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広島高等裁判所 平成10年(ネ)47号 判決 1998年9月04日

控訴人

本廣昭子

右訴訟代理人弁護士

倉重龍雄

被控訴人

宮西シヲ子

右訴訟代理人弁護士

中光弘治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、二二五九万六四七一円並びに内金五〇二万九六四五円に対する平成五年五月二四日から、内金二五〇万六三四九円に対する同六年二月二四日から、内金四九四万四五〇五円に対する同年九月二一日から、内金一二六万四三四四円に対する同三年七月一七日から、内金一二六万一六九三円に対する同四年六月二九日から、内金三八〇万四五六二円に対する同二年九月二〇日から及び内金三七八万五三七三円に対する同四年七月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  事案の概要及び争点

原判決四頁八行目の「前記第一」の後に「の2」を加えるほかは、原判決が「第二 事案の概要及び争点」と題する部分に記載するとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  次のとおり付加・訂正するほかは、原判決が「第三 争点に対する判断」と題する部分(七頁二行目から二九頁三行目まで)に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇頁七行目の後に改行して次のとおり加える。

本件公正証書を作成した甲野公証人が壽雄の病室を訪れていた平成六年一〇月一四日午後五時三〇分頃から六時頃までの間は、壽雄の主治医である赤司医師の臨床経過記録の記載から裏付けられるように、壽雄は「比較的意識はクリアー」な状態であった。また、甲野公証人も、右時点における壽雄の精神状態に何らの問題が無かったことを明言しているところ、甲野公証人は既に公証人として七年の経験を有し、多数の遺言を作成してきている者であるから、同人の受けた印象は十分信用するに値するものというべきである。

2  同一一頁二行目の後に改行して次のとおり加える。

本件においては、壽雄の意思能力に欠けるところがない状態において、壽雄が甲野公証人に「私の財産はお袋にすべて任せたい。私の考えのとおりにして欲しいので本廣に頼んだ。」と発言し、甲野公証人が予め用意していた原稿に基づき読み聞かせたところ、壽雄において「結構です」と答えているから、民法九六九条二号所定の「口述」の要件に欠けるところはない。

3  同一一頁四行目の「(2)」を「(1)」と、同一三頁四行目の「あるが」を「あり」と、同六行目の「ており」から七行目末尾までを「たが、家を出て、別居するまでには至っていない。」と、同一八頁一〇行目の「常時ではない」を「名前を呼ばれれば返事はする」とそれぞれ改め、同一九頁一行目の「加え、」の後に「虫がいないにもかかわらず、虫がいると言うような」を、同二行目「しており、」の後に「医師などの呼びかけに対してまともに返事ができる時と全く辻褄の合わない応答をする時とが混在し、一定時間何かをきちんと考えることは困難な状況になっていた。そして、」をそれぞれ加え、同三行目から四行目にかけての「難しく、点滴を投与することさえできない」を「難しい」と、同二〇頁八行目から同一〇行目にかけての「私の財産はお袋にすべてを任せたい。私の考えのとおりにして欲しいので本廣に頼んだ。」を「お袋に任せたい。本廣に任せたい。」とそれぞれ改める。

4  同二二頁一〇行目の後に改行して次のとおり加える。

控訴人は、赤司医師の臨床経過記録の記載からは、本件公正証書を作成した甲野公証人が壽雄の病室を訪れていた平成六年一〇月一四日午後五時三〇分頃から六時頃までの間、壽雄は意識が比較的クリアーであったことが裏付けられるし、甲野公証人も、右時点における壽雄の精神状態に何らの問題がなかったことを明言している旨主張し、これに沿う甲二七ないし二九、三二を提出する。なるほど、甲二八(入院要約)には一〇月一四日の壽雄の容態について、「時折コンシャスネスドロージーとなるも比較的意識はクリアーであった」旨の赤司医師による記載があるが、同医師はその意味について、「意識がクリアーであると記載していても、それは健康な人と同じように正常な判断能力があるという意味ではなく、医師の問いかけに対して壽雄から一応きちんとした答えが返ってきて特に異常な言動は無かったということであるが、問いかけ自体、『気分はどうですか。』、『痛みはありませんか。』などの体の容態に関するものが主体で、それほど難しい判断能力を要するようなものではないから、クリアーという記載が直ちに正常な判断能力を示すものではない。」旨述べているのであって(甲三二)、前示のような当時の壽雄の容態からすると、右甲二八の記載や甲野公証人の印象をもって壽雄の精神状態に何らの問題が無かったと認めることはできない。

5  同二三頁六行目の「証人本廣」の次に「の証言」を加える。

6  同二八頁一〇行目の後に改行して次のとおり加える。

なお、控訴人は、壽雄の意思能力に欠けるところがない状態において、壽雄が甲野公証人に「私の財産はお袋にすべて任せたい。私の考えのとおりにして欲しいので本廣に頼んだ。」と発言し、甲野公証人が予め用意していた原稿に基づき読み聞かせたところ、壽雄において「結構です」と答えているから、民法九六九条二号所定の「口述」の要件に欠けるところはない旨主張する。しかし、前示のとおり、本件公正証書作成当時、壽雄は意思能力が欠如していたとまでは言い切れないものの、極めてそれに近い状態にあったことは否定し得ないところであり、「壽雄の意思能力に欠けるところがない状態において」という控訴人の主張の前提自体が採用できない。また、壽雄が甲野公証人に「私の財産はお袋にすべて任せたい。私の考えのとおりにして欲しいので本廣に頼んだ。」と発言したとの点については、その旨の甲野公証人の原審における証言部分は存するが、同人は壽雄の言った言葉は、「お袋に任せたい。」、「本廣に任せたい。」、「判子を新しくした。」の三つだったと思うとも証言しているのであり、前示の壽雄の容態にも鑑みると、壽雄がその財産の帰属や管理について整然と自身の考えを述べたか否かについては疑問があり、控訴人引用にかかる右甲野公証人の証言部分は壽雄の発言そのものというよりも、断片的な壽雄の応答から甲野公証人が推測した事柄をも含むものと解せられること、壽雄は本件公正証書作成の約二週間前(一〇月一日)に「内妻宮西シヲ子は本人の自由にして下さい。お金の事一切異議の申し立てしません。車も使って下さい。」などと記載した「遺言書」と題する書面(乙三)を全文自署して被控訴人に与えていることなどを併せ考えると、壽雄の甲野公証人に対する発言、対応をもって、民法九六九条二号所定の「口述」の要件を充足すると解することはできない。仮に壽雄が真実、右甲野公証人の証言部分のような発言をしたとしても、本件においては、前示のように、壽雄が意思能力欠如に近い状態にあったこと、公正証書の作成嘱託に当たり本廣は事前に壽雄の意向を確認していないこと、壽雄と先妻の間の四名の子らに対してなんら連絡、相談をしていないこと、甲野公証人も右四名の子らの存在を容易に知り得たにもかかわらず、壽雄がなぜスミノに包括遺贈するのかなどについて同人に確認していないこと、本廣はその後の経過から見て本件遺言について強い利害関係を持つ者といいうることが認められるから、結局、本件公正証書の作成は遺言者たる壽雄の真意に基づく、自由にして明確な遺言意思表示を確保するための口述の方式によってなされたとは認めることができないというべきである。

二  以上のとおり、控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却するべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 笠原嘉人 裁判官 金子順一)

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