広島高等裁判所 平成2年(行ケ)1号 判決 1991年10月14日
原告
金尾哲也
同
大迫唯志
同
山下哲夫
同
吉田修
同
木村豊
同
坂本彰男
右各原告訴訟代理人弁護士
次の六名中各原告本人につきそれぞれ自己を除く他の五名
金尾哲也
大迫唯志
山下哲夫
吉田修
木村豊
坂本彰男
被告
広島県選挙管理委員会
右代表者委員長
山本朗
右指定代理人
大西嘉彦
外六名
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 平成二年二月一八日に行われた衆議院議員選挙の広島県第一区における選挙を無効とする。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、平成二年二月一八日に行われた衆議院議員選挙(以下、「本件選挙」という。)の広島県第一区における選挙人である。
2 本件選挙は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号、以下「公選法」という。)について昭和六一年法律第六七号(以下、「昭和六一年改正法」という。)によって改正された衆議院議員定数配分規定(同法第一三条別表第一及び同附則七ないし一〇項、以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行された。
3 ところで、本件議員定数配分規定は、以下に述べるとおり、無効なものであり、これに基づき施行された本件選挙も無効である。
(一) 本件選挙当時の投票価値の較差が違憲状態に達していたこと
(1) 憲法は、その四三条、四七条において国会議員の選挙に関する諸事項の決定を国会に委ねる旨の規定をしている。これは、国会に対して、国会議員選挙の執行法律の制定を義務づけると同時に執行法律の制定に関して一定範囲の裁量を与えていることを意味している。しかしながら、この規定によって国会に与えられた裁量は、何らの拘束のない広範かつ自由な裁量を意味するものではない。すなわち、いわゆる立法裁量と呼ばれる立法に関して国会に与えられた裁量は、その立法により具体化される権利の性質によりおのずから範囲が画されているものである。
(2) したがって、この立法裁量の範囲を判断するに際しては、まずその立法において具体化される権利の内容を検討する必要があるのであるが、選挙権が我が国の憲法の基本原理の一つである国民主権の理念を具現化する権利であることはいうまでもなく、また選挙権における平等原則が一人一票の原則のみならず投票価値の平等をも含めた意味においても憲法上の要請であることは明らかである。しかもこの選挙権は、表現の自由などの精神的基本権同様、人権体系において優越的地位を占める権利である以上、選挙における平等の要請は最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁、以下、「五一年大法廷判決」という。)の判示する人口比率以外の考慮要素とは同列に考えるべきものではない。つまり、選挙権の権利の性質上、人口比率は国会における立法裁量の範囲を画するものであり、人口比率以外の考慮要素はその人口比率によって画された立法裁量の範囲内において、当該立法の基礎となる立法事実の合理性を担保させる事実に過ぎないのである。
(3) 以上のように、議員定数配分規定における立法裁量は、人口比率基準によってその範囲が画されていると考える以上、一人の国民が投じた一票が他の国民の投じた一票の二倍もの投票価値があることはそれ自体憲法が保障する選挙における平等原則に違反し、憲法に違反しているといわざるを得ない。すなわち、一票の投票の価値の較差は最大一対二が限度であり、それ以上の投票の価値の不平等は、憲法に違反すると考えるべきである。ところで、本件選挙において自治省発表の本件選挙公示前日である平成二年二月二日現在の各選挙区別選挙人数によれば、議員一人当たりの選挙人数の最も少ないのは宮崎県第二区の一〇万五九三九人であり、これに対して最も多いのは神奈川県第四区の三三万六八五九人となっており、投票価値の較差に換算すれば約3.18対一となっている。したがって、右較差(以下、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差を「定数較差(人口比)」といい、同議員一人当たりの選挙人数の較差を「定数較差(選挙人数比)」といい、人口比と選挙人数比とを格別区別する必要がない場合は単に「定数較差」という。)を許容する公選法は、憲法一四条一項、同一五条一、三項、同四四条に違反して無効であり、無効の規定によってなされた本件選挙もまた無効である。
(二) 昭和六一年改正とその後の較差拡大
(1) 前記(一)のとおり昭和六一年改正法によって改正された本件議員定数配分規定は、投票価値の平等に反し無効と考えるが、仮に、昭和六一年の定数改正により一応違憲状態が解消されたものと解する見解に立脚したとすれば、改正の当時は合憲であった議員定数配分規定が、その後の人口異動により較差が増大し合憲性の要件を欠くに至った場合に、憲法上要求されると解されている「是正のための合理的期間」が問題になる。そして、原告らは、容易に近い将来違憲状態の進行が予想された昭和六一年改正法による本件議員定数配分規定には「是正のために必要な合理的期間論」の適用はないものと考える。
(2) 五一年大法廷判決は、「合理的期間内における是正」につき、「前記のような人口の異動は不断に生じ、したがって選挙区における人口数と議員定数との比率も絶えず変動するのに対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは、必ずしも実際的ではなく、また、相当でもないことを考えると、右事情によって具体的な比率の偏差が選挙権の平等の要求に反する程度となったとしても、これによって直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とすべきものではなく、人口の変動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにそれが行われない場合に始めて憲法違反と断ぜらるべきものと解するのが、相当である。」と判示している。
(3) ところで、昭和六一年改正法は、改正前の衆議院議員定数配分規定が最高裁判所昭和五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三頁、以下、「五八年大法廷判決」という。)で違憲状態にあると警告され、さらに同六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁、以下、「六〇年大法廷判決」という。)によって明確に違憲と断定されたことを受けて本件選挙の直前に急遽改正されたものである。
しかして、その内容は、昭和六〇年における国勢調査(以下「国調」という。)の速報値に基づき、定数較差(人口比)を一対三以内にとどめて、さしあたり司法府からの違憲判断を回避しようとしたもので、抜本的改正には程遠いものであった。
(4) 昭和三五年以降の国調の人口に基づく定数較差(人口比)の最大値拡大の推移は次のとおりである。
昭和三五年 一対3.21
(昭和三九年改正で一対2.19)
昭和四〇年 一対3.22
昭和四五年 一対4.83
(昭和五〇年改正で一対2.92)
昭和五〇年 一対3.71
昭和五五年 一対4.55
昭和六〇年 一対5.12
(昭和六一年改正で一対2.99)
右は昭和三九年、同五〇年の改正における程度の定数較差是正では、近年の人口の都市集中現象のもとで較差の増大を回避することはできないことを如実に示しており、今回の一対2.99程度の手直しでは、極めて近い将来に三倍以上の較差が現出するのは必至であったといえる。現に、昭和六二年三月三一日時点において住民基本台帳に基づく定数較差(人口比)の最大値は一対3.08に達し、右定数較差はその後も増大する傾向を示していたのである。
