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広島高等裁判所 平成8年(ネ)388号 判決 1998年2月26日

広島市<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

山田延廣

中田憲悟

山口格之

東京都中央区<以下省略>

(送達場所)広島市<以下省略>

被控訴人

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

池田秀雄

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、二五二万四七四〇円及びこれに対する平成四年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、八四一万五八〇三円及びこれに対する平成四年一〇月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  次のとおり付加訂正したうえで原判決二枚目表五行目から三枚目裏一行目まで、同七行目から一〇行目まで、四枚目表二行目から一〇枚目表一〇行目まで、一一枚目表六行目から一二枚目表一行目まで、同六行目から一六枚目表三行目までを引用する。

1  原判決二枚目裏一行目の「被告に対して」の次に「債務不履行責任もしくは不法行為に基づく」を、同三行目の「争いのない事実」の次に「等」をそれぞれ加え、三枚目表八、九行目の「一〇月一一日」を「一〇月一八日(約定日同月一一日)」と改める。

2  原判決五枚目裏一〇行目の「本件ワラントのように」を「本件ワラントのような」と、七枚目表三行目の「ブリッセル」を「ブリュッセル」と、同裏二行目の「2不法行為」を「3違法行為」と、八枚目表五行目の「生まれで」を「生まれ」とそれぞれ改め、一一枚目表六行目の「及び本件株式取引」を削除し、同一〇行目の「ものであるから、民法七〇九条の損害賠償責任がある。」を「ものである。」と改め、同末行の「被告は、」の次に「履行補助者であるB及びCの右違法行為につき、契約上の債務不履行責任を負う。また」を加え、一一枚目裏一行目の「使用人」を「使用者」と改める。

3  原判決一五枚目裏末行の「原告は」を「原告が」と、一六枚目表二行目の「原告からウ冠の「D」といわれた」と「原告から「ウ冠のD」といわれた」と、それぞれ改める。

二  当審における当事者の追加的主張

1  控訴人

(一) マイナスパリティ等の説明義務

本件のトヨタ自動車ワラントの購入は平成元年一〇月一一日に約定されているところ、その直前の取引日である同月九日のトヨタ自動車株の終値は二六一〇円であり、当該ワラントの権利行使価格の二六五五・二円を下回っていた。また仮に、約定日である同月一一日の終値である二八五〇円でみても権利行使価格を一九四・八円上廻っていたに過ぎない。すなわち本件ワラントは、その価格二三・五ポイントのほとんどをプレミアムで占められていたワラントであって、売却が困難となる恐れの極めて高いワラントであった。従って、B及びCは本件ワラントの権利行使価格が二六五五・二円であることを明確に説明する義務があったというべきであるが、それにもかかわらずこれを怠った。

(二) 損害拡大防止義務

外貨建てワラントは一般投資家の能力では価格情報の入手や値動きの分析をすることが困難であること、価格が激しく変動すること、事実上購入した証券会社に買取ってもらうしか換金の方法のないことから、被控訴人は、控訴人が権利行使ないし売却についての合理的判断を行うために必要な情報を提供して損害の拡大を防止する義務を負う。本件ワラント購入は平成元年一〇月一八日で当時平均株価は最高値でその後バブルがはじけて平成二年に入ってからは一貫して株価が下がり始めたのであるから、被控訴人は損害防止義務として、控訴人に対し、遅くとも平成三年前半ころまでに本件ワラントを手放すよう指示する義務があったというべきであるが、当時の被控訴人の担当者Bは漫然と「株価が上がれば元に戻る」と述べただけであり、右義務を果たさなかった。

2  被控訴人

控訴人の主張する損害拡大防止義務についてはその根拠が曖昧であり認められない。また控訴人は平成二年四月ころBに対し、本件ワラントにつき、「今売ると損だから売るつもりはない」と述べ、同年七月にはユニバーサル証券において日商岩井ワラントの買い付けを行っており、平成二年以降も相場の回復を期待して自らの判断でワラントを保有し続けたことが明らかである。

