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広島高等裁判所 平成8年(行コ)7号 判決 1998年8月26日

広島県山県郡千代田町大字壬生六八番地

控訴人

日高活

右訴訟代理人弁護士

相良勝美

溝手康史

山口格之

広島市安佐北区亀山三丁目二五番一〇号

被控訴人

広島北税務署長 近藤良雄

右指定代理人

吉田尚弘

永田進

牛尾義昭

河島功

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して平成元年一〇月二日付けでした次の各処分をいずれも取り消す。

(一) 控訴人の昭和六一年度分の所得税の総所得金額を八六四万六一三六円と更正した部分のうち三一四万三四六八円を超える部分

(二) 控訴人の昭和六二年度分の所得税の総所得金額を一〇七〇万三七一五円と更正した部分のうち四七一万六〇〇〇円を超える部分

(三) 控訴人の昭和六三年度分の所得税の総所得金額を一一八八万〇二三五円と更正した部分のうち四六九万一〇四六円を超える部分

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二主張

次のとおり補足するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  推計の合理性

(一) 総論

推計課税は実額を把握する資料がないときに、やむを得ず間接的資料により所得を推計するものであるから、推計の方法は最もよく実際の所得に近似した数値を算出しうる合理的なものでなければならない。

すなわち、推計によって得られる数値は最も実額に近似していることが要求されるのであり、「近似値」であれば足りるというものではない。

したがって、推計課税は実額に近い値を把握するための方法にすぎず、推計方法が幾つか考えられる場合には、そのうち最も合理的な方法が採用されるべきである。

(二) 事業規模と所得率との関係

原判決は、「控訴人の収入を二分して、それぞれについて、その収入に相当する類似同業者の所得率から算出した利益を合算するという本件推計方法では、所得が実際のものよりも多くなる」という控訴人の主張を、「類似同業者の抽出にあたり、原告の総収入金額を基準としたほうが、被告のした推計方法より実際の所得率に近い平均所得を算出できることの確証はない」として簡単に排斥している。

しかし、左官工事業者においては、収入の多い業者ほど所得率が低いという傾向が明らかである。

すなわち、昭和六一年分(原判決別表四の1)では、平均所得率は〇・一九四であるが、収入が三〇〇〇万円以上の業者は七あり、そのうち平均所得率を上回る業者は二つであり、昭和六二年分(同四の2)では、平均所得率は〇・二〇一であるが、収入が三〇〇〇万円以上の業者は七あり、そのうち平均所得率を上回る業者は一つであり、昭和六三年分(同四の3)では、平均所得率は〇・二一九であるが、収入が三〇〇〇万円以上の業者は九あり、そのうち平均所得率を上回る業者は三つである。

控訴人の収入は六〇〇〇万円前後であったから、収入が三〇〇〇万円以上の業者を取り上げたところで、控訴人の収入とは大幅に異なるが、それでも収入が多いほど所得率が低下する傾向があることがわかる。しかも、収入が三〇〇〇万以上の業者で平均所得率を上回る業者といっても、そのほとんどが収入が三〇〇〇万円台である。また、収入が四〇〇〇万円以上の業者は、右各年度を合わせても僅か四業者しか抽出されていないが(同四の2のD、同四の3のA、E、N)この四業者ともすべて所得は平均所得率以下である(推計課税のために抽出した資料に関し、収入が四〇〇〇万円以上の業者が右各年度の合計七二のうち僅か四つしかないということ自体が控訴人の事業の実態からかけ離れた推計方法と言わざるを得ない。)。

同様に、土木工事業者についても、収入が多い業者ほど所得率が低いという傾向が読み取れる(同五の1ないし3)。もっとも、土木工事業者においては、この傾向は左官工事業者ほど顕著ではない。しかし、これは、抽出された業者がいずれも売上二〇〇〇万円前後から三〇〇〇万円前後で収入が三五〇〇万円以上の業者がわずか一つであることからも顕著なように、抽出された類似同業者の収入がかなり低い方に偏在していることに由来するものである。

このように収入が多いほど所得率が低下する傾向が生じるのは、収入の中で人件費の占める割合が高いためである。

また、原判決は、被控訴人が倍半基準を採用したことから、事業規模についてもある程度幅のある業者が抽出されていることに鑑み、推計方法が不合理でないとも説示している。

しかし、左官工事業者についてみると、右の方法によって抽出された類似同業者七二のうち、収入が四〇〇〇万円以上の業者は僅か四つであり、収入が三〇〇〇万円以下の業者は四九ある。したがって、倍半基準を採用したといっても、控訴人の収入が六〇〇〇万円前後あるのに対し、抽出した類似同業者の大半が控訴人の収入の約半分以下の業者であるから、この点からも控訴人の実態からかけ離れた推計となっている。

このことは土木工事業者においても同様であるが、土木工事業者においては、類似同業者二一のうち、収入が三〇〇〇万円以下の業者が一六、収入が三五〇〇万円以上の業者が一つであり、左官工事業者に比べていっそう控訴人の実態からかけ離れたものとなっている。

以上によれば、本件では、<1>控訴人の総収入に近い土木工事業者又は左官工事業者のいずれかの平均所得率で推計するか、<2>控訴人の総収入に近い土木工事業者又は左官工事業者のそれぞれの平均所得率の平均をとって推計する方法が、控訴人の営業実態に合致した合理的な推計方法というべきである。

(三) 類似同業者の選定

同業者率を用いて推計課税をする場合、それが合理性を持つためには、同業者の類似性(業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近接性)、資料の正確性、抽出過程について課税庁の思惑や恣意の介在する余地のないこと、選定件数の合理性、同業者率の内容の合理性などが必要とされている。

どころで、浦和地裁平成五年三月二二日判決は、「倍半基準に従って抽出した同業者のなかにその所得率において他の同業者のそれに比して著しく異なった数値を示すものがある場合には、所得率の平均値を求めるに当たり、このような異常値を排除するなどして、より合理性の高い数値を求めるよう配慮するのが相当である」と判示している。

これを本件の類似同業者についてみてみると、左官工事業者については最高が三二・五三パーセント、最低が一一・一五パーセント、土木工事業者については、最高が三七・一八パーセント、最低が一〇・五四パーセントとなっており、いずれも三倍の差異がある。しかも、収入の多い業者ほど所得率が低いという傾向がある。

