広島地方裁判所三次支部 昭和39年(ワ)16号 判決 1967年8月30日
原告 有田博文
被告 布野村
主文
被告は原告に対し金五二万六二七四円およびこれに対する昭和三九年七月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二七七万三、三三三円およびこれに対する昭和三九年七月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
一、原告は昭和二四年五月六日生れの男子であるが、広島県双三郡布野村立中学校横谷分校一年生在学中であつた昭和三七年九月一一日第五校時技術科の工作授業時間中、同分校教室で技術科担任教官菅原勇教諭の指導に従い、鉛筆屑入れの小箱を作るため、刃を上向きにして定置した日立電気かんな(一二七m/mDUF形)に、厚さ約一センチメートル、縦約一二センチメートル、横約一〇センチメートルの板切れを置き、同教官の指示どおり両手先でこの板切れをおさえ押し進めながら削つていたところ、左手指着根が電気かんなの刃に触れ、拇指を残し他の四指に重傷を受け、即日三次市荒瀬病院でその四指を着根近くより切断するのやむなきに至つた。
二、この電気かんなは被告村が昭和三七年五月に横谷分校生徒工作用として購入備付け管理していたものであるところ、右機具は削る物と接する盤が刃を境に前後に二分してあり、その前後の盤の間隔約四センチメートルの間を巾一二・七センチメートルの刃が手前に高速回転する構造になつているものであつて、刃を下にして使用するのが、通常の用法であるが取付自在のステツプを附属品として、例外的に定置使用も可能にしてある。しかし中学校において本件の如き小木片を定置使用によつて削る場合には、安全上、電気かんな使用に適応した台を設備し、右機具のステツプ下方にある二つの穴を利用してモクネジあるいはボルトで電気かんなを台に固着安定させさらに本件の如さ小さな板切れがおどらないように、単なる手押棒でなく、例えば重量のある適当な角材の下面に削るべき板切れを嵌め込むなどして、その角材を押し進める程の安全設備が最少限度必要である。被告村当局がこれ程危険度の高い電気かんなを横谷分校に配置した以上、たとい電気かんなの内容に瑕疵がなかつたとしても、安全に定置使用できるよう本体と不可分な諸設備をしなかつたことは、電気かんなの内容の瑕疵と等価値であつてこのことは営造物の設置管理の瑕疵と解すべきである。したがつて被告はまずこの点において国家賠償法二条による損害賠償の責を免れない。
三、また、前項記載の如き安全設備をしないで、本件の如き小木片を、本件電気かんなの定置使用により前記一記載の方法で安全に削ることは、不可能であるのに、これに気付かず、敢えてこれを削らせた菅原教官には重大な過失があつたというべきである。
しかして、公立学校の生徒の在学関係は特別権力関係であり、被告は菅原教官に対して監督権を有するから、被告はこの点において国家賠償法一条による損害賠償の責を免れない。
四、原告の蒙つた損害額は次のとおりである。
(イ) 得べかりし利益の喪失額一二四万一、三三三円。
示指を含む三指以上を失つた場合については労働者災害補償保険法一五条別表一、同法施行規則一四条別表一、七級六号に日給一〇〇日分を年金として給付を受けうると定めてあり、これは災害による収入減少額の基準とすることができる。しかして労働省労働統計調査部の昭和四〇年賃銀構造基本統計調査によると学歴者の二〇才から二四才までの者の毎月きまつて支給をうける現金給与額は二万五、五〇〇円で日給に換算すると八三〇円となる。また厚生省第一〇回生命表による一三才の者の残存生命は五五年である。したがつて原告の総喪失利益額は四五六万五、〇〇〇円となり、これをホフマン式計算により現価を求めると一二四万一、三三三円となる。
(ロ) 慰藉料 一五三万二、〇〇〇円
前記四指の喪失による精神的苦痛は二〇〇万円相当であるが本訴においては内金一五三万二、〇〇〇円を請求する。
五、よつて総計二七七万三、三三三円およびこれに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三九年七月八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べた。立証<省略>