第三  争点に対する判断

一  本件ワラント取引の経過とワラントの特質

1  次のとおり付加訂正したうえで原判決一六枚目裏六行目から二六枚目表八行目までを引用する。

原判決一六枚目裏八行目の「八〇」を「七八」と改め、同行の「八三、」の次に「一一一の二、」を加え、同一〇行目の「三八」を「三九」と改め、一七枚目裏二行目及び九行目の各「別表」の前に「原判決添付の」をそれぞれ加え、一八枚目表三行目の「平成元年」から五行目の「ないかと思い、」までを「Cは、」と、一八枚目裏五行目の「右冊子を使って」を「右冊子及び自ら書いた図を使って」と、同一〇行目の「ワラントには権利行使期間があり、」から一九枚目表一行目の「ならないこと」までを「権利行使期間があること」と、一九枚目裏三行目から四行目の「それぞれCに代筆を依頼して夫名義の署名をさせ、また同人に届出印を渡して押印させた」を「それぞれ届出印を押したうえで、Cに代筆を依頼して夫名義の署名をさせた」と、それぞれ改め、二〇枚目裏六行目の次に行を改めて、「なお、当初の全日空ワラントの取引以後本件ワラント取引まで、各銘柄の勧誘の際、BもしくはCから控訴人に改めてワラントの説明がされたことはなかったし、各銘柄の権利行使期間、権利行使価格、パリティ等の情報が控訴人に知らされたことはなかった。」を加え、同一〇行目の「(乙一六)」を削除し、二一枚目表四行目の「売らずにして」を「売らずに」と、二二枚目表二行目の「八四ないし一一六」を「八五ないし一一五」と、二二枚目裏九行目の「換算」を「加算」と、それぞれ改める。

二  不法行為の成否

1  次のとおり付加訂正したうえで原判決二七枚目表二行目から三一枚目表四行目までを引用する。

原判決二八枚目表末行の「別表」の前に「原判決添付の」を加える。

2  本件につき説明義務の内容を検討すると、ワラントが従前証券会社が扱ってきた株式等の商品に比べその権利内容及び経済価値の判断が困難な新規の商品であって、控訴人が被控訴人とワラント取引を開始した当時もワラントの存在自体が一般投資家に周知されていなかったことに加え、ワラントは、ハイリターンの可能性を持つ反面ハイリスクの可能性を持つほか、権利行使期間を経過すると無価値になるという危険も内包している商品であることから、控訴人に新たにワラントの取引を勧誘したB及びCとしては、株式投資の経験はあっても、ワラント取引の経験のない控訴人に対しては、ワラントがいかなる商品であるかにつき、更にワラントの値動きの特質ないし危険性に関する重要な要素について、有利性に偏することなく説明すべき義務があったというべきであり、少なくとも、次の三点、すなわち第一に、ワラントは、現実の株式とは異なるものであって、その購入金とは別途の資金を出すことにより一定額で株式を引き受けることができる権利であり、権利行使期間内に現実の株価が権利行使価格より高くなること、もしくはそうなると予想されることに価値を持つものであること、第二に、ワラントの価格は一般的に株価に比してその数倍の値動きをすること、第三に、権利行使期間を経過するとワラントは無価値になることについて、控訴人が理解できる程度に説明すべきであったと解せられる。

3  控訴人がB及びCからワラント取引の勧誘を受けた際、Bから説明を受けた内容は前記認定のとおりであり、ワラントが株式を引き受ける権利であること、値動きが株より激しいこと、権利行使期間があることが一応説明されている。そこで更に控訴人がワラントの特質と危険を理解できる程度の説明であったか否かを検討するに、値動きが激しいことについてはBの説明はハイリターンを強調するものであったことが窺われるものの、控訴人の株式取引の経験に照らせば、控訴人はハイリターンにはハイリスクの恐れのあることは当然予測したか予測可能であったのであり、この点で説明不足であったとはいえない。しかし権利行使期間についてはBはワラントを売るか株に替える期間であることを説明したが、権利行使期間が経過するとワラントが無価値となることについては説明していない点は問題である。この点に関し、証人Bは権利行使期間経過により価値がゼロになると説明した旨証言するが、その証言は権利行使期間があるということだけを説明したとする証言の後、被控訴人代理人からの確認の質問で初めて導き出された証言であるうえ、前記認定のとおり控訴人は本件ワラントの購入時に本件ワラントの権利行使期間を知らされていないのであるから、もし権利行使期間経過によりワラントが無価値になることをBの説明により知っていたのであるならば、前記認定の本件ワラントが約二〇〇万円値下がりした際の控訴人とBの応答において、当然本件ワラントの権利行使期間についての質問及び期間内に株価が上昇する可能性についての会話がなされるのが自然と考えられるところ、そのような質問や会話がなされたとは認められないのであり、権利行使期間の経過でワラントが無価値になるとの説明はなかったとする控訴人本人尋問の結果に照らして検討すると右証言は採用できない。