したがって、立法府においても、昭和六一年七月六日の衆議院議員総選挙後に、昭和六一年改正法により選挙が実施されれば、その最大較差が一対三を超えることは容易に予見しえたはずである。それ故、昭和六一年改正法が可決された際、衆議院本会議において、「今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする。」との決議もなされているのである。
(5) 以上のとおり、昭和六一年改正法により成立した本件議員定数配分規定は、昭和六〇年一〇月実施の国調の要計表(速報値)人口に基づき、定数較差(人口比)を一対三以内にとどめ、当面の違憲状態とその批判を免れようとしたものであり、早期の抜本的是正を予定した暫定規定である。この改正当時、既に短期のうちに較差が一対三を超えることは予想されたところであって、実際本件選挙当時は前記(一)で述べた状態に達していた。以上のように、容易に近い将来の違憲状態の進行が推定される本件議員定数配分規定には、五一年大法廷判決の趣旨から見ても、いわゆる「是正のために必要な合理的期間論」の適用はないと解するべきである。
(三) 逆転現象
例えば、広島県内の衆議院議員選挙をみてみると、第一区の昭和六〇年国調の結果による人口は一二〇万三一七五人(本件選挙当日有権者数八八万八六三九人)に対し、定数は三人、これに対し、第二区は同人口七〇万八三五四人(本件選挙当日有権者数五二万一一八八人)に対し定数は四人、第三区は同人口九〇万七六四八人(本件選挙当日有権者数六六万三一二一人)に対し定数は五人となっており(昭和六〇年国調の人口については、甲第二号証、本件選挙当日の有権者数は甲第一号証の二によった。)、このように人口の多い選挙区の議員定数の方が、人口の少ない選挙区の議員定数より少数であるという現象を、いわゆる逆転現象と呼んでいる。
この逆転現象は、定数配分規定そのものの不合理性を端的に示すものであるが、因みに、本件選挙時には、少なくとも一五の選挙区で、広島県第二区より人口が多いのに、議員定数の配分の少ない逆転現象を起こしていた。
(四) 新しい判決形式
(1) 従来、同種訴訟において投票価値の較差の存在が違憲と判断された場合、殆どの場合はいわゆる事情判決により判決文において選挙の違法を宣言するにとどまり、選挙無効についてはその請求を棄却してきた。裁判所がこのような事情判決をしてきた背景には、将来はこの違憲判決により遠からず立法府は衆議院議員の定数を是正するであろうということへの期待があったからに他ならない。しかし、現実には、立法府は為すべくして為さず、昭和五一年以来の数度にわたる諸々の事情判決は立法府の怠慢と違憲状態の増大傾向を追認することの繰り返しという、まことに皮肉な結果を招来してしまった。むしろ、昨今はこの事情判決の残した曖昧状態の尻拭いの如き合憲論まで出る始末となっている。
(2) 右のような事情判決に存する事実上の不都合もさることながら、事情判決には、法理論的にも次のような難点がある。
第一には、公選法二一九条は選挙に関する訴訟については、行政事件訴訟法三一条の準用は排除すると明文で規定する。また、公選法二〇五条一項にも明白に「全部または一部の無効の判決をしなければならない」と言い切っているところから、当然事情判決ないしはその法理は採用できないというべきである。
第二に、事情判決制度そのものの合憲性にも疑義がある。端的にいって、事情判決とは、公益を根拠に違法処分を維持することを認める異例の判決形式であるが、この公益によって劣後せしめられるものは「裁判を受ける権利」という憲法上の人権である。行政事件訴訟法三一条の規定も人権制限規定としては甚だ漠然としており、それ自体違憲の疑いがある。比較法的にも他国には例がない。
(3) ところで、本件選挙を無効と宣言した場合、実際に「憲法上の所期しない事態」としてどのような混乱が起きるというのであろうか。それは、先に述べた明文規定を無視してまで事情判決を採らねばならない程の重大な混乱なのであろうか。
ア まず、本件のような提訴が全国で為されれば、結果として衆議院の活動が停止するのではないかとの危惧がある。しかし、これは杞憂にすぎない。すなわち、全国的な提訴に至っても大多数の選挙区では公選法二〇五条一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞」が認められないであろう。また、認められる選挙区においても同条二項により「当選により異動を生ずる虞のない」議員を相当数判別できる。結局、無効判決により資格を失う議員の数は議院の活動を停止する程には達せず、勿論定足数である三分の一を割ることなど考えられないのである。したがって、この点での無効判決回避論は理由がない。
イ 次に無効選挙区の議員を欠いた状態での法改正は望ましくないとの指摘に対しても次のような反論が可能である。すなわち、確かに、右状態が望ましくないことは事実だが、近時の違憲状態の長期継続という「望ましくない」事態に比肩すれば、過渡的な事態として甘受すべき範囲内のものといえよう。立法府の法改正を期待することから採られた事情判決の法理が、違憲状態の追認作用しか果たし得なくなった現状からして、現段階では最早同様の判決の繰り返しは病巣を深化させこそすれ、事態の解決のためには何ら益することのないものとなったと評価せざるを得ない。原告らとしては、明白に「無効」を宣言すべき時は既に到来していると考える。
(4) また、無効を宣言するにしても、その宣言の仕方にはいくつかの方法があると考えられる。原告らは、直ちに選挙無効を宣言することは、混乱を招き適当ではないというのであれば、六か月(この間に法改正は十分可能である。)の法改正のための猶予期間を与えて、これでもなお、違憲状態が解消されないときは、選挙無効として本選挙区の選出議員の資格を失わしめるという方法が妥当であると考える。
4 以上の次第で、原告らは、公選法二〇四条に基づき、本件選挙は違憲の本件議員定数配分規定により行われたことを理由に、本件選挙の広島県第一区における選挙を無効とする旨の判決を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
(認否)
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3の事実のうち、本件選挙において自治省発表の本件選挙公示前日である平成二年二月二日現在の各選挙区別選挙人数によれば、議員一人当たりの選挙人数の最も少ないのは宮崎県第二区の一〇万五九三九人であり、これに対して最も多いのは神奈川県第四区の三三万六八五九人となっており、投票価値の較差に換算すれば約3.18対一となっていたこと、六一年改正法は、改正前の衆議院議員定数配分規定が六〇年大法廷判決によって違憲であると判断されたことを受けて改正されたこと、そして六一年改正法によると、昭和六〇年国調の人口(速報値)に基づく定数較差(人口比)の最大値が一対2.99(長野県第三区と神奈川県第四区)となること、本件選挙の基礎となった本件議員定数配分規定には、原告らの指摘するとおり、いわゆる逆転現象の生じていたことはそれぞれ認めるが、その余は争う。
3 同4は争う。
(主張)
第一 議員定数配分に際しての国会の裁量権
一 はじめに
憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条但書の各規定からすると、憲法が選挙権の平等を保障していることは明らかである。そして、各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが最高裁判所の判例である(五一年、五八年、六〇年各大法廷判決、最高裁判所昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四頁、以下、「六三年第二小法廷判決」という。)。
