広島高等裁判所 平成7年(う)74号 判決
所論は要するに,(中略)B規約25条は,自由選挙の権利を保障し,この規定と関連するB規約18条,19条,21条及び22条も政治的自由を保障しているが,公職選挙法138条1項の戸別訪問禁止規定及び同法142条1項,2項及び146条1項の文書頒布禁止規定は,右のB規約の各条項で保障された選挙活動の自由の権利を侵害するもので,右各条項に違反し無効であるので,公職選挙法138条1項,142条1項,2項及び146条1項を適用して有罪判決をした原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
(中略)
1 B規約の国内法的効力及び自動執行力について
B規約は,昭和54年6月衆議院及び参議院の承認を経て批准され,同年8月4日に公布され,同年9月21日に発効したものであるが,憲法98条2項が,日本国が締結した条約及び確立した国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とすると規定し,B規約が条約として国会の承認を含む公布手続を経ている点から,他に特別の立法措置等をまたずに公布によって当然に国内法としての効力が認められるものと解され,憲法の解釈上,条約は法律に優位し,その効力は法律に対して優越するものであると解される。また,B規約の内容は,人民が等しく享有する固有の権利及び自由を具体的に規定したもので,その規定形式は,憲法の自由権規定と同様,司法的にも適用実現の可能な形式であり,同規約2条において,各締約国は,この規約において認められる権利を尊重し及び確保すること,右の権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとること,右の権利及び自由を侵害された者が効果的な救済措置を受けることを確保することを約束していること等の趣旨からも,各締約国はこの規約を即時に実施する義務を負うものであると解されるので,同規約は自動執行力を有し,裁判所においてこれを解釈適用できるものと解される(最高裁昭和56年10月22日第一小法廷判決・刑集35巻7号696頁趣旨参照)。ただし,B規約25条は,人民でなく市民の政治的権利を規定したものであり,自由権と権利の性質を異にするところがあるが,これが人民主権の原則に基づき政治過程に参加することを請求する個人の権利として規定されているところからすれば,自由権と同様に解しても差し支えないものといえる。
なお,所論は,B規約の解釈に当たっては,同規約の発行後に効力が発生した条約法に関するウィーン条約31条の条約解釈に関する一般的な規則の趣旨に従うことを主張するところ,同条の解釈規則が,一般に成文法の解釈上も尊重されている理論的な基礎を有するものと考えるので,当裁判所もこれを採用し,同条約32条の趣旨を尊重し,B規約28条によって設置された規約人権委員会が同規約40条4項に基づき採択した一般的意見等も同条約31条の規定の適用によって得られた意味を確認するために補足的手段となるものといえる。
2 B規約25条と選挙運動の自由の保障の有無について
B規約25条は,「すべての市民は,第2条に規定するいかなる差別もなく,かつ,不合理な制限なしに,次のことを行う権利及び機会を有する。(a)直接に,又は自由に選んだ代表者を通じて,政治に参与すること。(b)普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ,選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において,投票し及び選挙されること。(c)一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること。」と規定しているが,これは,市民が政治に参与する権利,投票する権利(選挙権),選挙される権利(被選挙権又は立候補の権利)及び公務に携わる権利を有することを承認し,これを保障しているものと解され,特に,(b)号は,選挙権及び被選挙権が,普通選挙権,平等選挙権,秘密投票及び選挙人の意思が自由に表明できる選挙を条件とし,これらを制度的に保障し,その権利の享有及び行使の機会を保障するものである。
まず,所論が,選挙活動を行う権利がB規約25条によって保障されているという点について検討する。なお,弁護人らは,ときには,選挙運動という用語を使用しながらも,主として,選挙活動という用語を使用しているが,当裁判所は,日本における通常の法律用語に従い,選挙運動という用語によって説明する。