このように、本件の類似同業者の所得率には相当の差異があるから、推計の資料の中に所得率の高い同業者が多く含まれるかどうかで、推計に使用する所得率には極端に差が生じる。

ところで、本件の類似同業者(左官工事業者が二四、土木工事業者が七)が、被控訴人が収集した同業者のすべてかどうかは不明であり、この点を確認できる資料は被控訴人から提出されていない。本件の異議申立及び審査請求において被控訴人が前提とした類似同業者及び所得率と、本件訴訟において被控訴人が前提とした類似同業者及び所得率は異なっている。

仮に、被控訴人が、収集した同業者の中から、一定数を本件の類似同業者として選定したとすれば、前記のように同業者といえども所得率に三倍の差異があるのだから、類似同業者を選定する際、「抽出過程について課税庁の思惑や恣意の介在する余地」が生じる。

のみならず、土木工事業者においては、類似同業者は僅か七つであり、この間に三倍の所得率の差異があるのだから、選定件数が少なすぎ、この点でも合理性があるとはいえない。

2  実額反証

(一) 総論

原判決は、実額反証のためには、「原告に現実の所得金額の立証責任があるというべきである。具体的には、原告は、その主張する収入金額が収入のすべてであること及びその主張する必要経費がその年に発生確定し、事業との関連性を有することを立証しなければならない」との、被控訴人の主張する前提を採用し、結論的には、「原告の総収入金額を実額で認定することができない以上、必要経費について原告主張の実額を認定できるか否かの点について判断するまでもなく、原告の実額主張は失当というべきである」と判示している。

しかし、被控訴人の主張するように「すべての取引が原始記録に基づいて整理された帳簿継続的に秩序正しく記録され、かつその記録が領収書等の証ひょう書類によって正当であることが証明されることが必要である」ならば、つまり、帳簿書類において全く記帳漏れなく、領収書等の原始記録のすべてを備えていなければ立証に足りないと判断されるのであれば、およそ世間的に存在する中小業者にあっては、実額反証による反論は極めて困難となると言わざるを得ない。

そもそも収入金額について、納税者たる控訴人に一定額以上の収入が「存在しないこと」の立証を求めることは、「事実が存在しないことの証明」を強いるもので、納税者たる控訴人に理論的に不可能な立証責任を課すことになる。

控訴人は、直接の個々の取引当事者として関係証拠たる資料をできる限り保存し収集し、正規の簿記の原則に即した組織的な帳簿関係資料を能力の限りで作成したものである。控訴人として証明できる限界はここまでであり、「これ以上の収入があること」の証明は当然その存在を主張する側すなわち被控訴人側でなすべきである。

控訴人が右のとおりあらゆる資料と労力を総動員して作成した元帳の記載が、仮に被控訴人のあげつらうような幾つかの瑕疵をもつものであったとしても、控訴人の収入と経費の算出において被控訴人の採用した本件推計の結果よりも、はるかに実額に近い「近似性」を有するものと考えるのが相当である。

一方で、課税庁の行う推計の結果を「近似していれば可」として救済したうえで、納税者が資料に基づき事後的に整理算出した計算を、売上補助簿等その主要な部分の存在を認めながらも、課税対象年度の現金出納簿又は日計簿等が存在しない故をもってすべて措信し難いものと排斥する態度は不当である。

(二) 控訴人の総収入

控訴人の総収入が控訴人の主張額(原判決別表六の1ないし3)のとおりであることは、本件元帳(甲第一号証ないし第三号証)、昭和六三年分の収支日計表(甲第九七号証の一ないし六二)、領収証控え(甲第一二五号証ないし第三一七号証、以下「本件領収証控え」という。)及び納品書控え(甲第三一八号証ないし第五九四号証、以下「本件納品書控え」という。)等から明らかである。

(1) 本件元帳

原判決は、本件元帳が信用できない理由として、<1>本件の争いになった後に作成されたものであること、<2>現金、預金、固定資産等の資産勘定科目や借入金等の負債勘定科目について記載がないこと、<3>現金出納帳や現金勘定を証する証拠がないこと等を指摘する。

しかし、本件元帳は、そもそも本件で争いとなっている控訴人の所得の実額を明らかにするため、領収証等の原始記録に基づいて作成したものであるから、右<1>は当然のことであるし、右<2>の現金、預金、固定資産等の資産勘定科目や借入金等の負債勘定科目は、総収入や経費を計算するうえで必要ないので省略したにすぎない。

さらに、右<3>についても、確かに本件では現金出納帳は存在しないが(収支日計表が現金出納帳でないことは後記(2)のとおりである。)、控訴人は、膨大な数の領収証等に直接あたってそれに基づいて本件元帳を作成したのであり、原始記録に基づいている点で正確さを有する。仮に現金出納帳が作成されていたとしても、日々の取引に接着した時点で作成された現金出納帳は常に記入漏れの危険があり、これを正確なものとするためには、定期的に領収証と照合して現金出納帳をチェックしなければならないのである。そのように考えると、原始記録に基づいて作成された本件元帳の信用性を、現金出納帳が作成されていないとの理由で否定することは不合理である。

法律上、納税者に帳簿の記帳義務があるが、これはあくまで正確な所得を把握するために義務づけているのであるから、控訴人が現金出納帳を作成していないからといって、直ちに控訴人に不利益を課すことはできない。

領収証等で控訴人の総収入を立証することも可能なのであり、問題は、領収証等の保存方法、記載方法、その内容等から判断される信用性にあるというべきところ、控訴人は極めてよく領収証を保存しているのであるから、領収証等の原始記録から控訴人の証収入を把握することに何ら問題はないというべきである。

なお、原判決の指摘する個々的問題点に対する反論は次のとおりである。

<1> 昭和六二年八月一二日付けの梅木工務店宛の領収証控え(甲第二三〇号証、乙第一六号証)に係る五〇万円の売上計上漏れについて

右工事は、岡野製材所と梅木工務店とが合同で受けた工事であり、五〇万円の領収証を岡野製材所宛に発行したところ(甲第二三一号証、乙第一七号証)、梅木工務店宛で発行してほしい旨求められ、再発行したものである。

