広島地方裁判所福山支部 昭和58年(ヨ)84号
申請人
桶屋清
右訴訟代理人弁護士
鶴敍
同
川﨑保孝
被申請人
扶桑徳山生コン株式会社
右代表者代表取締役
博多眞祐
右訴訟代理人弁護士
尾迫邦雄
主文
一 本件仮処分申請を却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 申請人が被申請人に対し、雇用契約上の地位を有することを仮に定める。
2 被申請人は申請人に対し、昭和五八年五月二一日から本案判決言渡しに至るまで毎月二五日限り月額一九万三四六一円の割合による金員を仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 被申請人は、昭和五四年三月二一日、それまでの申請外中国生コン株式会社(以下、中国生コンという。本店広島市)福山支店の事業を分離独立させ、扶桑商会(販売店)と徳山曹達株式会社(製造業者)の出資により福山市を中心に製造と販売を一体化して生コンクリート(以下、生コンという。)市況の低迷状況に対処するべく、生コンの製造販売等を目的として、資本金二〇〇〇万円で設立された株式会社である。
2 申請人は、昭和四五年に九州産業大学を卒業後、昭和四九年三月中国生コン本店に就職し、昭和五〇年五月福山支店に配置換となり、昭和五四年三月、被申請人の設立と同時に他の中国生コン福山支店従業員とともに従前どおりの労働条件で被申請人に雇用されたものであり、製造部門に所属していた。
3 申請人の平均賃金月額は一九万三四六一円で、その支払期日は毎月二五日である。
4 被申請人は、申請人を昭和五八年五月二〇日付で解雇したとして、申請人との雇用関係を否認し、同月二一日以降の賃金を支払わない。
5 申請人は、被申請人からの賃金収入を唯一の生計の基盤としている労働者であり、独身ではあるが、両親を山口県萩市に残し、被申請人の独身寮に起居して独立の生計を営んでいる。なお、被申請人から解雇を理由に昭和五八年五月二五日を期限として独身寮の明渡しを要求されている。
6 よって、申請人は、本案判決を待っていては生活を維持しがたいので、被申請人に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定め、さらに昭和五八年五月二一日以降の賃金の仮払いの仮処分を求める。
二 申請の理由に対する認否
申請の理由中、1ないし5は認めるが、6は争う。
三 抗弁
1 被申請人は、昭和五八年五月一八日、申請人に対し、就業規則三一条四項に基き、同月二〇日付で整理解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)をした。
2 本件解雇の理由は左のとおりである。
(一) 被申請人は、被申請人の製造する生コンの運送にあたっていた新浜運送株式会社(以下、新浜運送という。)を経営合理化の一環として昭和五七年六月一日に合併した。被申請人と新浜運送は生コンの生産部門と運輸部門という面から密接不可分の関係にあり、新浜運送は生コン業界の不況のもとで右合併時には五五八六万八七七五円の累積欠損があり、被申請人の新浜運送に対する貸付金は五〇一〇万八五〇九円になっていた。
(二) 新浜運送との合併後も、受注減、販売価格の低迷により、被申請人は、昭和五八年一月には一か月五四〇万円の赤字を計上し、累積欠損も八五〇〇万円となり、資金繰りも困難な状況に追い込まれるに至り、新たな経営再建策を迫られた。
当時被申請人には、役員六名(うち常勤四名)、従業員二二名(生産部一〇名、運輸部一二名)がおり、労働組合として、組合員一四名(生産部二名、運輸部一二名)から成る全国一般労働組合扶桑徳山生コン分会(以下、全国一般という。)及び組合員五名(全員生産部)から成る広島県東部一般労働組合福山地区支部扶桑徳山生コン分会(以下、東部一般という。)が組織されていたが、被申請人は、右経営状態悪化の中で、一一名(生産部六名、運輸部五名)の人員整理を含む再建案を作成し、昭和五八年三月三日全従業員及び両組合に提示した。