しかしながら、このことは、異なる選挙区間における投票価値の形式的平等を欠けば直ちに違憲となることを意味するものではなく、議員定数配分規定が国会の裁量権の合理的な行使として是認しうるものであれば憲法上許容されると考えるべきであり、右各判例もこれを認めている。
二 衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数配分に関する国会の裁量権
1 議会制民主主義の下における選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効率的な反映など国民代表の的確な選任、政治の安定を要請していることから、議員定数配分の決定は、単なる数字の操作のみで解決できない高度の政治的、技術的要素を含んでいるのである。したがって、議会制民主主義の下における選挙制度は、相互に矛盾する一面を有する右のような要請を考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものである。そして、国民代表の的確な選任という要請を満たす選挙制度の設定は、現代のような多元的社会においては、国民の政治的意思が、様々な思想的、世界観的対立、多種多様の利益集団の対立、都市部対農村部の対立等を通じて複雑かつ多様な形で現れるため、極めて多方面にわたる配慮を必要とするのである。さらに、政党政治の発達は、国民代表の観念さえも著しく変質させてきており、国民代表の的確な選任の要請の持つ意味すら必ずしも明らかでなくなってきているのである。他方、対外的には、世界情勢の複雑化、国内的には福祉国家体制の進展に伴い、国家の社会、経済への積極的関与の度合いが高まり、政治の効率的な運営のために政治の安定も強く要請されているのである。
2 このように、選挙制度は、国民の多様な利害や意見を公正かつ効率的に反映し、国民代表の的確な選任、政治の安定等という諸要請を、それぞれの国の政治状況に照らし、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に全体的、総合的見地から考察し、適切に調整した上で決定されるべきものである。
3 以上のような理由から、憲法も国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を、原則として国会の裁量に委ねているのである。したがって、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。
4 衆議院議員の選挙は、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されているが、この場合において、具体的にどのように選挙区を区分し、それぞれに幾人の議員を配分するかを決定するについては、異なる選挙区間の投票価値の平等を憲法が要求していると解する以上、各選挙区間の選挙人数又は人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるのであるが、それ以外にも、国会が正当に考慮し得る要素は少なくないのである。五一年大法廷判決も、国会において実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素について、「殊に、都道府県は、それが従来我が国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重に鑑み、選挙区割の基礎を成すものとして無視することの出来ない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたっては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等の諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるべきものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象が生じた場合、これをどのように評価し、前述した政治における安定の要素をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない」旨判示し、衆議院議員の選挙につき、選挙区割や議員定数配分を国会が決定する際に、極めて多種多様の要素を考慮し得るとし、国会に広範な立法裁量権を認めているのである。
5 以上のとおり、衆議院議員の定数配分の均衡の問題は、議会制民主主義の下における選挙制度のあり方を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきもので、もともと客観的基準になじみにくい分野である。そして、裁判所が、議員定数配分規定を国会の裁量権の合理的な行使として是認できるかどうかを判断するに当たっては、事の性質上、特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点から、たやすくその決定の適否を判断すべきものでないことはいうまでもないところである。したがって、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において、通常考慮し得る前述のような諸要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときに限り、国会の合理的裁量を超えているものと判断すべきものである。
第二 本件議員定数配分規定の合憲性
一 本件選挙が依拠した本件議員定数配分規定は、前述のとおり、昭和六一年改正法により改正されたものであるが、それによれば、昭和六〇年一〇月実施の国調の要計表(速報値)人口に基づく定数較差(人口比)の最大値は一対2.99(長野県第三区と神奈川県第四区)であった。
被告は、本項において、本件選挙当時の右定数較差が示す選挙区間における投票価値の不平等の程度は、前述のような国会の裁量権の性質に照らすならば、それが、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないことを主張する。
二 衆議院議員定数配分規定の改正経過
1 昭和六一年改正法までの経過
(一) 公選法制定当時までの定数配分
公選法が制定された昭和二五年当時、衆議院議員の定数は同法四条一項(総議員数は四六六名であった。)で、その選挙区割及び議員定数の配分は同法一三条一項、別表第一でそれぞれ規定されていたところ、その内容は、公選法の制定とともに廃止された衆議院議員選挙法の規定(ただし、昭和二二年法律第四三号による改正後のもの)を継承したものである。そして、衆議院議員選挙法の右改正では、議員定数の配分について、昭和二一年四月に実施された臨時人口調査の結果に基づいて定められ、それによれば、選挙区間の定数較差(人口比)の最大値は一対1.51(愛媛県第一区と鹿児島県第二区)であった。
(二) 昭和三九年法律第一三二号による定数是正
昭和三五年実施の国調により、定数較差(人口比)の最大値が一対3.21(兵庫県第五区と東京都第六区)となっていることが明らかとなり、国会において種々議論がなされた結果、昭和三九年の第四六回国会において、一二選挙区で一九人増員する定数是正法案が成立し、法律一三二号をもって公布された。
その結果、議員総定数は四八六人となり、定数較差(人口比)の最大値は昭和三五年国調人口で前記3.21倍から兵庫県第五区と愛知県第一区との間の2.19倍に縮小した。
(三) 昭和五〇年法律第六三号による定数是正(以下、「昭和五〇年改正」という。)
