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広島地方裁判所呉支部 昭和36年(ヨ)17号 判決 1962年2月12日

申請人 大島光雄

被申請人 呉造機株式会社更生管財人 武安敏晴

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は「被申請人は申請人を鋳造部主任の地位を有する従業員として取扱い、昭和三十六年三月一日より本案判決確定に至るまで一箇月金二万九千七十六円の割合による金員を毎月二十日限り仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする」との判決を求め、本件申請の理由として

一、申請人は件外トモエ造機有限会社の取締役であつたが、同件外会社は昭和三十五年四月一日被申請会社の支配下に入り、爾後申請人は被申請会社に雇傭されその鋳造部主任として月給金二万五千円の支給をうけ、その後同年十月より金五千円昇給し月給金三万円を受けるに至つたが、同年十一月十四日にいたり右件外会社と被申請会社との間に締結された契約により、申請人は正式に退職するまで被申請会社の鋳造部主任としての地位と待遇を保証せられ、且つ万一申請人が解雇される場合は解雇後五年間毎月金二万円宛を申請人に支給する旨被申請人より保障されることとなつた。

二、かくて申請人は鋳造部主任として忠実にその職務に精励して来たところ、当時の被申請会社の代表取締役社長であつた高橋浩はいわゆるワンマン的性格のため何でもはつきり物を云う申請人とは折合が悪く、殊に(一)申請人が前記契約の成立について口頭契約でなく契約書をかわすべきである旨再三にわたり要求したこと、及び(二)右契約調印前の昭和三十五年四月二十八日右高橋浩社長と前記件外会社の代表取締役社長古長高信が申請人に何の相談もなくして右件外会社所有不動産に対し被申請会社の債務を保証するため元本極度額を千万円とする根抵当権を設定したことについて申請人が強く抗議をした事等につき不満をもち、申請人を極度に邪魔者扱いするようになり、なんとかして申請人を任意に退職させんとして(前記契約により解雇すれば爾後五箇年間毎月二万円宛の給付が必要なため)事毎に申請人に圧迫を加えるに至つた。しかし申請人はこれに屈せず誠実に職務を遂行していたところ、遂に昭和三十六年二月申請人を鋳造部主任の地位から雑工員に降任させる事を取締役会に於て決定させ同年同月二十五日右高橋浩社長は鋳造部従業員全員の面前に於て申請人に対し右降任を通告した上、従業員全員に対しては同日以降申請人は雑工員であるからそのつもりで申請人を使用する様命ずるにいたつた。そこで、申請人はその不法をなじり高橋浩に対し社長室で抗議していたところ、右高橋浩は矢庭に申請人を自ら室外に突き出すにいたつた。かくして申請人は右不法な降任により遂に同日以降鋳造部主任としてその職務を行う事を得ざるにいたつた。

三、しかしながら右降任は前記契約に違反するため無効であるのみならず、何等正当な理由のない感情的な処分にすぎないから人事権の濫用として無効といわねばならない。従つて申請人は依然として鋳造部主任としての地位を保有するは勿論、右降任通告のあつた翌月である昭和三十六年三月一日以降毎月二十日を支払日とする平均賃金、税控除額金二万九千七十六円の支払を受ける権利を有するから、申請人はこれが地位確認並に賃金請求の訴を提起すべく準備中であるが、申請人は前記件外トモエ造機有限会社経営のために私財の全てを投じたので現在では申請人所有の財産は皆無の状態であり、それに申請人は妻子等五人を抱え、これを扶養してゆかねばならないので申請人の生活は危殆にひんしており本案判決の確定を待つては回復し難い損害を蒙る事になるので止むなく本申請に及んだ次第である。

と述べ、被申請会社については昭和三十六年七月三十一日更生手続開始決定がなされ、その管財人に武安敏晴が選任されたので、申請人は同管財人を相手方として手続の受継をなしたものであると附陳し、被申請人主張事実に対し

(イ)  申請人は無断欠勤したことはない。即ち申請人は昭和三十六年三月七日被申請会社谷本専務に対し、申請人が病気治療中であり咳が頻発するので就業が困難である旨事情を述べて欠勤休養したものである。従つて申請人には就業規則第二十八条に違反する事実はない。

