の稼働状況等を記載した帳面(以下「出面帳」という。)等を提出している。

しかし、右各資料のうち、山北鉄筋工業に対する領収証控えは、平成六年一〇月一一日の第二八回口頭弁論期日に至ってようやく提出したものであり、このことからすると、原告未提出の領収証控えの綴りが別途存在することが強く窺われる。

また、原告は、売上金額の内訳について、別表5ないし7の各原告主張額欄記載のとおりであると主張しているが、次の取引については、原告の提出した資料(出面帳を除く。)には当該取引を立証する記載がなく、その取引の存否は明らかにされていない。

(1) 昭和五六年

ア 松村隆之(松村建設)に対する九九万五二〇〇円の売上のうち、二四万円に相当する部分

イ 株式会社栗本組に対する四五万一〇〇〇円の売上

ウ 松山鉄筋に対する五七万五〇〇〇円の売上及び藤和に対する六一万四八〇〇円の売上(原告はこれらの売上について出面帳によって立証しようとするが、後記のとおり、出面帳による立証は認められないというべきである。)

(2) 昭和五七年分

ア 松山鐘玉(松山組)に対する五〇三万六四七五円の売上のうち、六〇万七〇〇〇円に相当する部分

イ 花本建設株式会社に対する六万九五〇〇円の売上

ウ 松山鉄筋に対する一二万円の売上及び山北に対する一三四万五〇〇〇円の売上(原告はこれらの売上についても出面帳によって立証しようとするが、前同様、認められないというべきである。)

(3) 昭和五八年分

ア 松山鉄筋に対する一四万円の売上(うち八万円について、原告は仮領収証の控えによって立証しようとするが、最終的な決済を示す証拠を提出しない。)

イ 右売上並びに花本建設株式会社に対する一万円の売上、山北に対する六三万円の売上、金山に対する一万円の売上及び伊藤に対する六七万五〇〇〇円の売上(原告はこれらの売上についても出面帳によって立証しようとするが、前同様、認められないというべきである。)

原告は、係争各年分の各売上金額の内訳を立証するために、出面帳を提出しているが、出面帳は、従業員の勤務実績(年月日、従業員名、現場名及び労働日数等)を記載したものにすぎず、しかも、随所に訂正された箇所があり、他の証拠資料との対比において不正確である上、文字の形や文字の勢いから判断して一時期にまとめて作成された疑いさえあることからすると、その書庫価値は極めて乏しく、出面帳によって、取引先名を正確に把握したり、売上金額を実額で把握することは困難というべきである。

また、原告は、出面帳に基づいて算定した売上金額は、すべて、業者に従業員等を応援に出すことにより日当計算される取引(以下「応援工事」という。)にかかる売上であり、従業員一人につき一日当り一万円の売上に、出面帳から求めた従事日数を乗じて算出した旨主張するが、出面帳には、請負に基づく取引(以下「請負工事」という。)に関する記載もあるところ、出面帳の全ての取引を請負工事と応援工事とに区分できる証拠はなく、また、他の証拠に照らしてみると、従業員一人につき一日当たり一万円を超える売上の応援工事が多々見受けられることから、従業員一人につき一日当たり一万円の売上がある旨の原告の主張は何ら根拠のないものであり、したがって、出面帳によって売上金額を実額で把握することはできないというべきである。

2  必要経費について

(一) 原告は、係争各年分の各必要経費の金額について、審査請求の時点では、昭和五六年分一七〇五万七二四八円、昭和五七年分二六七三万六八一四円、昭和五八年分一五一五万六一五一円と主張していたところ、本件訴訟では、当初、昭和五六年分二〇八〇万八五六六円、昭和五七年分二七六五万一八九三円、昭和五八年分一六五三万八六三一円であると主張し(増額)、その後、平成二年五月二二日の第一六回口頭弁論期日において、右金額から、それぞれ、昭和五六年分につき一五万二九八七円、昭和五七年分につき三五万四二一〇円、昭和五八年分につき四七万六三二四円減額した金額を主張し、さらに、平成六年一〇月一一日の第二八回口頭弁論期日において、右金額から、それぞれ、昭和五六年分につき五〇円、昭和五七年分につき七万円、昭和五八年分につき一四〇〇円減額した金額を主張している。このように、原告が必要経費についての主張を変遷させていること自体、極めて不自然である。

(二) 原告の主張する必要経費の中には、領収証等の原始記録、証ひょう書類等の資料によって裏付けられていないものがある。また、原告が、その主張する必要経費の裏付けとして提出している原始資料の中には、宛名が原告以外のものや、支出目的等が明らかでなく、当該支出の事業関連性の立証が十分とはいえないものがある。

(三) 原告は、給料賃金及び外注費の実額を証するものとして、給料支払明細書控え(以下「明細書控え」という。)を提出しているが、外注費について、明細書控えは、取引先の受領印も押捺されておらず、支払い原因を生じた取引費や取引内容も不明である以上、証明力の著しく怠る二次的資料にすぎない。