昭和四五年に実施された国調により、定数較差(人口比)の最大値が一対4.83(兵庫県第五区と大阪府第三区)に拡大していることが明らかとなり、再度、国会において定数是正が検討された結果、同五〇年の第七五回国会において、一一選挙区で二〇人増員し、その結果六人以上となる選挙区を分区する定数是正法案が成立し、法律第六三号をもって公布された。
その結果、議員総定数は、沖縄復帰に伴う昭和四六年の改正による五人増を含めて五一一人となり、定数較差(人口比)の最大値は、前記4.83倍から兵庫県第五区と東京都第七区との間の2.92倍にまで縮小した。
2 昭和六一年改正法の成立経緯
(一) 昭和五〇年の法改正により、昭和四五年国調人口による定数較差(人口比)の最大値は前記のとおり2.92倍に縮小したが、その後の人口異動により、再び較差は拡大していった。
すなわち、昭和五〇年に実施された国調人口による定数較差(人口比)の最大値は一対3.72(兵庫県第五区と千葉県第四区)となり、同五五年に実施された国調人口による定数較差(人口比)の最大値は一対4.54(兵庫県第五区と千葉県第四区)となり、更に同五八年一二月一八日施行の総選挙時の定数較差(選挙人数比)の最大値は一対4.40(兵庫県第五区と千葉県第四区)となっていた。
(二) このような衆議院議員の各選挙区間の定数不均衡状態に対し、各政党において、その是正は緊急かつ重要な課題であるとして、その検討に取り組んだ。しかし、定数是正問題は、選挙制度の根幹にかかわるものであり、また、改正に伴う影響も大きなものがあることなどから、成案を取りまとめるまでに日時を要した。ようやく、第一〇二回国会において、自民党及び野党四党(社会党、公明党、民社党、社民連)からそれぞれ定数是正法案が提出され、審議したが、右両法案は決議にまで至らず、次国会に継続審議されることとなった。
(三) この間、最高裁判所は、五八年大法廷判決(同年一一月七日言渡し)で、昭和五五年六月二二日施行の総選挙における定数較差(選挙人数比)の最大値が、兵庫県第五区と千葉県第四区との間の3.94倍に及んでいたことについて、「本件選挙当時の右投票価値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていた」とし(ただし、憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったものと断定することは困難であるとして、違憲とはしなかった。)、続いて、第一〇二回国会終了後間もない六〇年大法廷判決(同年七月一七日言渡し)で、同五八年一二月一八日施行の総選挙における定数較差(選挙人数比)の最大値が、兵庫県第五区と千葉県第四区との間の4.40倍に及んでいたことについて、多数意見は、選挙の効力を事情判決の法理により無効としなかったものの、「本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものというべきであり」、「憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったものと評価せざるを得ず」、「本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲と断定するほかない。」との厳しい判断を示し、さらに、補足意見の中には、現行定数配分規定を是正しないまま、選挙が執行された場合には選挙の効力を否定せざるを得ないということもあり得るし、当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは選挙無効の効果は一定期間経過後に発生するという内容の判決もできないわけではないとして、いわゆる将来効判決の可能性を示唆する見解まで示され、定数是正は一層急務となってきた。
(四) その後、昭和六〇年一〇月一四日に召集された第一〇三回国会では、定数是正問題が重要課題の一つとされて審議がされたが、与野党の対立が激しく、合意をみるに至らなかった。そこで、衆議院議長は、同年一二月一九日、次のような議長見解を示した。
「一 会期もあとわずかになった現在、定数是正法案の審議が、委員会およびそれぞれの機関の精力的な協議にもかかわらず未だに決着をみていないことは、誠に遺憾である。
二 そもそも最高裁の判決があった以上、立法府として違憲状態を一日も早く解消すべき重大な責任を負っていることは申すまでもない。議長として、もとより衆議院の代表者としてその責任を痛感している。
三 しかし、現在のところ現実には残りの会期中に決着をつけることは不可能である。従って、あくまでも立法府の責任を果たすため、昭和六〇年国勢調査の速報値に基づき、来る通常国会において、次の原則に基づき、速やかに成立を期するものとする。
1 現行の議員総数(五一一名)は変更しないものとすること。
2 選挙区間議員一人当たり人口の較差は一対三以内とすること。
3 小選挙区制はとらないものとすること。
4 昭和六〇年国勢調査の確定値が公表された段階において、速報値に基づく定数是正措置の見直しをし、さらに抜本的改正を図ることとする。
四 これに対する立法府の決意表明の措置を講ずる。
なお、選挙区制の問題についてはこれまでの与野党間の議論をふまえて、各党が、合意を得られるよう努力を願います。
以上であります。」
これを受けて、調査特別委員会は、翌二〇日、次国会で、早急に定数是正を実現すべき旨の決議を行い、同日の衆議院本会議において、
「衆議院議員の現行選挙区別定数配分規定については、最高裁判所において違憲と判断され、その早急な是正が強く求められている。
本件は、民主政治の基本にかかる問題であり、立法府としてその責任の重大性を深く認識しているところである。
本院は、前国会以来、定数是正法案について精力的に審査を進めてきたが、諸般の事情により、いまだその議了を見るに至っていない。
本問題の重要性と緊急性にかんがみ、次期国会において速やかに選挙区別定数是正の実現を期するものと右決議する。」
との決議がなされ、翌二一日、第一〇三回国会は閉会し、両法案とも審議未了廃案となり、定数是正問題は、次の通常国会に持ち越された。
(五) 第一〇四回国会は、昭和六〇年一二月二四日に召集されたが、同日、昭和六〇年国調の要計表人口が発表され、定数較差(人口比)の最大値が、兵庫県第五区と千葉県第四区との間の5.12倍となることが明らかとなった。このような状況の中で、第一〇四回国会においては、前国会での衆議院議長見解や本会議の決議を受けて、定数是正は速やかに解決すべき最大の課題とされ審議が行われた。
そして、昭和六一年二月一二日、与野党国会対策委員長会談が開かれ、実務者レベルで協議を進めることとなり、それを受けて自民党、社会党、公明党、民社党及び社民連の国会対策副委員長で構成する定数是正問題協議会が設置され、前国会における議長見解を踏まえ、第一〇四回国会において定数是正を行うことを前提として各党間の協議が進められた。右協議の経緯を踏まえ、同年四月一四日、次のような同協議会座長見解が出された。
「一 議長見解を踏まえ、今国会で実現する。
二 今回の定数是正は、附則で行う。
三 是正対象選挙区は、一〇増一〇減の選挙区以外に拡大しない。
四 確定値で変動する可能性のある微差の選挙区は是正を見送る。
五 減員区のうち現行定数四名の選挙区は一名減員して三人区とする。
六 その他の減員区については、今国会の会期、関係者等の意見を踏まえ、合分区、境界線変更等により調整し、二人区の解消に努め、抜本改正においては、二人区を作らない。
七 有権者と立候補者の立場を尊重して、一定の周知期間を置く。」
