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広島地方裁判所呉支部 昭和28年(モ)64号 判決 1953年11月05日

債権者 尼崎製鉄株式会社

債務者 尼崎製鉄株式会社呉製鋼所労働組合

(仮処分申請) 広島地方呉支部昭和二八年(ヨ)第八一号

主文

当裁判所が本件につき昭和二十八年十月二十日発した仮処分決定はこれを認可する。

債務者の右仮処分に対する異議申立はこれを却下する。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文同旨の判決を求めその理由として、債権者は昭和二十一年四月一日から兵器処理委員会の要請により元呉海軍工廠跡の兵器処理に基く屑鉄処理のため呉製鋼所として製鋼作業を開始し、引続き同所で鋳鉄、鋳鋼、合金鋳物等の生産事業を経営しているものであるが、昭和二十七年四月以降欠損に欠損を重ね企業整備に伴う人員整理をなす外経営維持困難となり昭和二十八年九月五日債務者組合に対し団体交渉を申入れ同年十月五日までに二十四回にわたつて人事委員会、団体交渉等自主的解決を図つたが埒があかず遂に同年十月七日労働協約に認められている経営権人事権に基き従業員八百八十五名中百九十八名の整理者に対し翌八日附解雇の旨発令したところ債務者組合は同月八日よりストライキを行い、同月十二日午後三時半頃申請人に対する注文者である土佐電気株式会社仁方工場の従業員が歯車地二個(材料は注文者が支給し加工依頼をうけたが右ストのため未加工の物件)を引取りにきた際債権者が右呉製鋼所の事務所において該物件を交付し注文者の使者が正門を出ようとしたところ、債務者のピケ隊員がラインを張りその出門を阻止したので、債権者は更に適当な機会に引渡すことを約し、その使者を返すのやむなきに至つた。

同月十三日午前十時頃宮本金属株式会社から自動三輪車を以つて歯車地一組及び木型(いづれも注文者の持込品)を引取りのため前同所に来り機械工場で該物件を積込み右同様正門を出ようとすると十数名の債務者のピケ隊員が取囲み右自動三輪車の前進を妨害した。

同月十六日債権者の尼崎市本社工場から機帆船安栄丸に積載し呉製鋼所正門外の海岸まで輸送してきた原材料である銑鉄を工場に搬入しようとして、日本通運株式会社呉支店に請負わせ作業を実施しようとしたが、債務者のピケ隊に阻止されたのでその搬入作業を中止するの止むなきに至つた。その外債務者組合は同月九日以来指令を以て債権者呉製鋼所の正門その他工場出入口にピケラインを敷きピケ隊員は工場に搬入しようとする資材の搬入をも妨害し、注文者が半製品を持帰ろうとするのを妨害したのみならず、債権者がなお物件を注文者に引渡すため搬出及び搬入するにつき債務者の妨害を受ける恐れがある。かような状態で債権者は経営権を侵害されその結果著しい財産的損害を生ずるから右経営権の妨害を排除または予防する請求権保全のため本件仮分命令の申請に及ぶ旨陳述した。

(疎明省略)

債務者代理人は主文第一項表示の仮処分決定は取消す、債権者の本件仮処分命令申請は却下するとの判決を求めその理由として、債権者主張の債権者の業務内容、昭和二十八年九月五日債務者組合に対し団体交渉の申入れがあり、当事者間で団体交渉があつた事実、債務者組合が同月八日以来ストライキを行つておる事実、従業員数が八百八十五名であり、債務者組合がピケツトラインを敷いている事実はいづれも認めるがその余の事実は否認する。債務者組合は債権者の呉製鋼所工場出入口にピケツトを張つているが、それはスト破りやスト団員の脱落防止が主目的であつて債権者の製品の搬出または材料の搬入を妨害する意思はなくまたそのような事実もない、従つて本件の如き仮処分の必要がない。また仮処分申請の趣旨及び仮処分命令には「製品半製品等の物件」とあるが「等」とはいかなる物件を指すのか特定しないから仮処分に適しない、よつて本件仮処分決定の取消を求める旨陳述した。

(疎明省略)