(ロ)  申請人が被申請会社の社業の発展に協力しなかつたようなことはない。即ち被申請会社主張の電話はトモエ造機有限会社の所有ではなく三和商事有限会社代表取締役大島光雄の所有であり、該電話は昭和三十五年四月一日以前からトモエ造機有限会社の債務に対する担保物となつていたが、被申請会社がトモエ造機有限会社に対し右債務の支払を引受けながらこれを履行しなかつたので、昭和三十六年二月中に競売され、その代金五万余円は被申請会社の右引受債務の内入弁済金に充当されているものである。

(ハ)  申請人と他の従業員との折合が悪かつたというようなことはない。即ち被申請会社の鋳造素材の生産実績は従業員一人当り月間二瓩となつているが、呉市内の他工場においては月間一、五瓩に過ぎないところからみても被申請会社の従業員相互間に何等不和はなく相協力していることは明らかである。

(ニ)  申請人には被申請会社主張の如き不信行為はない。即ち申請人が件外中本工作所に対する債権を取立てたことは争わないが、右は被申請会社の債権ではなくトモエ造機有限会社の債権であり、申請人はトモエ造機有限会社の債務支払のため右債権の取立をしたものであり、且つその取立時期はトモエ造機有限会社が被申請会社の支配下に入る趣旨の契約書の作成された昭和三十五年十一月十四日より以前のことであつて被申請会社より非難される点は何等ない。

と述べた。(疎明省略)

被申請代理人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする」との判決を求め、申請人主張事実に対する答弁並びに被申請人主張事実として

一、申請人主張事実中、被申請会社が申請人をその主張の頃鋳造部主任として雇い入れたこと(但し申請人を退職する迄鋳造部主任として雇い入れる旨の条件をつけたことはない)。その月給が申請人主張のとおりであること。申請人主張の頃申請人を鋳造部主任より平工員に降任し当時の社長高橋浩より従業員全員の面前において申請人にその旨の通告をしたこと。申請人に昭和三十六年三月一日以降月給の支払をしていないことは争わないがその余の事実は争う。

二、被申請会社が申請人を降任したのは次の理由による。

(イ)  被申請会社において実施している就業規則第二十八条により欠勤する場合は、その事由を届出るか、医師の診断書を提出しなければならないことになつているのに申請人はこれをなさず、しばしば無断欠勤をした。

(ロ)  右就業規則第一条によれば、従業員は相協力して社業の発展を期することになつているが、申請人はこれが協力をしない。即ち昭和三十六年二月頃件外トモエ造機有限会社の電話が他から競売に附せられんとしたとき被申請会社が同有限会社の債務の支払をしてその電話を被申請会社に譲受けんとしたが、当時同有限会社の取締役であり電話の所有名義人である申請人はこれに応ぜず、被申請会社の社業の発展に協力しなかつた。

(ハ)  申請人は鋳造部門における技術面については経験も浅く且知識も乏しきに拘らず、主任たる地位を誇示して他の従業員を蔑視し、為に従業員等との折合が悪く仕事の進捗がさまたげられた。

(ニ)  申請人は被申請会社の件外中本工作所に対する債権十一万余円を檀に取立てこれを自己の用途に費消する等の不信行為を敢てした。

叙上の事実にもとずき被申請会社は就業規則第九条の「会社は業務の都合により従業員に対し転勤、職場の配置換え或は職種の変更を命ずることができる」旨の規定を適用して申請人を降任したものである。従つて右降任は人事権の濫用でもなく、又契約違反でもない。

三、右の如く申請人を降任したのは正当の理由によるものであるが、仮にしからずとするも申請人を鋳造部主任としての地位を有する従業員として取扱えというが如き本件仮処分の申請はその内容の実現が将来において期待されるものであつて、現在かかる地位を認めねばならない程の差迫つた危険は存在しないものであるから、仮処分により保全さるべき地位でもなく、又その必要性もないから失当である。