また、明細書控えのうち、給料支払いの事実を証するものとして提出されたものについても、それらがばらばらの状態で保存されていたこと、三種類の給料支払明細書が不自然な形で使い分けられていると考えられること、文字の形や勢いからして後日本件訴訟における立証のために作成されたものが少なからず疑いがあること、原告の元従業員の話では賞与を受け取ったことはないということなのに、この者に対する賞与についての明細書控えが提出されていること、原告の提出している他の資料と矛盾するものもあることなどからすると、これらを信用することはできない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

(事実認定に供した書証の成立は、特に断らない限り、弁論の全趣旨によりこれを認める。)

一  請求原因1ないし3の各事実並びに同5のうち本件税務調査において神田調査官が事前に通知することなく最初の臨宅調査を行ったこと及び原告の要求する民商関係者の立会いを拒否したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  本件税務調査の経緯

前記争いのない事実及び証拠(成立に争いのない乙第一号証並びに証人神田正利、同味呑泰孝及び同田中カズエの各証言)によれば、以下の各事実を認めることができる。

1  広島東税務署の所得税第五部門の統括調査官味呑泰孝は、他三名の調査官と共に、納税者に対する税務調査等の職務に従事していたものであるが、同税務署管内においてタナカ工業の名称で鉄筋工事業を営んでいた原告が、係争各年分の各確定申告について、確定申告書の収入金額、必要経費の額等の記載をしてなかったことに加えて、それまで一度も税務調査の対象になっていないかったことから、同部門所属の神田調査官をして、原告に対する税務調査を実施させることとした。

2  神田調査官が、昭和五九年四月二七日、事前に通知することなく、初めて原告方(自宅兼事務所)を訪問したところ、原告は不在であり、同人の妻であるカズエが応対したので、神田調査官は、カズエに対し、原告の係争各年分の各確定申告の内容について確認するための調査をしに来た旨伝え、原告の営業のうち集金や領収証の整理等に携わっているというカズエから、原告の営業に関し、従業員数や取引先等について簡単な聞き取りを行った。その後、カズエが、神田調査官に対し、原告本人は仕事が忙しいこと、家族に病人がいて、カズエ自身も看病に追われていることを訴えたので、神田調査官は、そのような原告側の事情も考慮して、次回調査日を同年五月七日とすることで、カズエと合意し、同女に対し、当日は原告に在宅してもらうこと、原告の営業に関する帳簿書類等を用意しておくことを依頼して、原告方を辞去した。

3  神田調査官は、昭和五九年五月七日午前八時三〇分ないし午前九時ころ、カズエから、電話で、一〇時に来て欲しいと言われ、同日午前一〇時ころに原告方を訪問したところ、原告は不在であり、カズエの他に、民商関係者数名がいて、これらの者が、調査への立会いを要求したり、調査理由をもっと具体的に開示するように要求したりしたので、神田調査官は、カズエに対し、税務職員に課せられている守秘義務の関係で第三者の立会いは認められない、調査理由は先日話したとおりであって、第三者に話す必要はないなどと説明したが、カズエも右民商関係者も納得せず、右のようなやり取りが五、六分続いた後、神田調査官は、その場での調査を断念し、いったん帰署した。

神田調査官は、同日午後にも、二回にわたって原告方を訪問したが、カズエから、午前中と同様、民商関係者の立会い等を要求されたほか、帳簿書類等は、民商事務局に預けたなどと言われたため、結局、この日は、原告の係争各年分の各確定申告に関する税務調査をすることができなかった。

4  神田調査官は、昭和五九年五月九日にも、原告方を訪問し、カズエに対して、税務調査への協力を求めたが、その際、同女が、民商関係者の立会いを要求して、帳簿書類等を提示しなかったため、神田調査官は、このままでは、調査が進展しないので、署の方針で調査を進めていくことになる旨カズエに言ったところ、同女は、調査は勝手にしたら、いくら長くかかっても構わないなどと言った。

5  神田調査官は、昭和五九年五月一〇日、原告と電話で話をした際、同月一四日に原告の立会いの下に原告方で調査をすることについて、原告の承諾を得たが、当日になって、原告から、電話で、都合により調査を延期して欲しいと言われたので、これを了承し、原告方を訪問しなかった。

その後、神田調査官は、同月一八日に原告方を訪問した際、不在であったため、同月二二日に調査のため伺いたいので在宅されたいなどと記載した連絡票を原告方に差し置いたところ、当日になって、カズエから、電話で、今日は都合が悪い、調査は原告も在宅している同月二五日にしてもらいたいとの申し出があったので、これを了承した。

6  神田調査官は、昭和五九年五月二五日、原告方を訪問したところ、原告は不在であり、応対に出たカズエから、原告は間もなく帰ってくるので、待って欲しいなどと言われたが、神田調査官が、立ち会っていた民商関係者の退去を求めたところ、これらの者が、口々に、「調査の立会いを認めない理由を一筆書け。」「お前はにせ職員か。」「もう来るな。」「ばかは相手にするな。」などと言ってきたことから、一〇分程度で、調査を断念して、原告方を辞去した。