本来ならば先に発行した領収証を回収し、控えを廃棄すべきであったところそれを怠ったものであるが、計上漏れではない。

<2> 昭和六三年五月二〇日付の谷川(川東)に対する納品書控え(甲第五三八号証、第五三九号証、乙第一九号称)の合計額九六万五七五〇円と同年分の本件元帳(甲第三号証)の計上額七六万円との差額二〇万五七五〇円に係る売上計上漏れについて

右二〇万五七五〇円のうち二〇万円は昭和六二年一二月三一日に内金として既に受領済みであり(甲第二号証、第二六三号証)、残りの五七五〇円は値引きしたものである。

原判決は、納品書に右趣旨の記載がない旨を指摘するが、いずれも単純に記載を落としたというにすぎず、五七五〇円程度の値引きなどは実務上は記載しないことも珍しくない。

<3> 本件元帳の明白な記帳漏れは「力石」一件のみであり、これは本訴前に控訴人において訂正している。

右以外の被控訴人が指摘している問題点に関する収入金額はごく僅かである。

(2) 収支日計表

収支日計表が支出に重点を置いて作成された帳簿であること、すなわち、厳密な意味で現金出納帳でないことは控訴人も認めているところであり、そうであればその残高がマイナスになったとしても何ら不思議ではない。

しかし、収支日計表は、控訴人の事務員において個々の取引に接着した時点で相当に緻密に記載され作成されており、控訴人程度の規模の業者にあっては相当に几帳面かつ正確に記載されているものである。控訴人程度の規模の事業者に対しこれ以上の記帳の正確性を要求することはおよそ不合理である。

(3) 本件領収証控え及び本件納品書控え

被控訴人は、本件領収証控え及び本件納品書控えの原本である領収証綴り五冊及び納品書綴り八冊(以下「本件原本綴り」ということがある。)の一部が丹念に手間をかけて破り取られており、控訴人が収入の一部を意図的に除外している疑いを指摘する。

しかし、控訴人は、本件の税務調査の当初から本件原本綴りを被控訴人係官に提出していたにもかかわらず、右のような指摘を受けたことはなかった。

また、被控訴人は、本件原本綴りの破り取られた部分があたかも入念に廃棄されているかのように主張するが、そのような事実はなく、破れている箇所はいずれも破られていることは一見すれば分かるというものである。意図的に廃棄したものならば、その部分の明らかな痕跡が存在する資料を相手方に預けて調べさせることなどそもそもあり得ない。

確かに、記帳を担当していた原繁子が書類の書き損じなどの事情で破り捨てることはあったかもしれない。しかし、現在は、書類を書き損じたということが分かるように「×印」をつける等して廃棄文書も保存する方法を採用しており、破り捨てたことがあったとしても、それは、同人自身記憶のないほど相当以前のことである。

なるほど書き損じの書類を保存しておれば、それが「書き損じ」であるということを証明できるという意味で、書類の廃棄方法としてはより優れているかもしれないが、それを根拠に控訴人が売上の一部を書類を破棄する方法によって除外していると結論づけることには論理の飛躍がある。

控訴人の事業の内容上、現場に入る途中で材料の仕入先に立ち寄って資材を調達し、あるいは現場で不足した資材を直接現場まで届けてもらう等したときには、原繁子は必ず現場名を伝票及び売上請求書に記入している。

また、控訴人の事業内容、取引規模からすれば、例えば取引件数が限定されている(不特定多数の取引先と取引を行ったり、不特定多数の相手からの日々の入金があったりするわけではない)ため、反面調査等によれば、直ちに売上を把握できるという関係にもある。

つまり書類さえ(適当に選んで)破ってしまえばそれで足りるというほど単純ではないのである。

例えば同一の売上に関する納品書と領収書とが対になって破り捨てられているなどという事情があればともかく、そのような指摘すら被控訴人によってもなされていない。

控訴人にあっては、左官工事業を主とする控訴人中心の班と、土木工事業を主とする原計行(原繁子の夫)中心の班とが、それぞれの売上を競い合い成績を上げることをひとつの励みとし、誇りとして仕事に取り組むというスタイルをとっていた。

そのようなシステムの中で、売上を除外するということなどおよそ発想としてもあり得ないところである。

(4) 原判決の指摘するその他の問題点について

原判決は、<1>控訴人が、売上補助簿によって被控訴人が把握した収入以外の収入を主張していること(売上補助簿に記帳漏れがあること)、<2>控訴人が、総収入についての従前の主張を増額して主張したにもかかわらず、なお計上漏れの可能性が認められ、そのほかにも捕捉漏れの可能性を否定できないこと等を指摘する。

しかし、<1>については、売上補助簿は、文字通り「補助簿」であって、これによって総収入を計算できる性質のものではなく、領収証等の原始記録による方が正確である。

また、<2>についても、計上漏れの可能性についての原判決の指摘そのものが前記のとおり誤りであるうえ、控訴人が本訴で主張した各年度の総収入額(五四七四万〇三一五円、五八二三万四三三四円、六一七六万三八〇九円。原判決別表六の1ないし3)と本件の異議申立及び審査請求において被控訴人が推計の基礎に用いた各年度の総収入額(五四〇二万四七九〇円、五八二九万四〇三四円、六一八二万三五九円。甲第一〇四号証の一、二、第一〇五号証の一、二)とがほぼ一致することは、控訴人の総収入についての主張を裏付けるものというべきである。

(三) 控訴人の必要経費

控訴人は、経費についても、領収証等の原始記録に基づき、本件元帳を作成している。

これに対し、被控訴人は、工事台帳がないから経費かどうかわからないと抽象的に述べるだけで、経費に関する領収証の具体的問題点を全く指摘できていない(僅かに、接待費や雑費に関する領収証が本当に事業の関係で支出されたどうか不明だとか、減価償却方法に関する点を指摘するのみである。)。

二  被控訴人

1  推計の合理性

(一) 総論

推計の方法について、横浜地裁平成平成七年一二月二〇日判決(乙第二一号証)は、「推計の方法には、様々な手法があり得るのであって、当該方法が合理的であるといえるためには、実額課税の代替手段としてふさわしい一応の合理性があれば足り」、課税庁の行った推計に一応の合理性が認められれば、「これとの推計方法の優劣を争う主張は、それ自体理由がない」と判示し、右判決は控訴審においても支持されている(東京高裁平成八年一〇月二日判決、乙第二二号証)。