(三) その後、被申請人が両組合と団体交渉し、再建案について了解するよう説得したところ、全国一般は、業界の状況から被申請人の実状は理解できるが、削減人員の見直しを求める、希望退職者募集については組合は関知しないという態度を示し、東部一般は、再建案に絶対反対希望退職者の募集にも反対という態度を示した。
右団体交渉と併行して、被申請人は、昭和五八年三月二六日から同年四月五日までを期限として一一名(生産部六名、運輸部五名)の希望退職者を募集したが、右期限までに一名の応募者もなかった。
(四) そこで、被申請人は、団体交渉における両組合の再建案に対する意見を考慮して、取締役工場長小笠原隆成、取締役運輸部長田辺末男を退職させることにし、従業員の人員削減については六名(生産部四名、運輸部二名)に止め、再建を図ることにした。
(五) 右被申請人の方針を受けて、二名(運輸部)の退職希望者があり、昭和五八年五月二〇日付で退職することになったため、被申請人は残り四名(生産部)につき左記基準(以下、本件整理解雇基準という。)によって整理解雇することにし、同月一一日ころその旨通知した。
記
(1) 将来における貢献度の期待が低い者
イ 高令者、ロ 著しく健康状態の悪い者
(2) 過去における成績不良者や貢献度の低い者
イ 勤務成績不良者、ロ 作業能力が著しく劣る者
(3) 解雇されても生活の影響が少ない者
イ 転職容易な者、ロ 独身者、ハ 扶養家族の少ない者
なお、退職条件は左記のとおりである。
記
<1> 規定の退職金
<2> 解雇予告手当(平均賃金の一か月分)
<3> 賞与(昭和五七年度末賞与各人支給額と同額)
<4> 慰労金一律一〇〇万円
(六) 被申請人は、解雇対象者を検討した結果、昭和五八年五月一八日、就業規則三一条四項の解雇事由である「やむをえない事由により事業を縮小するか、または事業の継続が不可能となったとき」にあたると認め、本件整理解雇基準に基き、年齢が五五歳である桑田儀一、独身者である高田洋一郎、黒田肇及び申請人の四名を同月二〇日付で解雇するに及んだ。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 抗弁2(一)のうち、被申請人が新浜運送と昭和五七年六月一日に合併したことは認め、その余の事実は否認する。
抗弁2(二)のうち、前段部分は認め、後段部分は不知。
抗弁2(三)の事実は認める。
抗弁2(四)の事実は不知。
抗弁2(五)のうち、昭和五八年五月一一日ころ、被申請人が本件整理解雇基準によって四名を整理解雇する旨通知したことは認め、その余の事実は不知。
抗弁2(六)のうち、被申請人が申請人他三名を昭和五八年五月二〇日付けで解雇したことは認め、その余の事実は争う。
五 再抗弁
1 本件解雇は労働協約に違反し無効である。
(一) 申請人と被申請人は、被申請人が中国生コン福山支店の事業を引継ぐ際、労使協議会制度、事前協議制の慣行の遵守、申請人を人員整理の対象としない旨の合意をした。
(二) 被申請人と東部一般は、昭和五七年三月四日、「被申請人は、賃金、労働条件を変更するとき、とりわけ労働者の雇用、希望退職、一時帰休、配転などを行うときは、必ず充分の期間をもって事前に協議し同意を得て行うこと」との労働協約を締結した。
(三) 被申請人は、申請人が所属する東部一般に対し本件解雇について事前協議の申し入れをしたことはなく、また、東部一般が本件解雇について同意したこともない。
2 本件解雇は不当労働行為であり、労働組合法七条一号に違反し無効である。
(一) 申請人は、東部一般の分会長であり、被申請人との団体交渉、文書による申し入れ等組合活動に携わってきた。
(二) 被申請人と東部一般との年末一時金、夏季一時金、定期昇給等の交渉はいずれも被申請人の不誠実な態度から円滑に行われず、昭和五六年一二月一六日、昭和五七年九月二日、同年一二月二二日には広島県地方労働委員会(以下、地労委という)の勧告を受けなければならなかった。また、東部一般は昭和五七年一二月一六日にはストライキ権を行使した。