7  その後も、神田調査官は、原告方を訪問し、あるいは電話をかけて、カズエや原告に対して、何度も調査への協力を要請したが、民商関係者が、神田調査官とカズエとのやり取りを録音しようとしたり、帳簿書類等の提示を求める神田調査官に対して、必要な書類をメモ用紙に書くように要求したりすることもあって、原告の協力は得られず、税務調査を実施することはできなかった。

8  神田調査官は、右のとおり、原告に対する税務調査への協力要請を継続する一方、昭和五九年五月中旬ころから、原告の取引先に対する反面調査を実施していたものであるが、その結果に基づき、推計の方法により算出された原告の係争各年分の各事業所得の金額について、同月七月一〇日、原告方を訪問して、カズエに対して、それらを説明すると共に、最終的に、帳簿書類等の提示の意思の有無を確認したいので、原告に連絡するようにとの伝言を依頼した。

しかし、原告からは、何の返答もなかったので、被告は、同月一六日、本件各処分をした。

三  本件税務調査の適否

原告は、本件税務調査が違法であることを理由に、本件各処分を違法としてその取消しを求めている。

しかし、税務調査は、納税義務確定のための具体的な事実の存否を調査するための事実行為であって、課税処分とは別個のものであり、税務調査が適法であることが課税処分の適法要件となるものではない。

したがって、本件税務調査が違法であったとしても、それにより当然に本件各処分が違法となるものではないのであるから、原告の主張は、その点で既に失当であるのみならず、本件税務調査に原告の主張する違法は存在しない。

1  所得税の終局的な賦課徴収に至る過程においては、税務署その他の税務官署による一定の処分のなされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることも法の当然に許容するものであるところ、所得税法二三四条一項の規定は、税務署等の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、右職権調査の一方法として、質問検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。

2  これを本件についてみるに、原告の主張している違法事由はいずれも実定法上特段の定めのない実施の細目に関するものであるところ、前記認定のとおり、原告は係争各年分の各確定申告について確定申告書に収入金額、必要経費の額等の記載をしておらず、しかもそれまで一度も税務調査の対象になっていなかったというのであるから、本件において質問検査の客観的必要性が存在したことは明らかである。

(一)  そして、原告は、神田調査官が事前に通知することなく最初の臨宅調査を行ったことを本件税務調査の違法性を基礎付ける事情として主張しているが、前記認定のとおり、このとき(昭和五九年四月二七日)には、神田調査官はカズエから簡単に事情を聴取したにすぎず、原告側の意向を踏まえて次回調査日を決定し、そのときには原告に在宅してもらうこと及び帳簿書類等を用意しておくことを依頼して、原告方を辞去していることからすると、事前通知をしなかったことが原告の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるものであったことは明らかである。

また、原告は、原告が調査理由の開示を再三にわたって求めたにもかかわらず、神田調査官が調査理由を開示しなかった違法を主張する。

しかし、そもそも税務調査は申告内容の正確性を疑うべき具体的な事由がある場合に限り行い得るというものではなく、一般的に申告内容の正確性を確認する必要がある場合に行い得るものであるところ、原告は係争各年分の各確定申告書に事業所得の金額のみを記載して提出しているものであり、被告において原告の申告内容が適正なものか否かを右申告書から判断することは、不可能であるから、その内容の正確性を疑うべき具体的な事由がなくとも被告において申告内容の正確性を調査すべきは当然のことである。

そして、法律上、税務職員に税務調査をするに当たり当然に調査の理由を説明すべき義務があるとは解されないのみならず、神田調査官は、昭和五九年四月二七日、カズエに対して、原告の係争各年分の各確定申告の内容について確認するための調査をしに来た旨告げているのであって、被告が原告に対して税務調査をする理由が原告の申告内容についての具体的な疑義に基づくものでない以上、それ以上に説明すべきことも存在しない。

したがって、原告の前記主張は理由がない。

さらに、証人田中カズエの証言(以下「カズエ証言」という。)によると、調査の行われた当時、原告方においては、義母が入院し、義父も病の床に就いており、その看護に忙殺されるという状態であったことが認められるが、前記認定のとおり、神田調査官は、原告側の要望に沿う形で、調査日時の決定及び変更を行うなど、原告側の事情について適宜配慮していたことが明らかであるから、原告の都合など全く考慮することもなかった旨の原告の主張事実も認めることができない。

(二)  次に、原告は、正当な理由もないのに民商事務局員等の立会いを拒否されたことをもって本件税務調査の違法事由として主張しているが、証人齊藤薫志男の証言及びカズエ証言によると、実際に日々の帳簿書類等を作成していたのはカズエであったこと、立会いを要求した者の中には、単なる近隣の者や、民商事務局員であっても経理に関する知識が未熟な者もいたことが認められ、これらの事実によると、原告が民商関係者等の立会いを必要とする理由に乏しい反面、前記認定のとおり、これらの者は神田調査官に対して「調査の立会いを認めない理由を一筆書け。」「お前はにせ職員か。」「もう来るな。」「ばかは相手にするな。」などと言ったり、神田調査官とカズエとのやり取りを録音しようとしたりしたというのであるから、神田調査官がこれらの者の立会いの下では円滑に調査を実施することができないと判断して立会いを拒否したことはやむを得ないというべきであり、したがって、このことは社会通念上相当な限度にとどまるものであると認めることができる。