次にBは控訴人にワラントの説明をした際、前記認定のとおり、控訴人に「ワラント取引のあらまし」(乙五)を交付しており、同冊子には「新株引受権を行使して取得するコストが割高となった場合には投資者は新株引受権を行使する機会を失うこともあり得ます。」との文言、「株式を売買するよりも少額の資金を投下するだけで、株式を売買したと同様の投資効果を上げることも可能ですが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあります。」との文言及び「ワラントは期限商品であり、権利行使期間が終了すればその価値を失うという特質を持っています。」との文言が記載されている。しかし本来ワラントのような新規商品に関して説明書のみでその内容を理解することは一般人にとって容易なことではないから、このような冊子は説明の補助手段として使われることを予定されているというべきであるうえ、右冊子におけるこれらの文言はそれぞれ、「株式を取得するには」あるいは「ワラントの価格は」という太字の見出しのあとの本文の中で他の事項の説明とともに通常の文字で記載されており、特にワラントの危険性を認識させるための工夫もされておらず、Bから口頭でワラントの説明を受けた際特にこの部分を指し示されて説明を受けたわけではない控訴人が、更に注意深く右冊子を読んでその危険性を認識したと解することはできないから、これによりBの説明義務が尽くされたものとは評価できない。

結局控訴人としてはBの説明により、ワラントが株式そのものではなく株式を買取る権利であること、株式より激しい値動きをすることは認識していたが、ワラントが権利行使期間の経過により無価値になることは理解していなかったものであり、この点においてBは説明義務を果たしていなかったと判断するのが相当である。

なお控訴人は前記認定のとおり平成元年一一月一七日ユニバーサル証券からキャノンワラントの買付を行い、その頃同社から「外国新株引受権証券(外貨建てワラント)取引説明書」(乙一六と同趣旨文書と認める。)の交付を受けているが、これは、本件ワラント購入約定後のことであって、被控訴人の説明義務は控訴人の本件ワラント購入の意思決定に資するためのものであるから、説明義務違反があったとの判断は右の事実により左右されない。

4  以上の理由により、被控訴人は控訴人に対し本件ワラント取引の勧誘に際して説明義務を怠ったことにより不法行為の責任を負うものというべきである。

三  不法行為による賠償額について

1  本件ワラント取引による損害

本件ワラント取引によって、前記のとおり、控訴人は売買代金相当額である八四一万八八七五円から本訴提起直前の本件ワラントの価格である三〇七二円を差し引いた八四一万五八〇三円の損害を被った。

2  過失相殺

控訴人は昭和二四年生まれの歯科医であり、本件ワラントが株式とは異なるものであり、かつ株式より値動きの激しいものであることを理解していたこと、また権利行使期間経過によりワラントが無価値になることは知らなかったものの権利行使期間のあることは知らされていたこと、本件ワラント取引の前に被控訴人から購入したワラント取引によって総額約一八七万円の利益を得たものの、このような取引により、ワラントのハイリターンを経験していたので、その反面ハイリスクも予想し、勧められた新規商品であるワラントにつきさらに自ら検討し、又は質問等によって知識を得べく努力すべきであり、又これが期待される状況にあったことなど本件に表われた事情を考慮すると、控訴人にも投資家として過失があったものというべきであり、過失相殺により、損害の七割を減ずるのが相当である。それゆえ、損害額は二五二万四七四〇円である。

3  遅延損害金利率について

控訴人は商事法定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるので、この点について検討する。

以上認定判断のとおり、本件において認容する損害賠償は被控訴人の使用人が控訴人に対して本件ワラント取引の勧誘に際して説明義務を尽くさなかったことを理由とする不法行為責任によるものであって、債務不履行責任によるものではない。本件においては、控訴人にも過失があること前記のとおりであるのでいわゆる契約締結上の過失の責任を認めることはできず、債務不履行責任は肯定しえない。その他商事法定利率の適用をすべき事実も認めがたいので、年六分の商事法定利率による請求は認めがたい。

第四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償として二五二万四七四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年一〇月三一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は棄却すべきである。よって、原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東孝行 裁判官 菊池健治 裁判官 西垣昭利)

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