被告訴訟代理人は、第一次的に「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、第二次的に「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、原告の請求原因一の事実については、板切れの厚さ、菅原教官の指導内容、手指の障害の程度を争うほか、すべて認める。
板切れの厚さは約一センチメートルではなく約二センチメートルであり、菅原教官は両手先で板切れをおさえるように指導したのではなく、板切れを左手先で軽くおさえ、右手に押棒をもつてこれでおし進めるように指導したのに原告がその指導通りにせず両手先で板切れをおさえておし進めたため左手をすべらせたものである。障害の程度は拇指を除く左手指の第二関節以上を失つたものである。
二、原告の請求原因二の事実中、被告が昭和三七年五月本件電気かんなを横谷分校生徒工作用として購入備付け管理していたことおよびその構造は認めるが、本件電気かんなの如き有体動産は国家賠償法二条にいう営造物ではない。仮りに営造物に該当するとしても、原告が設置管理の瑕疵として主張する諸点は使用方法の問題であつて設置管理上の瑕疵には該当しない。本件電気かんなの設置については文部省の認めた設置基準にかなうものであり、管理については器具自体も新品で構造機能ともに完全であり、いずれも瑕疵はない。
三、原告の請求原因三の主張は全部争う。
まず菅原教官の指導上の過失の有無については、同教官は昭和三七年九月一一日第五、六校時、工作室で技術科授業中、同校技術科年間計画案により、充分右電気かんなの構造と使用方法を説明し、安全についての注意を充分に与え、材料は節のないもの木目のよいものを選び厚さは約二センチメートルとし、板削りの指導のためには電気かんなを安全な定置形とし、板を左手先で軽くおさえ、右手の押棒でおし進めるように、危険のないように指導したものであるから、過失はない。本件事故は右教官の指導にあえて服従しなかつた原告の過失に基くものである。
また菅原教官の右指導は国家賠償法一条にいう公権力の行使に該当するものではない。公権力の行使とは国家統治権に基く優越的な意思の発動としての権力作用をいうのであるが、今日の学校教育の本質は、被教育者の自発性を尊重しながら社会生活自体のもつ教育機能を活用して行われる社会的作用としての国民の教化育成であつて、教育主体の意思の優越性は著しく減退した非権力的な社会作用に属するから、学校教育に従事する公務員は公権力の行使に当る者ではない。
また菅原教官の選任もしくは監督は広島県教育委員会の権限でありその給与も広島県において負担するから、被告は国家賠償法一条または三条によつて菅原教官の行為による損害を賠償する責任を有するものではない。
四、損害額中、逸失利益の計算において、原告は労働者災害補償保険法一五条の障害年金を基準として算出しているが、同条で援用する労働基準法施行規則別表第二身体障害者等級表において七級六号にいう示指を含む三指以上を「失つた」とは、第一指関節以上を失つたものをいうのであつて、原告の障害は同表一〇級六号にいう「示指を併せて二指の用を廃したものまたは拇指および示指以外の三指の用を廃したもの」に該当し、これは給付基礎日額の二七〇日分の一時金となるので、原告主張の日給八三〇円を基礎日額としても、金二二万四、一〇〇円となる。しかも、原告の障害は左手であつて右手にはなんらの異常もなく、通常の筆記や日常の用事は充分達成でき、事務的精神的労働に服する場合は常人と殆ど差がない。原告は図案工芸家を志しているのであるから、大した影響なしに相応の収入をあげうることは確実である。また一般的に若年にして障害を受けた者は将来のためこれに順応する訓練および職業選択ができ中老年においてこれを受けた場合より損害が遙かに少い。したがつて原告が右障害によつて蒙る逸失利益は前記二二万四、一〇〇円を超えるものではない。
慰藉料については最後の口頭弁論期日の直前である昭和四二年五月二五日被告に送達された準備書面において新たに主張したものであるから、時機に遅れた攻撃方法であつて却下されるべきである。しかもこれは事故のあつた昭和三七年九月一一日から三年を経過した昭和四〇年九月一〇日をもつて時効により消滅しているから、これを援用する。
