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広島地方裁判所呉支部 昭和44年(ワ)96号 判決 1974年3月25日

原告

溝手正美

被告

有限会社八番

ほか一名

主文

1  被告有限会社八番は原告に対し金一、二二〇、二六六円およびこれに対する昭和四四年六月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告有限会社八番の各負担とする。

4  この判決第1項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し金一、三八〇、八九六円およびこれに対する昭和四四年六月二六日(訴状送達の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する各答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告

(一)  (事故の発生)昭和四四年一月一一日午後一〇時二〇分頃広島市竹屋町八九番地広島銀行竹屋町支店前交差点において、西から東に向つて直進中の訴外三貝利光運転の乗用車(以下本件レンタカーと称す)と東から北に向つて右折しようとした訴外梶本末一運転のタクシー乗用車(以下本件タクシーと称す)が衝突し、訴外三貝利光運転の本件レンタカーに同乗していた原告は頭部外傷、左環指挫断創、左腸骨々折、左臀筋断裂の傷害を負つた。

(二)  (被告有限会社八番の責任)

1 被告有限会社八番(以下被告八番と称す)はレンタカー業者であるが、訴外三貝利光に本件レンタカーをその営業の執行として賃貸し運行の用に供していたものであるから自賠法第三条により原告の損害を賠償する責任がある。

2 被告八番の右賃貸に関する自白の撤回に異議を申立てる。同撤回は故意又は重過失により時機に遅れて提出された攻撃防禦方法で訴訟の完結を遅延させるものであるから却下されるべきである。

3 仮りに本件レンタカーが訴外川上親雄の所有であつても、同人は被告八番の従業員で本件レンタカーを営業車と共に保管し、被告八番名義で賃貸しているから、被告八番は運行供用者に当る。

(三)  (被告福助タクシー株式会社の責任)

1 被告福助タクシー株式会社(以下被告タクシー会社と称す)は、本件タクシーを所有しタクシー営業を営む運行供用者であるから自賠法第三条により原告の損害を賠償する責任がある。

2 被告タクシー会社の免責の抗弁事実を否認する。

(四)  (損害)

1 治療費等

(1) 入院治療費 金六〇四、八四〇円(昭和四四年一月一七日から同年五月二九日まで(一三三日間)の入院治療費)。

(2) 入院中の栄養雑費 金二六、六〇〇円。

(3) 付添看護料 金三四、〇〇〇円(入院中母親が付添看護した三四日間につき一日金一、〇〇〇円の割合による)。

(4) 交通費 金六、〇〇〇円。

(5) 通院治療費 金一六、七五六円(昭和四四年五月三〇日から同年六月一三日までの通院治療費)。

(6) 眼鏡調製費 金一一、八〇〇円。

(7) 診断書費 金九〇〇円。

2 逸失利益 金三四八、〇〇〇円。

原告は昭和四四年芸南高校卒業予定で訴外ブリヂストン工業用品中国販売株式会社に就職内定し、給料一ケ月金二九、〇〇〇円を得るはずであつたが、傷害のため就職できず留年することとなり、一年間の得べかりし収入を失つた。

3 入院中の補償金一三二、〇〇〇円(入院一三三日間につき)。

4 慰謝料 金五〇〇、〇〇〇円。

原告は事故により左薬指を第一関節から失い、学校も留年し、腰痛も残るなどの精神的肉体的苦痛を蒙つた。

(五)  (損益相殺)

原告は自賠責保険から金三〇〇、〇〇〇円を受領したので、これを前記損害のうち1(1)の一部に充当した。

二  被告八番

(一)  請求原因(一)の事実は不知。

(二)  請求原因(二)の事実につき、

1 被告八番が訴外三貝利光に本件レンタカーを賃貸したことは認める。しかし被告八番は貸与による引渡と同時に本件レンタカーの運行につき支配力を失つているから運行供用者でない。

2 右賃貸を認める自白は錯誤によるものであるから撤回する。右自白は本件レンタカーが被告八番の所有であるかも知れないと思つてなしたものであるが、昭和四八年三月に訴外川上親雄の所有であつた事実および被告八番の従業員であつた同人がこれを賃貸したことが判明したものである。

