広島地方裁判所福山支部 昭和51年(ワ)249号 判決 1979年6月22日
原告 高橋保
同 高橋孝子
右両名訴訟代理人弁護士 外山佳昌
同 増田義憲
被告 社会福祉法人 福山愛生会
右代表者理事 藤井淳良
右訴訟代理人弁護士 尾迫邦雄
同 倉田治
被告 福山市
右代表者市長 立石定夫
右訴訟代理人弁護士 尾迫邦雄
主文
一 被告らは、各自、
1 原告高橋保に対し、五五〇万円と内金三〇〇万円に対する昭和五一年三月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告高橋孝子に対し、三三〇万円と内金三〇〇万円に対する前同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告ら
1 被告らは各自、
(一) 原告保に対し、一三九二万八〇〇〇円と内金五〇〇万円に対する昭和五一年三月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告孝子に対し、五四〇万円と内金五〇〇万円に対する前同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告ら
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 原告ら
1 当事者の関係
被告社会福祉法人福山愛生会(以下、被告愛生会という)は、第一種社会福祉事業にあたる精神薄弱者収容授産施設である福山市春日寮の受託経営を目的とする社会福祉法人である。
被告福山市は、地方自治法二四四条一項および精神薄弱者福祉法一九条二項に基づき精神薄弱者援護施設として、福山市春日町浦上甲二二四一番地に福山市春日寮を設置し、地方自治法二四四条の三 三項、福山市春日寮条例四条一項により、その管理を被告愛生会に委託している。
訴外高橋庸員は、接枝分裂病により推定五才程度の知能しか有さない中等度精神薄弱者として、五〇年六月一八日から、右春日寮に入寮し、生活指導と職業授産を受けていた。
原告らは、右庸員の両親である。
2 事故の発生
庸員(昭和二七年九月三日生)は、五一年二月二五日午後一時ころ、春日寮の職業授産の一環である農作業を行なうため、他の寮生八名とともに、被告愛生会の職員二名に引率され、春日寮の北方約八〇〇メートルの農場へ出掛けたが、その途中もしくは到着後のいずれかに行方不明となり、同年三月二二日午後六時すぎになり、福山市大門町津之下日本鋼管福山製鉄所第二プラント工場貯水タンク付近で死体となって発見された。
3 被告愛生会の責任
(一) 庸員の行方不明は、被告愛生会の春日寮寮生に対する生活指導、職業授産の一環として行なわれた農作業時に生じたものであり、その指導のため寮生を引率した指導員二名は、被告愛生会の被用者である。
(二) ところで、右農作業は、春日寮で初めて企画、実行されたものであり、寮からおよそ八〇〇メートルも離れた農場へ、全員が歩いて行くものであった。しかも引率される寮生らは、推定五才程度の知能しか有しない庸員のような者を含む精神薄弱者であり、しかも寮から農場への道路は、右寮生にとっては初めてのものであり、殊に庸員にとっては入寮後初めての外出であったのだから、右の者らが、一旦寮を出ると独力では帰寮できず、その結果、死傷の危険が生ずるであろうことは、通常容易に予測しうるところである。したがって、引率者は、出寮時から農作業を終えて帰寮するまで、各寮生の行動を充分監視し、往復の途中や作業中に脱落者を生じないよう万全の注意を払うべき義務があった。
(三) しかるに、右指導員らは、出寮時、農場への往路、農場到着後、作業開始時のいずれの段階においても参加寮生の員数を確認せず、しかも作業開始後の午後二時ころになって、ようやく庸員のいないことに気付いたが、その場にいた精神薄弱者である寮生二名を帰寮させて庸員の所在を確認させ、それによって得た庸員は在寮しているとの誤報を軽信し、そのまま農作業を継続するという二重の注意義務違反を行なった。その結果、出寮時または農場への途中、列を離れた庸員は、帰り道が分らず、彷徨の末、死亡したものである。
(四) したがって、右指導員らを使用する被告愛生会は民法七一五条一項に基づき、原告らの蒙った損害を賠償する責任がある。
