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広島家庭裁判所呉支部 昭和33年(家)245号 審判 1958年12月26日

申立人 高山アキ(仮名) 外二名

相手方 高山輝彦(仮名)

主文

一、被相続人の遺産中

(イ)呉市○○○○丁目○番地家屋番号第○○番

一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一一坪

(ロ)呉市○○町字○○○○○番地ノ一

一、保安林二段四畝歩

を申立人高山アキの単独所有とし

(ハ)呉市○○○○丁目○○○番地ノ三家屋番号第○○○番ノ二

一、木造瓦葺平屋建居宅兼店舗一棟建坪一五坪五勺

を申立人古川和技の単独所有とし

それぞれ所有権移転登記手続を行え

(ニ)呉市所有の呉市○○○○丁目○○○番地墓地二畝三歩の内一坪の土地の使用権は申立人古川和枝の単独の権利とする。

二、相手方は呉市○○○○丁目○○○番地の三宅地三二坪一合三勺の土地につき、広島法務局呉支局昭和二九年五月七日受付第三八〇六号遺贈に因る所有権取得登記の抹消登記手続を行え。

この土地は申立人高山アキ同古川和枝の共有とし、その共有持分は、二六分の一〇をアキ、二六分の一六を和枝としその旨の登記手続を行え。

三、審判費用中鑑定のために要した金五、〇〇〇円の八分の五を相手方の負担とし、八分の一ずつを各申立人の負担とし、その余の費用は各自弁とする。

相手方はその負担に帰した金三、一六五円を申立人古川和枝に償還せよ。

事実

申立人等は被相続人高山欣造の遺産を法律上適正に分割することを求め、その原因として申立人等及び相手方の父である被相続人は、昭和二九年三月○日呉市○○○で死亡し、その相続人は申立人等と相手方の四名である。被相続人は呉市内に別紙第一目録記載の不動産を有し、またその生前別紙第二目録記載の不動産を売買名義で相手方に贈与し、別紙第三目録記載の不動産を相手方に遺贈しているので、申立人等は相手方に対し遺産分割の協議を求めるけれども協議が調わないので、法律上適正な分割の審判を求めるといい、立証として甲第一号証の一乃至四、同第二号証の一乃至六、同第三号証の一、二、同第四号証の一、二を提出し、証人泉三郎、同高山ツナ及び申立人本人等の審問を求め、乙第一号証の一、二、同第五号証の一は各その成立を認め、乙第二号証同第五号証の二、三は公務所の作成に係る部分のみその成立を認めその余は不知、乙第三号証、同第四号証、同第五号証の四はいづれも不知と陳べた。

相手方は被相続人が申立人主張の日時に死亡したこと、その相続人が申立人等三名と相手方の四人であること、別紙第一目録記載の不動産が被相続人の遺産であること、同第三目録記載の不動産を相手方が被相続人より遺贈を受けたものであることは認めるけれども、別紙第二目録記載の不動産は相手方が被相続人から真実買受けたもので売買名義の贈与ではない。別紙第一目録記載の不動産中家屋番号二五六番の二の建物は、相手方が自らの計算で建築したもので被相続人の遺産ではない。従つて申立人等がこれらの不動産の価額加算を主張する遺産の分割には応じられないと陳べ、立証として乙第一号証の一、二、同第二号証乃至同第四号証、同第五号証の一乃至四を提出し、証人河原弥市、同広川仙市、同橋場晃、同太田卓一、同佐藤太郎、同高山トミヱ及び相手方本人の審問を求め甲号各証の成立を認めた。

理由

一、相続人

被相続人高山欣造の相続人が申立人等と相手方の四名であることは、当事者問に争かないし、甲第一号証の一乃至四の戸籍謄抄本の記載によつて明白である。

二、遺産

遺産の範囲について当事者間に争ある場合に、家事審判手続で遺産の範囲を確定し得るか否かについては、多少疑問の存するところであるが、家庭裁判所が遺産の分割を適正に行うがためには争ある遺産の範囲を確定したり、相続人が誰であるかを確定することは、当然の前提として必要なことであるから、家庭裁判所は遺産の分割に際し、当事者間に争ある遺産の範囲を確定することができるものと解する。このことは民法第九〇三条第一項により相続財産とみなすべき贈与か否かにつき争ある場合にも、同様に解すべきものである。そにでまづ

