広島地方裁判所呉支部 昭和54年(ワ)62号 判決 1981年9月18日
原告
広島県信用保証協会
右代表者理事
井藤勲雄
右訴訟代理人
河村康男
被告
永宝造船株式会社
右代表者代表取締役
仮谷光雄
右訴訟代理人
氏原瑞穂
右訴訟復代理人
南正
主文
広島地方裁判所呉支部昭和五三年(ケ)第二四号船舶競売事件について、同裁判所が作成した配当表中被告に対する順位2番の配当額を削除し、原告に対し右金額三三一九万二三二八円を配当する旨追加する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
記
順位
債権の種類
債権額
配当額
債権者
2
商法八四二条八号による船舶債権
三三一九万
二三二八円
三三一九万
二三二八円
被告
4
広島法務局昭和五一年九月一四日
受付第二五三号をもつて設定登記を受けた
債権額五五〇〇万円の抵当権の被担保債権
四八六四万
二一二七円
五〇八万
六三六八円
原告
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、船舶の造修並びに売買業を営む会社であるところ、三丸造商株式会社(以下「三丸造商」という。)に対し、その所有の汽船ブルーコーラル(要目は別紙物件目録<省略>記載のとおり。以下「本船」という。)にかかる建造代金残額三〇〇〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和五二年四月末日から、内五〇〇万円に対する同年五月末日から、内五〇〇万円に対する同年六月末日から、内五〇〇万円に対する同年七月末日から、内五〇〇万円に対する同年八月末日から、内五〇〇万円に対する同年九月末日から各完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の船舶債権を有するとして、昭和五三年五月一日、船舶先取特権に基づき広島地方裁判所に対して本船の任意競売の申立をなし、同事件は同月九日同裁判所呉支部へ回付(昭和五三年(ケ)第二四号事件)され、同月一八日同支部より船舶碇泊命令が発せられ、船舶競売手続開始決定が出された。
2 右任意競売事件について作成された配当表の配当欄順位2番及び4番には、左記のように記載されている。
3 原告は、昭和五四年四月二三日の配当期日において、配当表中の被告に対する順位2番の船舶債権及び配当額について異議を述べた。
4 被告主張の本船についての船舶債権は存在せず、船舶先取特権も存在しない。
5 よつて、原告は、主文1項記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否<省略>
三 抗弁
1 被告は、昭和五〇年一二月二三日、注文者日勢海運株式会社との間で、日本海事協会の検査を受ける船級(以下「NK船級」という。)取得を条件とし、請負代金は一億五〇〇〇万円、その支払方法は、契約締結時に五〇〇〇万円、進水時に五〇〇〇万円、完成引渡時に五〇〇〇万円と分割して支払う約にて、本船建造請負契約を締結した。右NK船級取得の条件は、その後工事仕様の一部変更により、運輸省海運局の検査を受ける船級(以下「JG船級」という。)取得を目的とする条件に変更された。
2 本船建造中の昭和五一年四月二一日、被告と日勢海運株式会社及び三丸造商との間で、本船建造の注文者を日勢海運株式会社から三丸造商に変更し、以後三丸造商が注文者としての請負契約上の地位を承継する旨を合意した。
3 本船は、昭和五一年九月二四日JG船級の検査を完了したが、三丸造商は、右JG船級の検査の前である昭和五一年九月七日、NK船級への仕様変更方を被告に申入れ、同日被告との間で、本船をNK船級とする旨の合意をなした。被告は、同年一一月二四日、NK船級取得のための追加改造工事(但し、入級受検に必要な入渠工事を除く。)を完了し、同月二九日、右追加改造工事代金一〇〇〇万円の支払いを受けて、本船を三丸造商に引渡した。