また、右と同旨の判決として、京都地裁平成七年六月一六日判決(乙第二三号証)は、「そもそも推計課税は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当である。そうすると、推計課税は、実体法上、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許すことを認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるものである。そして、その推計の方法も、真実の所得を算出しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであれば足りると解すべきである」と判示し、推計の合理性について納税者が一応の合理性が認められる他の推計方法によって争うことが可能かという点について、「他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい一応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。推計方法の優劣を争う主張は、主張自体失当である」と判示している。

なお、右判決の控訴審は、右理由を引用しつつ、推計課税の性質について、「課税処分における立証の対象は本来、真実の所得金額である。しかし、所得税法一五六条や法人税法一三一条は、推計の必要性、合理性を要件として、所得金額の認定について表見証明ないし類型的推認類似の方法により課税をすることを許したものである。それは、単に訴訟法上の事実上の推定にとどまるものではなく、課税庁である税務署長に対し、推計による課税処分を許す実体法上の行為規範である。したがって、推計課税によって得られる所得近似値をもって課税することを認めたものといえる。このような考え方に立つならば、推計の合理性は真実の所得金額を推認す方法の合理性ではない。それは、限られた資料や時間的制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平等を考慮して、採用された推計方法がその納税義務者の所得を認定する方法として社会通念上合理的と認められる場合をいうのである。そうであるなら他により真実の所得金額に接近できる推計方法があるからといって、直ちに課税庁が採用した推計方法の合理性が否定されるわけではない。課税庁はその裁量により各種の合理性のある推計方法につきいずれを採用すべきかを当該事件に照らし、選択できる」と判示し、また、採用した推計方法については、「他の推計の方が実額に極めて近似し当該推計方法のとの差が著しく、社会通念上、相応の合理性すらなく、裁量権の濫用であることが証明されない限り、課税庁の推計方法の合理性を肯認できる」と判示している(大阪高裁平成八年一〇月三〇日判決、乙第二四号証)。

よって、推計方法の選択についての控訴人の主張は理由がない。

(二) 事業規模と所得率との関係

控訴人は、土木工事業及び左官工事業を兼ねて営んでおり、しかも、自らの収入金額をそれぞれの事業に区分して経理処理し、収入金額の区分もできるのであるから、殊更土木工事業と左官工事業の収入金額を合算した収入金額を基に推計することは、控訴人の事業の実態にそぐわないことは明らかである。

すなわち、控訴人主張の<1>の推計方法についてみると、本件においては控訴人が営む土木工事業又は左官工事業のいずれか一方の事業による収入金額が極めて僅少であり、これを無視しても推計の結果に影響を及ぼさないという事情も認められないのであるから、推計に際していずれか一方の業種のみの所得率を適用するならば、現に存する他方の業種の所得を無視して推計することになる。この点において、右推計方法は、控訴人の事業の実態からかけ離れた推計にならざるを得ず、被控訴人の採用した推計方法に比して、右の推計方法により合理性があるとは到底考えられない。

また、控訴人主張の<2>の推計方法についても、土木工事業又は左官工事業のいずれか一方の業種のみの所得率を適用する点において右<1>と同様の批判が当てはまるうえ、両事業の所得率の平均値を算出しこれを基に推計したとしても、それが被控訴人の採用した推計方法に比して、より控訴人の所得の実態に近いという根拠もない。

そして、控訴人のような兼業者の場合に被控訴人が採用した推計方法を用いることに合理性があることについては、同様な推計方法を用いた課税を適法とした裁判例が多数存在することによっても支持されるところである。

したがって、控訴人の主張する<1><2>の推計方法が合理的なものといえないことは明らかである。

(三) 類似同業者の選定

被控訴人が本件推計で採用した方式は、いわゆる通達回答方式に基づく同業者比率法と呼ばれるもので、通達の発遣者と報告書の回答者が相違することから、類似同業者の抽出過程に課税庁の恣意が介在しない方法(無作為に同業者を抽出しうる方法)として、今日まで多くの裁判例で認められてきた方法である。

また、控訴人は、右通達(乙第六号証)において、控訴人と事業規模の類似性を担保するための抽出基準を設定しており、そして、その中の一つとしていわゆる倍半基準(控訴人の収入金額を基準として、その上限を二倍、その下限を二分の一の範囲にある同業者を抽出する基準)を採用しているが、右倍半基準は、推計課税の基礎となる収入金額や仕入金額の多寡が、その納税者の事業規模を推測する蓋然性の高い価値尺度たりうるという経験則を前提とするもので、類似同業者を提出する際に、課税庁の思惑や恣意を排除するため、課税庁内部において極力統一的な取扱をすることが推計課税のあり方の客観化を図り、さらには納税者の信頼をも得られることになるとの観点から、今日まで数多くの裁判例においてその合理性が認められているものである。

このように、本件の類似同業者の抽出過程に被控訴人の恣意が介在する余地はないのであるが、恣意なく(無作為に)抽出された類似同業者間においてもそれぞれの経営形態は様々なのであるから、抽出した類似同業者に所得率の高い者あるいは低い者がいるのは当然のことであるし(被控訴人が抽出した類似同業者に所得率の高い同業者ばかりが含まれているわけではない。)、また、その所得率にはある程度の偏差が存するのが通常である。しかし、原判決も説示するとおり、「推計課税は、納税者の所得金額が直接的な資料によって把握できない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ原告と類似同業者の類似性を過度に要求するときは、推計の方法を不可能にすることになりかね」ないことから、その偏差の程度が類似同業者間に通常存する程度の偏差であれが、類似同業者の平均値を求める家庭で包摂され解消されると解されている。

かかる考え方に基づくならば、倍半基準により納税者との事業規模の類似性が担保されている場合には、推計の合理性を判断するにおいて、控訴人のように同業者の所得率のばらつきをその上限値と下限値の差異で見るのは相当でなく、その差異の基となった営業条件の相違が本件推計を不合理ならしめる程度に顕著なものであるか否かという観点から検討すべきものといえる。