4 被告福山市の責任
(一) 国家賠償法一条に基づく責任
前述のとおり、春日寮は、被告福山市が社会福祉事業の一環として設けた授産施設であって、被告愛生会は被告福山市の委託によって同被告の事業たる精神薄弱者に対する生活指導、職業授産にあたっているものである。
そして国家賠償法一条の「公権力の行使」には、国または地方公共団体がその権限に基づき優越的な意思の発動として行なう権力作用だけでなく、純然たる私的経済的作用と同法二条に規定する公の営造物の設置管理作用を除く非権力的作用を包含するものと解されるから、被告福山市が行政作用の一環して行なう社会福祉事業は、右法条にいう「公権力の行使」に該当する。
また、同条にいう「公務員」とは、公務員たる資格を問うことなく、いわゆる官吏、公吏はもとより、国または地方公共団体のため公権力を行使する権限を委託された者をいうから、被告福山市よりその事業たる精神薄弱者への指導、授産の委託を受けた被告愛生会の被用者として、現実に右業務の執行に当る指導員は右法条にいう公務員に該当する。
したがって、前項記載の指導員の注意義務違反は、福山市の公務員による職務上の過失であり、これにより庸員は死亡したものであるから、被告福山市は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの蒙った損害を賠債する責任がある。
(二) 民法七一五条一項に基づく責任
被告福山市は春日寮を設け、そこで行なう精神薄弱者に対する指導、授産を被告愛生会に委託しているが、その委託料は被告福山市の予算の範囲内とされ、被告愛生会の委託業務の管理執行にかかる予算は予め被告福山市の承認を得なければならないし、春日寮の長、指導員等の職員の任免についても被告福山市の承認が必要である。また春日寮への入寮希望者の入寮決定、入寮者の退寮許可、退去命令は全て福山市長が行なうのみならず、その他の春日寮の管理運営に関する必要事項は右市長が決定することになっている。そのうえ、被告愛生会は、被告福山市に対し一定期間内に事業実績報告書を提出し、また同被告による管理財産の調査、報告の請求や業務運営状況についての調査、報告、資料の提出等の請求に応じなければならず、その業務の管理運営について、常に被告福山市の監督を受けている。
右のように、被告福山市は、同愛生会の人事、予算、財産管理、日常業務の全般にわたり、強力な指導監督権を有してこれを自己の支配下におき、その行政活動の範囲を拡張しているのであるから、両者は、実質的には民法七一五条一項にいう使用者と被用者の関係にあるということができ、被用者たる被告愛生会の指導員に前述の過失が認められるので、被告福山市は右法条に基づき、原告らの蒙った損害を賠償する責任がある。
5 原告らの蒙った損害
(一) 捜索費 七五七万八〇〇〇円
原告保は、庸員が行方不明になった五一年二月二五日から死体発見日である同年三月二二日までの間、延べ人員男子五〇〇名、女子二四六名、アルバイト学生三二名、使用自動車延べ三三九台を動員して捜索に当ったが、これらに対し、左記労賃相当額、自動車賃借料相当額の支払債務を負担し、これまでに右のうち、別表記載のとおりの支払を了している。
記
男子五〇〇名 一人一日につき五〇〇〇円
計四〇〇万円
女子二四六名 一人一日につき三〇〇〇円
計七三万八〇〇〇円
学生三二名 一人一日につき四〇〇〇円
計一二万八〇〇〇円
自動車三三九台 一台一日につき八〇〇〇円
計二七一万二〇〇〇円
(二) 慰藉料 各五〇〇万円
庸員は原告らの一人息子であり、障害者であるが故に一層不憫がかかり、原告らは人一倍深い愛情をもって庸員を育成してきた。その子が厳寒の二月に、飢えと寒さの中を帰路を求めて彷徨し、遂に死亡したことを思うと、原告らは文字通り胸をかきむしられる思いで一杯である。さらに、二七日間の長期に亘り、多数の人々に庸員の捜索に協力してもらった心苦しさ、また自らも日常生活のすべてを擲って捜索に従事した苦衷、疲弊は筆舌に尽し難い。そのうえ、庸員については逸失利益の算出ができない事案であって、慰藉料算定における補完性を考慮するべきである。これらの精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ五〇〇万円を下ることはない。