4 本船建造請負契約に基づく未払の請負残代金五〇〇〇万円の支払いについては、三丸造商への本船引渡の際、改めて協議し、昭和五一年一二月から毎月末日限り五〇〇万円宛一〇回に分割して支払う旨合意した。三丸造商は、その支払いのために、いずれも額面五〇〇万円、支払地及び振出地広島市、支払場所広島銀行八丁堀支店、振出日昭和五一年一一月三〇日、各支払期限を満期とする約束手形一〇通を振出し、被告に交付した。被告は右各手形を満期に支払場所に呈示したところ、昭和五一年一二月から昭和五二年三月までの各月末を満期とする四通の手形は決済されたが、その余の手形金の支払いを拒絶された。被告は未決済の手形六通を本件配当期日当時所持していた。
5 従つて、原告は、三丸造商に対し、手形金残額合計三〇〇〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和五二年四月末日から、内五〇〇万円に対する同年五月末日から、内五〇〇万円に対する同年六月末日から、内五〇〇万円に対する同年七月末日から、内五〇〇万円に対する同年八月末日から、内五〇〇万円に対する同年九月末日から本件の配当期日に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息(合計三一九万二三二八円)の支払いを求める債権を有しており、右は商法八四二条八号に該当する債権であるから、本船の上に船舶先取特権を有する。
四 抗弁に対する認否<省略>
五 再抗弁
1 三丸造商は、NK船級取得のための入渠工事を一部残していたとはいえ、昭和五一年一一月二九日、被告構内岸壁において、すでにJG船級検査が完了しており、航海につき法律上も事実上も全く支障のない本船の引渡を受けたものであつて、同年一二月一日には船員五名を雇い入れ、被告の右岸壁から本船を出航させ、同月三日呉市警固屋通九丁目一番地警固屋船渠株式会社構内岸壁に到着させたものであるから、商法八四七条二項により被告の有する船舶先取特権は消滅した。
2 被告の船舶先取特権は、商法八四七条一項により、その発生後一年を経過したときに消滅しており、本件任意競売申立時である昭和五三年五月一日には存在しなかつた。
商法八四七条一項に船舶先取特権の特別消滅原因を定めた趣旨は、(1) 船舶上には、船舶の航海毎に多数の船舶先取特権が発生するにかかわらず、何らの公示方法もないこと、(2) そのため、船舶の売買、金融(抵当権の設定)などを困難にする虞れがあり、(3) これを支障なく行ないうるようにするため、船舶先取特権の累積を避ける必要があることなどの配慮によるものである。
もし、当事者が自由に取り決めた被担保債権の弁済期に船舶先取特権が発生するものとすると、その日によつて一年の期間の起算日が左右され、船舶先取特権の特別消滅原因を定めた趣旨を没却してしまうことになる。船舶先取特権は、その附従性からして、船舶債権成立とともに発生するものであつて、建造によつて生じる船舶債権が建造請負契約の成立によつて発生する以上、その後一年の経過により消滅するものと解すべきである。
本件においても、本船の建造請負契約は昭和五〇年一二月二三日に締結され、被告はその際一億五〇〇〇万円の代金債権を取得したのであるから、本件船舶先取特権はその後一年を経過した昭和五一年一二月二三日には消滅したことになる。仮に残代金五〇〇〇万円の債権が本船の引渡の日である昭和五一年一一月二九日に発生したとしても、その後一年を経過した昭和五二年一一月二九日をもつて船舶先取特権は消滅した。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1項の事実関係は認めるが、その主張は争う。
商法八四七条二項にいう「発航」とは、船舶がそれ自体として形態的に完成するとともに、海上企業体としての資格条件を整えた後に航海に出ることであり、その航海とは、通常船舶が船籍港を出て、再び船籍港に復帰するまでを指すものと解される。
三丸造商が本船を被告造船所岸壁から警固屋船渠株式会社構内岸壁まで航行させたのは、三丸造商において、本船をNK船級とすることを望み、被告との間で同船級取得を条件とする旨変更合意したものの、被告会社では、入級検査(特に舵の抜出検査、船底の外板の確認)を受けるに必要な入渠設備がなかつたため、右の入渠設備を要しないNK船級取得のための追加改造工事を済ませた後、右入渠設備を有する警固屋船渠株式会社の構内岸壁まで回航したものにすぎない。それは、三丸造商と被告との間の契約で予定されていた海上企業体としての必要な資格条件を満たさんがための準備行為であつて、この段階では前記法条にいう「発航」とはいえない。しかも、本船の船籍港は広島市であつて、この点からも航海には当たらない。
