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広島地方裁判所福山支部 昭和37年(わ)166号 判決 1965年11月22日

被告人 小林国利

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は昭和三七年七月二六日午後二時頃、福山市鞆町玉津島南方二粁の海上で、漁船第一大生丸に乗り組み、いわし網操業中、被告人の弟小林国義が同船に接着した僚船第二大生丸に乗り組んでいた木村敏吉(当二二年)に対し、仕事振りが遅いと罵つたことから同人と口論を始めるや、被告人は直ちに弟小林君春、小林国美等と右第二大生丸に飛び移り、被告人は右木村敏吉に抱きつき、同人の右耳朶を咬み切る等の暴行を加え、よつて同人に対し治療日数約二五日を要する右耳朶一部欠損の傷害を与えたものである」と謂うにあり、右の事実は一、被告人の当公廷の木村敏吉が君春を叩いたので、自分は木村敏吉の耳を咬み切つた旨の供述、一、証人小林善五郎の第六回公判廷での供述、一、被告人小林君春外一名に対する傷害被告事件の第二回公判調書中証人木村敏吉の供述記載、一、医師藤井紫郎、同南波晋作成名義の木林敏吉に対する各診断書を綜合してこれを認めることが出来る。

しかしながら、鑑定人久保摂二の鑑定書並びに証人小林善五郎の第六回公判廷での供述に、被告人の当公廷での供述及びその態度を綜合すれば、被告人は聾唖者であつて、今日まで何等の言語的教育も訓練も受けず、放置され、離島の漁村で一般社会より殆んど隔離されたと称してもよい環境に成育し、そのため言語化された思考が得られないため反省思考、抽象思考を欠き、人間的知能の正常な発達を妨げられ、人間化への過程を阻害され、真の意味の人間的存在とはいい難い程度の知能しか有することが出来ず極めて僅かの具体的知識を有するのみで、時間的観念全くなく、鑑定人による知能検査は全検査の施行不能なるも一部施行の結果より類推されるところでは知能程度は白痴段階を示し、本件審理の過程においても、被告人は木村敏吉が被告人の弟君春を叩いたので同人の耳を咬み切つたことの認識あるも、それは木村敏吉示喧嘩をしかけたので当然のことをした程度にしか評価せず、又日常生活においても、近親者から動作で指示されたことは自己の意に副えば指示通りなすが、自己の意思や判断で行動する能力なく、事物の理非善悪を弁識する能力を欠如し、本件当時も同様の状況にあつたことが認められる。

以上のような被告人の本件所為は刑事責任能力なき者の所為であつて、刑法第四〇条前段のいん唖者の所為に該当し、罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

(裁判官 伊達俊一)

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