そして、右の点については、推計の基礎的要件に欠けるところがないと認められる場合には、納税者と抽出業者の営業条件の相違は、それが平均値による推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌する必要はないと解されているところ(京都地裁平成六年一二月一四日判決、その控訴審である大阪高裁平成七年一〇月二〇日判決)、本件における被控訴人の類似同業者の抽出基準及び前記通達回答方式を採用した類似同業者の抽出過程はいずれも合理性を有するものであり、また、控訴人の主張する立地条件の特殊性が右特殊事情に当たらないことは原判決が説示するとおりである。

よって、本件の類似同業者の所得率に三倍の差異があることを理由として本件推計の合理性を争う控訴人の主張は失当である(なお、控訴人はその引用する浦和地裁の判決に基づき、本件の類似同業者の中から所得率の高い者を排除して平均所得率を求めるべき旨を主張するもののようであるが、右判決の控訴審である東京高裁平成六年三月一六日判決(乙第二六号証)は、課税庁が倍半基準にもとづいてした類似同業者の選定は合理的であり、原審が類似同業者を限定したことは不合理であるとして、課税庁の主張を認め、課税庁敗訴部分を取り消している。)。

また、控訴人は、本件の類似同業者の抽出過程に被控訴人の思惑や恣意が介在した可能性がある旨を主張する。

しかし、本件においては、広島国税局長が管内の各税務署長に対し、控訴人の業種、業態及び事業規模に合致する同業者の報告を求める通達を発遣し、右通達により報告を求められた各税務署長は、通達の抽出基準に該当する同業者をすべて抽出して広島国税局長に報告し、被控訴人は、各税務署長から広島国税局長に報告があった同業者を本件推計における類似同業者としてすべて採用したものであり、しかも被控訴人は、右事実を、公文書たる通達(乙第六号証)及びその報告書(乙第七号証の一ないし五四)を書証として提出するのみでなく、右通達の作成者であり、本件推計の計算を担当した米森英次の証人尋問を行い、控訴人に反対尋問の機会を与えたうえで立証を図っているのであるから、控訴人の前記主張も理由がない。

2  実額反証

(一) 総論

控訴人の実額反証についての主張は、推計課税の本質に関する理論と実額反証を混同するものである。

すなわち、推計課税は真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、推計の結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるのに対し、実額反証は、「所得実額の算定のための根拠事実に関する主張(総収入金額及び総必要経費)を本証として証明することのできるものでなければならない」から(東京地裁平成六年二月一〇日判決、東京高裁平成七年一月三一日判決)、実額に「近似値」はあり得ないのである。

したがって、控訴人の前記主張自体、自らの実額立証が不十分であることを自認するものであって失当である。

(二) 控訴人の総収入

(1) 本件領収証控え及び本件納品書控えの問題点

本件原本綴りには、相当数の欠落箇所があり、しかもそれらは一見したのでは分からないように破り取られている(乙第二五号証)。

控訴人の経理(記帳)担当者である原繁子の証言(原審及び当審)内容の変遷は著しく不自然、不合理である。

また、本件領収証控え及び本件納品書控えに該当する資料が存在しない(本件原本綴りにも該当するものはない)にもかかわらず、本件元帳及び売上補助簿に売上が計上されている取引があり(「昭和六三年八月一四日付け 細部大工様(細部フミエ)、八〇万円」「同六三年一二月一日付け 十川 八〇万円」「同六三年一二月三〇日付け 十川 八〇万円」)、このことから、本件原本綴り以外の領収証綴りの存在が推認されるところである。

さらに、広島ガス販売株式会社宛の各納品書(甲第四五七号証ないし第四六四号証)について、原繁子は、もう少し安くして欲しいといわれ何度も何度も書き換えたため重複したものである旨証言しているところ、右納品書記載金額は、甲第四五七号証が一一九万三〇〇〇円、第四五八号証・第四五九号証が一四二万円、第四六〇号証・第四六一号証が一三四万円、第四六四号証の一ないし四が一三〇万円であり、また、本件元帳における同社からの売上は、昭和六二年七月一七日に一一九万三〇〇〇円が計上されているから、右証言が納品書及び本件元帳の記載と異なっていることは明らかである(なお、甲第四五八号証以下の各納品書の意味するところは不明である。)。

以上のとおり、原繁子の証言は、矛盾点も多く、後記(2)で個別に指摘する売上計上漏れのほかに、異なる売上計上漏れが推認されるところである。

そして、右のことは、収支日計表における残高がマイナスになる日が存在することからも裏付けられるところである(現金の支払が事実とすれば、それに見合う現金入金があるはずである。)。

したがって、控訴人の本件元帳は領収証等の原始記録に基づいて作成されたものであるから正確である旨の主張は、その前提である本件原本綴りの信用性自体に問題があるというべきであるから失当であり、本件元帳が取引に接着して作成されたものではないことをも併せ考えると、かかる資料(原本綴り)に基づいて作成された本件元帳が信用性に欠けるものであることは明らかである。

なお、控訴人は、<1>本件の税務調査の当初から被控訴人係官に提出されていたが、被控訴人は、これまで本件原本綴りが破り取られていることを何ら指摘しなかった、<2>売上を除外する場合には、書類(本件原本綴り)さえ(適当に選んで)破ってしまえばそれで足りるというほど単純ではなく、同一の売上に関する納品書と領収書とが対になって破り捨てられているなどという事情があればともかく、そのような事情はない旨を主張する。

しかし、本件税務調査の全過程を通じて、控訴人から被控訴人係官に対して提示があった書類は、平成元年四月一二日に控訴人の事務所で原繁子から提示された昭和六三年分の売上帳(売掛帳)及び仕入帳(買掛帳)のみであり、その後税務調査が終了するまでに控訴人が本件原本綴りを提示した事実は認められないから、右<1>の主張は失当である。

また、控訴人のような主として個人を顧客とし現金取引が多い事業者にあっては、現金取引の一部を除外し申告しないという行為が、しばしば行われる不正行為の形態のひとつでもあるところ、一般に売上を除外しようとする場合、納品書だけを残して領収証を破棄すること、あるいは、納品書だけを破棄して領収証を残しておくことは考えられないし、相手先に請求書を渡す前に現金支払があり、当該現金収入を除外する場合には、発行した領収証を破棄するのは当然のことであるから、右<2>の主張も失当である。