(三) 弁護士費用
原告らは、本訴の提起追行を弁護士に委任したが、その際、弁護士費用としてそれぞれ取立額の一割を支払う旨約したから、原告保については一三五万円、同孝子については四〇万円となる。
6 結論
以上の次第で、被告ら各自に対し、原告保は一三九二万八〇〇〇円と内慰藉料五〇〇万円につき庸員が死体となって発見された五一年三月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告孝子は五四〇万円と内慰藉料五〇〇万円につき前同日から完済まで右年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
7 過失相殺の主張は争う。
庸員は精神薄弱者であって、しかもその能力は寮生の中でも下の部類の能力しかなく、日常の単純な動作も自発的に行なうことができなかったほど生活能力も極めて低い状態にあったもので、過失相殺はありえない。
二 被告ら
1 原告ら主張1、2の事実を認める。
2 同3の(一)の事実を認める。同(二)のうち、この農作業が、春日寮で初めて企画、実行されたものであり、寮から約八〇〇メートルの農場へ歩いていくものであったことは認めるが、その余の点は争う。同(三)のうち、指導員らが、農場への往路、作業開始時に参加寮生の員数を確認しなかったこと、作業開始後の午後二時ころ、庸員のいないことに気付き、その場にいた寮生二名を帰寮させて庸員の所在を確認させたところ、同人は在寮しているとの報告があったので農作業を継続したこと、庸員が出寮時または農場への途中、列をはなれて帰寮せず、彷徨の末死亡したことは認めるが、その余の点は争う。同(四)の主張は争う。
庸員は、四三年四月に福山市山手町所在の福山専修職業訓練校鋳造科に入り、四五年三月に同科を終了しており、その間、同市丸の内二丁目の自宅から訓練校に自転車に乗り、一人で通学していたものである。
本件事故当日、指導員と他の寮生が一団となってリヤカーを引いて農場へ向って出発した際、庸員は春日寮の車庫の前に立っていたので、被告愛生会の平野指導員から、リヤカーについていくよう指示を受けた。リヤカーと庸員との距離は約一五メートルであり、同人には指導員の指示に従って行動するぐらいの能力はあったし、現にリヤカーの後について行く様子が窺われたため、平野指導員はその場を立去った。
従前の庸員の能力、生活態度からすれば、同人がリヤカーの一団に追従していくことは当然に期待できる状況下にあったから、寮生を引率した指導員二名は、庸員も当然追従してきているものと考えており、同人が農場に来ていないことが判明後は、直ちに寮生を確認のため帰寮させ、在寮しているとの報告を信じたものであって、授産施設の性格、庸員の能力等から考えて、右指導員には、原告ら主張の注意義務はない。仮に一般的注意義務があったとしても、その違反と庸員の死亡との間に因果関係はない。
3 同4(一)のうち、春日寮は、福山市が福祉事業の一環として設置している授産施設であり、同被告が被告愛生会にその管理に関する業務を委託していることは認めるが、その余の主張は争う。
同(二)のうち、前段記載の事実は認めるが、後段の主張は争う。
4 同5の(一)の事実は不知である。仮に金銭の授受が行なわれたとしても、捜索に従事した人々は、原告らに対する純粋な好意からこれに協力したもので、原告保との間に日当等の支払に関する約束はなかったものであるから、同原告は法律上何らの支払義務も負担しておらず、右金銭授受は、原告保が任意になした出捐であって、本件事故による損害ということはできない。
同(二)の慰藉料額は高額にすぎる。庸員は、その家族にとって経済的に負担となっている状態であり、将来の期待という点からみても、一般普通人の場合に比し、減額されてしかるべきであるし、本件のように将来に亘って収入の全く期待できない場合には、これを請求しないことによる慰藉料の補完性を考慮する余地はない。
同(三)の点は不知である。
5 同6は争う。
6 仮に、被告愛生会の指導員に過失があったとしても、庸員にも前示の程度の能力があったのに指導員らの指示に従わず、指導員や他の寮生の一団に追従していなかった点に過失があるので、本件事故による損害の算定にあたっては、右の点を斟酌されるべきである。