(三)  さらに、反面調査が違法である旨の原告の主張についても、神田調査官が昭和五九年五月七日に原告方を訪問した際、カズエは民商関係者等の立会いがなければ帳簿書類等を見せることはできない旨主張し、その場に居た民商関係者等も同様に主張して譲らなかったこと、神田調査官が、同月九日、カズエに対しこのままでは調査が進展しないので署の方針で調査を進めていくことになる旨告げたのに対し、カズエは調査は勝手にしたらよい、いくら長くかかっても構わないなどと答えたこと、その後、神田調査官は同月中旬ころから原告の取引先に対する反面調査を実施したことなど、前記認定の調査経過に照らしてみると、神田調査官が反面調査に先立って原告本人に対する調査を尽くさなかったとは認められないのみならず、原告が被告の強引な反面調査によって最大の得意先である広成建設からの発注を差し止められたとの原告主張事実についても、その旨のカズエ証言及び原告本人の供述はいずれも推測の域を出ず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない(原告自身、もともと広成建設の専属的下請けという業務形態には無理があったなどと供述している。)ことからすると、本件税務調査において、神田調査官のした反面調査が違法であるとはいえない。

四  推計の必要性

推計課税(所得税法一五六条)は、税負担公平の見地から、納税義務者の所得を実額によって把握するだけの十分な資料がない場合にも、その者に対する課税を放棄できないことから、実額課税に代替する手段として認められたものと解するのが相当である。したがって、実額調査を行うことができないこと、すなわち、推計の必要性が、推計課税の要件となる。

これを本件についてみるに、本件税務調査において、神田調査官が原告の希望に沿った調査日時を定めるなど原告側の事情を十分考慮しつつ原告に対して調査に協力するように要請していたにもかかわらず、原告は民商関係者の立会いを認めない限り帳簿書類等は提示しないという姿勢に終始していたこと、立会いを要求した民商関係者も円滑な調査の実施を妨げるような行動をとっていたことなどの前記認定事実に照らせば、神田調査官において原告の協力の下に原告の営業に関する帳簿書類等を調査することは不可能であったと認められる。

したがって、被告は、帳簿書類等に基づいて原告の係争各年分の各事業所得の金額を実額で把握することができないためにやむを得ず推計課税に及んだものであるということができるから、本件において推計の必要性が存在したことは明らかである。

これに対して、原告は、民商関係者の立会いの下であれば直ちに帳簿書類等を提示できる状態であったのだから原告が税務調査に協力しなかったとはいえないし、神田調査官が右立会いの下に帳簿書類等を検査すれば実額で更正できたのであるから推計の必要性はなかったなどと主張するが、民商関係者立会いを認めるか否かという点をめぐって短時間のうちに興奮したやり取りがなされていることは前記認定のとおりであり、そのような状況下で神田調査官が帳簿書類等の検査を現実に実施することは困難であったと認められるから、仮に、その場に帳簿書類等が存在していたとしても(後に原告の実額の主張に対する判断で示すとおり、原告は、本訴においてさえ、売上、必要経費等を明らかにするために必要な帳簿書類等を提出しないことからすると、右調査の場において必要な帳簿書類等を提示できる状態にしていたとは考えられない。)、推計の必要性が失われるものではないというべきである。

五  推計の合理性

推計課税は税務署長の恣意的な課税を許すものではないから、そこで用いられる推計の方法は、客観的に合理的であると認められるものでなければならないことはいうまでもないが、推計課税が、納税義務者の所得を実額によって把握し得ない場合に実額課税に代替する手段として認められたものである以上、推計によって算出された所得額が実額に近似することが抽象的に推認できるならば、そのような推計は合理性を有するものと認めるのが相当である。

これを本件についてみるに、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、乙第三号証の一ないし五、乙第四号証の一ないし五及び乙第五号証の一ないし五並びに証人福重光明の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証によると、以下の各事実を認めることができる。

1  被告は、本件訴訟における主要な争点である推計の合理性を立証するために、類似同業者の所得率を算定する必要があった。そのため、被告指定代理人福重光明(以下「福重」という。)は、実際に調査を担当した神田調査官から原告の業態等について聴取し、その結果、本件抽出基準を設定した。そして、福重の設定した本件抽出基準に基づき、広島国税局長は、昭和六一年七月一二日付け通達によって、広島市内及びその周辺の各税務署長に対して、本件抽出基準のすべてに該当する者の係争各年分に係る事業内容等の報告を求めた。なお、その際、類似同業者は青色申告者であることから、そうではない原告との間で必要経費の範囲を同一にするため、類似同業者の必要経費の額について、次の(一)ないし(三)の各場合に応じてそれぞれ必要経費の額を修正した上で、修正後の必要経費の合計額を記載させることとした。

(一)  経理担当者に対して支払った給与の額は、必要経費の額から除外すること

(二)  青色申告者のみに認められている必要経費を必要経費の額から除外することとするが、現場作業に従事する青色事業専従者に対して支払った給与の額は必要経費の額から除外しないこと

