広島地方裁判所 昭和63年(タ)51号 判決 1993年3月29日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用(参加によって生じた費用も含む)は原告の負担とする。
事実
第一 原告の請求
原告が本籍広島市西区打越町二〇九番地亡中谷貢(明治三八年三月五日生。昭和六二年一一月一四日死亡)の子であることを認知する。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の母・中野ハルミ(以下「ハルミ」という)は、昭和四年三月ころ、亡中谷貢(以下「貢」という)と結婚し、広島市打越町の貢の実家において同居を始めた。
2 ハルミは、貢と同居中、同人との間の子である原告を懐妊し、昭和五年四月一五日、原告を分娩した。
3 貢は、昭和六二年一一月一四日死亡した。
4 よって、原告は、検察官を被告として原告が貢の子であることの認知を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は不知。
2 同3の事実は認める。
三 抗弁(被告補助参加人)
原告の本件の認知請求は、権利の濫用である。
四 抗弁に対する認否
争う。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 証拠(甲一〜九、証人中野ハルミ、同石津日出雄、原告、鑑定。なお、以下、鑑定と証人石津の証言を併せて「石津鑑定」という)によれば、貢(明治三八年三月五日生)の父・中谷他一とハルミ(明治四四年三月二日生)の父・波田野粂太郎とは、従兄弟の関係にあったこと、ハルミは、昭和四年原告を懐妊し、昭和五年四月一五日、原告を分娩したこと(なお、ハルミ及び貢は、昭和四年当時、いずれも広島市打越町内に居住していたこと)、しかし、原告は、同月二一日、村上岩太郎(昭和一三年六月七日死亡)と村上ミカヨ(平成元年六月一日死亡)の長男として出生届がなされたこと、なお、ハルミは、昭和一四年八月一六日、中野輝雄(昭和二〇年三月四日死亡)と婚姻し、三名の子をもうけたこと、他方、貢は、昭和一〇年一月一二日、田中フミ子(昭和一八年一一月二四日死亡。以下「フミ子」という)と婚姻し、中谷昌慶(補助参加人。昭和一〇年一月一〇日生)及び弘枝(現姓・佐藤。昭和一三年八月二七日生)をもうけ、その後、昭和二四年二月五日、清水俊子と再婚したが、昭和六二年一一月一四日死亡したことが認められる。
二1 原告は「原告の母・ハルミが昭和四年三月ころ貢と結婚し、広島市打越町の貢の実家において同居を始め、貢と同居中同人との間の子である原告を懐妊した」旨主張し、証拠(甲一四の2、一六、一八、三三の2、三五の1、三六の1、三七、三八の1、証人中野、原告)中には、これに沿う部分がある。しかし、前認定の貢の父とハルミの父との縁戚関係、昭和四年当時のハルミ及び貢の居住地区のみをもって右部分の裏付けとするには不十分であるところ、本件において、他に右部分を具体的に裏付けるに足りる客観的資料はなく、他の証拠(乙一八、証人中谷昌慶)と対比すると、右部分は未だ採用できない。
2 また、証拠(甲一八、原告)中には、原告は、昭和三四年ころから貢が死亡した昭和六二年ころまでの間、自己が貢の子であることを前提としたうえ同人らと交際していたとする部分がある。しかし、少なくとも原告が貢の子であることを前提として同人らと交際していたとする部分は、曖昧な点があり、必ずしも的確な資料の裏付けを伴うものではなく、証拠(乙一八、証人中谷)に照らすと、採用できない。
3 更に、証拠(石津鑑定)によれば、貢と原告との親子関係を鑑定した石津日出夫は、(一)鑑定資料として、①原告、原告の実母ハルミ、貢・フミ子の実子である中谷昌慶及び佐藤弘枝の四名の血液型等の検査結果、②貢の生前の血液型検査結果(ABO式血液型でA型、RH―HR式血液型のうちDD型でD型)、③貢の生前の写真などに基づき、(二)一定の遺伝法則にしたがって単純に遺伝する血液型、血清型、赤血球酵素型、白血球型及び唾液型合わせて二三種類の形質を検討した結果、一一種類の形質において、貢が原告の父らしいことを示唆する成績を得たこと、原告と貢とは眉毛の形態に相似性が強く、間接的所見であるとするものの、指紋について親子であっても矛盾はないことが認められたこと、③これらを総合すると、原告は、貢とハルミとの間の子である可能性が大きいと判断していることが認められる(なお、証人石津の証言調書中一二七項では、同証人は、貢が原告の父親である可能性の印象度を九〇パーセントぐらいであるとしている)。
しかし他方、証拠(乙四、一七、証人小林宏志。なお、以下、乙四、一七、証人小林の証言を併せて「小林鑑定」という)によれば、被告補助参加人の依頼を受けて石津鑑定とほぼ同一の検査資料(各種血液型、血清型、赤血球酵素型、白血球型及び唾液型等の検査資料)に基づいて、貢と原告との親子関係を鑑定した小林宏志は、「本件において、ABO式血液型の検査成績のみでは、貢が原告の実父である可能性が決して大きいとは結論できない。本件で、貢とフミ子が死亡しているため、貢の原告に対する父権総合確率を求め得ないし、貢がABO式血液型においてA型、RH―HR式血液型のうちDD表現型がD型であるということが判明しているのみでは、貢が原告の父親である確率が高いとは判定できない。要するに、検査資料の範囲内では、貢が原告の実父であるかどうかわからないという程度と思料される」としていることが認められる。