(三) 被申請人は、昭和五七年五月一八日、一方的に新浜運送との合併を発表し、同社の従業員をも出席させて「従業員の大半が賛成するのだからよかろう。」と合併を強行した。
(四) 被申請人は、昭和五七年七月一四日、同年八月二五日、同年一〇月二七日、職場集会なるものを招集し、労働条件変更を一方的に発表し、就業規則にない砕石運搬業務を実施したりした。また、一〇月二七日の職場集会に欠席した申請人を就業規則二六条、三一条に違反するとして、同年一一月二〇日、昭和五八年二月一七日、処分する旨通告した。
(五) 被申請人は、昭和五七年九月一八日、一方的に就業規則改正案を提示し、同年一〇月二六日そのコピーを各従業員に手交した。
(六) 被申請人は、地労委から、昭和五七年九月二日には、「全国一般と東部一般との団体交渉は公平の原則をもって誠実に行い、同時解決を図るよう努力すること」、同年一二月二二日には「労使関係の正常化のため、今後とも団体交渉は労使双方誠意をもって行うこと」との各勧告を受けている。
(七) しかし、被申請人と東部一般との団体交渉は円滑になされることは少なかった。被申請人の団体交渉に臨む態度は形式的であり、申請人の懸命な質問、意見に対して「既に説明したとおりである。理解して頂きたい。」と答えるばかりで、何ら実効的協議がなされていない。
(八) 被申請人は、東部一般と全国一般を比較し、全国一般が被申請人に対し隷従的であり、被申請人の再建についても昭和五八年四月五日には人員合理化を認め、以後条件交渉に入るなど穏健であったのに対し、東部一般が労使交渉をルールに則り厳格に行い、疑問を晴らし、誤りを正していくという姿勢を崩さなかったことから、東部一般を壊滅させたいと考えるようになった。
(九) 被申請人の三上管理課長は、昭和五八年三月ころ、被申請人の合理化計画に危機を感じて東部一般に加入しようとした渡辺弘紀に対して「組合に入るなら東部一般より全国一般の方に入った方が安全だぞ。」と公言した。また、被申請人は、組合事務所を全国一般には与えても東部一般には与えておらず、組合通信などのポスターを貼った場合も、全国一般には黙認し、東部一般には「会社の財産だから剥がせ。」とクレームをつけた。
(一〇) 被申請人は、東部一般の真摯な団体交渉、文書による質問、申入れ、抗議に耐え兼ねて、東部一般の分会長である申請人、会計である高田洋一郎、書記である黒田肇を昭和五八年五月二〇日付で解雇した。
(一一) 被申請人は、昭和五八年五月二〇日、東部一般からの団体交渉を拒否し、東部一般に対し「旗を降ろせ。」と要求した。
(一二) 以上、本件解雇は東部一般の組織潰しを目的とするもので、不当労働行為である。
3 本件解雇は解雇権の濫用であり、無効である。
(一) 被申請人の経営難は昭和五七年六月一日に新浜運送を吸収合併したことに端を発しており、被申請人の経営上の失敗に起因する。
(二) 被申請人が右経営の失敗を、右合併計画に対し当初から反対し、合併後も労使間のルールに則り不合理な会社再建策を批判し、真に有効かつ合理的な会社再建策を模索してきた申請人の解雇によって乗り切ろうとしたことは、自らの責任を最も転嫁すべきでない者に転嫁したもので、解雇権の濫用に該る。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の主張は争う。
再抗弁1、(一)、(二)の事実は否認する。
再抗弁1(三)のうち東部一般が本件解雇について同意したことがないことは認めるが、その余の事実は否認する。
被申請人は、会社再建のため本件解雇について東部一般と度々団体交渉を行い、誠意をもってその必要性と緊急性を説明したが、東部一般は被申請人の経営状況を理解しようとせず、人員整理に絶対反対という頑固な態度に終始し、「合理化するなら会社をつぶせ。」と発言する等真剣に再建を考える態度ではなかった。
2 再抗弁2の主張は争う。
再抗弁2(一)の事実は認める。
再抗弁2(二)のうち、地労委から労使双方が勧告を受けたこと、東部一般がストライキ権を行使したことは認めるが、その余の事実は否認する。
再抗弁2(三)の事実は否認する。