この見解をもとに、同年四月一五日から二三日にかけて四回の与野党国会対策委員長会談が開かれ、更に四月二六日から三〇日にかけて三回の幹事長・書記長会談が開かれ、二人区の解消の方法や、周知期間の問題などで、各党間の協議が進められた。そして、これらの協議を踏まえて四月三〇日衆議院議長にその報告が行われ、具体的な二人区の解消の方法や周知期間の問題などの最終的な決着は議長に委ねられることとなった。
定数是正問題の調停を委ねられた衆議院議長は、更に各党から意見の聴取を行ったうえ、五月八日、次のような議長調停を示した。
「一 今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によって二人区となる選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。
二 この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮小しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うこともやむを得ないものと考える。
しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。
三 本法の施行に際しては、有権者の立場を尊重して周知期間を置くとの与野党の合意を踏まえ、特に、この法律は、公布の日から起算して三〇日に当たる日以後に公示される総選挙から施行するものとする。
四 以上のほか従来の与野党ですでに合意した点を含め各党間で協議を進め早急に所管委員会で立法措置を行うため審議に入るものとする。」
右議長調停が出されたことにより、これをもとに法案化の作業が行われた。今回の公選法の一部を改正する法律案は、議長調停を受けての法律案であることにも鑑み、五月一六日、調査特別委員会において同委員会提出の法律案とすることが決せられ、五月二一日、衆議院本会議において、賛成多数により可決された。
また、本会議において、今回の是正は、当面の暫定措置であり、昭和六〇年国調の確定人口の公表を待って抜本改正の検討を行うものであるとして、次のような決議がなされた。
「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。
今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかに抜本改正の検討を行うものとする。
抜本改正に際しては、二人区、六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて、過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。
右決議する。」
参議院においても、翌五月二二日、賛成多数で可決され、ここに、昭和六一年改正法が成立した。
三 昭和六一年改正法制定当時における本件議員定数配分規定の合憲性
1 本件議員定数配分規定は、前項で述べた経緯で制定された昭和六一年改正法により、従前の定数配分規定が是正されたものである。右経緯から明らかなとおり、右改正法は、国会が、最高裁判所(五八年、六〇年各大法廷判決)から、昭和五〇年改正の議員定数配分規定が、同五五年、五八年にそれぞれ施行された衆議院議員選挙の当時、いずれも選挙区間に存した投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたと指摘されたことを深刻に受けとめ、立法府として、最高裁判所から違憲と指摘された定数配分規定を早急に是正すべき必要性を十分に認識し、種々検討を重ねて制定されたものである。しかも、昭和六〇年国調の要計表人口を基に、当面の暫定措置として制定されたことからも明らかなとおり、右改正は、国会が、定数是正の早急な実現という要請に速やかに対応するために、最大限の努力を重ねた結果制定されたものである。
これらのことは、本件定数是正措置を決定するに当たっての国会の裁量権を判断する場合に、十分に斟酌されるべきである。
2 また、本件の定数是正に当たっては、前述の立法経緯から明らかなとおり、定数較差(人口比)については、それを三倍以内とするとの方針が終始採られていたのであり、その結果、右改正法では昭和六〇年国調の要計表人口を基に定数較差(人口比)の最大値を2.99倍としたものであるが、これは、五八年及び六〇年各大法廷判決が、いずれも、昭和五〇年改正により、定数較差(人口比)の最大値が4.83倍から2.92倍に縮小したことについて、右改正前の投票価値の不平等状態は、右改正によって一応解消されたものと評価することができる旨の判断をしたことを踏まえたものである。
なお、右各大法廷判決は、昭和五〇年改正における定数較差(人口比)の最大値2.92倍は違憲ではない旨を明確に判示しているが、最大2.92倍という定数較差(人口比)は、昭和四五年国調による人口を基準としたものであり、昭和五〇年改正法の公布(同年七月一五日)直後の同年一〇月実施の国調によれば、定数較差(人口比)は一対3.72に及んでいたことに照らすと、五〇年改正法の公布時、すでにほぼ同程度の較差を生じていたと考えられる。そうすると、五八年及び六〇年各大法廷判決は、昭和五〇年の法改正時の客観的な人口を基準とすれば、最大較差が3.72倍に及んでいることを前提とした上で、右改正法の合憲性を確認しているとも解することができる。
3 昭和六一年改正法の目的が、専ら大法廷判決によって違憲状態とされた定数較差の是正を図るものであったことは、その改正の経緯から明らかであるが、前述のとおり、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定については、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存するわけではなく、また定数較差の許容基準についても客観的具体的基準が存するわけではないのであるから、国会が、最高裁判所から昭和五五年及び昭和五八年にそれぞれ施行された総選挙について、定数較差の状態が違憲状態にあると指摘され、その状態の解消を目的とした定数是正を早急に実現するに際し、前記各大法廷判決が違憲でないとした昭和五〇年改正における定数較差を最大の目安として、それを定数是正を行う上での方針としたことには、十分合理性があるというべきであって、このことは、六三年第二小法廷判決において確認されている。すなわち、同判決は本件議員定数配分規定に基づき昭和六一年七月六日に施行された衆議院議員選挙について、「昭和六一年改正法による議員定数配分規定の改正によって、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対2.99となり、本件選挙当時において選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対2.92であったのであるから、前記昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結果、昭和四五年一〇月実施の国調による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口較差が最大一対2.92に縮小することとなったこと等を理由として、前記昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により一応解消されたものと評価できる旨判示する趣旨に徴して、本件議員定数配分規定が憲法に反するものとはいえないことは明らかというべきである。」旨判示しており、前記定数較差の目安及び定数是正の方針を含めて、その合憲性を認めているのである。
4 以上のとおり、本件議員定数配分規定は、昭和六一年改正法制定当時、前記各大法廷判決が示した基準である「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達している」とは認められない。
