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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)569号 判決 1990年10月08日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 石口俊一

同 山田延廣

同 大迫唯志

同 吉田修

同 木村豊

同 我妻正規

同 田中千秋

同 板根富規

同 坂本彰男

同 武井康年

同 小田清和

被告 全日信販株式会社

右代表者代表取締役 小笠原弘明

右訴訟代理人弁護士 山本正則

同 池村和朗

被告 乙山花子

主文

一1  被告全日信販株式会社は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告全日信販株式会社に対するその余の請求を棄却する。

二1  被告乙山花子は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告乙山花子に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告全日信販株式会社は、原告に対し、金一一五万円及びこれに対する昭和六三年八月一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山花子は、原告に対し、金一一五万円及びこれに対する昭和六三年八月一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁(被告ら各自)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求の原因

一  当事者

1  原告は、昭和二四年五月九日生まれの男性で結婚歴はなく、昭和四四年から両親らとともに広島市西区《番地省略》(現住所)に居住し、また、昭和四六年以降、同町《番地省略》丙川プラント建設株式会社に勤務してきている者である。(以下、右会社を丙川プラントという。)

2  被告全日信販株式会社は、割賦購入あっせん等を目的とする株式会社である。(以下、右被告を被告会社という。)

3  被告乙山花子(昭和一八年四月一二日生まれの女性)は、昭和五八年から、母、長男、長女とともに広島市安佐南区《番地省略》に居住してきていた者である。(以下、右被告を被告乙山という。)

二  被告乙山による原告名義の冒用

1  被告乙山は、被告会社の割賦購入あっせんを利用して、訴外平岩家具店からソファー、たんす、ベッドを原告名義で買い受けることにして、昭和六一年一二月二二日、被告会社あての契約書を作成した。右契約書には、購入者としては「甲野太郎」が、その住所としては「広島市安佐南区《番地省略》」が、自宅電話としては「八七三―××××」が、勤務先としては「丙川プラント建設K・K」が、その所在地としては「西区《番地省略》」が、勤務先電話としては「二九四―××××」がそれぞれ記載された。

右の記載のうち、購入者の住所として記載されている住所は、前記のとおりそのころの被告乙山の住所であり、自宅電話として記載されているのは、右住所に架設された電話の番号である。また、原告の勤務先に関するものとしてなされている各記載は、いずれも事実に合致している。

2  しかし、原告は、被告乙山に対し、原告名義で右のような取引をすることに承諾を与えたことはない。

3  被告会社の担当者は、原告の契約意思を確認するため、前同日午後六時三〇分ころ、前記「八七三―××××」に電話した。これは、販売店である訴外平岩家具店からの事前の連絡においてなされた「自宅妻へ六・三〇」との指定に従った行動である。電話に出たのは被告乙山で、同被告は、自分は原告の妻である旨を述べたうえ、申込みどおりの契約意思が原告にあるのはまちがいない旨を答えた。被告会社は、これにより原告の契約意思の確認はとれたものとして、後日訴外平岩家具店に前記ソファー等の購入代金を立替払した。

三  被告会社による訴訟提起及び強制執行申立て

1  被告会社に対する立替金及び手数料の割賦金の支払は全くなされなかった。

2  被告会社は、昭和六二年六月一六日、原告を被告として、立替金と手数料の合計金九万四八三〇円及びこれに対する昭和六二年六月一六日から支払済みまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める訴訟を広島簡易裁判所に提起した。その際、訴状に請求の原因として記載された内容は別紙(一)のとおりである。

3  被告会社は、右訴訟提起に当たり、原告(右訴訟の被告)の住所を前記「広島市安佐南区《番地省略》」(被告乙山の当時の住所)と表示した。そのため、裁判所による訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達は右住所あてになされ、右書類は被告乙山によって受領された。