再抗弁2(四)のうち、被申請人が申請人主張の各日に職場会議(職場集会ではない。)を招集したこと、被申請人が砕石運搬業務を実施したこと、申請人が右会議に欠席したこと、申請人を業務命令違反によりけん責処分にしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
職場会議は、被申請人が新浜運送を吸収合併した後、従業員同士の意思の疎通を図って職場間の連帯意識を作り、併せて職場の改善を目的として就労時間中に業務の一環として各職場からの代表者による会議を設定したものであり、労働条件とか従業員の経済問題を決定する機関ではなかった。現に、職場会議では、駐車場の問題を被申請人に要望したり、社員旅行について決めたり、品質管理について話し合ったり、たばこの吸いがら入れを自発的に設置する等、従業員の働きやすい職場にするための諸々の問題が話し合われている。申請人は、この就業時間中に業務として設定した職場会議への出席を東部一般の名をもって拒否し、課長の参加要請指示に従わなかったため、前記処分をしたものである。なお、砕石運搬業務の実施については職場会議で決めたことではなく被申請人が決定したものであり、また、右業務の実施は運転手の運転業務という労働条件に何ら変更を加えるものではない。
再抗弁2(五)のうち、「一方的に」との点は否認し、その余の事実は認める。
再抗弁2(六)の事実は認める。
再抗弁2(七)、(八)の事実は否認する。
再抗弁2(九)の事実は否認する。被申請人は、東部一般に対し二階の一室を組合事務所として使用することを許可しており、また、ポスターについては、東部一般が被申請人の食堂に許可を受けずに選挙ポスターを貼っていたので、食堂は従業員全員の昼食の場であり、東部一般組合員のみが使用する場所でないから、取りはがすよう要望したものである。
再抗弁2(一〇)のうち、被申請人が東部一般に属する申請人及び高田洋一郎、黒田肇の三名を昭和五八年五月二〇日付で解雇したことは認め、その余の事実は否認する。
再抗弁2(一一)のうち、被申請人が昭和五八年五月二一日東部一般の組合員である磯村彰に「旗を降ろせ。」と言ったことは認めるが、その余の事実は否認する。同日、被申請人会社の入口に東部一般の旗が立っていたため、磯村彰に争議をしているのかどうか確認したところ、争議はしていないというので、それでは誤解を招くようなことは止めるべきだと忠告したにすぎない。
3 再抗弁3の主張は争う。
再抗弁3(一)のうち、被申請人が昭和五七年六月一日に新浜運送を吸収合併したことは認め、その余の事実は否認する。
再抗弁3(二)の事実は否認する。
第三疎明(略)
理由
一 申請の理由1ないし5の各事実及び本件整理解雇の事実は当事者間に争いがない。
二 本件解雇の経過
(証拠略)によれば、次の事実が一応認められ、右一応の認定を覆すにたる疎明はない。
1 被申請人は、設立当初から建設不況による生コン需要の減少及び運送部門を担当していた新浜運送に対する資金援助等のため苦しい経営状況に置かれていたが、その後も続く生コン需要の減少と販売価格の下落により、各月末の収支計算で昭和五七年四月からは赤字を計上するようになった(同月末一九二万円余り、同年五月末六二三万円余り。)
元来、新浜運送は、被申請人の前身である中国生コン福山支店(工場)の運送部門として昭和五一年九月に設立された会社であり、右運送部門のみで他の荷主の輸送は一切行っておらず、生コン需要の減少による運送量の減少に伴い、その経営経費を支弁するにたる運賃を中国生コンが最終的に保証する形態になっていたものであるが(生コン業界では運送会社はほとんど製造工場の専属として運送を担当しており、石油ショック以後、生コン需要の減少に伴い運送量が激減してくると、運送会社の独力による経営維持は不可能となり、生コン工場が運送会社を丸抱えで資金援助するのが実情であった)、扶桑商会グループによる被申請人会社の設立に伴い、新浜運送の経営権も中国生コンから扶桑商会グループに移譲された。したがって、被申請人と新浜運送は、単なる親会社と子会社にとどまらず、密接不可分の関係にあった。