そして、証拠(乙一五、石津鑑定、小林鑑定)によれば、石津鑑定を実施した当時、既に貢及びフミ子が死亡していたため、貢側の検査資料が貢の入院中の血液型検査と両名の実子である中谷昌慶及び佐藤弘枝の二名の血液型などに限られたため、貢の血液型などを二人の実子の型から十分に確定できない制約があったこと、また、前記の石津鑑定で印象度を九〇パーセントとする点もフンメルによる父権総合確率の解釈基準によると、「一〇ないし九〇パーセント(父かどうかわからない)」と「九〇ないし九五パーセント(父らしい)」との境界線に位置していることが認められる。
右によれば、石津鑑定をもって、貢と原告との親子関係の存在を推認するには不十分である。
4 他に、本件において、ハルミが昭和四年ころ貢と性的交渉をもった結果、原告を懐妊し出産したものと認定又は推認できるに足りる的確な証拠はない。
三 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 土屋靖之)
別紙一
訴外
中野ハルミ
控訴人
村上昭夫
補助参加人
中谷昌慶
訴外
佐藤弘枝
血液型
ABO式血液型
B
AB
A
A
MNSs式血液型
Ms
MNs
Ns
Ns
P式血液型
P1
P1
P2
P2
Rh-Hr式血液型
CCDee
CCDee
CcDEe
CcDEe
Kidd式血液型
Jk(a-b+)
JK(a-b+)
JK(a-b+)
JK(a-b+)
Duffy式血液型
fy(a+b+)
fy(a+b+)
fy(a+b-)
fy(a+b-)
Se式血液型
se
Se
Se
Se
Diego式血液型
Di(a-)
Di(a-)
Di(a-)
Di(a-)
血清型
血清Hp型
2-1
2-1
2-1
2-2
血清Gc型
1S-1S
1S-1S
2-1F
2-1F
血清Gm型
(2,-3)
(-2,-3)
(2,-3)
(2,-3)
血清Tf型
C1
C1
C1
C1
血清PiM型
M1
M1
M1
M1
血清a2HS型
1-1
1-1
2-1
1-1
血清ORM型
FS
FS
FS
FS
赤血球
酵素型
赤血球PGM型
1+2-
1+2-
1+1+
1+2+
赤血球6-PGD型
A
A
A
A
赤血球AcP型
B
B
BA
BA
赤血球GPT型
1
1
2-1
2-1
赤血球EsD型
2-1
2
2-1
2-1
赤血球GLO型
2
2
2
2
白血球型
HLA
-A
A2・A2
A2・A24
A2・A31
A24・A31
-B
B35・Bw62
Bw62・Bw61
Bw61・Bw60
Bw61・Bw60
-C
Cw3・――
Cw3・――
Cw3・――
Cw3・――
唾液型
唾液Set型
S
FS
FS
FS
別紙二
村上昭夫の父が
必ず有している遺伝子
亡中谷貢が
必ず有している遺伝子
ABO式血液型
A
A
MNSs式血液型
N
S
N
S
P式血液型
限定されない
P2
Rh-Hr式血液型
C
限定されない
限定されない
D
e
限定されない
Kidd式血液型
JKb
JKb
DUffy式血液型
限定されない
FyA
Se式血液型
Se
限定されない
Diego式血液型
Dib
Dib
血清Hp型
限定されない
2
血清Gc型
1S
2または1F
血清Gm型
agまたはab3st
agまたはaxgまたはab3st
血清Tf型
C1
C1
血清PiM型
M1
M1
血清a2HS型
1
1
血清ORM型
限定されない
限定されない
赤血球PGM型
1+または2-
1+または2+
赤血球6-PGD型
A
A
赤血球AcP型
B
限定されない
赤血球GPT型
1
限定されない
赤血球EsD型
2
限定されない
赤血球GLO型
2
2
HLA -A
-B
-C
A24
A2またはA24またはA31
Bw61
Bw61またはBw60
Cw3または――
Cw3または――
唾液EsT型
F
限定されない
別紙三
被検者
手別
各指の指紋の紋型
母指
示指
中指
薬指
小指
訴外
中野ハルミ
左
右
W
Lw
U
U
U
U
U
U
U
U
控訴人
村上昭夫
左
右
W
Lw
AL
U
AL
U
U
U
U
U
補助参加人
中谷昌慶
左
右
U
U
U
R
U
U
U
U
U
U
訴外
佐藤弘枝
左
右
U
U
U
U
U
U
U
U
U
U
別紙四
表1 マルチローカスプローブを使った検査の結果(1)
33.6プローブで
観察されたバンド数
33.15プローブで
観察されたバンド数
合計
バンド数
中谷昌慶
35
20
55
村上昭夫
40
22
62
両者で一致したバンド数
14
5
19
表2 中谷昌慶と村上昭夫との一致バンド数の比較
表3 マルチローカスプローブを使った検査の結果(2)
33.6プローブで
観察されたバンド数
33.15プローブで
観察されたバンド数
合計
バンド数
佐藤弘枝
34
20
54
村上昭夫
40
22
62
両者で一致したバンド数
10
8
18
表4 佐藤弘枝と村上昭夫との一致バンド数の比較