五、仮りに本件事故による損害賠償の責任が被告にあるとしても前記原告の過失は、当然その額を定めるにつき斟酌されるべきであり、その程度は損害額の八割を差引くに値するものと考える。そうすると被告の負担すべき賠償額は四万四、八二〇円となる。
六、被告は原告に対し見舞金として金一万八、五〇〇円を支払い、訴外日本学校安全会は原告に対し見舞金として金五万五、〇〇〇円を贈り、さらに横谷分校pTAは金一、〇〇〇円、教職員は金二、五〇〇円、生徒会は金五〇〇円をそれぞれ原告に贈つている。右金額合計七万九、〇六八円は前項の金額から差引かれるべきであるから、結局原告は被告に対して請求すべき金額はないことになる。
と述べた。立証<省略>
理由
一、原告の請求原因一の事実は、切削に際し板切れを押し進める具体的方法についての菅原教官の指示および板切れの厚さならびに原告の蒙つた障害の程度の各点を除き、当事者間に争いはない。
切削に際し板切れを押し進める具体的方法について菅原教官がどのように生徒に指示したかについては、証人熊谷章子、同長谷川忠司、同林孝夫、同原田武司、同上石武夫、同勢万次郎、同菅原勇および原告本人各尋問の結果を総合すると、同教官は両手先で直接板切れを押し進める方法と、左手で削るべき板切れをおさえ、右手に縦約一二・一センチメートル、横約三センチメートル、厚さ約一・七センチメートルの板切れをもちこれで削るべき板切れを後から押す方法との両者を実演してみせた後「普通は素手のみで押して削るが、こわい者は棒で押して削るように」という趣旨の指示を生徒に与えたことが認められる。証人菅原勇は素手のみで押してよいと指示したことはない旨供述するが、当法廷に証人として出頭した生徒のうち誰一人として自ら棒で押して削つたという者がおらず、また棒で押して削つた者が他にいたと証言する者もその人名を特定しないこと、菅原教官が付添つて削らせたはずの林、長谷川両生徒も現実に素手のみで押して削つている事実から推すと、この点に関する証人菅原勇の供述は措信できない。
また削るべき板(素材)の厚さは、板切れABCの検証結果ならびに証人菅原勇の供述により真正に成立したことが認められる乙三および八号証の各記載を総合すると、一〇ミリメートル強ないし二〇ミリメートル弱であつたことが推認される。
また原告の蒙つた左手指の障害の程度は、成立に争いのない甲九および一三号証の影像および記載を総合すると、拇指を除く四指の、第一関節までを残しそれより先の部分を失つたものであることが認められる。
二、次に原告の事故は、被告の営造物の設置および管理に瑕疵があつたために生じたものであるか否かを検討する。
まず動産である本件電気かんなが国家賠償法二条にいう営造物を構成するものか否かについては、これを肯定すべきものと考える。本条が民法七一七条の適用範囲の空白を埋めようという動機の下にその立法作業が開始されたという経過は、単に立法の動機であるに止まり営造物という動産不動産および人的設備を含む法律概念から本条に限り動産を除外しなければならぬ合理的事由は存しないからである。
そこで営造物を構成する物的設備の瑕疵の有無を検討するに本件電気かんなをいわゆるポータブル式で作動させるにつき危険性があるということは原告の主張しないところであり、原告が請求原因二において主張する、電気かんなのステツプをモクネジ等で床面あるいは作業台上に固定しなかつたとの点は、そのことが本件事故の原因となつたという証拠はないから扨措き、抽象的に、安全に定置使用できる諸設備をしなかつたことが瑕疵にあたるとの主張については、そもそも電気かんなの使用上危険が生ずるのは、定置使用の場合で、しかも小木片を削る場合に危険性が大となることは、電気かんなの検証の結果明らかであり、他方本件電気かんなが本件の如き小木片を削ることを主たる目的として設置されたものでもなく、また定置使用を主たる用途として設置されたものでもないことは、学習指導要領(昭和三三年文部省告示一八号)に、中学校技術科において、庭いす、簡単な机、腰掛等かなりの大きさの角材や板を用いる製作が実習例として掲げられていることならびに成立に争いのない乙一〇号証の記載および鑑定人津川弘三の供述により認められるように本件電気かんなを定置使用するのは本来の用法ではないとされていること等からも明らかであるから、単に定置使用する場合の安全装置のない電気かんなを備え付けたことあるいは小木片を削るための送材板を備え付けておかなかつたことが、直ちに営造物を構成する物的設備の瑕疵とはならない。むしろ安全性を完璧に保障しうる送材板を用いずに電気かんなを例外的用法たる定置使用させたことおよび本件の如き小木片を削らせたことが次に述べる使用上の過失に該当するものというべきである。
