広島地方裁判所尾道支部 昭和53年(ワ)107号 判決 1980年8月01日
原告
平舛志郎
被告
九州産業交通株式会社
主文
被告は、原告に対し、金二八八万五六二九円及び内金二五八万五六二九円に対する昭和五〇年一月七日から、内金三〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、金一三八八万三八七九円及び内金一二三八万三八七九円に対する昭和五〇年一月七日から、内金一五〇万円に対する本判決言渡の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五〇年一月六日午前二時五〇分ころ
(二) 場所 福山市津之郷町大字津之郷二〇五番地先国道上
(三) 加害車 被告所有の大型バス(熊二二か三六五)
運転者 前田素行(被告会社従業員、以下前田という)
(四) 被害車 原告所有の普通乗用自動車(福山五な八〇八一)
被害者 原告(被害車運転者)
(五) 態様 道路を右折し路外へ出ようとしてセンターラインを越えた加害車と反対方向から直進してきた被害車が衝突
2 責任原因
被告は、加害車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故による損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 受傷、治療経過等
(1) 原告は、本件事故により、顔面切創、右膝蓋骨及び左頬骨各骨折、右手関節捻挫、胸部打撲等の傷害を受け、昭和五〇年一月六日から同年三月七日まで定和会神原病院に、同日から同月二四日まで及び昭和五〇年九月一五日から同月二四日まで岡山済生会総合病院にそれぞれ入院(合計八九日間)し、昭和五〇年三月四日から昭和五一年三月一二日まで(但し、右入院期間を除く、二八六日間)同病院に通院して治療を受けた。
(2) その後右傷害は治癒したが、(1)咀嚼機能に障害を残す(自賠法施行令別表第一〇級の二該当)(2)左鼻翼左上口唇にしびれ感を残す(同表第一二級の一二該当)(3)両眼に視野変状を残す(同表第九級の三該当)等の各後遺障害が生じた。
(二) 治療関係費
(1) 治療費 四九万二九二〇円
(2) 入院雑費 五万三四〇〇円
入院中一日六〇〇円の割合による八九日分
(3) 入院付添費 二二万二五〇〇円
入院中原告の家族が付添い、一日二五〇〇円の割合による八九日分
(三) 逸失利益
(1) 休業損害 一二二万三八六三円
原告は、事故当時るり製パン株式会社に勤務し、年平均一〇六万八六八五円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五〇年一月六日から昭和五一年二月二七日まで休業を余儀なくされ、その間一二二万三八六三円の収入を失つた。
(2) 将来の逸失利益 六七九万〇六一六円
原告は、前記後遺障害のため、その労働能力を二七パーセント喪失したものであるところ、事故当時二〇歳で、その就労可能年数は四六年間と考えられるから、前記平均年収額を基礎として、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して(係数二三・五三四)算定すると、六七九万〇六一六円となる。
(四) 慰藉料
(1) 入通院 一五一万一〇〇〇円
(2) 後遺障害 三〇二万円
(五) 損害の填補
原告は、被告から損害賠償として合計金九三万〇四二〇円(治療費四九万二九二〇円、休業補償三八万七五〇〇円、見舞金五万円)の支払を受けた。
(六) 弁護士費用
以上により、原告は、一二三八万三八七九円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告がその任意の弁済に応じないので、原告訴訟代理人に本訴を委任し、報酬として一五〇万円を支払うことを約した。
4 よつて、原告は、被告に対し、右損害金合計一三八八万三八七九円及び弁護士費用を除いた内金一二三八万三八七九円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年一月七日から、弁護士費用である内金一五〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実中、(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実中、(五)及び(二)の(1)は認めるが、その余は知らない。
三 被告の主張
1 免責
本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、加害車の運転者前田には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。
すなわち、前田は、前記日時、場所において、加害車を運転中、幅員約七メートルの道路を右折するためハンドルを右に切つたところ、反対方向から被害車が直進してくるのを発見し、直ちにブレーキをかけて、加害車の右前部が道路センターラインをわずかに越える(左前部は越えていない)状態で急停車した。ところが、原告は、被害車を運転して前方を充分注視しないまま、時速約九〇キロメートル以上の高速度で右場所に接近し、同所の直前において、進路左前方には被害車が通過できる充分な道路幅があつたにもかかわらず、逆にハンドルを右に切り停車していた加害車の左前部に衝突した。右のとおり、本件事故は、原告の前方不注視、ハンドル操作の過誤等に起因するものである。
2 過失相殺
仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
3 損害の填補
被告は、原告に対し、本件事故による損害賠償として、合計一〇〇万九九八〇円を支払つており、原告が自認している分以外に、七万九五六〇円の損害の填補がなされている。
四 被告の主張に対する原告の答弁
被告の主張1及び2の事実は争うが、同3の事実は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様については後記二、2で認定するとおりである。
二 運行供用者責任
1 被告が本件事故当時、加害車を自己のために運行の用に供していたものであることは、当事者間に争いがない。
2 被告の免責の主張について判断する。