(三)  減価償却費の計算につき、定率法又は租税特別措置法の規定による割増償却・特別償却を適用している者にあっては、それぞれ定額法による計算をし又は割増償却・特別償却の適用がないものとして計算すること

2  これに対して、被告は二名、廿日市税務署長、海田税務署長、広島西税務署長及び呉税務署長は各一名の該当者を報告し、広島東及び広島南の各税務署長は該当者がない旨の報告をしたので、被告は、本件訴訟において、これらの者すべてを類似同業者として選定することとした。

3  本件類似同業者の係争各年分に係る売上金額、所得金額及び所得率は、別表8ないし10記載のとおりである。

なお、本件類似同業者は、いずれも、妻を経理担当者として、妻に青色持病専従者給与を支給してこれを必要経費に算入しており、また、減価償却の方法として、定額法を採用していた。

右認定事実によれば、本件において類似同業者の選定に当たって被告の恣意が介入する余地はないものと認められ(したがって、本件推計について、類似同業者の選び方次第でいくらでも原処分を正当化できるような推計の方法であるから不合理である旨の原告の主張は失当である。)、また、本件類似同業者の売上金額及び所得金額はいずれも青色申告書に基づくものであって、しかも、青色申告者ではない原告との間で必要経費の範囲を同一にするため必要な修正が加えられており、その正確性が担保されているものと認められる。

そして、原告が昭和五六年ないし昭和五八年当時タナカ工業の名称で鉄筋工事業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、また、証人甲田洋の証言(以下「甲田証言」といい、同証人を「甲田」という。)により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一〇、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、主に広成建設から材料の支給を受けて、労務の提供をする下請業者であったこと及び鉄筋工事作業には鉄筋切断機及び鉄筋曲げ機を使用している者であったことが認められるから、本件類似同業者と原告とは業種及び業態において共通性を有するものと認められる。

さらに、本件類似同業者の係争各年分の各売上金額は、それぞれ、被告の主張する原告の係争各年分の売上金額の二分の一以上二倍以下の範囲内である(いわゆる倍半基準を充足している)から、本件類似同業者と原告とは事業規模の点でも共通性を有するものと認められる。

これに対して、原告は、原告の営業に関係する特殊事情として、広成建設の専属的下請けを中心にしていたために請負単価が安いのみならず、応援、外注の仕事が極めて多く、その結果経費中の労務費の割合が突出していた旨主張している。しかし、カズエ証言によると、広成建設からの請負単価が他と比べて安かったのは、原告が広成建設の作業場を無償で借りていたからであると認められるから、単に、請負単価が安かったというだけでは、本件推計の合理性を左右するような特殊事情とはなり得ない。また、経費中の労務費の割合が突出していたという点については、材料の支給を受けて労務の提供を主体とする下請業者は、本来的に労務費の割合が高いと考えられることからすると、そもそも原告の特殊事情とは認められない。

以上によれば、本件類似同業者の平均所得率に基づいて推計された原告の係争各年分の各事業所得の金額(推計の過程及び結果は、別表4記載のとおりである。)は、客観的にみて実額に類似することが抽象的に推認できるから、本件推計は合理性を有するものと認めることができる。

六  原告の実額の主張について

1  税務署長を被告とする課税処分の取消訴訟において、被告が推計課税の必要性及び合理性を主張、立証した場合であっても、現実の所得の額が推計に係る所得の額より少ないことが明らかになったときには、実額課税の原則に従い、推計による課税処分は取り消されることになると解すべきである。

もっとも、推計課税は、税負担の公平の観点から、実額課税の代替手段として認められたものであるから、右の場合において、現実の所得金額に関する主張、立証責任は納税者である原告が負担し、原告が、自らの主張する収入金額が収入のすべてであること及び自らの主張する必要経費が営業のために必要な支出であり、その年の費用として発生確定したものであることを立証しなければならないと解するのが相当であるので、以下、このような見地から原告の主張について検討することとする。

2  原告の営業形態や営業規模からして、その方式がいかなるようなものであれ、原告が一定の原則のもとに売上や経費の支出を記録したり、領収書等の証ひょう類を保存したりすることなくして正確な所得の額を算出することが不可能であることはいうまでもない。原告の実額の主張も、原告が作成して備える帳簿書類等に基づくものであることはカズエ証言や甲田証言に照らして明らかである。

ところが、原告が主張してきた係争各年分の所得の額や売上、必要経費の額は一貫していない。すなわち、成立に争いのない乙第一号証によれば、原告が審査請求の段階において主張した係争各年分の売上及び必要経費の額は、昭和五六年分が一八六六万四九二二円と一七〇五万七二四八円(売上、必要経費の順。以下同じ。)、昭和五七年分が二九二九万六三七四円と二六七三万六八一四円、昭和五八年分が一六七三万九一〇〇円と一五一五万六一五一円であると認められるところ、原告が本訴において主張する係争各年分の売上及び必要経費の額は、昭和五六年分が二一六八万一四七二円と二〇六五万五五二九円、昭和五七年分が三〇四三万八九七五円と二七二二万七六八三円、昭和五八年分が一八七〇万五七〇〇円と一六〇六万〇九〇七円である(別表11参照)。