四、被申請会社が申請人に月給の支払をしないのは次の理由による。即ち被申請会社は申請人を解雇したものではなく、賃金も鋳造部主任の時と同額であつて何等減額したものではない。従つて申請人は被申請会社に出勤して働きさえすれば被申請会社において月給の支払をなすに拘らず、申請人は昭和三十六年三月一日以降被申請会社に出勤しない。従つて被申請会社が月給の支払をしないのは当然である。申請人は被申請会社に出勤もせず、又他にも就職せず手を拱き無為徒食してその生活が危殆に頻したからといつても、それは申請人自らが招いた結果であつて申請人の受忍すべきものであり、その責任を被申請会社に転嫁するという事は到底許されないものといわねばならない。賃金支払についての本件仮処分申請は被保全権利もなく、又その必要性もないから失当である。

五、本件仮処分申請につき審理中、被申請会社については昭和三十六年七月三十一日更生手続開始決定がなされたから、右審理手続はその賃料支払請求の部分につき中断したのに拘らず申請人の管財人に対する手続の受継を認容して本件申請の審理を進めたのは違法である。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、申請人が昭和三十五年四月一日から被申請会社に雇傭されて翌三十六年二月までその鋳造部主任として遇せられていたこと、申請人の給料は始め月給金二万五千円であつたが、昭和三十五年十月分から金三万円に昇給したこと、被申請会社は昭和三十六年二月申請人を鋳造部主任から平工員に降任しその旨従業員全員の面前で当時の被申請会社代表取締役高橋浩から申請人に通告したこと、被申請会社は申請人に対し同年三月分以降の給料を支払つていないことはいずれも当事者間に争いない。

二、申請人は被申請会社のなした右降任は契約違反ないし人事権の濫用によるものであるから無効であり、申請人は依然として鋳造部主任たる地位を有するから、これが地位の保全を求める旨主張するので、まずこの点について按ずるに、そもそも会社内部における職制としての鋳造部主任たる地位につき、これが確認を求める法律上の利益があるかについて判断する。

一般に私法上の会社における職制として通常使用せられている主任という言葉は、他の職制上の名称たる課長係長、係員等と同様に単にその職場において働いている従業員の職務内容を表示するものにすぎず、会社取締役株主或は従業員の如き特定の法律関係をもつ地位を表示するものではない。従つて、申請人が被申請会社における鋳造部主任であるということは、申請人が被申請会社の営業の一つである鋳造部門において他の一般従業員に比し会社内部の職制上より重要なる職務内容を有することを表示するにすぎず、鋳造部主任だからといつて特に被申請会社との間に一般従業員と異なる法律関係に立つものとはいえない。従つてかゝる鋳造部主任たる地位の確認はこれを求める法律上の利益を欠くものといわねばならない。

してみると、本件仮処分申請中鋳造部主任たる地位を有する従業員として取扱を求める部分はその余の点について判断するまでもなく被保全権利を欠くものというべきである。

三、次に申請人は被申請会社のなした降任により鋳造部主任としての稼働を妨げられたから申請人は昭和三十六年三月分以降の給料の支払を請求する権利があると主張するからこの点につき考えるに、仮に申請人がその主張するが如き請求権を有するとしても、本件の場合その支払を予め命ずるが如き仮処分の必要性は極めて稀薄といわねばならない。即ち疏明によるときは、申請人方にはその妻が裁縫等の内職により毎月五千円の収入を得ている外申請人も他に職を見付けて相当の収入を得ていることが認められるから、今直ちに生活に困る程窮迫の状態にあるとは認められない。

従つて、本件仮処分申請は給料仮払を求める申請部分についてもその必要性を欠くものというべきである。

尚被申請人は会社更生法第六十八条により本件手続は中断中であるから、申請人の給料仮払申請部分の審理は違法であると主張するが、申請人主張の賃料債権は会社更生法第百十九条により共益債権として取扱われているから、同法第六十九条により管財人において手続を受継して審理を続行し得るものというべく、被申請会社について更生手続開始決定がなされた昭和三十六年七月三十一日(この事実は当裁判所に顕著である)後である同年十月七日申請人から訴訟手続受継の申立がなされ、且被申請会社管財人武安敏晴から訴訟委任を受けた被申請代理人において同年十月十日の口頭弁論期日に出頭して弁論し本件手続を受継していること本件記録上明らかであるから本件審理には何等違法の点はない。

四、以上のとおり本件仮処分申請はいずれもその理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 大北泉 原田三郎)

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