4  原告は、第一回口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出もしなかった。そのため、広島簡易裁判所は、直ちに口頭弁論を終結し、昭和六二年八月五日、原告が被告会社主張の事実を全部自白したものとみなし、被告会社全面勝訴の判決をした。右判決の原告への送達も前記被告乙山の住所あてになされ、同被告が受領した。

5  被告会社は、右の判決を債務名義として債権差押えの申立てをし、広島地方裁判所は、昭和六二年九月二四日、これに基づき原告の丙川プラントに対する給与等の債権を差し押さえる旨の債権差押命令を発した。右命令は右同日後間もなく右会社と被告乙山宅に送達された。

6  原告は、丙川プラントから右差押えの事実を聞き、昭和六二年九月二九日、訴訟記録を閲覧して右に述べてきた事実を知るに至った。

7  原告は、昭和六二年一〇月二日、広島簡易裁判所に対し、同裁判所が下した前記判決を取り消す、被告会社の請求を棄却する旨の判決を求める再審の訴えを提起し、民事訴訟法五〇〇条一項に基づく強制執行停止決定も得た。広島簡易裁判所は、平成元年二月二二日、右再審の訴えにつき原告全面勝訴の判決を下し、右判決は確定した。

四  被告乙山の違法行為

被告乙山は、前記のとおり、原告名義を冒用して被告会社あての契約書を偽造した。

五  被告会社の違法行為

1  契約締結時における注意義務違反

(一)(1) 本件を一例とする信販会社によるいわゆる立替払契約は、商品購入者(顧客)と信販会社との間の契約である。しかし、現実の手続としては、一般に、信販会社は、直接顧客と面接することなく、契約店舗(加盟店)に立替払契約に関する書類一式を預け、顧客に右書類に記載させることにより契約の申込みをさせるという方法が採用されている。このようにして契約の申込みを受けた信販会社は、顧客に電話をかけ、電話に出た者が書類上申込人とされている者であるか否かを確認したうえ、契約内容を説明し、真に契約意思があるか否かを確認することになる。

(2) 本来、契約の締結は、契約当事者が直接面接して意思の合致を確認し合うことによってなされる、というのが、法が第一次的に予定している姿であり、右のようなやり方は、信販会社の都合により、これに代わる簡便な方法として採用されているものである。

(3) しかし、右のような方法によった場合、加盟店のやり方いかんによっては、契約締結をめぐって、名義貸し、名義冒用等種々の問題が発生し得るのであり、現に、発生し続けている。

(4) 右のとおりであるとすれば、電話確認は、本来、契約当事者とされている顧客本人を電話に出して確実になされるべきであり、仮に電話に出たのが顧客本人でない場合には、その者が顧客の代理人であることが明確に確認されなければならない。これは、自分の都合により、法の予定しない方法で契約を締結しようとする信販会社に課された義務というべきである。

(5) 昭和五九年改正割賦販売法の施行に伴う通達(昭和五九年一一月二六日付五九産局第八三四号)においては、「個品方式の割賦購入あっせんを行うに当たって、割賦購入あっせん業者は、あらかじめ定められた社内規定等により、購入者の契約意思の確認を確実に行わなければならない。また、電話により上記の確認を行う場合は、購入者本人でなければ答えられないような事項を照合する等の方法により購入者自身の意思を確認しなければならない。」とされている。これも、右と同じ趣旨に出たものであり、信販会社の行う電話による確認は、単に信販会社が自己の債権の回収を確実に行うためのみに行われるのではなく、信販会社の義務として行われるべきものであることを、意味しているのである。

(二)(1) 被告会社が確認のために現実に行ったことは前述のとおりであり、被告会社は、電話に出た女性が、原告の妻と名のり、申込みどおりの契約意思が原告にあるのはまちがいない旨を答えることに安心し、その女性が真に原告の妻であるかどうか自体の確認手段を含め、それ以上に何も確認手段をとっていない。これは、前述の契約締結に当たっての注意義務に違反する行為である。とりわけ、本件においては、確認については格別の注意が必要であると被告に考えさせる事情があったこと及び確実に確認することは極めて容易であったことを考慮に入れると、被告会社の右注意義務違反は程度が大きいということができるのである。