(2) 原判決の指摘する個々的問題点

<1> 昭和六二年八月一二日付けの梅木工務店宛の領収証控え(甲第二三〇号証、乙第一六号証)に係る五〇万円の売上計上漏れについて本件領収証控えに付されたナンバーから、梅木工務店宛のナンバー〇〇〇三七が付された領収証(甲第二三〇号証、乙第一六号証)が最初に発行され、その後岡野製材所宛のナンバー〇〇〇三八が付された領収証(甲第二三一号証、乙第一七号証)が発行されたことは明らかであり、このことは、甲第二三一号証の余白部分に「梅木工務店」との筆圧が残っていることからも裏付けられる。

したがって、「五〇万円の領収証を岡野製材所宛に発行したところ、梅木工務店宛で発行してほしい旨求められ、再発行した」との控訴人の主張は真実と異なるものであり、右五〇万円については依然として売上計上漏れの疑いが残っているものというべきである。

<2> 昭和六三年五月二〇日付けの谷川(川東)に対する納品書控え(甲第五三八号証、第五三九号証、乙第一九号証)の合計額九六万五七五〇円と同年分の本件元帳(甲第三号証)の計上額七六万円との差額二〇万五七五〇円に係る売上計上漏れについて

昭和六二年一二月三一日付けの谷川(川東)宛の領収証控え(甲第二六三号証)には、「但し」欄に「応手工事、内金」と記載されており、これによれば、いずれかの「応援手間工事の内金」として谷川から二〇万円を受領したものと思料される。一方、右納品書控えによれば、工事内容は「内塀工事」、その積算内訳は施工材料費及び施工費(手間賃)であり、ちなみに、施工費(手間賃)は合計一〇・五人役、一〇万八七五〇円と記載されている。そうすると、控訴人の主張からするならば、右内塀工事は、約半年前に内入金を受けて相当の日数を費やして施工した工事ということになるが、右納品書控えの記載内容からは相当の日数を費やすほどの工事であるとは到底考えられないものである。

また、控訴人は、工事について内入金があった場合には納品書の控えに「内入金」と記載する処理を行っていたものであるところ(甲第五二〇号証の二、第五五三号証)、右納品書控えには「内入金」の記載はない。

したがって、右差額の二〇万五七五〇円が内入金及び値引きである旨の控訴人の主張は、他の経理処理の方法に照らしても明らかに不自然であり、右二〇万五七五〇円については依然として売上計上漏れの疑いが残っているものというべきである。

<3> 昭和六三年五月二五日付けの(南方)金垣に対する納品書控え(甲第五四四号証、乙第二〇号証)に係る四八万九七五〇円の売上計上漏れについて

控訴人は、右四八万九七五〇円が同年分の本件元帳(甲第三号証)に記載されていない理由について何の主張立証もしていない。

また、昭和六三年五月二五日付けの千代田木材宛の納品書控え(甲第五四一号証、第五四二号証)には「金垣邸」に係る工事内容が記載されており、同年五月ころ、控訴人が「金垣邸」の工事をしていたことは明らかである。

よって、右四八万九七五〇円については依然として売上計上漏れの疑いが残っているものというべきである。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の原審及び当審の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由説示(原判決四三枚目裏一〇行目から六〇行目裏七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五三枚目表一行目の次に改行して次のとおり加える。

「 この場合、一応の合理性が認められる推計方法が他にあり、この方法による方が所得額が低くなるとしても、課税庁はそのいずれをとるかをその裁量により決することができるから、他の推計方法による方が実額により近似することが証明されない限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定しうるものと解するのが相当である。」

2  原判決五三枚目裏八行目の次に改行して次のとおり加える。

「(3) なお、控訴人は、本件の異議申立及び審査請求において被控訴人が前提とした類似同業者の数及び所得率と本訴のそれとが相違していること(甲第一〇四号証の一、二、第一〇六号証、原判決別表四の1ないし3、同五の1ないし3)を指摘し、本件の類似同業者の選定の過程で被控訴人の思惑や恣意が介在した可能性がある旨を主張するが、右選定を担当した被控訴人係官米森英次は、原審の証人尋問において、右相違が生じた理由について概ね納得の行く説明をしており、一部記憶が明確でない部分は存するものの、右選定の過程で被控訴人の思惑や恣意が介在した可能性を窺わせるものではないから、右主張は採用できない。」

3  原判決五四枚目裏四行目の「所得率は、事業規模が大きいほど低下する」を「控訴人のような形態の事業では売上金額が大きいほど所得率が低下するという関係があるところ、控訴人は、左官工事業と土木工事業を兼業してはいるものの、その事業規模に照らしいずれか一方の業種でしか稼動することができないから、他方の業種における所得率は専業の場合の所得率よりも低下する」と改め、同七行目の「多くなる」の次に「、したがって、<1>控訴人の総収入に近い土木工事業者又は左官工事業者のいずれかの平均所得率で推計するか、<2>控訴人の総収入に近い土木工事業者又は左官工事業者のそれぞれの平均所得率の平均をとって推計する方法が合理的な推計方法である」を、同一〇行目の「ものではないところ、」の次に「控訴人が左官工事業と土木工事業を兼業している者であること、それぞれの事業による収入金額も概ね判明していること、いずれか一方の事業による収入金額が極めて僅少であるなどの事情は認められないこと等に鑑みると、」をそれぞれ加える。

4  原判決五五枚目表一行目から同三行目にかけての「類似同業者の抽出にあたり、原告の総収入金額を基準としたほうが、被告のした推計方法より実際の所得率に近い平均所得率を算出できることの確証はない」を「控訴人の前記主張を前提としても、控訴人が自ら稼動した業種で得た収入については同一売上規模の専業者と同程度の所得を得られるはずであり、また、一般に左官工事業と土木工事業とで所得率に差異があることは控訴人も自認するところであるから控訴人の総収入を基準に類似同業者を抽出する前記<1><2>の推計方法が、被控訴人の採用した本件の推計方法に比して、より実額に近似する結果を得られる推計方法であると認めることはできない」と改める。