理由

証人占部政彦の証言により成立を是認する疎甲第一号証の一によれば、債権者は昭和二十一年四月一日から兵器処理委員会の要請により元呉海軍工廠跡の兵器処理に基く屑鉄処理のため呉製鋼所として製鋼作業を開始し引続き事業を経営している事実が明らかで、右呉製鋼所が鋳鉄、鋳鋼、合金鋳物等の生産を業務内容とする事実は当事者間に争いがない、従つて債権者は右呉製鋼所の経営権を有しそれが何人かによつて妨害された場合にはその範囲において妨害を排除する権利、また将来妨害される恐れがある場合には適当な予防を請求する権利を有するものと解しなければならない。而して右疎甲第一号証の一及び証人占部政彦の証言によりその成立を認むべき同号証の二を綜合すれば債権者呉製鋼所が昭和二十七年四月以来経営不振で欠損に欠損を重ね企業整備に伴う人員整理を行う外、経営の維持が困難の状態にあることも疎明される。証人尾崎清の証言中これに反する部分は採用し得ない。昭和二十八年九月五日債権者の呉製鋼所が債務者組合に対し団体交渉を申入れ両者間で団体交渉があつた事実は当事者間に争いがないがその頃から同年十月五日まで二十四回にわたり両者間において人事委員会団体交渉等自主的解決が図られたが解決に至らず、遂に債権者が同月七日労働協約に認められている経営権、人事権に基き従業員百九十八名の整理者に対し翌八日附で解雇する旨発令した事実は成立に争いのない疎甲第二号証、証人山田村一の証言によりその成立が認められる疎甲第三号証、証人井尻一郎の証言によりその成立が認められる同第四号証によつて疎明が十分である。当時従業員が八百八十五名であり、同月八日債務者組合員がストライキを行い且ピケラインを張つている事実は当事者間に争いのないところである。証人尾崎清の証言によれば債務者組合は同月十日以来指令を以て債権者呉製鋼所の正門その他工場出入口にピケラインを張つている事実が一応認められる。次に証人井尻一郎の証言によりその成立を是認する疎甲第五号証証人目片英夫の証言により右同様の同第六号証、通告書の部分は成立に争いなく証明書の部分は証人井尻一郎の証言によりその成立が認められる同第七号証の一、証人山田村一の証言によりその成立が認められる同第七号証の二、証人藤井忠夫の証言により右同様の同第八、九号証の各一、証人小林丈夫の証言により右同様の同第八、九号証の各二、通告書の部分は成立に争いなく証明書の部分は証人藤井忠夫の証言によりその成立が認められる同第八号証の三を綜合すれば、昭和二十八年十月十二日午後三時半頃注文者である土佐電気株式会社仁方工場の従業員が右呉製鋼所に歯車地二個(材料は注文者が支給し加工依頼されたが右ストのため未加工の物件)を引取りに来て、事務所で該物件の交付を受け正門を出ようとしたところ、債務者のピケ隊員がラインを張り出門を阻止したのでやむなく別の機会に引渡さざるを得なかつた事実、同月十三日午前十時頃宮本金属株式会社から右同所に自動三輪車で歯車地一組及び木型(いづれも注文者の持込品)を引取りにきて、機械工場において該物件を積込み正門を出ようとすると債務者の十数名のピケ隊員が取囲み自動三輪車の前進を妨害した事実、同月十六日債権者の尼崎市本社工場から機帆船安栄丸に積載し呉製鋼所正門外の海岸まで輸送してきた原材料である銑鉄を工場に搬入しようとして日本通運株式会社呉支店に請負わせ作業を実施しようとしたところ債務者のピケ隊に阻止されたのでその搬入作業を中止せざるを得なかつた外、債務者組合が右呉製鋼所工場出入口にピケツトラインを敷いているため、加工依頼者が半製品を持帰ろうとするのが不能に了り、また工場に資材の搬入が出来なかつた事実が疎明される。