このように原告が審査請求の段階において主張した売上及び必要経費の額と本訴において主張する売上及び必要経費の額(なお、確定申告においては売上及び必要経費の額を明らかにしていないが、所得の額が相違する以上、審査請求及び本訴における各主張額と齟齬していると推測できる。)との間には、単に経理事務処理上の過誤としては説明できない大きな相違がある。

このような主張の変遷は極めて不自然であり、本訴において被告からその点について指摘がされているにもかかわらず、原告はその理由について一切釈明するところがない。特に、昭和五六年分については、審査請求の段階において主張した売上の額と本訴において主張する売上の額とでは約三〇〇万円(審査請求の段階で主張した売上の額の約一六パーセント)もの差があるが、審査請求の段階での三〇〇万円もの売上の把握漏れがいかにして生じたかは明らかではない。それが原告の採用している経理処理方法の欠陥に由来するのであれば、本訴において実額の主張をするに当たってした売上の把握にも同じような過誤が存在する可能性があることは否定できないものであり、このことは必要経費の計上についても当てはまるものである。

また、甲田証言及びカズエ証言によれば、原告が本訴において書証として提出した帳簿書類以外にも売上に関する請求書や金銭の出納を記載した帳簿等、極めて重要な証ひょう類が存在することが認められるところ、被告の指摘にもかかわらず、原告はこれらを証拠として提出しようとしないが、それについて合理的な理由があるとは認められない。

このように、原告が前記の売上等の齟齬の理由を一切明らかにせず、また、重要な証ひょう類を提出しない以上、当裁判所が原告の採用している経理処理方法の正確性を検証することは困難であるといわざるを得ない。

原告が証拠として提出した帳簿書類等の証明力や経理担当者たるカズエの証言の信ぴょう性の判断に当たっては、右の点を充分に考慮に入れるべきものである。

3  そこで、進んで、右のような点を考慮しつつ、原告の実額の主張について個別的に検討するに、これには次のような疑問がある。

(一)  収入金額(売上金額)について

原告の経理担当者であるカズエ及び甲田は、係争各年分の売上については原告の預金通帳、領収書の控えにより把握し、それにより把握できなかったものは出面帳に基づいて計算した旨証言する。

しかし、そのような方法で売上が正確に把握できるのであれば、審査請求の段階で前記のような売上の計上漏れが生じるはずがないにもかかわらず、それが生じている以上、本訴における売上の計上についても何らかの過誤が生じ得る可能性は否定できない。

そして、出面帳(甲第六号証ないし甲第八号証)による売上の把握については次のとおり大きな疑問がある。

出面帳に基づく売上金額の算出方法に関する原告の主張は、大略以下のとおりである。

原告の営業には、請負工事と応援工事があり、そのうち、応援工事の売上金額は、特定の現場で働いた従業員の延べ人数に、日当(一人約一万円)を乗じることによって算出することができる。カズエは、原告の営業に関して、原告を含む従業員の稼働状況を把握するために、日々、出面帳を作成していたので、右延べ人数は出面帳に記載のとおりである。

しかし、このような原告主張の方法により売上金額が正確に算出できるとは到底認められない。その理由は、以下のとおりである。

まず、カズエ証言によると、出面帳には、請負工事と応援工事が混在していると認められるところ、出面帳の記載上、両者を区別する明らかな基準がない。カズエは、応援工事には丸囲みをして区別したと証言しているが、丸囲みをしなくても分かる時にはそれをしなかったとも証言しており、丸囲みの有無によっては、請負工事と応援工事とを区別することはできず、他に、両者を区別する基準の存在を認めるに足りる証拠はない。

次に、甲田は、応援工事における日当が、平均一万円であったと証言しているが、カズエは、世良鉄筋は一万三〇〇〇円であり、栗本組は一万四〇〇〇円だった、一万円より安いところはなかったなどと証言しており、これら証言に照らして考えると、取引先によって日当が異なっていたことが窺われ、これらの証言から応援工事における日当が一人約一万円であったと認めることはできず、他にこれらを認めるに足りる証拠はない。

さらに、応援工事について原告の主張している売上金額と出面帳によって認められる延べ人数とを比較すると、例えば、昭和五六年分の松山鉄筋に対する売上金額は五七万五〇〇〇円であるのに対して出面帳によって認められる延べ人数は五七人であり、藤和に対する売上金額は六一万四八〇〇円であるのに対して出面帳によって認められる延べ人数は六一人であるなど、必ずしも、応援工事の売上金額が、単純に延べ人数に日当を乗じることによって算出されているとは認められない。

また、甲第一四号証の一三の三九(明細書控え)には昭和五七年四月に「横山」に対して八万円の給与を支払った旨の記載があるが、出面帳ではこのうち二日分について記帳されているだけで他は記帳漏れになっていること(カズエ証言)や、原告自身が応援工事に出向いた場合には出面帳には記載されない場合があった可能性もあること(甲田証言)からすると、出面帳が売上に係る工事を漏れなく記載しているか疑問があり、これから直ちに正確な売上を算出することができるとは認められない。