5  原判決五六枚目表一行目の「いうべきである」の次に「(したがって、本件の類似同業者の所得率に三倍の差異があるとの事実は、直ちに本件推計を不合理ならしめるものではない。)」を加える。

6  原判決五七枚目表五行目から六〇行目裏二行目までを次のとおり改める。

「1 総論

課税庁が推計によって把握した所得について、納税者がこれを下回る所得の実額を主張立証した場合においては、推計によって把握した所得は近似値にすぎないから、所得の実額が把握できるのであればそれによって所得税額を算出すべきである。

しかし、そのようないわゆる実額反証は、課税庁の推計に合理性が認められ、これによって把握された所得額をもって所得税算出の基礎とすることが適法であるとされているのに、右のような所得の実額が本来持つ優先性によってその適法性を覆すものであるから、その主張する実額が真実の所得に合致することを合理的な疑いをいれない程度に立証しなくてはならない。具体的には、総収入金額及びその総収入金額に対応した費用(必要経費)の全額のいずれもが諸帳簿等の直接資料によって明らかにされ、かつ、その帳簿の真実性、正確性が原始記録(売上に係わる請求書控え、領収書控え、仕入・経費に係わる請求書、領収書等)によって確認されることが必要である。

これに対し、実額反証の要件を右のように厳格に解するならば、およそ世間に存在する中小業者にあっては実額反証は極めて困難となる旨を主張する。

しかし、<1>申告納税制度の下における納税者は、正しい申告をする義務を負うとともに、その申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うこと、<2>その義務を果たさず、課税庁をして推計課税を余儀なくさせた納税者が実額反証を許される結果、その義務を遵守する誠実な納税者よりも利益を得るような事態は生ぜしめるべきではないこと、<3>実額反証に対する課税庁の反面調査、証拠の収集は著しく困難であるのに反し、それを主張する納税者が自己に有利な証拠を提出するのは容易なはずであり、両者は対等な立場にはないこと、以上の諸点に鑑みれば、納税者に前記の立証責任を負担させても酷であるとはいえず、控訴人の右主張は採用できない。

2 控訴人の総収入

控訴人は、控訴人の総収入を証する証拠として、本件元帳(甲第一号証ないし第三号証)、収支日計表(甲第九七号証の一ないし六二)、本件領収証控え(甲第一二五号称ないし第三一七号証)及び本件納品書控え(甲第三一八号証ないし第五九四号証)等を提出しているので、その信用性について検討する。

(一)  本件元帳

本件元帳は、取引に接着して記帳されたものではなく、本件の争いになった後に本件領収証控え及び本件納品書控えに基づき作成されたものであること、また、本件元帳は、右のような作成経緯から、勘定科目のうち売上、必要経費等の一部の科目についてのみ記載されたものであって、現金、預金、固定資産等の資産勘定科目や借入金等の負債勘定科目については記載がなく、それゆえ本件元帳自体からはその正確性を検証することができないものであること(全勘定科目が記載された総勘定元帳であれば、貸借平均の原理によりそれ自体で正確性を検証できる余地がある。)、以上については控訴人も認めて争わないところである。

そうすると、本件元帳の信用性を肯定するためには、<1>取引の都度領収証及び納品書が正確に作成交付されたこと、<2>取引から本件元帳作成時までの間に領収証控え及び納品書控えが的確に保存されていたこと、<3>本件領収証控え及び本件納品書控えとの間に齟齬が生じていないことが必要であるところ、右<2>の点に疑義があることは後記(三)のとおりであり、右<3>の点について疑義があることは後記(四)のとおりである。

そうすると、本件元帳の信用性には少なからぬ疑問があるというべきである。

(二)  収支日計表

控訴人の主張によれば、右収支日計表は控訴人の経理事務を担当していた原繁子が取引に接着した日に作成したものであるが、右主張の真偽はさておき、右収支日計表が支出に重点をおいて記入された帳簿であるため、現金残高や銀行取引に係る現金の出入金の記載は必ずしも正確になされていないこと、したがって、右帳簿によると現金残高がマイナスになる場合もあることは控訴人も自認するところである(控訴人の提出した請求書及び領収証等の資料に基づき修正した場合のマイナスの最高額は三二万二七四七円、乙第一五号証)。

右の事実、とりわけ現金残高がマイナスとなる場合があることは、現金の入金があっても右収支日計表に記帳されない場合があることを窺わせるものであるから、現金出納帳に代わる帳簿として提出された右収支日計表は、控訴人の総収入の実額を認定するための資料としては、その信用性に自ずと限界があるものというべきである。

(三)  本件領収証控え及び本件納品書控え

(1) 前記二<1>掲記の各証拠、成立に争いのない乙第二五号証及び当審証人原繁子の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

<1> 本件領収証控え及び本件納品書控えは、控訴人が本件各係争年度(昭和六一年ないし昭和六三年)において使用していた領収証綴り五冊及び納品書綴り八冊に残されていた控訴人用の控えである。

<2> 本件の領収証綴りは五〇件分を一冊の綴りとし、控訴人の専用領収証として印刷作成されている。そして、一件につき、二枚複写となっており、一枚目は控えとして領収証綴りに残り、二枚目は相手先に交付される。

<3> 本件の納品書綴りは五〇件分を一冊の綴りとし、控訴人の専用納品書として印刷作成されている。そして、一件につき、三枚複写となっており、一枚目は納品書(控)として納品書綴りに残り、二枚目は請求書として、三枚目は納品書として、相手先に交付される。

<4> 控訴人は、前記二1の税務調査の際には本件原本綴りを被控訴人の係官に提示しなかった。

<5> 控訴人は、当審の第四回口頭弁論期日(平成九年一〇月二七日)において、本件領収証控え及び本件納品書控えを書証として提出した。

そして、原繁子は、当審の第五回口頭弁論期日(同年一二月八日)の証人尋問において、本件原本綴りを示され、領収証控え及び納品書控えを本件元帳作成時までに破り取ったことはない旨の証言をしていた。