右経営移譲に伴い、昭和五四年一〇月、扶桑商会から新浜運送に派遣されて代表取締役社長に就任した博多眞祐は、昭和五〇年以降生コン需要が減少の一途をたどっているにもかかわらず、新浜運送では従前どおりの車輛数と人員を抱え、従業員(職員三名、運転手二〇名。他に役員三名)の約半数近くがほとんど仕事らしい仕事もなく過剰になっている実情を知り、被申請人から経費丸抱えの経営の反省と独自の経営努力による企業体質の強化を迫られる中で(運賃は運賃として被申請人サイドの適正額で決済する方式に改められた)、経費削減による合理化を進め、昭和五五年五月から同年六月にかけて労使交渉のうえ職員三名と運転手八名を希望退職により整理したが、生コン需要漸減の中で(昭和五四年月平均三六七〇立方メートル、昭和五五年同二八〇八立方メートル、昭和五六年同二七五一立方メートル)好転の兆しは見られず、被申請人サイドの取決め運賃では到底経営を維持できないため、資金の不足分は被申請人からの借入れによらざるを得なかった。昭和五七年に入っても需要の先行き増加の展望は開けず、同年五月末現在、新浜運送の累積欠損は五五八六万八七七五円、被申請人の新浜運送に対する貸付金は五〇一〇万八五〇九円に達していた。
右のような状況の中で、新浜運送のみにしわ寄せすることでは解決にならず、被申請人と新浜運送が合併し、生コン供給体制を総体的に見直し、工場と運送部門が一体となって企業努力することにより企業存続を図る以外にないとの経営判断がなされ、被申請人は昭和五七年六月一日新浜運送を吸収合併した(社長は博多眞祐。右合併の事実は当事者間に争いがない)。被申請人としては、右合併により、運送部門を確保する一方、人員の効率的配置、運賃のコストダウン、外注運賃(砕石運送)の節約等を図り、企業体質の強化を目指していた。
なお、右合併に先立ち、会社側から双方の従業員に事情を説明し、賛否を求めたところ、合計二三名中、申請人他二名のみが反対の意向を示した。
2 右合併後、被申請人は、従前外注していた砕石運送を自社で消化して月平均八〇万円の運賃を節約し車輛や工場の修理もできる限り自社の労働力を使用する等経費の節減に努力し、人件費についても、社長は昭和五四年五月以降役員報酬を一切取らず、他の役員報酬を二年間据え置き、昭和五七年末の従業員の賞与も前年同額で協力を求める等切詰めに努めたが、不況による生コン需要の減少は継続し、さらに従来一立方メートル当り一万二八〇〇円であった販売価格が昭和五七年九月には一万一七〇〇円、一二月には一万〇五〇〇円、昭和五八年一月には一万円と低落したため経営不振が続き、昭和五七年九月約四〇〇万円、一〇月約二六〇万円、一一月約四一〇万円、昭和五八年一月約五四〇万円の赤字を計上し、累積欠損も八四〇〇万円を越え、資金繰りも困難な状況となった。
業界では昭和五八年度の需要見通しを前年比一割減としており、近い将来好転の期待を持てる情勢になかったため、被申請人は、昭和五八年二月、生コンの需要と供給の均衡が崩れた状況のもとで一時的、暫定的な方策では危機を切り抜けることができず、大幅な人員削減を中心とする合理化により会社の再建を図るほかないとの結論に達した。
当時被申請人には役員六名(うち常勤四名)、従業員二二名(生産部一〇名、運輸部一二名)がおり、労働組合として、組合員一四名(生産部二名、運輸部一二名)から成る全国一般及び組合員五名(全員生産部)から成る東部一般が組織されていた(右事実は当事者間に争いがない。)。
3 被申請人は、昭和五八年三月三日、全国一般及び東部一般とそれぞれ団体交渉を開き、昭和五八年一月度の貸借対照表、過去八年間の年度別出荷数量、販売価格の明細書を示したうえ、一一名(生産部六名、運輸部五名)の希望退職者募集と退職慰労金一律三〇万円の支給を骨子とする再建案を提示した。