3 原告の仮定的主張(3)を否認する。

(三)  請求原因の(四)(損害額)を争う。

三  被告タクシー会社

(一)  請求原因(一)のうち傷害の部位程度を争い、その余の事実を認める。

(二)  請求原因(三)につき、被告タクシー会社が本件タクシーを所有し、タクシー営業を営んでいる事実を認める。

(三)  請求原因(四)(損害額)を争う。

(四)  (自賠法第三条但書の免責の抗弁)本件事故は訴外梶本末一が本件タクシーを運転し時速約三〇キロメートルで交差点の手前約三〇メートルの所から右折の合図をしながらセンターライン寄りを進行し、直進赤右折可の信号にしたがい時速約八キロメートルに減速して右折を開始して交差点中央付近に来たとき、訴外三貝利光運転の本件レンタカーが直進赤の信号を無視し、かつ制限速度五〇キロメートルのところ時速約六五キロメートルで対向直進してきて本件タクシーを発見して急制動左ハンドルの措置をとり、降雨のため漏れている路面にスリツプさせ横滑りの格好でその後部を本件タクシー前部に衝突させたもので、被告タクシー会社に運行供用者としての過失がないのは勿論、訴外梶本末一に過失はなく、もつぱら訴外三貝利光の過失によるものである。しかも、本件タクシーに構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

第三証拠〔略〕

理由

一  まず事故の発生と原告の傷害について認定する。

(一)  〔証拠略〕によれば、昭和四四年一月一一日午後一〇時二〇分ころ、広島市竹屋町八九番地広島銀行竹屋町支店前交差点(本件交差点)において、西から東に向つて直進する訴外三貝利光運転、原告他二名同乗の本件レンタカーと東から北に向つて右折しようとした訴外梶本末一運転の本件タクシーが衝突し、本件レンタカーは衝突の反動で斜行して更にガードレールに衝突し半回転し、原告他一名の同乗者が転落したことが認められる(原告と被告タクシー会社との間では右事故発生の事実は争いがない。)。

(二)  〔証拠略〕によれば、原告は右事故により頭部外傷左環指挫断創、左腸骨々折、左臀筋断裂の傷害を負つたことが認められる。

二  つぎに被告八番の責任について検討する。

(一)  被告八番は、被告八番が本件レンタカーを訴外三貝利光に賃貸した事実を認めるとの自白の撤回を主張し、原告は、右撤回は時機に遅れた攻撃防禦方法であるとしてこれに異議を述べているので、この点について検討するのに、次の理由によつて右撤回は許されず却下すべきものと判断する。

(1)  本件記録によれば、右自白は第一回準備手続期日(昭和四四年八月二八日)陳述の答弁書によつてなされ、その撤回の主張は第四回口頭弁論期日(昭和四八年九月一〇日)陳述の同日付準備書面でなされており、その間に準備手続終結後実質的審理はほゞ終了していることが明らかであるから、右自白の撤回の主張が時機に遅れていることは多言を要しない。

(2)  被告八番は本件レンタカーがその保有車であると錯誤していたところ、昭和四八年三月に所有者が訴外川上親雄であることが判明したと言うが、本件レンタカーの車両登録番号が「広島5せ三二九九」であることを明示する〔証拠略〕は第六回準備手続期日(昭和四五年六月一一日)に、その所有者が訴外川上親雄であることを記している〔証拠略〕は第七回準備手続期日(昭和四五年一〇月二日)にそれぞれ提出されており、錯誤の点を容易に認め難いばかりでなく、自白の撤回の主張が時機に遅れたことについて原告に重大な過失があつたものと推認するに十分である。

(3)  訴外川上親雄が被告八番の従業員であり、本件レンタカーを被告八番名義で訴外三貝利光に賃貸し、かつ事故後訴外三貝からの修理代金が被告八番の経理に入金された事実は、自白撤回の主張において被告八番の認めるところである。右の事実に照らし仮りに自白の撤回を認めたとしても原告の主張(第二の一の(二)の3)は相当の根拠があつて、公平の見地からしても右主張を立証する機会を与えるべきものであり、そのため更に証拠調を要するところ、右争点の重要な証人となるべき訴外川上親雄が所在不明であるため、その審理は著しく訴訟完結を遅延させるものであつて、自白撤回の主張は時機に遅れた攻撃防禦方法という外ない。