B規約25条は,同規約で市民的権利といわれている人民の基本的な自由権を規定する条項と共に,特に市民の政治的権利として規定されたものであるが,前者が私的,個人的権利であるのに対し,後者は公的性質を有する権利を個人に認め,保障するものである。そして,その文脈と用語の通常の意味においては,同条のうち,特に本件で問題となる(a)号及び(b)号についていえば,政治に参与する権利,選挙権,被選挙権を厳格な意味における政治的権利として保障しているものと解される。なお,通常,参政権は,選挙権及び被選挙権を指して用いられ,これと政治活動の自由は異なるものと理解されている。したがって,右規約25条が所論がいうように選挙活動の自由を権利として保障しているものとは解釈できない。選挙運動が,政治的意見の表明の方法で行われる場合には,その方法,形式に従い,表現の自由,集会の自由及び結社の自由に関する権利の行使として,同規約19条,21条及び22条によって保障されているものと解される。
所論は,控訴趣意書及び同補充書(四)においては,同規約25条(a)号の「自由に選んだ代表者を通じて政治に参与すること」という文言が自由な選挙を規定しているとしていたが,後の弁論においては,同条(b)号の「選挙人の意思の自由な表明を保障する選挙」の文言が自由な選挙を規定しているとして,右の自由な選挙の規定が政治運動の自由,選挙活動の自由も保障しているというのであるが,右の(a)号の「自由に選んだ」という文言及び(b)号の「選挙人の意思の自由な表明」という文言の主体は,いずれも選挙人であることは明らかで,右の各文言から直接,侯補者あるいは団体の選挙運動の自由の権利の保障を導き出すことのできないことは明らかである。
所論がその主張において特に依拠している規約人権委員会の一般的意見25(以下「一般的意見」という。)も,市民の政治参加は,表現,集会及び結社の自由を確保することによって保護されるとしており,政治に参与する権利が右の自由までも含むものとしているものではない。所論は,一般的意見において,「表現,集会及び結社の自由は,投票権の実効的な行使のために不可欠の条件であり,完全に保障しなければならない。」と説明されているところから,あたかもB規約25条自体がこれらの自由を権利として保障しているかのようにいうが,右は,不可欠の条件と言っているところからも明らかなように,投票権の実効的な行使のためには,前提条件として,すでに市民的権利として保障されている表現,集会及び結社の自由の保障が完全でなければならないといっているものである。一般的意見25草案によると右草案の過程では,24項で,B規約25条に関連する権利及び自由として表現の自由の重要性に触れていたもので,同規約25条の権利のために,不合理な制限のない政治活動の自由その他政治的表現の自由,選挙運動の自由等が必要であることが説明されていたものである。そして,これが正式に採択された一般的意見では,25項において,B規約25条の権利の完全な享受を確保するために,政治活動の自由その他政治的表現の自由,選挙運動の自由等を含めて保障している同規約19条,21条及び22条の権利の完全な享受,尊重が必要であると説明しているもので,要するに,右の説明では,政治活動の自由,選挙運動の自由等は同規約19条,21条及び22条の権利に含まれているとしているものであって,これらを同規約25条で保障している自由権であると言っているものではない。
この点について,当審証人甲野は,第7回公判において,B規約25条(b)号の「選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な選挙」の文言が,投票権者の自由意思に基づく投票を行う権利を保障しているだけでなく,候補者,政党その他の選挙運動団体が選挙宣伝を行う権利をも人権として保障していると証言しており,また,所論は,控訴趣意補充書(三)において,憲法が選挙権の制度的保障として,明文で,普通,平等,秘密及び自由の選挙の原則を定めていると主張しているのであるが,同証人は,当審第8回公判でも,右の憲法の中には自由選挙の原則はないと強調し,同規約25条(b)号の自由な選挙,真正な選挙の原則が選挙宣伝を行う権利を市民の政治的権利の核心として保障していると証言している。しかし,本来,選挙の自由は,投票の自由を基本とするものであって,この選挙人の投票の自由を基本とする選挙の自由の中に選挙運動の自由の権利も保障されていると当然に解釈する理由はない。もとより,選挙人の投票の真の自由には,更に選挙人の投票意思の形成についての自由をも含むものであるというべきであり,右の投票意思の自由な形成のために,選挙人に対し正しく十分な情報が伝達されなければならないので,右の選挙に関する情報伝達の方法として選挙宣伝活動が必要であり,また,選挙人が右の情報に進んで接するためにも,この活動を尊重しなければならないし,さらに,被選挙権又は立侯補の自由の面では,侯補者側としても,選挙運動をする自由が保護されなければならないのであるが,それは,選挙権及び被選挙権の保障が選挙運動の自由まで権利として保障する趣旨ではない。