三丸造商は、警固屋船渠株式会社に対し、右入渠工事を発注し、同船渠株式会社はNK船級取得のための入渠工事を施工し、昭和五二年一月二六日これを完了した。
しかして、被告のなした本件任意競売申立当時本船はまだ航海をなさず、警固屋船渠株式会社構内岸壁に係留中であつた。
2 再抗弁2項の主張は争う。
商法八四七条一項にいう一年の期間の起算点である船舶先取特権発生の日は、被担保債権たる船舶債権の権利行使可能な時点(弁済期)であると解すべきである。原告は、建造請負契約成立時に船舶債権が成立するから、これを担保する船舶先取特権も同日発生し、右一年の起算点となると主張するが、原告主張のように船舶先取特権が被担保債権発生の日から一年の経過によつて消滅するとすると、債権発生後分割弁済の定めがなされるなどして一年を超える長期にわたる弁済期の猶予がなされているような場合には、この債権を担保する先取特権は、債権の行使可能な時期までには一年の経過により消滅してしまうことになろう。しかも建造請負契約締結の段階では、船舶先取特権行使の対象となる担保物たる船舶は完成しておらず、担保価値を有しないため、船舶先取特権は形骸的観念的意味しかもたないことになつて不合理である。
本件の執行債権である被告の残代金三〇〇〇万円の船舶債権は、昭和五二年四月から同年九月までの各月末を満期とする各額面五〇〇万円の手形金債権であつて、各手形の満期である昭和五二年四月から同年九月までの各月末からそれぞれ額面金額の権利行使が可能となるのであるから、これを担保する船舶先取特権もそれぞれその日から一年の期間の経過により消滅するものと解するのが相当である。
従つて、被告が本件任意競売の申立をした昭和五三年五月一日の時点では、まだ被告の船舶先取特権は消滅していない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1ないし3項の事実は、当事者間に争いがない。
二被告の船舶債権及び船舶先取特権の取得
抗弁1ないし4項の事実は当事者間に争いがない。但し、同3項にいう合意がJG船級検査の前である昭和五一年九月七日に成立したことは、<証拠>によつて認められる。
右事実によると、被告は、三丸造商に対し、その主張の船舶債権を有し、かつ、商法八四二条八号の規定により本船の上に船舶先取特権を有することになつたといえる。
三船舶先取特権の消滅
1 発航による消滅
船舶の製造に伴う船舶先取特権は、商法八四七条二項によつて、その船舶の発航により消滅するものとされている。これは、製造に因る船舶先取特権には、公示の方法がなく、しかも船舶抵当権者にも優先する効力が認められているところ、もし船舶が発航して航海をなした後に至つても、なおこの船舶先取特権を存続させるときは、航海中に種々の取引により生ずることあるべき他の船舶抵当権者や特殊の船舶債権者(船舶先取特権を有する債権者)を害する虞れがあるため、その取引の安全を保ち、これらの権利者の利益を保護するには、この船舶先取特権を速やかに消滅させるのが妥当であると考えられたものである。かかる立法趣旨に鑑みると、同条項にいう「発航」とは、航行の用に供しうる程度に竣成した船舶が抜錨して、航海の途に出ることで足りると解するのが相当であり、発航の目的が営業としての運送のためとか、船級取得のため、当該場所で船舶の建造工事がなされた後、なお不足とする追加工事を他の場所で施工して貰うべく、同所へ向けて回航するとか、船籍港へ帰港するためとかの契約当事者の主観的事情にこだわらず、客観的にみて前記のような抜錨状態である限り、発航に当たるものというべきである。
<証拠>によると、次のような事実が認められる。
(一) 本船は、被告会社において、昭和五一年三月二五日起工し、同年五月一八日進水させ、同年九月二四日には新造船として船舶安全法によるJG船級の検査が完了した船舶であつた。三丸造船は、同年八月一七日本船の所有権保存登記を経由し、同月二七日、中国海運局から船舶国籍証書を受領した。