以上のことからして、係争各年分について、本訴で原告が主張する売上が売上のすべてであり、他に売上が存在しないことの証明は不十分であるというべきである。

(二)  必要経費について

右のとおり、原告が本訴で主張する係争各年分の売上に漏れがないことが証明されない以上、原告が主張する必要経費の額の当否について判断するまでもなく、原告の実額の主張は認められないものであるが、必要経費中主だった次の費目についても、次のような疑問がある。

(1) 昭和五六年分

ア 通信費(二万六五一〇円)

甲第一三号証の四によると、原告主張額に相当する電話代金を原告が支払ったことが認めれられるが、原告方は自宅と事務所を兼ねていたのであるから、右電話代金は家事関連費と認めるのが相当である。そして、家事関連費は、その主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつその必要である部分を明らかに区分することができる場合に、当該部分の必要経費とする事が出来るところ(所得税法四五条一項一号、同法施行令九六条一号参照)、本件全証拠によるも、右電話代金について、その主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であること及びその必要である部分を明らかに区分することができることを認めるに足りない。

したがって、右電話代金については、これを必要経費として計上することはできない。

イ 接待交際費(二四万円)

甲第一三号証の五の一ないし一四(領収証)によると、原告が飲食店及び酒店に対して合計一〇万二三九〇円の支払いをしたことが認められるが、これらの領収証の中には日曜又は祝日に焼肉店で飲食した代金のように客観的には事業との関連性を認め難いものも含まれていることからすると、これらの支出はすべて取引先の接待等に関するものであり事業との関連性がある旨のカズエ証言はたやすく信用することができず、他に右関連性を認めるに足りる証拠はない。また、原告は、接待交際費は少なく見積もっても月二万円は下らないなどと主張し、カズエがこれに沿う証言をしているが、事業に関連して支出したのであれば、少なくとも領収書を受領し、保存しておくのが当然であり、現実の支出を裏付ける領収書等の客観的証拠がない以上、右カズエ証言をたやすく信用することはできず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

ウ 福利厚生費(五二万六八四五円)

甲第一三号証の九の一ないし一八(領収書)により、原告主張額のうち一〇万五九四五円の支出はこれを認めることができるが、これが原告の個人的消費のためでなく、従業員の福利厚生のためのものであるとは直ちに認めることができない。

そして、原告は、従業員に対して必ず、午前午後の一日二回、ジュースを買い与えていた旨供述し、ジュース代(合計四一万八九〇〇円)も福利厚生費であると主張するが、右ジュース代を必要経費として支出していたのであれば、これを裏付ける領収書を受領、保存しているのが当然であり、領収書の提出がない以上、原告の右供述を直ちに信用することはできず、他に右支出を認めるに足りる証拠はない。

エ 減価償却費(六六万〇七一四円)

原告は、甲田作成に係る減価償却明細表である甲第一三号証の一〇(以下「減価償却明細表」という。)によって、右金額を立証しようとしているが、甲田は、同表に記載された各資産の取得年月日及び取得価額について、資料が残っていなかったことから原告の記憶に基づいて記載した旨証言している。しかし、軽トラックの取得年月日及び取得価格については、甲第二〇号証によりこれを認めることができるものの、右各資産の取得価額からすると、軽トラック以外の資産についてもその支払いの事実を証する領収書等の書面が保存されていてしかるべきである。したがって、そのような書面が提出されない資産について、原告の記憶のみに基づいて記載された減価償却明細表の記載内容をたやすく信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

オ 給料賃金(一六二八万一八〇五円)

原告は、明細書控え(甲第一三号証の一四の一ないし一一九)によって、右金額を立証しようとしている。

しかし、これらの中には、実際には支給されていないものが含まれていると認めざるを得ない。すなわち、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第八号証によると、原告の従業員であった高森は、原告から日給月給の他にボーナスを支給されたことはないと認められるにもかかわらず、前記明細書控えの中には、高森に対して夏期手当及び当期手当て(以下「手当分」という。)を支給したように記載されたもの(甲第一三号証の一四の五八及び八八)がある。そして、高森以外の従業員に対するものも含めて、これらの手当分の明細書控えについては、それぞれ、同時期(夏期手当であれば八月、当期手当てであれば一二月)に支給された給与分の明細書控えと比較すると、裏面のカーボンの位置に多少のずれがあり、種類が異なるものであると認められることや、これら手当分の明細書控えについては、ホッチキスの綴じ跡がないこと(カズエは従業員ごとに明細書控えを保存していた旨証言しているところ、給与分の明細書控えには概ねホッチキスの綴じ跡がある。)、甲第一三号証の一四の一〇九は、一二月分の明細書控えであるにもかかわらず、支給額欄には「夏期手当」として六万円支給された旨の記載があることも併せ考えるならば、明細書控えの信用性には疑問があり、これによってたやすく従業員に対する手当分の支給の事実を認めることはできない。同様に、これらを支給していた旨のカズエ証言も信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない(なお、原告の主張する手当分の支給総額は七二万円である。)。