その後、同月一二日、一七日に全国一般及び東部一般と団体交渉したところ、全国一般は、業界の状況から被申請人の実情は理解できるが、削減人員の見直しを求める、希望退職者募集については組合は関知しないという態度であり、他方、東部一般は、再建案に絶対反対、希望退職者の募集にも反対という態度であった(右事実は当事者間に争いがない。)。なお、右団体交渉の過程で、被申請人は、東部一般の求めに応じ、昭和五四年六月、昭和五五年ないし五七年三月、昭和五七年四月ないし一二月の各貸借対照表、再建案による製造経費、労務費の節減を示す明細書を提出した。
右団体交渉と併行し、被申請人は、昭和五八年三月二六日から同年四月五日までを期限として一一名(生産部六名、運輸部五名)の希望退職者を募集したが、右期限までに希望退職者は一人も出なかった(右事実は当事者間で争いがない。)。
4 そのため、被申請人は、全国一般に対して、昭和五八年三月八日、一〇日、一七日、二四日、同年四月六日、九日、一五日、同年五月四日、七日、一四日に、東部一般に対しては、同年三月一二日、一七日、二三日、同年四月七日、一三日、二三日、同年五月七日にそれぞれ団体交渉を行い、最終案として、生産部四名、運輸部二名の人員削減と退職慰労金一律一〇〇万円の支給、取締役二人の退職を骨子とする条件を提示した。
右最終案に対し、全国一般は、運輸部につき希望退職に応じるよう努力し、生産部については希望退職者が出なかった場合整理解雇基準の協議に応じる意向を示した。一方、東部一般は、右最終案に納得せず、被申請人の経営責任を追及する姿勢を固持した。このような状況の下で、被申請人の昭和五八年四月二一日から同月三〇日までの間の第二次希望退職者募集に応じた者はいなかったが、同年五月四日、全国一般は、被申請人との団体交渉の席上、希望退職者募集に応じた運輸部の全国一般組合員二名の退職届を提出するに至った。
5 昭和五八年五月七日、被申請人は、全国一般及び東部一般との団体交渉において、本件整理解雇基準を提出した。全国一般は右基準について早急に検討する旨回答したのに対し、東部一般はその説明を受けることをも拒否した。さらに同年五月一二日、被申請人は、全国一般及び東部一般に対し同月一四日に本件整理解雇基準について団体交渉を開くよう申し入れたところ、同月一三日、東部一般からは一四日の団体交渉は受けられない旨の回答があったが、他方、全国一般は、右申し入れに応じ、同月一四日に行った団体交渉において、本件整理解雇基準による整理解雇もやむをえない旨の意向を示した。なお、同日、東部一般は被申請人の経営責任の追及等一〇項目についての回答を同月一七日に求めることとあわせて、同月二〇日に団体交渉を開くことを要求する申し入れ書を被申請人に提出した。
しかし、被申請人は、東部一般との交渉によってはこれ以上の進展は望めないとして、同月一六日、東部一般に対し、同月二〇日付をもって生産部四名の整理解雇を行い、該当者には同月一八日に通知する旨通告した。
6 被申請人は、昭和五八年五月一八日、就業規則三一条四項所定の解雇事由である「やむをえない事由により事業を縮小するか、または事業の継続が不可能となったとき」にあたると認め、本件整理解雇基準に基き、解雇対象者として、年齢が五五歳である桑田儀一、独身者である高田洋一郎、黒田肇及び申請人の四名を選定し、同月二〇日付で解雇する旨の意思表示をした。なお、生産部、運輸部を通じて桑田儀一以外は全員三〇歳ないし四〇歳台であり、独身者は高田洋一郎、黒田肇、申請人以外にはなかった。
右一応の認定事実によれば、被申請人が不況による生コン需要の減少と生コン価格の低落により多額の累積欠損を抱えて経営不振に陥ったことから、就業規則三一条四項の解雇事由である「やむをえない事由により事業を縮小するか、または事業の継続が不可能となったとき」にあたると認めて本件整理解雇に及んだことは相当であり(整理解雇の必要性を肯認できる)、本件整理解雇基準も不当、不合理であるとはいえず、申請人は本件整理解雇基準「3解雇されても生活の影響が少ない者」中の「ロ独身者」に該当するということができる。
三 労働協約違反の有無
まず、本件解雇が労働協約に違反するか否かについて判断する。