(2) まず、前者(格別な注意が必要であると被告会社に考えさせる事情)について述べると、以下のとおりである。

① 被告会社には、電話確認前の事前調査の段階で、電話帳にも電話番号案内にも原告名義の電話がないことが判明していた。

② 同様に、事前調査の段階で、申込み手続で原告の住所とされているところには、住宅地図を見ても原告の住居はないことが判明していた。

③ 申込みの際、電話をかける時刻が指定され、しかも妻に電話するようにとの指定がなされるような場合には、名義冒用等問題のあることが多く特に注意を要するものであり、被告会社にもこのことはわかっていた。

(3) 次に後者(確認の容易さ)について述べると、次のとおりである。

① 申込みにおいては、原告の勤務先、その電話番号が正確に伝えられていた。したがって、勤務先に電話すれば、正確に確認することは容易にできた。

② 住民票をとることにより、原告の住所等につき正確な情報を得ることは容易にできた。現に被告会社も、契約締結の段階においても、場合によっては住民票をとっている。

2  不当提訴及び不当強制執行

被告会社は、契約締結の段階でなすべきことをなしておれば、その段階で既に、原告に契約意思がなかったことに気付いたはずである。しかし、被告会社は、その後においてでも、訴訟提起あるいは強制執行申立て前になすべきであり、かつ被告会社においても通常は行われている手続をとることにより、容易に右事実に気付き、原告に現実に損害が発生することを防ぎ得たはずである。ところが、被告会社は、これを行わず、漫然と訴訟を提起し、強制執行の申立てをした。すなわち次のとおりである。

(一) 被告会社は、昭和六二年五月二二日になって初めて原告の勤務先に電話した。しかし、被告会社は、右電話により、「在職しているが長期出張中」との回答を得、在職していることを確認しながら、それ以上の調査をすることなく、原告自身とは全く接触のないままに訴訟を提起した。しかも、被告会社においては、電話連絡等によって顧客本人と直接交渉することなく提訴することは少ないにもかかわらずである。

(二) 被告会社は、提訴に当たっても、原告の住民票をとっていない。しかも、被告会社は、訴訟提起に際し、一般的にはすべての相手方の住民票の取り寄せをしているにもかかわらずである。

(三) 被告会社は、前記提訴により判決を取得した後も、昭和六二年八月一九日、原告の出張先に電話をかけ、原告は昼から出社との回答を得ながらも再度電話をかけ直すこともなく、また、同年九月二日、出張先に電話を入れた際にも、長崎営業所の方にかけてくれといわれ、長崎営業所に電話したものの不在であると告げられて、再度かけ直すこともせず、結局、原告自身とは全く交渉をしないまま、給料等の債権の差押えを申し立てた。

六  原告に生じた損害

1(一)  原告は前述の再審の訴えの提起と強制執行停止の申立てを弁護士に委任し、着手金として金五万円、成功報酬として金一〇万円を支払った。

(二) 原告が右委任をするには相当の必要性があった。

2  原告は、勤務先に対し裁判所から債権差押命令が送達されることにより、その信用を棄損され、精神的苦痛を被った。右苦痛に対しては慰藉料が支払われるべきであり、その額は金一〇〇万円が相当である。

7 結論

以上により、原告は、被告らのいずれに対しても、前記損害合計金一一五万円及びこれに対する昭和六三年八月一日(不法行為の日以後の日である。)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求の原因に対する被告会社の認否及び反論

