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広島家庭裁判所 昭和47年(少)10089号 決定 1972年3月14日

少年 O・N(昭二七・八・二三生)

主文

本件を広島地方検察庁の検察官に送致する。

理由

本件は、先に当裁判所が少年法二〇条により検察官送致の決定をした業務上過失傷害事件を、検察官が「被疑者の過失より被害者の過失が大であると認められ訴追を相当でないと思料する」との理由を付してふたたび当裁判所に送致してきたものである。すなわち、本件については、非行事実の存否、要保護性(刑事処分相当性)のいずれに関しても、すでに当裁判所の判断がなされており、そこでは、刑事処分相当として検察官送致決定をするに足る嫌疑があり、処分としては刑事処分に付するのが相当である、とされたのである。そして、このように家庭裁判所の検察官送致決定により一度非行事実の存否と要保護性についての判断がなされた事件については、家庭裁判所は、検察官から訴追を相当でないとしてふたたび送致を受けた場合、少年法四五条五号但し書きに該当すると認められるときでない限り先の決定に反した判断をすることは許されない、と解すべきである。このように解さないと少年法四五条五号の定める起訴強制主義が無意味なものとなるおそれがあり、このように解することこそがその立法趣旨にもつともよく合致すると思われるからである。

それでは、本件再送致は少年法四五条五号但し書きの場合に当るであろうか。次にこの点について検討する。

検察官は、「被疑者の過失より被害者の過失が大であると認められ訴追を相当でないと思料する」とのべている。しかし、被疑者(少年)と被害者の過失のいずれが大であるにせよ、そのこと自体は、少年法四五条五号但し書きのいずれにも該当しない。これはいうまでもないことである。両者の過失の大きさが再送致の事由に該当するとすれば、それは少年と被害者の過失の少なくとも一方の大きさの判定に影響を及ぼすなんらかの事情で、しかも、当裁判所が先の検察官送致決定をするに際して考慮に入れていなかつたものが、その後の検察官の捜査によつてあきらかとなつた、という場合に限られる(この場合には、少年法四五条五号但し書きにいう「犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情」が認められる可能性がある。)。ところが、先の検察官送致決定のあとで得られた唯一の資料は検察事務官に対する少年の供述であるが、それを見ても、そこにあることで過失の程度の判定に関係あるものは、すべて、先の検察官送致決定に際して当裁判所がすでに資料としたものの中に含まれているものである。それらは、少年法四五条五号但し書きにいう「犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情」ではない(なお、本件では「送致後の情況」は問題とされていない)。そうだとすると、本件再送致が少年法四五条五号但し書きの要件を満していないことは明白である。

結局のところ、本件は、検察官が少年法四五条五号の定めにより公訴提起の義務を負つているにもかかわらず、この義務に違反して再送致をした場合に該当する事件である。とすれば、当裁判所としては、非行事実の存在についても刑事処分相当性についても、先の決定と異なる判断を下す余地はないというほかない。先にのべたとおり、このように解するのでなければ、少年法四五条五号の規定が無意味なものとなるおそれがあるからである。

なお、このような場合、検察官が再送致してきた以上、家庭裁判所としては、一般の場合と同様に審理し、訴追が相当であるかどうかについてもあらためて判断すべきであるという立場、逆に、このような送致は起訴強制主義を定めた少年法四五条五号に反しており不適法で無効であるから審判条件を欠くものとして審判不開始(または不処分)の決定をすべきである、という立場が考えられる。しかし、いずれにも賛成できない。前者については、いうまでもなく、それは少年法四五条五号の定める起訴強制主義と相容れないものである。後者については、審判不開始(または不処分)の決定により当該事件はそれで消えてしまい、家庭裁判所により刑事処分に付されるべきだと判断された者が、すくなくとも当該事件の手続においては訴追も受けずその他の処分も受けないままに終ることになる。これは不当である。のみならず、これでは、結果としては、起訴を不相当とするという限度では、検察官の判断にしたがつた処理がなされるということにほかならない。起訴の相当、不相当を決定する権限を家庭裁判所に与えるということこそが、起訴強制主義(少年法四五条五号)の内容である。起訴強制主義を尊重しようとする者としては、このような立場はとることができない。

適条

少年法第二〇条

罪となるべき事実とそれに適用される罰条

昭和四六年一二月一日付検察官送致決定書記載のとおり。

(裁判官 山下和明)

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