広島高等裁判所 平成2年(う)238号 判決
1 所論は要するに,原審は,「約10分間の駐車違反の公訴事実に対し,交通巡視員2名の証言は信用することができず,駐車違反はせいぜい5分間くらいと認定した上,本件当時の駐車違反の検挙は,10分間未満のものにつき口頭警告にとどめられていたので,検察官の本件公訴の提起は被告人に不公正な処罰を求めるものであり,公訴権濫用に当たるとして刑事訴訟法338条4号に準じて本件公訴を棄却する。」旨判示して,公訴棄却の判決を言い渡したが,原判決は被告人の違法駐車について証拠の価値判断と取捨選択を誤り,駐車時間を約5分間と認定した点において事実を誤認し,また,同事実を前提に,最高裁判所の判例に違反して,公訴権濫用の理論を適用し,刑事訴訟法338条4号に準じて公訴を棄却した点において法令適用を誤ったものであって,破棄を免れないというのである。
2 (事実誤認の論旨について)
(1) G女及びM女の両名は,交通巡視員として昭和63年1月6日午前11時ころ,山口市駅通り2丁目7番24号付近道路(以下「A地点」という。)で駐車違反の検挙活動を両名で行い,M女巡視員は,同7分ころ事件処理を完了し,G女巡視員は,同時刻の数分前に同地点を離れ,市道を南西方面に進み,O服店前で(以下「B地点」という。)公訴事実記載の場所(以下「C地点」という。)に駐車中の被告人車両を認めているのであるが,G女の供述する同人の本件取締りの経緯は,M女の供述等関係証拠にもおおむね符合し,特に,現認開始時刻を午前11時10分ころとし,また,被告人車両の駐車時間を約10分間と認めることに関して証拠上殊更不合理な点は認められない。
(2) 次に原判決は,「G女が被告人車両の駐車違反の取締りに当たって,運転者の有無を確認しないまま,車に接近しながら車両を最初に見た時刻を現認開始時刻とすることは,合理性がなく,かつ,正確な取締りとはいえない。また,G女は,その初認時刻をメモしていない。」として,同人がB地点からC地点の被告人車両の駐車を認め,この時刻を現認開始時刻とした取締り方法を批判しているところ,まず合理性の点について検討すると,駐車違反の取締りに当たって車両内の運転者の有無を確認することは,駐車違反の認定に欠くべからざる要件であるが,運転者が車両から離れて直ちに運転できない状態にあるかどうかの点を含め,駐車違反の事実を認定する方法は,取締り態勢及び取締り時の現場の状況に応じて多様な形態があり得るのであって,混同を生じるおそれがないような場合には,当該車両に接近しなくとも運転者の車両からの離脱状況に関する判断が可能な地点ないし時点で当該車両の駐車違反事実を認めることも許される方法であり,現認行為の正確性に疑いをはさむ余地はなく,また,同現認が客観的に可能であることは,当審で取り調べた関係証拠によっても認められる。さらに,原判決はG女が初認時刻をメモしなかった点を批判しているが,同時に多数の駐車違反車両を現認しようとする場合はともかく,他の車両の駐車違反の事実と混同するおそれがない本件において,初認時刻をメモしなかったことが駐車違反の現認方法として不適当であったと決め付けるのは相当でない。
(3) さらに原判決は,「被告人がC地点からK印判店まで行き,所用を済まして同地点まで戻って来るための所要時間は,検証・実況見分の結果及び被告人が小走りで往復したことなどのほか印判購入等に要する時間を考慮すると,5分くらいは要したものと認められる。」旨判示し,被告人の駐車時間を5分間くらいと認定している。
しかし,被告人は当初から前記印判店の場所を知っていて同店に向かったものではなく,被告人車両駐車後,通行人にこれを聞いてから同店に向かったものであり,C地点から直線距離で約120メートル離れている同店を知っている通行人を見つけるのに若干時間を要すること,被告人の歩行態様の他,K印判店内における印判購入行為の経緯あるいは内容次第では時間的に相当長短の差が生ずる可能性があると考えられるところ,原判決は,被告人の供述のみによっており,その供述内容を客観的に裏付ける証拠は乏しく,また,被告人は,「自分がC地点に向かう途中,G女ほか1名の交通巡視員が交通違反車両の取締りをしているのを見ているので,急いで道路を斜めに小走りにして前記K印判店へ行き来した。」旨供述しているが,当審で取り調べた関係証拠によると,G女らが被告人の供述する場所で交通取締りをした事実はなく,他に被告人の供述内容に沿う証拠も存しないことから,これを前提にして被告人の車両からの離脱時間を認定することはできない。さらに,駐車違反で検挙される蓋然性の高い本件場所に駐車したまま車両を離れること自体が不合理であって,被告人の供述は,自己が迅速にC地点と印判店の間を行き来したことを理由付けるための作為的なものである疑いを否定することができず,原判決の認定した駐車時間は証拠の評価として十分な根拠に乏しく,事実を誤認したものというほかはない。
3 (法令適用の誤りについて)
原判決は,本件取締り当時,駐車違反の検挙は現認時間を10分間確認し,10分間に満たない違反者に対しては口頭警告にとどめていたのであるから,被告人の弁明に基づき調査を十分尽くしておれば,本件は現場において交通巡視員による口頭警告にとどまり,送致または起訴に至らなかった事案である旨判示するが,駐車違反事実に対して口頭による警告にとどめるか,検挙して立件するかの選別は,単に駐車違反の時間のみならず,その違反場所,態様など様々な状況によって異ならざるを得ないものと考えられる。また,公訴権の発動については,犯罪の軽重のみならず,犯罪の情状等の諸般の事情をも考慮しなければならないことは刑事訴訟法248条の示すとおりであり,起訴又は不起訴処分の当不当は,犯罪事実の客観的側面だけによっては断定することができず,審判対象になっていない他事件についての公訴権の発動の状況との対比等を理由にして本件公訴提起が著しく不当であるなどということはできないのであり,このことが,憲法14条に反するものでないことは明らかである。したがって,本件の場合に公訴権濫用の理論に基づき刑事訴訟法338条4号に準じて本件公訴を棄却した原判決は,法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。