一  請求の原因一1(原告)のうち、原告が昭和二四年五月九日生まれの男性であること、原告の勤務先が丙川プラントであることは認める。その余は知らない。

2 同一2(被告会社)は認める。

3 同一3(被告乙山)のうち、被告乙山の住所が広島市安佐南区《番地省略》であったことは認める。その余は知らない。

二  1 同二1(被告乙山による契約申込み)は認める。

2 同二2(原告の承諾の欠如)は知らない。

3 同二3(被告会社による確認)は認める。

三  同三(被告会社による訴訟提起及び強制執行申立て)は、その6(原告が事実を知るに至るいきさつ)をのぞき、認める。その6は知らない。

四  同四(被告乙山の違法行為)は知らない。

五  同五(被告会社の違法行為)は争う。ただし、被告会社が原告の契約意思や支払意思の確認のためにとった具体的行動の内容(被告会社がしたこと及びしなかったこと)についての主張は認める。被告会社の右行動を根拠に被告会社に過失があったとすることはできない。その理由は別紙(二)及び(三)のとおりである。要するに、被告会社は、契約書上の番号への電話により、原告の妻と称する女性(被告乙山)から意思確認がとれたと信じていたのであり、かつ、被告会社がそのように信じるについては過失はなかった。また、被告会社は、契約締結後の経過により、原告が不誠実な債務者であるとの思いを強くすることはしたが、本件が名義冒用事案であるとは全く疑わず、また、そのような疑いを持たせる事情もなかった。ただ、強制執行申立て後、原告から自分は家具のことなどは知らないとの電話があり、被告会社が調査した結果、被告乙山が名義を冒用した可能性もあると考えられるに至り、また、前記判決に関し再審の訴えも提起されたため、事態を穏便に処理したいと考え、昭和六二年一〇月八日付けで強制執行の申立てを取り下げるとともに、原告に対しては謝罪の意思表示をした。

六  同六(損害)は争う。

七  同七(結論)は争う。

第五証拠《省略》

理由

第一被告乙山関係

一  被告乙山は、請求の原因事実を明らかには争うことをしていないので、民事訴訟法一四〇条三項によりこれを自白したものとみなされる。

二  自白したものとみなされる右事実の下では、原告の被告乙山に対する請求は、損害賠償金三〇万円(弁護士費用金一五万円及び慰藉料金一五万円)及びこれに対する昭和六三年八月一日(不法行為の日以後の日である。)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であると認められる(原告は、慰藉料額としては金一〇〇万円が相当であると主張しているが、再審の訴えが勝訴で確定していることなども考慮し、金一五万円をもって相当な額と認める。)。

第二被告会社関係

一  当事者

《証拠省略》により、請求の原因一1ないし3の各事実を認めることができる(右認定事実の中には、当事者間に争いのないものもある。なお、右各書証は、いずれも、成立につき、あるいは原本の存在・成立につき、争いがない。)。また、《証拠省略》によれば、本件の背景となるものとして次のような事情が認められる。

原告と被告乙山とは、昭和五〇年ころから親しい間柄を続けてきており、原告は、仕事の関係で長期出張が多かったものの、広島に帰ってきているときは、被告乙山の家に月一、二回行き、ときには泊って帰ることもあった。被告乙山は、原告との結婚ないし共同生活を望み、原告の母が強く反対していることなどから半ばその実現をあきらめながらも、ときには冗談にまぎらわせてその望みを伝えたりもしていた。しかし、原告がこれに明確な答えをしたことはなかった。

二  被告乙山による原告名義の冒用

請求の原因二については、その2(被告乙山に対し原告が原告名義の使用を承認していないこと)を除き、当事者間に争いがない。その2の事実は《証拠省略》により認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。

三  被告会社による訴訟提起及び強制執行申立て請求の原因三については、その6(原告が事実を知るに至るいきさつ)を除き、当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によりその6の事実を認めることができ、この認定の妨げとなる証拠はない。

四  被告会社の違法行為

1  請求の原因五のうち、原告の契約意思及び支払意思の確認のために被告会社がとった具体的行動(被告会社が何をし、何をしなかったか)については、当事者間に争いがない。