理由
一 原告ら主張1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 庸員の死亡につき、被告愛生会に民法七一五条一項の責任があるか否かを検討する。
庸員は、被告愛生会がその春日寮の寮生に対する生活指導、職業授産の一環として行なった農作業の際に行方不明になったこと、右農作業に従事する寮生を春日寮から約八〇〇メートル離れた農場まで引率し、かつその農作業を指導した指導員二名は、被告愛生会の被用者であったこと、右農作業は、春日寮で初めて企画、実行されたもので、全員が徒歩で農場へ行くものであったこと、右の引率指導員らは、農場への往路、作業開始時に引率寮生の員数を確認しなかったこと、作業開始後、引率指導員らは庸員が農場にいないことに気付き、その場にいた寮生を帰寮させ、庸員の所在を確認させたところ、在寮しているとの報告を受けたため、農作業を継続したこと、その後、庸員は帰寮することなく彷徨の末死亡したことは当事者間に争いなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、
1 庸員は、五一年二月二五日の午後に行なわれた春日寮では初めての試みである農作業に、他の紙工科の寮生五名とともに参加することになり、同日午後一時に紙工科の作業棟西端の寮庭に集合し、右作業を指導する藤井授産課長から、じゃがいもの植付をするために農場に行くこと、種いもを積んだリヤカーについてくるよう指示を受けた。
2 春日寮の職員神原よしえが、先頭に立ち、他の寮生二名とともにリヤカーを引張り、藤井課長はリヤカーの右横に、他の寮生はリヤカーの左横あるいは後について春日寮の正門を出発しようとしていたこと、その時、たまたま通りかかった職員の平野雅司は、庸員が同じく農作業に従事することになっていた寮生の西崎某とともにリヤカーについていく様子もなく、リヤカーから一〇ないし一五メートル離れた本館北東角に佇立しているのを発見し、両名の肩に手をかけてリヤカーの方に押し出しながら、リヤカーについて行くように注意し、両名もリヤカーの方について行く素振りを示したが、それ以後、庸員の姿を見た者はいない。
3 右藤井課長らが春日寮を出発後、約五分ほど遅れて、右農作業を指導する職員三名が春日寮を出て農場に向い、先頭グループが既に農場に到着後に、到達したが、その途中において庸員らに出会わなかったこと、藤井課長は、寮生六名は指示したとおりリヤカーに追従してきているものと考えたのと、すぐ後から職員三名が同じ道を来ることになっていたので、農場への途次、寮生が現にリヤカーについてきているか否かを確認したことはなく、また、農場に午後一時三〇分ころに到着後も、午後三時には作業を終了したいと考えていたため、急いで農作業に着手してしまい、農場に到着後も寮生の員数を確認しなかった。
4 農場は、春日寮の北西約八〇〇メートルの地点にあり、春日寮正門を出て車道に沿って三、四〇メートル西へ行き、その三叉路を北方に五〇メートル進んで山道入口に至り、同所から北西方向に向う山道があり、途中、二個所に三叉路があるが、それ以外は一本道となっている。農場は、右山道から西方向にのびて人家や畑につづいている道からそれて、道路右側の人家の庭先を通り、同家東側の草に覆われた細い農道を通ってその奥に入ったところに所在する。
5 藤井課長らは、午後二時三〇分ころになって、庸員が農場にいないことに気付いたが、近くの人家から春日寮へ電話をするとか職員の一人を帰寮させることをせずに、寮生の仁田某(IQは四〇余り)を帰寮させて庸員の所在を確認させ、同寮生が庸員は在寮していると報告したので、その旨を信じて作業を続け、午後四時三〇分ころ帰寮した。そして、紙工科の作業場に行って庸員を探したがいなかったため、仁田寮生に再度確認したところ、同人は人間違いをしていたことが判明した。そのころ、前記2記載の西崎寮生が農場付近に残っているとの電話連絡があって間もなく同寮生がひとりで帰寮し、同人に庸員の足どりを尋ねてもはかばかしい返答が得られないため、春日寮では、同日午後五時三〇分ころ、福山東警察署へ春日駐在所を通じて庸員が所在不明になったことを通報するとともに対策会議を開き、直ちに職員全員で庸員の捜索を開始した。