三、そこで原告の請求原因三について検討すると本件電気かんなの構造が原告請求原因二記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、このように刃口が広くかつ高速回転する電気かんなを定置形にし、これに縦約一二センチメートル、横約一〇センチメートル、厚さ約二センチメートル弱の薄板を、素手で押し進めながら削るときは、指が刃物の回転部分にすべり込むおそれが多く、また指が刃物の回転部分にすべり込んだ場合には軽傷ではすまず必然的に重傷を惹起することは、電気かんなの検証結果、証人中村周吾(第一、二回)の証言、鑑定人津川弘三の鑑定、文部省初等中等教育局職業課に対する鑑定嘱託の回答(第一、二回)を総合して明らかなところである。しかも布野村立中学校横谷分校において使用した技術科教科書(成立に争いのない甲二号証の一、二)によれば、電気かんなの定置形と同視すべき手押かんな盤の使用法につき「長さ三〇〇m/m以下の短いものや厚さ二〇m/m以下の薄いものは危険であるから削らない」と説明してあり、また文部省作成の「技術科、家庭科運営の手びき」(成立に争いのない乙一号証)には手押かんな盤の使用法につき「直接手によつて加工材を送ることを避け送材板を用いて加工材を送ることが大切である。危害予防上三〇〇m/m以下の小片は削つてはならない。」と記載してあるにも拘わらず、菅原教官がこれをあえて無視し、その危険性を認識することなく前示一のとおり生徒に指示して切削せしめたことは、技術科担当教官としての注意義務に違反し過失を構成するものといわなければならない。(なお菅原教官が予備的方法として使用を指示した押棒は、本件の場合、危険性を除去するに足る送材板とは認め難いから、仮りに同教官の指示が被告主張のとおりであつたとしても、同教官の過失は否定し難いところである。)
四、次に右技術科の授業行為は国家賠償法一条にいう公権力の行使に該当するか否かを検討するに、元来、公権力の概念は、営造物利用上の特別権力をも当然含むものであるところ、同条の解釈に限り公権力の概念から特別権力を除外すべき合理的な根拠はない。そして生徒の公立学校利用関係は特別権力関係と解するのが相当であり、授業における教官の生徒に対する命令的指示は右特別権力の行使の一態様と認めるべきである。
したがつて前記菅原教官の授業中における前記指示は、国家賠償法一条にいう公権力の行使に該当するものといわなければならない。
五、違法性について検討すると、工作科の授業は、人体の傷害発生を許容するものではないから、前示授業中の受傷が、違法な損害であることは多言を要しないところである。
六、次に右菅原教官の職務上の不法行為につき国家賠償法一条により損害賠償責任を負担するのは被告であるか広島県であるかの問題を検討すると、菅原教官は布野村立中学校教諭であることは当事者間に争いがなく、布野村立中学校教諭は市町村立学校職員給与負担法一条地方教育行政の組織及び運営に関する法律四三条により、布野村教育委員会の監督をうけるので、同法二条によりこれを設置した被告も、当然原告の蒙つた財産的精神的損害の賠償責任を有することになる。
七、そこで原告の蒙つた損害額について検討する。
得べかりし利益の喪失額について、原告は労働者災害補償保険法一五条別表一、同法施行規則一四条別表一の七級を基準として請求しているが、同法を本件に適用または類推すべき理由はない(参考にするとしても同法および施行規則に定める年金額は終身年金ではなく六年間の年金であるから、金額は大巾に減少する)。むしろ我が国の高校卒男子の平均給与額と平均稼働年数とを基礎とし、本件手指の障害による推定所得減少率を乗じて算出するのが妥当である。