然らば右の事実が争議権の限界を逸脱した違法行為でありそのため債権者会社の業務が妨害されまたはその恐れがあつたかどうかについて考察する。

凡そ市民法秩序の下に一応違法と考えられる行為であつても労働者の争議行為として行われる場合には違法性が阻却され適法かつ正当な争議行為として許容される場合のあることは労働法の特異性から肯定されるところであるが、争議行為の正当性を判断する場合にはその目的と手段の両面から考えなければならない。証人尾崎清の証言によつて債務者の行いつつある本件ストライキの目的は債権者に対する前記解雇の取消とベースアツプの要求にあり、またスト破りやスト団員の脱落防止を主たる目的としてピケラインを張つていることが判るが、この点からすれば債務者の行つている争議行為に違法性がないものと一応考えられるけれども個々の手段方法について果して適法であるかどうかを審究するに、証人尾崎清の証言によれば前記土佐電気株式会社の従業員が出門するに際し、債務者側の青年行動隊長がストライキの事情を話して協力を求めたところ、同会社の従業員がこれを諒解してその搬出しようとした歯車二個の物件を置いて帰つたことが疎明される、かように勧誘説得する程度であるならば未だ以て違法行為とは云い得ず、またこれによつて債権者の業務を妨害したものとは云い得ない。

しかし乍ら前示疎第六号証及び証人目片英夫の証言によれば前記宮本金属株式会社の従業員が出門しようとしたところ債務者側の十数名のピケ隊員が自動三輪車の前部左右から取囲んでその前進を阻止妨害し剰えピケ隊員数名の者が道路脇から石、煉瓦ようのものを持つてはせ寄り運転手が危険を感じて前進した事実が疎明されこれに反する証人尾崎清の証言は採用しない。そして争議という現象を是認する以上はある程度の威圧的雰囲気を伴うことは当然であるが、債務者側のピケ隊員のうち十数名が前記自動三輪車の前部左右を取囲み、更に数名が石または煉瓦ようのものを持つてはせ参じた行為は暴力を用いてその前進を阻止しようとしたのでないとしてもそれ自体明かに不穏当な行為であつて争議行為として行過ぎでありその正当性の限界を逸脱するものに外ならない。

而して当事者双方の提出援用に係る疎明を全部綜合考覈すれば債権者側の行為が債務者のスト乃至ピケを切り崩すことを目的としたものとは首肯し難いから、債権者が債務者のスト中においても材料を搬出し、若しくは債権者の製品、半製品を搬出するが如きは正当な業務行為として是認せらるべきものと解する。然も右全疎明に徴すれば債権者の申請に係る仮処分をしないことによつて債権者の被る損害は、右仮処分をすることによつて債務者の被る損害に比し遙かに多大であることを窺知し得るのみならず前叙の如く債務者側に争議行為の適法な限界を逸脱する行為の存在する限り利害関係が尖鋭化して対立する労働争議中のことであるから債務者の業務が妨害されて不当に損害を被る危険があり、これを排除し且つ予防しなければならない点に保全の必要があるものといわなければならない。

なお、債務者は本件仮処分命令申請には「製品、半製品等の物件」とあるが「等」とはいかなる物件を指すのか特定しないから仮処分に適しないと主張するが、債権者は本件において経営権に基く妨害排除請求権を被保全請求権として仮の地位を求める仮処分を求めているのであり、本件仮処分決定の表示を以てしては物件の特定が不十分であるとの主張は採用し難い。

よつて債権者の本件仮処分申請は相当であるから本件につき当裁判所がさきにした仮処分決定を認可し、且つ債務者の異議は理由がないから該異議申立を却下するものとし、申請費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 福永亮三 西俣信比古 倉橋良寿)

〔参考資料〕

仮処分決定

申請人 尼崎製鉄株式会社

被申請人 尼崎製鉄株式会社呉製鋼所労働組合

右当事者間の昭和二十八年(ヨ)第八一号仮処分申請事件につき当裁判所は申請人の申請を理由ありと認め申請人に保証として金参拾万円を供託せしめ左の通り決定する。

被申請人である組合はストライキ実施中申請人の経営に係る呉市昭和通五丁目所在呉製鋼所が製品、半製品等の物件を搬出し又は材料、原料等の物件を搬入するにつき是れが妨害となるべき行為をしてはならない。

申請人の委任する広島地方裁判所呉支部執行吏は前項の実効を期する為前記呉製鋼所正門その他に公示その他適当な措置をとることができる。

昭和二十八年十月二十日

(広島地方呉支部――裁判官 福永亮三)

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