所論が根拠とするノバックの注釈書も,自由選挙の原則は,B規約18条,19条,21条及び22条の政治的自由と密接に関連しているとして,投票者の意思の自由な形成が,右の政治的自由の一部であるさまざまな団体や候補者によって,特にマスメディアにおいて行われる自由な選挙宣伝によってのみ保障されるので,自由選挙の原則は,投票権者の権利と選挙運動団体と侯補者が選挙宣伝を行う権利を保護しているというのであり,すなわち,投票者の意思の自由な表明のために,侯補者側の権利も保護されるというものであり,B規約25条自体が選挙運動の自由を権利として保障しているというものではない。
(中略)
すなわち,B規約25条(b)号には,選挙権及び被選挙権の実効的な行使の機会を与えるために,特に選挙人の意思の自由な表明を保障する選挙を実施するために,候補者側が選挙運動をする自由を尊重し,これを保護する趣旨が含まれているが,選挙運動の自由を権利として保障するものではない。
3 B規約25条と選挙運動の自由の制限について
同規約25条冒頭柱書の部分(各号列記以外の部分)は,「第2条に規定するいかなる差別もなく,かつ,不合理な制限なしに」次のことを行う権利及び機会を有するとしているが,これは,(a),(b)及び(c)各号の権利の享有及び行使の機会について,差別と不合理な制限をすることを禁止するものである。所論は,控訴趣意書において,右の「不合理な制限なしに」という文言は,投票権付与資格に関する事項のみに適用されるものであり,その他の部分については,合理的な制限も許されないかのように主張し,当審証人甲野も,第7回公判においては,これに沿う証言をし,「不合理な制限なしに」という文言は,政治宣伝や選挙宣伝の権利を直接制限する事由とは認められないと証言している。しかし,右の制限条項は,主として,投票権の資格の付与,剥奪に関して問題になることではあるが,同条の文言上は,それに限定されるものでないことは明らかである。所論も,控訴趣意補充書(四)では,「不合理な制限なしに」という制限条項がB規約25条の諸権利のすべてに制限を課するに際し適用されることを認めたのであるが,このことは,所論が依拠する前記一般的意見が「第25条により保障されている諸権利の行使に適用される条件は,客観的でかつ合理的な基準に基づかなければならない。市民によるこれらの権利の行使は,法律により定められた客観的で合理的な場合を除き,停止又は排除することはできない。」「選挙において投票する権利は,合理的な制限のみに服する。」と言い,選挙に関する具体的事項,立候補指名日,供託金,選挙運動の費用等についても言及していること,前記ノバックの註釈書が,「第25条冒頭の規定は,政治的権利に不合理な制限を課することを禁じている。この限定条項は主要に(主として)投票権付与資格についての問題に関することである。」と言い,平等選挙権,秘密投票及び自由な選挙の項においても合理的な制限を問題にし,政治的権利は不合理な制限なしに保障されなければならないという前提を置き,さまざま政治的権利に関する特定の制限が合理的であるかどうかの基準を問題にしていること,規約人権委員会の乙山委員も「参政権が合理的制限に服する。」と言っていることに照らしても明らかである。証人甲野の前記証言は,独自の意見であって採用できない。
4 B規約19条3項の表現の自由の制限事由と選挙運動の制限,禁止について
前示のとおり,選挙人の投票意思の自由な形成,被選挙人の立候補の自由の観点から尊重し,保護されるべき選挙運動の自由が,B規約25条の範疇に属する面では,同条の合理的な制限に服することは明らかであるが,それが,他面,政治的意見の表明として,表現の自由に属する限り,同条より厳格な制限事由を定めているとみられる同規約19条3項の制限事由を満たす必要がある。
弁護人らは,弁論において,選挙における政治的表現の自由は,同規約25条(b)号と19条2項が結合して保障されるという解釈を主張し(同規約25条(a)及び(b)各号により選挙活動の自由が保障されているとの主張は撤回する趣旨とみられる。),同規約25条の制限事由は適用がなく,同規約19条3項の制限事由が極めて制限的に解釈して適用されるべきであるとの主張に変更した。
そこで,公職選挙法の戸別訪問の一律禁止規定,法定外選挙運動文書及び脱法文書の頒布制限禁止規定がB規約19条3項の制限事由を満たすかどうかについて検討する。