四 本件選挙当時における本件議員定数配分規定の合憲性
1 本件選挙当時の定数較差(選挙人数比)の最大値が一対3.18(宮崎県第二区と神奈川県第四区)であることは、原告らの主張するとおりである。
2 ところで、国会において本件議員定数配分規定の改正が審議された際の定数較差の目安については、前述のとおり、五八年大法廷判決の判断を踏まえて一対三の範囲に収めるという方針が立てられたものであって、一対3.18という較差の数値(選挙人数比)は、この改正法審議の過程で目安とされた一対三という範囲と対比してみても、また六三年第二小法廷判決により合憲性が認められた、昭和六一年改正法制定当時の一対2.99(人口比)という範囲と対比しても著しくかけ離れた数値であるとまではいえないのであって、違憲状態にあったという評価を加えるべきではない。
昭和六一年改正法制定後の人口の漸次的な異動により選挙区間における投票価値の較差が拡大したとしても選挙実施時点における定数較差の数値を改正当時に目安とされた定数較差の数値と比較して、ある程度の拡大ないし縮小といった偏差が生じるのはやむを得ない状況であるということができるから、本件選挙当時における本件議員定数配分規定は、改正法自体の合憲性が肯定され、かつ改正当時における定数較差に近似する数値である限りにおいて、合憲性の評価の範囲内にあるものというべきものである。したがって、本件選挙当時における前記のごとき0.18(最大較差3.18と3.00との差)あるいは0.19(最大較差3.18と2.99の差)の較差の拡大は昭和六一年改正法に対する合憲性の評価の範囲内にあるものということができる。
3 さらに、本件選挙は、昭和六一年の改正法の公布の日(同年五月二三日)からほぼ三年九か月後に施行されているが、それは、右改正法の基となった昭和六〇年国調後、次に予定される平成二年国調までの間であるところ、議員定数配分規定の是正は一定時点における確定人口数を基礎とする必要から、次回の国調の結果を待つことには合理性があるといわなければならない。
4 以上のとおり、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時においてもまた、前記各大法廷判決が示した基準である「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達している」とは認められない。
五 いわゆる逆転現象について
1 本件選挙の基礎となった本件議員定数配分規定には、原告の指摘するとおりのいわゆる逆転現象が生じていることは事実である。
2 原告らは、定数較差の違憲性を主張するとともに、右の逆転現象をとらえて、そのこと自体が本件議員定数配分規定についての違憲性を招来する旨主張しているものである。
しかし、逆転現象の問題は、直接的には各選挙区間の配分議員定数の均衡の問題であり、少なくとも個人の選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題とは解されない。
仮に、逆転現象が選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題に関連し得るとしても、逆転現象は、選挙区の選挙人数と議員数を実数で比較して論ずるものであるから、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差を他の観点から見たものに過ぎず、この点を独自に取り立てて論ずべきものとは解されない。結局、投票価値の比較の尺度は、議員一人当たりの選挙人数に帰するべきものである。
また、逆転現象が投票の比較における一つの尺度と成り得るものであるとしても、当該定数較差については、結局、国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはなく、それはまた、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底認められない程度に達しているとされる場合に、初めて国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきものである。そして、本件議員定数配分規定については、選挙人の投票価値の不平等がいまだ一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているものとは認められないものであるから、昭和六一年改正法制定当時及び本件選挙時において生じていた逆転現象は、国会の立法裁量権の合理的な行使として是認されるべきである。
3 以上のとおり、本件議員定数配分規定については、その改正時及び本件選挙時において逆転現象が存在していたとしても、いまだ憲法の許容しない程度に達していないことが明白である。
六 いわゆる是正のための合理的期間論について
本件においては、いわゆる是正のための合理的期間論の適用はない。けだし、前記三及び四で述べたとおり本件議員定数配分規定は、昭和六一年改正法制定当時は勿論、本件選挙当時においても合憲と評されるものであるからである。仮に、本件が右理論の適用されるケースであるとされても、本件議員定数配分規定が憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったものとはいえないというべきである。このことは、五八年大法廷判決が、五〇年改正法について、改正当時の定数較差(人口比)の最大値一対2.92が、右改正法の公布後約五年を経過して施行された総選挙時に一対3.94(選挙人数比)と拡大した場合について、未だ合理的期間内における是正がなされなかったと断定することはできないと判示していることと対比すれば明らかである。本件では、最大較差は一対2.99(人口比)から本件選挙時に一対3.18(選挙人数比)に拡大したにとどまり、改正法公布後本件選挙施行までの期間も約三年九か月と、いずれも五八年大法廷判決の場合より少ないのみならず、同判決が問題とした昭和五〇年改正法は、同四五年国調人口を基にしており、その後同五五年の選挙時までに同五〇年国調の結果が出ているのに対し、本件では昭和六一年改正法が依拠した同六〇年国調後本件選挙までに国調が実施されていないからである。
七 結論
以上のとおり、本件議員定数配分規定は、その改正当時においても、本件選挙当時においても憲法に違反するものとはいえないから、本件選挙が無効とされる理由はない。
第三 証拠<省略>
理由
一当事者間に争いのない事実
請求原因1(原告らの地位)及び2(本件選挙の施行)の事実は当事者間に争いがなく、同3の事実のうち、本件選挙において自治省発表の本件選挙公示前日である平成二年二月二日現在の各選挙区別選挙人数によれば、議員一人当たりの選挙人数の最も少ないのは宮崎県第二区の一〇万五九三九人であり、これに対して最も多いのは神奈川県第四区の三三万六八五九人となっており、投票価値の較差に換算すれば約3.18対一となっていたこと、昭和六一年改正法は、改正前の衆議院議員定数配分規定が六〇年大法廷判決によって違憲であると判断されたことを受けて改正されたこと、そして昭和六一年改正法によると、昭和六〇年国調の人口(速報値)に基づく定数較差(人口比)の最大値が一対2.99(長野県第三区と神奈川県第四区)となること、本件選挙の基礎となった本件議員定数配分規定には、原告らが指摘するとおりの、いわゆる逆転現象が生じていることは当事者間に争いがない。
二選挙の平等と国会の裁量権の範囲