(イ)  別紙第二目録記載の不動産が相手方が主張するように相手方が買得した固有の不動産であるか、申立人等が主張するように相手方の生活のために、被相続人が売買名義で相手方に贈与したものであるかを考えるに、甲第一号証の一及び当事者本人等の供述によれば、被相続人欣造にはその亡妻キヨとの間に三男二女が生れ二男登は、昭和二〇年一月五日ラバウル方面で戦死し、三男清三は旧制の高等教育を授けられて独立し、長女アキ二女和枝は相応の支度を受けて他家に嫁し、被相続人は長男である相手方を頼りとして老後を托する意思であつたことが認められる。更に当裁判所は上記申立人等の供述に証人泉三郎、高山ツナの供述を総合し、相手方は妻ヒサヱと婚姻後被相続人等と別居し、呉市役所駐留軍等に勤務したが終戦後の混乱により離職していたし、被相続人は老齢で従来営業としていた○屋営業を自ら経営することを好まず、一面二男登の戦死による遺族扶助料を受けるようになつたので、昭和二四、五年の頃○屋営業を相手方名義に変更し、相手方の生業としてこれを経営させることとし、その頃昭和二五年四月八日別紙第二目録記載の○屋営業用建物を売買名義で相手方に譲渡したもので、これは被相続人が相手方の生活のために○屋営業権を営業用建物と共に相手方に贈与したものであるが、贈与税等の関係で売買に名を藉りたに過ぎず、真の売買ではないと認定する。相手方は墓石の建造代金、仏壇の購入代金等をもつて売買代金の支払に充てたと称するけれども、証人河原弥市の証言によれば墓石の註文があつたのは昭和二七年頃であるし、仏壇を購入したのは昭和二八年三月であることは、証人佐藤太郎の証言によつて成立が認められる乙第四号証によつて明かである。係争家屋の所有権を移転したのは昭和二五年四月であるから、遙か二年三年の後を予想して売買の目的物の所有権を移転するようなことは通常の場合あり得ないことである。また被相続人欣造は昭和二五年既に生業としていた○屋営業を相手方に譲つたのであるから、世に謂う世帯を相手方に譲つたものであり従つて仮に相手方が自らの金銭で墓石を作り仏壇を購入したとしても、高山家の世帯主として当然の負担であつて、これを世を譲り隠居暮しをしている被相続人の計算に帰し、墓石や仏壇の所有権者を被相続人とすることも人の生活経験上不自然であつて、相手方の主張は肯認し難いものがある。

(ロ)  次に別紙第一目録記載の家屋番号第二五六番の二の家屋を相手方が建築所有するものであるかどうかの点については、証人泉三郎、同広川仙市の供述、申立人高山清、同高山アキの供述により、被相続人が○○町に所有していた家屋を被相続人自ら移築したもので、当初その建築名義を長男である相手方名義にしていたが中途で被相続人名義に改めて建築を完成し、以来引続き被相続人が所有し居住していたものであることが認められる。この点に関する証人高山ヒサヱ並に相手方本人の供述は措信しない。その他相手方の全立証をもつてもこの認定を覆すに足るものは存しない。

(ハ)  次に別紙第三目録記載の不動産が被相続人より相手方に遺贈されたものであるにとは、乙第一号証の二公正証書の記載、証人太田卓一、同高山ヒサヱの供述と総合してこれを認めることができる。

(ニ)  次に申立人アキは婚姻の際の支度として、昭和一一年当時被相続人より七、八百円相当の物の贈与を受けたこと、申立人和枝は同じく昭和一二年当時三、四百円相当の物の贈与を受けたこと、相手方は同じく一四年当時二、三百円相当の物の贈与を受けたこと、申立人清は他の申立人及び相手方に比し特別の教育として旧制中等教育、高等工業教育を受け、昭和一六年一二月までに被相続人より順次一、八〇〇円程度の学資金の贈与を受けたこと、相手方は昭和二〇年水害の当時被相続人より箪笥、衣類、金庫、掛軸その他の生活物資時価約一千円程度の贈与を受けたことは、いづれも当事者間に争がない。