2  当事者間に争いのない右事実の下では、被告会社が原告に対し訴訟を提起し強制執行の申立てをしたことは、原告との関係で、義務に違反する度合の著しく大きい行為であり、違法であったと評価すべきである。そのわけは次のとおりである。(なお、原告は、契約締結段階での過失自体をも問題としているが、少なくとも本件では、右過失自体を独立に取り出して論じる意味はないというべきである。本件において原告の主張する損害を発生させる直接の原因となった被告会社の行為が訴訟提起及び強制執行の申立てであったことは明らかであるから、直接の問題として取り上げるべき被告の行為は右各行為ということにならざるを得ず、仮に契約締結の段階で被告会社に義務違反と目されるものが認められるとしても、それが意味を持つのは訴訟提起等の違法と結び付く限りにおいてであるからである。もっとも、訴訟提起や強制執行の申立てが契約締結段階での被告会社の過失の必然的結果であり、訴訟提起や強制執行の申立てを独立に取り出しそれ自体の違法性を論じることはできない、というような事情のある場合は、別に考えなければならないであろう。しかし、本件においては、右のような事情は認められない。)

(一) 被告会社のなした訴訟提起及び強制執行の申立て(前者は後者を予定するものであり、後者は前者のある意味での必然的帰結である。そこで、以下、両者をまとめて訴訟提起等という。)の違法性の有無を判断する際にまず考えなければならないのは、訴訟提起等が、法治国家である我が国において有する重要な意義である。すなわち、次のようにいうことができるのである(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁参照)。

法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利(及び強制執行により裁判内容を実現する権利)は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたっては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがって、法的紛争の解決を求めて訴えを提起すること(及び強制執行により裁判内容を実現すること)は、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決(再審判決を含む。)を受けたことのみによって、直ちに当該訴えの提起をもって違法ということはできないというべきである。

(二) しかし、訴訟提起等の違法性の有無を判断する際には、同時に、当該行為の相手方とされる者に生じる負担に対しても目を向けなければならない。訴訟提起等の相手方とされた者は、それに対処するため、応訴、強制執行の停止の申立て、再審の訴えの提起などの対応を強いられ、そのために、弁護士に右各手続を委任しその費用を支払う、給与を差し押さえられて信用を失墜するなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのである(本件について見ると、独身者である原告は、親しい間柄を続けてきたとはいえ、妻でもなく同棲をしていたわけでもない女性(被告乙山)が自分が知らない間に自分の妻と称して成立させた契約を根拠に、被告とされて敗訴判決を確定され、しかもそのことをその段階では誰からも全く知らされず、勤務先に給与等を差し押える債権差押命令が送達された段階になって初めて知らされた、という事実により、弁護士費用の支払、信用の失墜などの負担を余儀なくされたことは明らかであり、このような負担は、少なくとも原告から見た場合、まことに不当としかいい様がないものといってよいと思われる。)。したがって、(一)で述べたところを前提にしても、相手方とされた者に不当な負担を招くような訴訟提起等が、違法とされることのあるのもやむを得ないというべきである(前掲最高裁判所判決参照)。

(三) (一)、(二)で述べたところからすると、結局、訴訟提起等は、事実的、法律的根拠を欠く場合にも、単に、当該行為を行った者に何らかの意味で落度がありそのため当該行為に相当性が欠けたというだけで違法であると解すべきではないが、行為者が、事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら、又は、その立場にある者であれば容易にそのことを知り得べき事情にあったのに、軽率、不十分な調査のままあえて当該行為に出たなど、行為者の落度が重大で当該行為が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限っては、違法とされるものと解すべきである(前掲最高裁判所判決参照)。

(四) そこで、次の問題は、被告会社のなした訴訟提起等が右の意味で著しく相当性を欠くと認められるか否かということになる。

この点につき、被告会社の主張するところは、要するところ、被告会社は、原告の妻と称する女性(被告乙山)が述べるところを、同人が真に原告の妻であるという点を含め、全面的に信じていたのであり、そのように信じることについては合理的根拠があったのであるから、疑いを抱いてそれ以上の調査をするなどのことのないまま訴訟提起等の行為に出たことに相当性に欠けるところはなかった、というに尽る。そして、その際、被告会社が、被告乙山の述べるところを信じた根拠として主張するのは、結局、被告乙山の対応に不自然なところはなかったこと及び販売店もそのように信じていたことである。