原告らは、議員定数配分規定における国会の立法裁量権は、人口比率基準によってその範囲は画されており、一人の国民が投じた一票が他の国民の投じた一票の二倍もの投票価値があることはそれ自体憲法が保障する選挙における平等原則に違反し、憲法に違反していると主張する。すなわち、一票の投票の価値の較差は最大一対二が限度であり、それ以上の投票の価値の不平等は憲法違反であるところ、本件議員定数配分規定は改正の当初から、前記のとおり一対二の限度を超えていたのであるから、右規定は憲法に違反し、無効であり、したがって、右無効な規定に基づいて施行された本件選挙も無効であると主張するので、まず、この点について判断する。
1 憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但書を通覧し、かつ、右一五条一項等の規定が選挙権の平等の原則の歴史的発展の成果の反映であることを考慮するとき、右一四条一項は、平等権の一内容として選挙権の平等をも保障していると解することができる。そして、右平等権の保障の内容は、単に一定の年齢に達した国民各自に対して、選挙に際しそれぞれ一票ずつの投票権を平等に付与したにとどまらず、更に進んで、基本的には、選挙において投ぜられる各一票が当該選挙において有する実質的な価値においても平等であること(投票価値の平等)をも含んだものであると解するのが相当である。
2 しかしながら、右の投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数字的に完全に同一であることまでをも要求するものではない。けだし、投票価値は、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に右のような投票の影響力に何程かの差異を生ずることがあるのを免れないからである。
代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効率的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に則して具体的に決定されるものであり、わが憲法もまた、国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのである。それ故、憲法は、投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく、国会は、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて他に斟酌することのできる事項をも考慮して、公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができるのであり、投票価値の平等は、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものである。
したがって、具体的な選挙制度の仕組みの下において、現実に投票価値に不平等が生じている場合には、それが国会による右の裁量権の行使として合理性を是認しうるものであるかどうかによって、その合憲性を決定すべきである(五一年大法廷判決)。
3 前記のとおり選挙制度の仕組みの具体的決定が原則として国会の裁量に委ねられ、投票価値の平等は国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解した場合、衆議院議員の選挙に関する選挙区及び議員定数の配分の決定について、国会が正当に考慮することのできる目的、理由(考慮要素)としては、どのようなものがあるか、また、その考慮をどの程度まで斟酌することができるのかということが問題になる。
衆議院議員選挙については、公選法制定以来、全国を幾つかの選挙区に分け、各選挙区に選挙されるべき議員数を配分し、単記投票をもって選挙を行わせる中選挙区単記投票制を採用している。かかる制度下において、具体的に、どのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員を配分するかを決定するについては、各選挙区の選挙人数または人口数(厳密には選挙人数を基準とすべきものと考えられるが選挙人数と人口数とはおおむね比例するとみてよいから、人口数を基準とすることも許されるというべきである。以下、同じ)と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきである。かような点に着目するときは、原告らの主張する一票の較差は最大一対二の限度にすべきであり、これを超える議員定数配分規定は違憲であるとの主張にはそれなりに合理性があり、右主張には基本的には正しいものが含まれているというべきである。
しかし、他方、前記のとおり、人口比例主義は衆議院議員の選挙において最も重要かつ基本的な原理とされるべきものであっても、必ずしもそれが唯一絶対の原理というわけではなく、それ以外にも、実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素は少なくない。殊に、都道府県は、それが従来我が国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重に鑑み、選挙区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたっては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。殊に、我が国の第二次大戦後の高度経済成長に伴う人口の都市集中化現象が都市の過密化とその反面としての地方の過疎化を招来し、それが本件で問題とされる定数較差を発生させた最大の原因となっていること、昭和四五年国調による定数較差(人口比)の最大値は一対4.83、同五五年のそれは一対4.55、同六〇年のそれは一対5.12であることは公知の事実であるところ、これを例えばいきなり、一対二以内にすることは、前記政治における安定を害する結果にも成り兼ねない。
ところで、投票価値の不平等が憲法上の投票価値の平等に反するかどうかの一般的な判断基準は、前記のとおり国会の裁量権の行使として合理性を是認しうるものであるかどうかによるのであるが、本件に適用すべき具体的基準を考えてみると、叙上のような諸事情を勘案し、現行の中選挙区単記投票制を前提とした場合には、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口数の較差を最大一対二以内にとどめることは望ましいことではあっても、これを超えれば直ちに違憲であるとするのは、いささか厳格にすぎ、右数値に若干の幅を持たせるのが相当である。とはいえ、前記のとおり国会において考慮要素として考えられる要素は、それ自体として人口比例主義の貫徹に対する若干の緩和ないし修正的要素とみるべきであるから、これによる影響として是認されるべき較差拡大の程度にも自ずから限度があり、その数値はせいぜい一対三の程度を超えるところまでは認められず、それ以上の較差が生じている場合には、原則として国会の裁量権の範囲の限界を超えるに至ったものと推定するのが相当である。
三本件議員定数配分規定の合憲性について
そこで、以下、前記基準に照らし、本件議員定数配分規定の合憲性について判断することにする。
昭和六一年改正法の成立の経緯は、<証拠>によれば、概略、被告の主張第二、二、2「昭和六一年改正法の成立経緯」記載のとおりであることが認められる。右経緯から明らかなとおり、昭和六一年改正法は、国会が、最高裁判所(昭和五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決)から、昭和五〇年改正の議員定数配分規定が昭和五五年、同五八年にそれぞれ施行された衆議院議員総選挙の当時、いずれも選挙区間に存した投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたと指摘されたことを深刻に受けとめ、立法府として、最高裁判所から違憲と指摘された議員定数配分規定を早急に是正すべき必要性を十分に認識し、種々検討を重ねて制定されたものである。右法改正の結果、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国調の要計表(速報値)人口に基づく定数較差(人口比)の最大値は、改正前一対5.12(兵庫県第五区と千葉県第四区)であったものが、一対2.99(長野県第三区と神奈川県第四区)に縮小したものである。