(ホ)  被相続人が呉市より使用権を取得した呉市○○○○丁目○○○番地墓地二畝三歩の内の一坪の存すること、呉市○○○簡易水道五拾円出資一口の存することも当事者間に争がない。

三、遺産の価額

遺産が不動産である場合その価額の算定は、遺産分割時の価額によるを相当と解する。そして家屋のように年々その価値を損耗するものについては、遺産分割時の価額が相続開始時より少ないときはその差額は共同相続人中の占有者の負担とすることが公平の理念に適するものと考える。遺産とみなさるべき贈与については、贈与時の価額を遺産分割時の貨幣価値に換算した価額をもつて贈与財産とみるを相当と考える。このような考え方に基いて本件遺産の価値を算出するときは、不動産については鑑定人井上晋平の鑑定の結果により

別紙第一目録記載の物件の価額は金二六万七千九百五〇円

同第二目録記載の物件の価額は金一一七万八千円

同第三目録記載の物件の価額は金一〇三万五千三百三〇円

である。次に婚姻のため申立人アキの昭和一一年当時の受贈物の価額七百円、同和枝の昭和一二年当時の受贈物の価額三百円、相手方の同昭和一四年当時の受贈物の価額二百円及び昭和二〇年当時相手方の受贈生活用品の価額約一千円、申立人清が昭和一〇年前後より昭和一六年一二月までの間に受けた学資金約一千八百円を、それぞれ昭和三三年九月当時の貨弊価値に換算するときは

アキ分二一万六千円、和枝分八万四千円、相手方分一二万一千円、清分約四三万円となることは、日本銀行広島支店長の物価指数回答書及び同支店の電話回答報告書に基き算数上明かである。呉市に対して有する墓地一坪の使用権が価値僅少のものであつて価額を計上するに足りないものであることは、家庭裁判所調査官須永正の調査の結果これを認めることができるし、○○町簡易水道出資が現今無価値のものであることは当事者間に争がない。このようにして本件相続財産及び相続財産とみなすべき遺贈及び贈与の価額を合計するときは金三三三万二千二百八〇円となりこの金額が相続分算定の基礎となる金額である。

四、相続分

本件被相続人が長男である相手方に対し、昭和二二年五月九日付遺言により資産の重要部分を遺贈し、次いで昭和二五年四月八日前記認定のように○屋営業用建物を贈与し、資産の大部分を相手方の所有に帰せしめている事実は、相手方に対し均分相続分を超えて相続をさせる意思を表示したものと認定する。さすればこの意思表示は共同相続人の遺留分を害しない限度において効力を有する。そこで共同相続人である申立人等の遺留分の割合が何程であるかを考えるに、申立人等及び相手方は被相続人の直系卑属であるから相続財産の二分の一が遺留分であり、これを共同相続人四人に分割すれば各自の遺留分の割合は八分の一となり、申立人等の相続分は相続財産の各八分の一、相手方のそれは二分の一に八分の一を加えた八分の五となる。この相続分の割合を前項遺産の総価額三三三万二千二百八〇円に乗じた

四一万六千五百三五円が申立人等一人毎の相続分であり

二〇八万二千六百七五円が相手方の相続分である。

しかるに家屋については前項に述べたように損耗額を占有者の負担とすべきであるところ、主文一の(イ)の家屋は申立人アキが相続開始時から占有しており、鑑定人井上晋平の鑑定により遺産分割時の価額が相続開始時の価額よりも五千五百円減少しているから、これを同人の負担として控除すれば同人の相続分は四一万一千三五円となり、主文掲記一の(ハ)の家屋は、同様和枝の占有にかかるので、前同様損耗額一万五千五〇円を控除すれば同人の相続分は四〇万一千四百八五円となり、別紙第二目録記載の家屋は、相手方の占有にかかるので、同様損耗額七万七千五百円を控除すれば相手方の相続分は二〇〇万五千百七五円となり、申立人清の相続分には変動がない。