(証拠略)によれば、中国生コン福山支店の事業を被申請人が引き継ぐ際、申請人と被申請人との間に労使協議会制度を引続き存続させる旨の合意があり、また、中国生コンと同社労働組合との間で福山支店の正社員を引き続き雇用し、申し出のない限り人員整理の対象としない旨の覚書をかわし、被申請人が右覚書を確認了承したことは一応認められるが、申請人と被申請人の間で、事前協議制の慣行を遵守する旨の合意及び被申請人設立後将来にわたって従前の中国生コンの正社員を整理解雇の対象としない旨の約定が存したことを認めるに足る疎明はなく、また、申請人主張のように昭和五七年三月四日に被申請人と東部一般との間にいわゆる同意条項を定めた労働協約が締結された事実を認めるに足る疎明もない。右の点に関する申請人本人の供述は反対趣旨の被申請人代表者の供述に照らし信用することができない。
もとより、労働協約の有無にかかわらず、使用者は解雇その他の重要な労働条件の変更にあたって労働組合と誠実に協議する義務を負うものと解すべきであるが、前記二で一応認定したように、被申請人は東部一般に対し、再建案を提示してから本件解雇に至るまで約二か月半の間に七回の団体交渉を重ね、経理資料を提示し、その間に整理人員を縮小するなどの譲歩も示しているのであるから、会社側の経営方針の責任を追及することに終始したともいえる東部一般との具体的な協議に入るに至らないまま、団体交渉による解決を断念したのも無理からぬものがあり、被申請人が誠意をもって労使協議に当らなかったとはいえず(結局、労使協議会の形では開かれていなくても実質的には労使協議会制度は存続していたものというべきである)、本件解雇が労働協約に違反する旨の申請人の主張は採用することができない。
四 不当労働行為の成否
次に、本件解雇が不当労働行為に該当するか否かについて判断する。
1 申請人が東部一般の分会長であり、被申請人との団体交渉や文書による申し入れ等組合活動に携わってきたことは当事者間に争いがなく、申請人本人尋問の結果によれば、申請人と同時に解雇された高田洋一郎及び黒田肇は東部一般の会計及び書記を務めていたことが認められる。
2 (証拠略)によれば、以下の事実が一応認められ、右認定を覆すに足る疎明はない。
(一) 被申請人と東部一般の昭和五六年度の年末一時金、昭和五七年度の夏季一時金及び年末一時金、定期昇給等に関する各団体交渉は円滑に進まず、昭和五六年一二月一六日、昭和五七年九月二日、同年一二月二二日に地労委の勧告が被申請人と東部一般に対しなされた。また、東部一般は昭和五七年一二月一六日にはストライキ権を行使することになった(右事実は当事者間に争いがない。)。昭和五七年度の夏季一時金、年末一時金、定期昇給等に関する団体交渉が円滑に進行しなかったのは、全国一般の組合員の大半が運転手で職能給の賃金体系であるのに対し、東部一般の組合員全員が年功序列の賃金体系に属し、しかも平均年齢が低いことから、賃金等の支給額が東部一般よりも全国一般の組合員の方が比較的高いといった事情が働いており、そのため地労委は同年九月二日には「全国一般と東部一般との団体交渉は公平の原則をもって誠実に行い、同時解決をはかるよう努力すること」、同年一二月二二日には「労使関係の正常化のため今後とも団体交渉は労使双方が誠意をもって行うこと」との勧告をした(地労委が右内容の勧告を行ったことは当事者間に争いがない。)。
(二) 被申請人は、昭和五七年五月一八日ころ、被申請人及び新浜運送の全従業員に対し、被申請人と新浜運送の合併について事情を説明して理解を求めたところ、申請人他二名のみが反対を表明した。
(三) 被申請人は、新浜運送を吸収合併した後、従業員間の意思の疎通を図り職場を改善することを目的として、新たに就労時間中に業務の一環として各職場の代表者による職場会議を設けた。昭和五七年七月一四日、同年八月二五日、同年一〇月二七日に開催された職場会議で、駐車場、社員旅行、品質管理、たばこの吸いがら入れの設置等の問題が協議されたが、申請人は、右一〇月二七日の職場会議に欠席したため、被申請人から同年一一月二〇日、昭和五八年二月一七日に就業規則二六条、三一条に違反するとしてけん責処分を受けた。なお、職場会議では、労働条件の変更に関する協議はなされず、砕石運搬業務の実施が決められたということはなく、また、砕石運搬業務の実施自体、運転手の運転業務という労働条件に変更を加えるものではなかった。