B規約19条3項は,表現の自由の権利に対する制限事由として,「2の権利の行使には,特別の義務及び責任を伴う。したがって,この権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重,(b)国の安全,公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」と規定している。
同規約19条1項は,すべての者は,干渉されることなく意見を持つ権利を有すると規定し,右の権利を制限することのできない絶対的権利として保障している。同条2項の表現の自由は,右の意見を持つ権利の手段的権利であり,具体的な外部的行為を伴う権利である点で異なるので,前記の制限事由が定められているのである。また,民主主義制度の下では,人が自由に政治的意見を持ち,自由にその意見を表明できることが最も重要であることはいうまでもなく,参政権,中でも選挙権は,市民が自由に形成した政治的意見を自由に表明し,政治過程に参加して活動する権利として保障されているものであり,自由で公正な選挙が民主主義制度の下で保護すべき基本的要素であることは,一般に異論のないところである。したがって,選挙においては,選挙人が自由かつ平等に政治的意見を形成することがその制度の核心であり,そのために,正確で,中立的で,責任ある情報が,特に新聞その他の報道機関(マスメディア)を通じて,公平に伝達され,市民がこれを自由に選択し,形成した意思が自由に表明されなければならない。そして,その選挙人の意見は複数の候補者の中から選択することによって行使されるものであり,その選択の自由を確保するために立候補の自由が保障されるのである。また,選挙運動は,自由選挙,真正な選挙の手段であるが,政治上の主義若しくは施策を推進し,支持し又はこれに反対することを目的して行う単なる政治活動ではなく,特定の侯補者に一定期間の公職を得させるという意味で具体的な利害の伴う行動であって,弊害が伴い易いことから,選挙の公正を確保する方策が必要になるのである。これらの趣旨からB規約19条3項の制限事由も解釈されなければならない。
選挙の自由と公正の確保については,憲法違反を理由とする法令適用の誤りの主張について説示したとおりであるが,更に付け加えれば,所論が依拠する一般的意見は,「選挙は,投票権の実効的な行使を保障する法律の範囲内において,定期的に,公平(公正)かつ自由に行われなければならない。選挙人の意思の自由な表明を歪曲し,又は妨げるあらゆる種類の不当な影響又は強制を受けることがあってはならない。選挙活動の費用に関する合理的な制限は,候補者又は政党の不相当な支出により投票者の自由な選択が損なわれ,あるいは民主的手続が歪められる場合には正当化され得る。」としている。すなわち,直接的に投票者の自由を侵害する場合ばかりでなく,費用の支出にかかわる選挙活動によって投票者の自由な選択が歪められる場合があることを認め,その面からも,選挙運動の方法に対する合理的な制限が正当化されることを認めているものであり,また,被選挙人の立侯補に関する条件も合理的なものでなければならず,かつ,差別的であってはならないとして,選挙の公正の一つを示している。
そこで,公職選挙法の戸別訪問の一律禁止規定,文書頒布の制限禁止規定は,以上のような点を含む選挙の自由と公正を確保するために定められたもので,選挙の自由,公正は憲法上の公共の福祉,換言すれば,国民全体のために保護すべき重要な共同利益であり,このような利益が保護され,選挙制度の秩序が保持され,その制度的保障の最も核心である選挙人の自由な意思の表明が保障されることは,民主的秩序を保持するものであるといえるので,これはB規約19条3項の公の秩序の保護として,表現の自由の行使に対する制限事由に当たるものといわなければならない。
そして,選挙の自由のために認められる選挙運動の方法を制限することは政治的意見の表明の手段方法を制限することになるが,これによって得られる選挙の自由と公正の確保による利益は,右の制限によって失われる利益を上回るものである。
また,B規約19条3項は制限事由を列挙し,そのうちの「公の秩序の保護」は直接的に我が憲法上の公共の福祉に相当するものではないが,同項に列挙された制限事由は,表現の自由の権利行使による他人の人権侵害の防止,公衆の健康保護までを含む国家,公共の利益の侵害の防止を目的とし,人権の行使と他の利益との調整を図っているもので,この点では,我が国の憲法上,人権相互間の矛盾,衝突を調整し,実質的公平を図る原理である公共の福祉と共通するものがあると解される。そして,文言上は,同規約19条3項による制約は,我が国の憲法上の公共の福祉による制約より広いとみる余地もある。
以上のとおりであるので,公職選挙法138条1項,142条1項,2項,146条1項は,憲法21条,15条1項に違反しないのと同様の理由で,B規約25条,19条等にも違反するとはいえず,所論は採用することができない。