五、分割の実施

分割の実施に当つては前項のようにして定つた抽象的相続分から法定の贈与又は遺贈の価額を控除して受くべき相続分の存否を定めなければならない。

申立人アキについては、四一万一千三五円から婚姻のため贈与を受けた二一万六千円を控除した一九万五千三五円が

申立人和枝については、四〇万一千四百八五円から婚姻のため贈与を受けた八万四千円を控除した三一万七千四百八五円が

受くべき相続分となるけれども

申立人清は約四三万円の贈与を受けたことになるから、一万三千余円相続分より多く贈与を受けたことになり、

相手方の受けた贈与又は遺贈の価額は、二三三万四千三百三〇円で相続分より二五万一千六百五五円多く受けた計算となり

共に受くべき相続分は存しないこととなる。そこで現に遺産として存する別紙第一目録記載の物件をどのように分割すべきかを考えるに、呉市○○○○丁目○番地家屋番号第○○番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一一坪の家屋は、申立人アキが離婚復籍した昭和一五年当時より居住支配し、呉市○○○○丁目○○○番地ノ三家屋番号○○○番ノ二木造瓦葺平家建居宅兼店舗建坪一五坪五勺の家屋は、申立人和枝が相続開始当時より居住支配して、いづれも今日に至つており、同人等は他に家屋を所有していないことが認められるので、これをそれぞれ同人等の単独所有として分割することが相当であると認める。呉市○○町字○○○○○番地ノ一保安林二反四畝歩は、現に保安林であつてその利用価値は少ないけれどもこれを申立人アキの単独所有とし、本手続中に出現した呉市○○○○丁目○○○番地墓地二畝三歩の内一坪の呉市に対する使用権は零細価値のものであるけれども、被相続人が和枝に与える意思を有していたことが認められるので、和枝単独の使用権として分割するを相当とする。

このようにして現有遺産の分割をしてもなをアキ分において九万八千百三五円、和枝分において一六万六千九百八五円をそれぞれ相続分に充当することができない。そしてこの相続分は即ち遺留分に相当するものであること前項解明の通りであるから民法第九〇三条第三項により保護せらるべきものである。ここで疑問となるのは、共同相続人の遺留分を害する贈与又は遺贈がある場合に遺産分割手続において直接贈与又は遺贈の効力を否定して遺産を分割することができるかどうかの問題である。惟うに被相続人が共同相続人中のある者に均分相続分を超えて相続をさせる意思を表示した場合は、他の共同相続人の遺留分を害しない限度でその効力を有することを定めた民法第九〇三条第三項の規定は、減殺の請求があるまでは遺贈又は贈与の効力を認める一般遺留分に関する規定の特別規定とみなければならない。けだし共同相続人間の遺産分割の手続は、遺産の範囲の確定、相続財産とみなすべき贈与又は遺贈の認定、それらの価額の確定、共同相続人間における遺留分を害する遺贈または贈与の存否の認定等一連の関連において処理すべきものであつて、それらの一を除外しては竟に遺産分割手続の完遂は期せられないのであるから、民法は遺産分割の迅速適正の処理を期待して特別の規定を設けたものと解せられるのである。このように解釈すれば本件においても家庭裁判所は、遺留分を害する贈与又は遺贈の効力を否定して、直ちにそれらの目的となつたものにつき分割を行うことができるのであるが本件は贈与と遺贈が併存しているので民法第一、〇三三条の類推により、先づ遺贈の目的となつた別紙第三目録の物件中呉市○○○○丁目○○○番ノ三宅地三二坪一合三勺は、申立人和枝のために分割した主文一の(ハ)の家屋の存する土地であつて、その評価額は二五万七千四〇円であるから、申立人アキ、和枝両名の遺留分侵害額を合算した二六万二千百二〇円にほぼ匹敵するので、この物件に対する被相続人の遺贈の効力を否認し、これを申立人アキ、和枝両名の共有とし、その持分をアキ二六分の一〇、和枝を二六分の一六とするを相当と認め、家事審判法第九条第一項乙類第一〇号により主文の通り審決する。

(家事審判官 太田英雄)

別紙目録略

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