6 庸員は、接枝分裂病であると診断され、知能程度は五才から五才半程度の精神薄弱者として春日寮に入寮したもので、その中でも単純作業のため高度の能力を要しない紙工科に所属していたが、作業面においてもまた日常生活の面でもその能力は下の方であり、定められた事項を自主的に実行することはなく、他の寮生と一緒に話をされても反応を示さず、ただ職員から一対一で注意を受けた時に限り、それに従って行動するだけの能力はあるが、それもその時限りのことであって、次の瞬間にはもとの状態に戻っているため、絶えず注意、指示を繰返されていたこと、入寮後も、他の寮生は寮生同志あるいは職員に引率されて買物の練習のため外出することがあったが、庸員には能力面で不安があったため、そのようなことはさせておらず、必ず原告両名のいずれかに連れられて外出していたこと、原告ら家族とはもちろん、他の寮生とも日常の会話もなく、自ら積極的に意思表示をすることもなかったこと
が認めれら(る。)《証拠判断省略》
右によれば、被告愛生会の職員が、右認定程度の能力しかなく、しかも絶えず一対一で注意、指示を与え続けられないと通常の行動がとれない庸員を引率して寮外に行くについては、春日寮から農場に到着するまで、また農場での作業中の間、常に庸員の動静を把握し、少なくとも職員らに追従してきているか、もしくは農場内にとどまっているかだけは確認しておくべき注意義務があるのにこれを怠り、そのうえ、庸員が農場にいないことが判明後も、その所在確認のための適切な措置をとらなかったために同人の捜索に着手するのが著しく遅れて遂に本件死亡事故となったもので、右職員らの過失は明らかであり、二の冒頭記載の当事者間に争いのない事実を合せ考えると、被告愛生会は、庸員の死亡につき、民法七一五条一項の責任があるということができる。
三 次に被告福山市の責任について検討するに、
前記春日寮は、被告福山市が福祉事業の一環として、地方自治法二四四条一項、精神薄弱者福祉法一九条二項に基づき設置した精神薄弱者援護施設であり、同被告は地方自治法二四四条の二第三項、福山市春日寮条例により、その管理に関する業務を社会福祉法人である被告愛生会に委託していることは当事者間に争いがない。
ところで、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には、単に国家統治権に基づく優越的意思の発動たる作用のほか、私経済作用に属する行為および同法二条にあたる行為を除き、広く非権力的な行政作用を含むと解するのが相当であり、また右法条にいう「公務員」には、同法の被害者救済の目的に照らし、必ずしも公務員としての身分資格を有する者に限定せず、実質的に公務を執行するすべての者、したがって、すべての国または公共団体のため公権力を行使する権限を委託された者をも含むと解するのが相当である。
そうすると、被告福山市の行なう社会福祉事業は国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」に該当し、また被告福山市から精神薄弱者の生活指導、職業授産の委任を受けた被告愛生会の被用者として、現実に右業務の執行に携わるその職員は、右法条にいう「公権力の行使に当る公務員」であるということができるので、被告福山市は同法一条一項に基づき、庸員の死亡につき損害賠償の責任を免れない。
四 そこで、庸員の死亡により原告らの蒙った損害を検討する。
1 捜索費について
庸員は、右認定のように五一年二月二五日に行方不明となり、同年三月二二日午後六時すぎころ、福山市大門町津之下で死体となって発見されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告両名の親戚の者、原告保の勤務先の同僚、原告らが以前に居住していた町内や現に居住している町内会の人等が、前記二月二五日から三月二二日までの間、早朝六時ころから深夜一一時ころまで、各人により、捜索に従事した日数、時間数に差はあるが、ある者は自家用車持込みで、原告両名がしていた庸員の捜索に協力してくれたこと、右の者らは原告らとの身分関係等に基づく好意から捜索に協力した者と原告らから依頼されて捜索に協力した者とであるが、いずれの場合も