(二) 被告は、船級の変更契約に基づき、船舶安全法によるNK船級取得のための改造工事について、昭和五一年一一月二四日、入渠設備がないため施工不能な舵の抜出検査、船底外板の確認検査を受けるに必要な入渠工事部分を除く工事を完了し、同月二九日、改造工事代金一〇〇〇万円の支払いを受けるとともに、被告構内岩壁において本船を三丸造商に引渡し、その際当初の請負代金のうちの未払残代金五〇〇〇万円についても、三丸造商振出の額面五〇〇万円の約束手形一〇通の交付を受けて、一応清算事務を済ませた。
(三) 本船の引渡を受けた注文者三丸造商は、右未了の入渠工事を、入渠設備のある呉市警固屋通九丁目一番地警固屋船渠株式会社に発注すべく、昭和五一年一二月一日、海運局の公認をえて船長濱田龍男外四名の船員を雇入れて本船に乗組ませ、食糧や油などを積込み、かつ、海上保険を付したうえ、被告構内岩壁から本船を出航させ、同月三日警固屋船渠株式会社構内岩壁に到着させた。
(四) 三丸造商は、警固屋船渠株式会社に対し、右未了の入渠工事を発注し、同会社において右工事を施工し、かつ、NK船級の検査を終えた。
以上の事実が認められ、<る。>
右事実によると、本船はすでにJG船級の船舶として竣工し、海員が乗組み、必要な燃料・食糧を積み込むなど事実上も法律上も航海可能な状態で、被告構内岸壁を出航し、航海したものであつて、優に商法八四七条二項にいう発航にあたり、被告の船舶先取特権は右発航により消滅したものというべきである。被告は、船舶抵当権を設定してこれに対処することができた筈である。
2 船舶先取特権発生後一年の経過による消滅
商法八四七条一項には、文理上、船舶先取特権はその発生後一年を経過したときに消滅すると規定されている。この規定の趣旨は、(1) 船舶先取特権は、現在種々の債権につき認められているが、公示方法がなくして、船舶抵当権に優先する効力が認められているため、船舶抵当権者の利益を害し、ひいては船主の金融・船舶の売買を困難にする一因となつていること、(2) しかして船舶上には、船舶の航海毎に多数の船舶先取特権が発生するから、その累積を避け、法律関係を迅速に解決させることにより、船舶に対する抵当権の設定・船舶の売買を容易ならしめる必要があることの配慮から右の短期一年の期間を決定したものと考えられる。
被告は、船舶先取特権の発生は、これによつて担保される船舶債権の行使可能な日(弁済期)に発生するものと主張するが、もし債権者・債務者間の内部契約で自由に取り決められた債権の弁済期によつて、右一年の法定期間が左右されることになると、前記船舶先取特権の特別消滅原因を定めた趣旨を没却せしめることとなり、許されるべきではない。
商法八五一条、八四八条、八四二条によると、製造中の船舶にも抵当権を設定しうること、船舶先取権の発生することが当然とされているし、担保物権の附従性からしても、船舶先取特権は、船舶建造請負契約による船舶建造代金債権が成立した以上、その後請負者が着工した製造中の船舶に対し、右製造中の船舶が注文者の所有に帰した時点で発生するものと解するのが相当である。
もし、債権の弁済期が右船舶先取特権の発生の日より一年以上も後の日に約定されたり、製造船舶の引渡が同日より一年以上も経過したときになされるとしても、債権者としては、別に船舶留置権や船舶抵当権を活用して、その債権保全を図るべきである。
本件においては、被告が昭和五〇年一二月二三日の本船建造請負契約によつて一億五〇〇〇万円の船舶債権を取得し、その後昭和五一年三月二五日に製造に取り掛かつた本船につき、同年八月一七日三丸造商名義の所有権保存登記を経由したことは前認定のとおりであつて、所有権帰属の点につき特約ないし別段の事情の存在も認められない以上、右竣工前の本船の所有権は、右保存登記経由の日に三丸造商に帰属したものと認められるから、本件の船舶先取特権もその日に発生し、以後一年を経過した昭和五二年八月一七日をもつて消滅したことになる。
3 従つて、被告主張の残代金債権を執行債権とする本件任意競売の申立時である昭和五三年五月一日には、すでに被告の船舶先取特権は存在していなかつたといわざるをえない。
四以上の事実によれば、本件配当表の配当欄順位2番の配当額三三一九万二三二八円は被告に配当すべきものではないから、これを削除し、右金額三三一九万二三二八円を順位4番の原告に対し追加して配当すべきものである。
五よつて、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(森田富人)
物件目録<省略>