また、甲第一三号証の一四の八九ないし九四、一〇一、一〇二、一〇四及び一一九は、いずれも裏面のカーボンの位置から手当分の明細書控えと同種のものであると認められること、ホッチキスの綴じ跡がないことから、手当分と同様、そこに記載された金額を現実に支給したとは認め難い(なお、原告がこれらの明細書控えによって立証しようとしている給料賃金の総額は七〇万一四〇〇円である。)。

(2) 昭和五七年分

ア 通信費(二万八四五〇円)

甲第一四号証の三によると、原告主張額に相当する電話代金を原告が支払ったことが認められるが、昭和五六年分と同様、右支出を必要経費と認めることはできない。

イ 接待交際費(三六万円)

甲第一四号証の五の一ないし六(領収証)によると、原告が飲食店及び酒店に対して合計七万二九九〇円の支払いをしたことが認められるが、これらの領収証の中には盆休み又は祝日に焼肉店で飲食した代金のように客観的には事業との関連性を認め難いものも含まれていることからすると、昭和五六年分同様、これらの支出はすべて取引先の接待等に関するものであり事業との関連性がある旨のカズエの証言はたやすく信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、接待交際費は少なく見積もっても月三万円は下らないなどと主張し、カズエがこれに沿う証言をしているが、昭和五六年分同様、右カズエ証言をたやすく信用することはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

ウ 福利厚生費(四〇万一五六五円)

甲第一四号証の九の一ないし九により、原告主張額のうち八万一三六五円の支出を認めることができるが、昭和五六年分と同様、当然に必要経費と認めることはできない。

また、原告は、この他にジュース代(合計三二万〇二〇〇円)も福利厚生費であると主張するが、昭和五六年分と同様、右支出を認めるに足りる証拠はない。

エ 減価償却費(七三万七八二九円)

前記((1)エ)のとおり、一部を除きこれを認めるに足りる証拠はない。

オ 給料賃金(一六三八万四三五〇円)

原告は、明細書控え(甲第一四号証の一三の一ないし一二二)によって、右金額を立証しようとしているが、日給月給の他にボーナスを支給されたことはないはずの高森に対する手当分の明細書控え(甲第一四号証の一三の八四及び一一七)があること、このうち冬期手当分の明細書控え(甲第一四号証の一三の一一七)は、「夏期手当」と誤記した形跡があることなどからすると、昭和五六年分同様、従業員に対する手当分の支給の事実を認めることはできない。

(3) 昭和五八年分

ア 通信費(二万八二八〇円)

甲第一五号証の五の一ないし六によると、原告主張額に相当する電話代金を原告が支払ったことが認められるが、昭和五六年分と同様、右支出を必要経費と認めるに足りない。

イ 接待交際費(二四万円)

甲第一五号証の六の一及び二によると、原告がすし店等に対して合計一万七六四〇円の支払いをしたことが認められるが、昭和五六年分同様、事業との関連性を認め難い。また、原告は、接待交際費は少なく見積もっても月二万円は下らないなどと主張し、カズエがこれに沿う証言をしているが、昭和五六年分同様、右カズエ証言をたやすく信用することはできず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

ウ 福利厚生費(二三万七三〇〇円)

甲第一五号証の一〇により、原告主張額のうち四〇〇〇円の支出はこれを認めることができるが、昭和五六年分と同様、当然に必要経費と認めることはできない。

また、原告は、この他にジュース代(合計二三万三三〇〇円)も福利厚生費であると主張するが、昭和五六年分と同様、右支出を認めるに足りる証拠はない。

エ 減価償却費(四四万八七四〇円)

前記((1)エ)のとおり、一部を除きこれを認めるに足りる証拠はない。

4  以上検討してきたところによると、係争各年分について、原告の主張する収入金額が収入のすべてであるとは認められず、また、原告の主張する必要経費のうち、支出の確認できないものや、支出したとしても、事業との関連性を認められないものがあり、収入の主張、必要経費の主張とも不正確であるから、原告の実額の主張は、現実の所得金額を明らかにするものとしては、失当であるといわざるを得ない。

また、原告は、実額の主張は、被告のした推計の合理性に対する反証であり、推計課税の合理性に疑いを持たせる程度に立証すれば足りる旨主張しているが、この見解を採用するとしても、以上の認定、判断に照らせば、本件推計の合理性が揺らぐことはあり得ないというべきである。

七  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤修市 裁判官 臼井幸夫 裁判官 柴田寿宏)

別表1

課税処分表(昭和五六年分)

<省略>

通則法とは昭和五九年法律五号による改正後の国税通則法をいう。

別表2

課税処分表(昭和五七年分)

<省略>

通則法とは昭和五九年法律五号による改正後の国税通則法をいう。

別表3

課税処分表(昭和五八年分)

<省略>

通則法とは昭和五九年法律五号による改正後の国税通則法をいう。

別表4

事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表5

収入金額の主張対比表(昭和五六年分)

<省略>

別表6

収入金額の主張対比表(昭和五七年分)

<省略>

別表7

収入金額の主張対比表(昭和五八年分)

<省略>

別表8

類似同業者の所得率表(昭和五六年分)

<省略>

別表9

類似同業者の所得率表(昭和五七年分)

<省略>

別表10

類似同業者の所得率表(昭和五八年分)

<省略>

収支計算書

<省略>

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