いずれも成立に争いのない甲第七、第九号証、同第一一ないし第一九号証、乙第一、第三、第四号証、証人前田素行の証言、原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、本件事故現場は東西に通ずる幅員約九・八メートルの歩・車道の区別のない国道二号線上で、右道路は全面コンクリート舗装され、中心線が設けられて西行車線約五メートル、東行車線約四・八メートルの幅員に区分され、付近は最高速度が毎時五〇キロメートルと指定されていたこと、前田は、加害車を運転して西から東へ向かつて時速約五〇キロメートルで進行中、事故現場付近において道路の南側にあるレストラン駐車場に駐車しようとして右折の指示をするとともに時速約二〇キロメートルに減速して道路中心線に寄り、約二八メートル進行した際、前方の対向車線上に被害車が西進してくるのを認めたが、同車より先に右折を完了し得ると判断し、さらに時速約一五ないし二〇キロメートルに減速して右折を始め、中心線を少し越えたところ、被害車が前方約三八・九メートルにまで接近しているのを発見し、直ちに急ブレーキをかけたが及ぼず、中心線から約一・五メートル南側の地点で加害車の左前部を被害車の右前部に衝突させたこと、原告は、被害車を運転して東から西へ向かつて時速約六〇ないし七〇キロメートルで進行中、約二〇ないし二二メートル前方に加害車が中心線を越えて右折してくるのを認め、急ブレーキをかけるとともにハンドルをやや右に切つたが及ばず加害車に衝突したことが認められ、甲第一三ないし第一九号証、乙第一、第三、第四号証及び証人前田素行の証言、原告本人尋問の結果(第一回)のうち、右認定に反する各供述部分はいずれも措信し難く、他に右認定を左右しうるべき証拠はたい。右認定の事実によると、前田は、加害車を運転中、道路を右折して路外に出るに際し、対向車線における交通の安全を確認し対向直進車の進行を妨げないようにするべき注意義務を怠つた過失があり、これによつて本件事故を発生させたものと認められる。そうするとその余の点について判断するまでもなく、被告の免責の主張は失当であり、被告は、自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 受傷、治療経過
成立に争いのない甲第一、第三号証によれば、請求原因3の(一)(1)の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。
2 治療関係費
(一) 治療費
原告が前記傷害の治療費として四九万二九二〇円支出したことは当事者間に争いがない。
(二) 入院雑費
原告が八九日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日六〇〇円の割合による合計五万三四〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
(三) 入院付添費
前記甲第一、第三号証、原告本人尋問の結果(第一回)及び経験則によれば、原告は、前記入院期間中母の付添看護を要し、一日二五〇〇円の割合による合計二二万二五〇〇円の損害を被つたことが認められる。
3 逸失利益
(一) 休業損害
原告本人尋問の結果(第一回)及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第五、第六号証によれば、原告は事故当時、るり製パン株式会社に勤務し、一か月平均八万九〇五七円(賞与を含む)の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五〇年一月六日から早くても原告の主張する昭和五一年二月二七日まで休業を余儀なくされ、その間少くとも原告の主張する合計一二二万三八六三円の収入を失つたことが認められる。
(二) 将来の逸失利益
前記甲第一号証、成立に争いのない第二号証、同第二二号証の一、二、同第二三号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)並びに前記三1認定の事実によれば、原告は昭和二九年一二月八日生れの健康な男子であつて、本件事故当時満二〇歳であつたところ、本件事故により前記認定のような傷害を受け、その後治療により昭和五一年三月一二日治癒したが、後遺症として、(イ)開口時、上下の切歯間で三センチメートルしか口が開かず(正常開口四・五センチメートル)、下顎に軽度の右偏位があつて、硬い食物が噛みにくい(ロ)左鼻翼、左上口唇にしびれ感があり、天候によつて左顔面に知覚鈍麻が生ずる(ハ)軽度の遠視性乱視があり、疲労時に物が屈折して見える等の各症状が固定したことが認められる。
ところで、後遺障害により労働能力を喪失したとして将来の逸失利益を請求するには、事故の前後を通じて減収が生じているか、またはそうでないとしても後遺症により顕著な労働能力の低下を来たしている場合であることを要すると解されるところ、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は昭和五三年八月ころから上島コーヒー株式会社に喫茶店員として勤務し、現在一か月一二、三万円の収入を得ていることが認められ、これと前記認定の三の3(一)の事実に照らすと、本件事故後、右後遺症によつて、原告の収入に何らかの減少が生じたことを認めるに足りる証拠はなく、また右認定のような後遺症の部位、程度によつて、原告の労働能力が明らかに低下したと認めるに足りる証拠もない。
したがつて、後遺障害による逸失利益は認めることができず、この点についての原告の主張は、慰藉料額の算定において斟酌するに止める。
4 慰藉料
原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は四〇〇万円とするのが相当であると認められる。
四 過失相殺
前記二2認定の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも、被害車を運転中進路前方を注視し、右折して来る加害車を早期に発見して減速進行するべき注意義務を怠り、加害車が中心線に沿つて右折の指示を出しながら対面進行したのち、中心線を越えて右折してくるのを直前まで気付かず、制限速度を越えた高速度のまま進行を続けた過失があつたものと認められるところ、前記認定の前田の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の四割を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、原告の損害額は合計三五九万五六〇九円となる。
五 損害の填補
原告が前記損害の填補として、被告から合計一〇〇万九九八〇円を受領したことは当事者間に争いがない。
よつて、前項後段記載の原告の損害額から右填補分を差引くと残損害額は二五八万五六二九円となる。
六 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は三〇万円と認めるのが相当である。
七 よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、二八八万五六二九円及び弁護士費用を除く二五八万五六二九円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五〇年一月七日から、弁護士費用三〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 市川頼明)