ところで、労働省昭和四〇年賃金構造基本統計調査によると我が国の高校卒男子職員の平均給与は、超過勤務給与を含め、月額三万七、九〇〇円であり、厚生省大臣官房統計調査部作成の昭和四〇年簡易生命表によると昭和二四年生れの男子の昭和四〇年における平均余命は約五三年(年未満四捨五入)である。前示手指の切断による所得能力の減少率については、それが左手であり、しかも拇指は健全であり、他の四指も第一関節までを残し、事務的精神的労働に服する場合には殆ど支障がなく、また原告は若年であるから、右障害に順応する訓練および職業選択ができることは被告の主張するとおりであつて、この点を考慮すると原告の所得能力の減少は極めて小さいものといわざるをえず、その率は三パーセントと認定するのが相当である。そうすると原告が満一八才以後死亡するまでの五一年間に得べかりし利益の喪失額は、ホフマン式計算により、年五分の民事法定利率による中間利息を控除して本件障害発生時現在額に換算すると
37900円×12×0.03×(利率5%で期数56の単利年金現価率-利率5%で期数5の単利年金現価率)
の公式により、二九万九、七七四円(円未満四捨五入)となる。
慰藉料については、その数額を最終口頭弁論期日直前に明確にした原告の主張が時機に遅れた攻撃方法とはいい難く、また慰藉料請求自体は昭和三九年七月七日被告に送達された訴状に記載されていること明白であるから三年の消滅時効も完成していないこと明らかであるので、すすんでその数額につき検討するに、前示認定の受傷の事実から推定される受傷時の苦痛、および原告本人尋問の結果認められる左手の拇指を除く四指の機能が半減しかつ外見上醜くさを残したことによる日常生活上の精神的肉体的労苦の程度、ならびに常識上推認される就職結婚等に対する不安の程度等一切の事情を考慮し、その額は三〇万円をもつて相当と認める。
八、過失相殺については、電気かんなの検証の結果、本件電気かんなで前示の板切を削ることは危険ではあるが全く不可能ではないことが認められ、また証人菅原勇および原告本人各尋問の結果、原告より前に原告と同様の方法で切削していた級友六、七名は全員失敗せず、原告のみが切削に失敗し受傷した事実が認められ、これらの事実から推すと、原告の板を押す力の入れ具合に不注意な点のあつたことは否定できないが、元来年少者や初心者に対する実技指導は、被指導者の不注意や能力不足による失敗は当然ありうるものと予想し、その場合の安全対策を講じたうえで、実施すべきものであるから、当該被指導者が故意に指示に違反したりよそ見をしたりする等の重大な過失によつて受傷した場合を除き、当該被指導者の不手際を強く責めるべきものではない。しかも前示のとおり教官に指示された削り方自体がもともと危険の多い方法であつて中学一年生に課すべき作業ではなかつたことを考え合わせると、いわゆる過失相殺は行わないのが相当である。
九、次に原告が本件事故により、日本学校安全会から、日本学校安全会法および同施行規則に基き廃疾見舞金として五万五、〇〇〇円の支給を受けたことは成立に争いのない甲一三号証および証人笠岡理三郎の供述ならびに弁論の全趣旨を総合して認定しうるところであるから、同法三七条により、右金額の限度において原告が被告に対して有する損害賠償請求権は日本学校安全会に移転したことは明らかである。したがつて右金額は前示認定の原告に対する損害賠償額から控除すべきである。
一〇、また被告が原告に対し本件事故に対する見舞金として合計一万八、五〇〇円を支払つたことは被告代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合して認定しうるところであるが、証人笠岡理三郎および被告代表者本人の尋問結果を総合すると右は第三者からの見舞金と異り、条理上、原告の蒙つた財産的、精神的損害に対する自発的な一部支払いと認めるべきものであるからこれも前示原告に対する損害賠償額から控除すべきものである。
一一、なお被告はPTA、教職員、生徒会からの見舞金合計四、〇〇〇円をも損害賠償額から控除すべきであると抗弁するけれども右第三者からの見舞金が損害の填補を目的としたものであるという証明はなく、また損害賠償債権と発生原因を同一にした利得であるという証明もないから、損害の填補または損益相殺のいずれの観点からも控除すべきものとは認められない。
一二、以上の結果原告の請求は、差引五二万六二七四円およびこれに対する、本件損害の発生日より後であること明らかな昭和三九年七月八日以降完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 森岡茂)