(五) しかし、被告会社の主張する右根拠は、はなはだ頼りにならないものである。

まず、確認の相手の対応の自然さ、不自然さについていえば、確認をする者が相手の対応に不自然さを感じてそれにより真実が明らかになることもあろうが、そうはならない場合もいくらでもあり得る。確認、なかんずく、訴提起等相手方に対する影響の大きい行為に出る前提としての確認は、許される限り、客観的資料によりなされるべきである。この点については、少なくとも原告が独身であることやその真の住所は、原告も主張するとおり、原告の勤務先への電話照会、住民票の取り寄せなどの方法で極めて簡単に明らかにできたはずのことである。そして、これらのことが明らかにされれば、明らかにされたところを基に、被告乙山による原告名義の冒用の事実も容易に明らかにすることができたはずであったと思われるのである。

次に、販売店の対応について述べると、顧客の契約意思についての被告会社による確認は、この点を販売店に委せていたのでは問題が起こりやすくなることから、自ら自らの方法でなすところにその存在意義があるのであり、そもそも、販売店の判断を重視していたのでは、被告会社自身による確認の意味はなくなってしまうのである(本件を一例とする信販会社による立替払契約において一般に採用されている取引形態自体の中に、問題を生じさせやすくする要因が含まれていることは否定できない。このような取引形態を採用して利益を得ようとする者は、このことをよく認識したうえで、自らの確認の手続を進めなければならない。原告主張の通達も、これと同様の考えに出たものと思われる。)。

(六) 結局、被告会社は、性質上頼りにしにくいもの、あるいは重視してはならないものだけを根拠に、原告の妻と称する女性(被告乙山)が真実原告の妻であると決めてしまい、ひいては原告に契約意思があったものと決めてしまい、極めて簡単に事実関係を明らかにする方法があり、それを利用しようとすれば容易にできたのに、利用しないまま、原告に対し訴訟を提起し、強制執行の申立てをしたものであり、その落度は、それだけでも相当に重大であるというべきである。

(七) しかも、本件においては、通常の場合に比し、原告の契約意思の確認には特に注意が必要であると考えさせる資料もあった。原告が請求の原因五―(二)(2)で主張する事情(原告名義の電話の不存在・住宅地図上の原告住居の不存在、確認の電話をかけるべき時刻と相手の指定)である。これらの事情は、それだけで名義冒用を強く疑わせるものとまではいえないであろうが、これらがそろえば、少なくとも、確認には通常の場合に比し特に注意が必要であると考えさせるだけの力はあるというべきである。この点も考えると、被告会社の落度はより重大なものと評価されるに至るのである。

(八) 右のように見てくると、被告会社のなした訴訟提起等は、それが事実的、法律的根拠を欠くものであることを容易に知り得る事情にあったのに、軽率、不十分な調査のままあえてなしたという意味で、被告会社の重大な落度に基づくものであり、前述の裁判制度の存在意義を十分考慮に入れても、著しく相当性を欠き違法なものとなるというべきである。

五  損害

1  弁護士費用 金一五万円

《証拠省略》により認められる。

2  慰藉料 金一五万円

原告が債権差押命令の勤務先への送達による信用失墜等により精神的苦痛を被ったことは明らかであり、右苦痛に対しては慰藉料が支払われるべきである。その額につき、原告は、金一〇〇万円が相当であると主張しているが、再審の訴えが勝訴で確定していることなども考慮し、金一五万円をもって相当な額と認める。

第三結論

以上によれば、原告の請求は、被告ら各自に対し損害賠償金三〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一日(不法行為の日以後の日である。)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり、その余は失当である。そこで、右正当な部分を認容し、失当な部分を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下和明)

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