(二)  右理由により被告八番が本件レンタカーを訴外三貝利光に賃貸した事実は当事者間に争いがなく、被告八番がレンタカー業者であることは〔証拠略〕により当事者間に争いがないからその運行の利益も被告八番に帰属するものであり、また〔証拠略〕によれば、貸与に際する資格審査、用途制限、注意事項、違反の場合の賃貸解除など一定の運行支配の存することも認められるから、被告八番は本件レンタカーの運行供用者であると解される。したがつて同被告は自賠法第三条により原告の損害を賠償する責任がある。

三  つぎに被告タクシー会社の責任について検討する。

(一)  被告タクシー会社が本件タクシーを所有し、タクシー営業を営んでいる事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで免責の抗弁について事故の態様を検討するのに、〔証拠略〕によれば、訴外梶本末一は本件タクシーを運転して時速約三〇キロメートルで東進し、本件交差点を右折するため約三〇メートル手前から右折の合図をしてセンターライン寄りに進行し、前方の信号が直進赤右折可であつたので時速約八キロメートルに減速しながら交差点中央付近に至つたところ、反対方向から西進してくる本件レンタカーを認めたが、直進赤の信号表示が出ているので同車は交差点手前で停車するものと考え右折を続けたこと、ところが本件レンタカーを運転して同交差点に対向西進してきた訴外三貝利光は賃借時間内に呉に帰ろうと急ぎ、同所の制限時速(五〇キロメートル)も知らずに、時速約六五キロメートルで、信号を無視して本件交差点に進入したこと、訴外梶本末一は予期に反して直進してくる本件レンタカーに危険を感じて急制動の措置を講じ、他方訴外三貝利光も進入後右折中の本件タクシーに気付いてハンドルを左に切り急制動の措置をとつたが、当時小雨で路面が濡れていたためもあつて本件レンタカーは横滑りの状態となつて進行し、その右側後部が本件タクシーの右前部に衝突し、その反動で本件レンタカーは斜前方二三・六メートルの地点のガードレールに衝突し半回転して停止したことが認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は前記証拠に照らし措信しがたい。

(三)  右認定事実から訴外三貝利光には制限速度を超え、信号を無視して交差点に進入した過失のあることが明らかである一方、訴外梶本末一の運転には過失がなかつたものと認められる。そして、〔証拠略〕によると、被告タクシー会社に運行供用者としての過失はなく、また、本件タクシーに構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたことが認められる。したがつて被告タクシー会社の無過失免責の抗弁は理由がある。

四  そこで原告の損害について検討する。

(一)  〔証拠略〕によれば、前記傷害による治療費等として原告の主張するうち次の損害が認められる。

(1)  入院治療費金六〇四、八四〇円。(そのうちあかね会土谷病院分が昭和四四年一月一一日から同月一七日まで金九五、三四四円、中村外科病院分が同年一月一七日から同年五月二九日まで金五〇九、四九六円である。)

(2)  入院中の栄養費金五、九七〇円。(ボンと称する飲料の代金である。)

(3)  通院治療費金一六、七五六円。(中村外科病院の昭和四四年五月三〇日から同年六月一三日までの通院治療費である。)

(4)  眼鏡費金一一、八〇〇円。

(5)  診断書明細書料金九〇〇円。

請求のうち、栄養雑費残、交通費、付添看護費については証拠がない。

(二)  〔証拠略〕によれば、事故当時原告は芸南高校三年生で、卒業後訴外ブリヂストン工業用品中国販売株式会社に就職し初任給月額二九、〇〇〇円を得ることに決つていたところ、本件事故による傷害のため一年間留年を余儀なくされ、一年分の収益金三四八、〇〇〇円を失つたことが認められる。

(三)  前記のとおり原告は合計一三九日間入院したことが認められるので、これに対する補償(入院の苦痛に対する慰謝料と解される)として金一三二、〇〇〇円の請求は相当と認める。

(四)  〔証拠略〕の結果認められる原告が左環指を第一関節から失い、現在も腰痛後遺症を残している事実および既に認定した諸事情を考慮すると慰謝料として金四〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

(五)  原告が自賠責保険から金三〇〇、〇〇〇円を受領し、これを入院治療費の一部に充当することは原告の認めるところである。

五  以上の理由によつて原告の被告八番に対する請求は前項(一)(二)(三)(四)認定の損害額合計から同(五)の金額を差引いた金一、二二〇、二六六円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、被告八番に対するその余の請求および被告タクシー会社に対する請求は理由がないので棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 花田政道 島田禮介 三橋彰)

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