(四) 被申請人は、新浜運送との合併により就業規則を統一する必要があったことから、昭和五七年九月一七日、全国一般及び東部一般に対し就業規則改正案を提示し、同年一〇月二六日にはそのコピーを全従業員に配付した。右就業規則の改正により、労働者側が不利益になる点は、従前借家居住者に対する住宅手当が七〇〇〇円、自宅居住者に対する住宅手当が一〇〇〇円であったのを住居手当として一律に六〇〇〇円とすることに伴い、借家居住の従業員一名の手当額が一〇〇〇円減る以外にはなく、この点について、被申請人は、右不利益を受ける予定の従業員の了解を取りつけていた。しかし、東部一般が被申請人の二回にわたる団体交渉での説明にもかかわらず、右改正に反対したため、被申請人は、同年一〇月二五日新就業規則を労働基準監督署に届け出た。
(五) 東部一般は、昭和五七年一一月ころ、被申請人に対し組合事務室として食堂を使用することを要請したのに対し、被申請人は、「食堂は従業員全部が使用するので、二階の独身寮の一室を組合事務所として使用してもらいたい。」旨の回答をした。
(六) 昭和五八年五月二一日、被申請人会社の入口に東部一般の旗が立てられていたため、被申請人は、東部一般に対し争議をしているのかどうかを確認したうえ、「争議をしていないのであれば、旗を降ろせ。」と要求した。
(七) また、東部一般が従業員の食堂にポスターを貼った際、被申請人は「みんなの食事の場所であるから、はがしてほしい。」旨要望した。
なお、被申請人の三上管理課長が昭和五八年三月ころ、従業員の渡辺弘紀に対して、「組合に入るなら東部一般に入った方が安全だ。」と言ったこと、被申請人が昭和五八年五月二〇日の団体交渉を拒否したことを認めるに足る疎明はない。
右一応の認定事実からすれば、被申請人が従前東部一般に対し、全国一般や他の従業員と比較して格別に差別的な扱いをしてきたとはうかがわれず、また、前記二6で一応認定したとおり、生産部、運輸部を通じて桑田儀一以外は全員三〇歳ないし四〇歳台で、独身者は高田洋一郎、黒田肇、申請人以外にいなかったのであり、被申請人が被解雇者の生活をも配慮し、本件整理解雇基準の適用にあたり、右四名を解雇対象者に選定し、結果的に申請人ら東部一般の分会長、会計、書記が含まれることになったからといって、組合活動を理由に不利益な取扱いをしたとも恣意にわたるものともいえない。
したがって、申請人の本件解雇が不当労働行為である旨の主張は理由がない。
五 解雇権濫用について
さらに、申請人は、本件解雇が解雇権の濫用に当る旨主張するが、前記認定のとおり本件解雇は被申請人が不況による生コン需要の減少により多額の累積損失を抱えて経営ひっ迫を来たしたため会社再建策としてとった措置であって、必要やむを得なかったものと是認でき、その経営不振の原因、端緒として、申請人主張のように新浜運送を合併した経営方針の失敗を挙げ、これを非難することは被申請人(生コン製造部門)と新浜運送(同運送部門)との密接不可分性、一体性を無視した議論であって、当を得ず(確かに合併により被申請人の新浜運送に対する貸付金が累積欠損として計上されることになったことは事実であるが、仮に合併が実施されていなかったとしても、本来回収不能と取扱われるべきものであり、その場合にはその後も新浜運送に対し資金援助を続けざるを得なかったであろうと推測されるから、企業体質を強化して合理化を図るため合併に踏み切った経営判断をとらえて、もっぱら非難することは相当でない)、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮しても、本件解雇が解雇権の濫用に当るとはいえない。
六 結び
以上の次第であるから、本件解雇は無効とはいえず、結局、申請人の本件申請は、被保全権利について疎明がなく、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安井正弘 裁判官 平弘行 裁判官 内田計一)