、特に報酬を約した者もなく、その請求をした者はいなかったが、原告保は、その捜索に要した日当や車の使用損料として、一日につき男子は五〇〇〇円、女子は三〇〇〇円を基準とし、自家用車使用の有無、捜索に従事した時間、自己の生業を放置してまで協力してくれた場合、大阪等の遠方から来てくれた場合等各人の事情を考慮し、五三年一二月に捜索に従事した高橋誠ほか四五名と一グループに対し合計二〇〇万円を支払い、捜索に従事した車のガソリン代五万円を支払ったことが認められ、右事実によると、右二〇五万円は、捜索に要した実費として、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。
なお、《証拠省略》によると、原告保は、五三年一二月に木之庄町の三町内会に各二万円宛交付していること、右は庸員の三回忌供養の寄付金として受領されていることが認められるので、右出捐をもって捜索費ということはできず、したがって本件事故による損害ということはできない。
また原告保は、右二〇五万円を越えて、原告両名を含む捜索に従事した全員に対しその主張の単価による捜索費を損害として請求しているが、この捜索については日当支払等の約束をしたものでないことは前認定のとおりであって、原告ら以外の第三者については、捜索に要した費用として現実に支払を了した分については、実費相当額の範囲でこれを本件事故と相当因果関係のある損害として考慮することは許容されるが、未だ支払もなされていないし、かつ実費を上廻る金額についてまで、これを損害とみることは相当でない。また、原告両名が捜索に従事したのは庸員の両親として当然のことであって、そのために得べかりし利益を喪失した場合にこれを損害として請求するのならともかく、捜索従事期間中の日当相当額を捜索費として請求することは相当でない。
2 慰藉料について
《証拠省略》によると、庸員は原告両名の一人息子であり、原告らの子供は、庸員のほかには会社勤めをしている長女(昭和二九年九月二一日生)がいるだけであること、庸員は中学卒業後は自宅から福山職業訓練校に通学していたが、単に在籍していただけのことで、なんの技術も取得せず、右学校終了後は自宅にいたものであるが、次第に症状が悪くなり、原告らの手に扱いかねるようになったため、やむなく、原告らが福山市福祉事務所に相談したうえ、春日寮に入寮させることになったものであり、入寮後も、原告らは二人そろって、あるいはいずれか一方が、少ない時でも毎週一回、多い時には一か月に七回も来寮し、また土曜日毎に庸員を自宅に連れ帰って一泊させるなど、庸員を慈しみ育ててきたこと、が認められ、その他本件各証拠により認められる庸員の行方不明後その死体が発見されるまでの長期間に亘る心労、捜索に従事した肉体的疲労、その為に勤務を休んだことによる減収など諸般の事情を勘案すると、原告らの慰藉料はそれぞれ三〇〇万円が相当である。
3 被告らは、過失相殺を主張するが、庸員の能力が前記二認定のとおりであり、かつ被告愛生会が精神薄弱者を入所させてその生活訓練、職業指導に当る施設であることを考慮すると、被告らの右主張は失当である。
4 弁護士費用
原告らが本訴の追行を弁護士に委任したことは、本件記録上明らかであり、弁論の全趣旨によると、原告らは弁護士費用として取立額の一割を支払うことを約したことが認められるところ、前記認定の諸事実に照らし、そのうち、本件事故と相当因果関係があるのは原告保については五〇万円、原告孝子については三〇万円と認めるのが相当である。
五 以上の次第で、被告らは各自、原告保に対して五五五万円と内金三〇〇万円については庸員が死体となって発見された日である五一年三月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告孝子に対し、三三〇万円と内金三〇〇万円については前同日から完済まで右年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よって、原告らの本訴請求は、右限度で正当であるので、右部分につき認容し、その余の部分は理由がないので棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 熊谷絢子)
<以下省略>