以上によれば、昭和六一年改正法は、定数較差(人口比)の最大値を合憲の許容限度である一対三以内の限度内に改めたのであるから、合憲というべきである。よって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
四本件選挙当時の議員定数配分規定の合憲性
1 前記一のとおり、本件議員定数配分規定の下で平成二年二月一八日に施行された本件選挙において、自治省発表の本件選挙公示前日である平成二年二月二日現在の各選挙区別有権者数によれば、議員一人当たりの選挙人数の最も少ない宮崎県第二区は一〇万五九三九人であり、これに対して最も多い神奈川県第四区は三三万六八五九人となっており、投票価値の較差に換算すれば約3.18対一となっていたことは当事者間に争いがない。そうだとすると、本件選挙当時の定数較差(選挙人数比)の最大値は、約3.18対一であったと推認することができる。右較差は、合憲の基準である一対三の範囲を超えており、これを正当化すべき特別の理由を見出すこともできないから、本件選挙当時には、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲状態であったというべきである。
2 しかしながら、右の理由から直ちに本件議員定数配分規定を憲法違反と断定すべきかどうかについては、更に考慮を必要とする。一般に、制定当時憲法に適合していた法律が、その後における事情の変化により、その合憲性の要件を欠くに至ったときは、原則として憲法違反の瑕疵を帯びることになるというべきであるが、右の要件の欠如が漸次的な事情の変化によるものである場合には、いかなる時点において当該法律が憲法に違反するに至ったと断ずべきかについては慎重な考慮が払われなければならない。人口の異動は不断に生じ、したがって選挙区における選挙人数ないし人口数と議員定数との比率も絶えず変動するのに対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは、必ずしも実際的でなく、また、相当でもないことを考えると、右事情によって具体的な比率の偏差が選挙権の平等の要求に反する程度となったとしても、これによって直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とすべきではなく、人口の変動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにそれが行われない場合に始めて憲法違反と断ぜられるべきものと解するのが相当である(五一年大法廷判決)。そして、右是正のための合理的期間を考えるに当たっては、国会が実際に定数較差是正のための措置をとることを要求される時期が問題になるが、その時期は、選挙区間における投票価値の較差の程度、すなわち較差三倍からの乖離度、較差三倍を超えている選挙区の数、較差三倍を超えた状態の継続期間等を総合考慮し、もはや近い将来において較差三倍以内に戻る可能性がなくなったと判断できる時点であると解するのが相当であり、右時点が到来したにもかかわらず速やかな是正措置をとることなく右事態を放置している場合には是正のための合理的期間は経過したものと考えるのが相当である。
3 これを本件について見るに、本件選挙は、昭和六一年改正法の公布の日(同年五月二三日)からほぼ三年九か月後に施行されていること、本件選挙は、昭和六一年改正法の基となった昭和六〇年国調後、次に予定される平成二年国調までの間に施行されたこと、昭和六一年改正法成立後施行された昭和六一年七月六日の衆議院議員選挙では、定数較差(選挙人数比)の最大値は一対2.92(長野県第三区と神奈川県第四区)と、昭和六一年改正法成立当時の定数較差(人口比)の最大値一対2.99(長野県第三区と神奈川県第四区)に比較して若干ではあるが較差は縮小していることは公知の事実である。そして、本件選挙時に、昭和六一年改正法成立当時の定数較差(人口比)の最大値一対2.99を超えるに至っている選挙区は、神奈川県第四区の3.18倍の外は、<証拠>によれば、千葉県第四区の3.08倍(但し、小数点第三位を四捨五入、以下、同じ)のみに止まっていることが認められる(因みに、<証拠>によれば、原告らの選挙区である広島県第一区は2.80倍と合憲性の基準である一対三の範囲内である。)。
以上によれば、昭和六一年七月六日の衆議院議員選挙から平成二年二月二日の本件選挙公示前日までのある時点で定数較差三倍を超えたと推認されるが、本件選挙は次に予定されていた平成二年国調までの間に施行されたものであること、本件選挙の前に施行された選挙では、若干ではあるが、昭和六一年改正法成立当時より定数較差が縮小していたこと、本件選挙当時の定数較差(選挙人数比)も右改正当時のそれに比較して著しく大きいものとはいえず、しかも、違憲の基準と考える一対三を超えたのは僅かに二選挙区に止まっていること等諸般の事情を考慮すると、本件選挙当時は、もはや近い将来において較差三倍以内に戻る可能性がなくなった時点であると断ずることはできず、いまだ定数較差是正の要否を見きわめる段階にあったというべきであるから、是正のための合理的期間内であったと考えるのが相当である。
以上検討の結果によれば、本件選挙当時、本件議員定数配分規定が、違憲であったと断定することはできず、したがって、右規定に基づいて施行された本件選挙は無効ということはできない。
五いわゆる逆転現象について
原告らは、いわゆる逆転現象を捉えて、そのこと自体が本件議員定数配分規定についての違憲性を招来する旨主張するので以下この点について検討する。
本件選挙の基礎となった本件議員定数配分規定には、原告らの指摘するとおりのいわゆる逆転現象が生じていることは当事者間に争いがない。しかし、いわゆる逆転現象の問題も、選挙区の選挙人数と議員数を実数で比較するもので、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差を別の観点から捉えたものに過ぎないこと、選挙人数の近接した選挙区間においては若干の選挙人数の異動があったにすぎないときでも容易に逆転現象が生じうるものであることは明らかであり、このような逆転現象を生ずることを常に回避しなければならないとすれば、議員定数の配分を頻繁に改正しなければならないことになって、安定的に運用されるべき選挙制度の実際にそぐわないこと、実際、絶えず異動する選挙人数に対応して逆転現象是正のため議員定数配分規定を改正するには事実上困難なものがあること等を勘案すると、本件のような選挙無効訴訟においては、議員定数の配分の不均衡から生ずる個々の選挙人についての投票価値の平等が問題なのであって、右投票価値の平等の問題は、専ら各選挙区の議員一人当たりの選挙人数または人口の比較ということだけから捉えることで十分であり、これとは別に独自に逆転現象を問題にするまでの必要はないと考える。よって、この点についての原告らの主張は採用することができない。
六結論
以上のとおり、本件議員定数配分規定は、昭和六一年改正法成立当時及び本件選挙当時の何れにおいても、憲法に違反するものとはいえないから、本件議員定数配分規定の下において施行された本件選挙もまた、違憲、無効ということはできない。
よって、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山田忠治 裁判官佐藤武彦 裁判官難波孝一)