<6> ところが、被控訴人係官が、右期日後に本件原本綴りを控訴人から預かり調査したところ、本件領収証綴り五冊(計二五〇件)については合計二一枚の領収証控えの、本件納品書綴り八冊(合計四〇〇件)については合計七二枚の納品書控えの各欠落があり、欠落部分には破り取られたような痕跡が認められた。

そこで、被控訴人指定代理人は、当審の第六回口頭弁論期日(平成一〇年二月一八日)の証人原繁子の証人尋問において、右の事実を指摘したところ、同人は、領収証控え及び納品書控えを破ったことがあるかもしれない旨を述べ、右<5>の供述を変更したが、破り取った理由については全体として曖昧な供述に終始している。

<7> なお、領収証綴りの中には抜取の有無を明確にするため通し番号が打たれているものもあるが、本件の領収証綴りには通し番号は打たれていなかった(本件領収書控えに打たれている番号は、本件元帳を作成する際に整理のため打たれたものである。)。

また、領収証(納品書)を記載誤りした場合、その領収証(納品書)に斜線を引くなどして、原本及び控えをそのまま綴りに残すことが、領収証(納品書)の不正使用を防止でき、経理事務の正確性や信頼性のため、一般に行われており、このことは原繁子自身も承知していた。

(2) 右認定した事実によれば、<1>本件領収証控え及び本件納品書控えの原本である本件原本綴りには、相当数の欠落箇所があること、<2>欠落の有無についての原繁子の証言は変遷し、欠落した理由についての証言も曖昧であること、<3>このような欠落は、仮に控訴人の主張するように単純な記載ミスや領収証の再発行等の理由により生じたものとしても、一般の会計慣行に反するものであり、そのことは原繁子自身も承知していたこと、以上の点を指摘することができる。

(3) そうすると、控訴人が取引の都度領収証及び納品書を正確に作成交付していたとしても、取引から本件元帳作成時までの間に領収証控え及び納品書控えが的確に保存されていたとは認めがたいから、本件領収証控え及び本件納品書控えにかかる売上が控訴人の総収入の全てであるかについては疑問が残ることになり、ひいては、本件領収証控え及び本件納品書控えに基づき作成された本件元帳の信用性についても、少なからぬ疑問が残ることになる。

(四)  本件元帳の個々的問題点

(1) 昭和六二年八月一二日付けの梅木工務店宛の領収証控え(甲第二三〇号証、乙第一六号証)に係る五〇万円の売上計上漏れについて

右領収証控えにかかる五〇万円は、同年分の本件元帳(甲第二号証)に記載されていない。

この点に関し、控訴人は、右工事は岡野製材所と梅木工務店とが合同で受けた工事であり、五〇万円の領収証を岡野製材所宛に発行したところ(甲第二三一号証、乙第一七号証)、梅木工務店宛で発行してほしい旨求められ、再発行したものである旨主張するが、本件領収証控えに付されたナンバーと弁論の全趣旨からすると、右主張とは逆に、梅木工務店宛の領収証(甲第二三〇号証、乙第一六号証。ナンバー〇〇〇三七)が発行された後に岡野製材所宛の領収証(甲第二三一号証、乙第一七号証。ナンバー〇〇〇三八)が発行されたと推認されるから、右主張は採用し難い。

よって、右五〇万円については売上計上漏れの疑いを否定できない。

(2) 昭和六三年五月二五日付けの(南方)金垣に対する納品書控え(甲第四四号証、乙第二〇号証)に係る四八万九七五〇円の売上計上漏れについて

右納品書控えに係る材料費及び工事費等四八万九七五〇円は、同年分の本件元帳(甲第三号証)に記載されていない。

よって、右四八万九七五〇えんについては売上計上漏れの疑いを否定できない。

(3) 昭和六三年五月二〇日付けの谷川(川東)に対する納品書控え(甲第五三八号証、第五三九号証、乙第一九号証)の合計額九六万五七五〇円と同年分の本件元帳(甲第三号証)の計上額七六万円との差額二〇万五七五〇円に係る売上計上漏れについて

右納品書控えの額と本件元帳の計上額との間には二〇万五七五〇円の差異があるところ、控訴人は、右のうち二〇万円については昭和六二年一二月三一日に内金として受領していたもので、残額を値引きした旨主張する。

そして、同年昭和六二年一二月三一日付けの谷川(川東)宛の領収証控え(甲第二六三号証)には「応手工事、内金」と記載されていることに照らすと、右主張にそう当審証人原繁子の証言についてはその信用性を肯定してよいと考えられる。

これに対し、被控訴人は、<1>右納品書控えに内入金及び値引きの記載がないこと、<2>右領収証控えにかかる工事と右納品書控えにかかる工事との同一性に疑問があること等を指摘し、右二〇万五七五〇円についても売上計上漏れの可能性がある旨を指摘するが、右<1>については、単純な記載漏れの可能性もあり、右<2>についても、右領収証控え及び納品書控えの記載の対比のみから工事の同一性に疑問があるとまで推認することはできないから、右主張は採用し難い。

よって、右二〇万五七五〇円については売上計上漏れの疑いは解消されたというべきであるが、右(1)(2)については前記のとおり依然として売上計上漏れの疑いが残り、その額も少額とはいえないことに照らすと、この点が本件元帳の信用性を減殺する事情となることは否定できない。

(五)  その余の控訴人の主張について

控訴人は、本件訴訟手続において総収入についての従前の主張額を増額して主張したこと(弁論の全趣旨)、それにもかかわらず、本件領収証控え及び本件納品書控えにかかる売上が控訴人の総収入の全てであるかについては疑問が残り、また、本件元帳についても売上計上漏れの疑いが残ることは前記のとおりであり、このことは控訴人の総収入についての主張の信用性を減殺する事情であるということができる。

これに対し、控訴人は、控訴人が本訴で主張する総収入の額(原判決別表六の1ないし3)と被控訴人が本件の異議申立及び審査請求で推計の基礎に用いた総収入の額(甲第一〇四号証の一、二、第一〇五号証の一、二)とがほぼ一致することは控訴人の総収入についての主張を裏付けるものであると主張するが、被控訴人が右の額を推計の基礎に用いたのは原判決二五枚目表一行目から同八行目までに摘示された理由によるものであり(弁論の全趣旨)、反面調査によって納税者の収入をもれなく捕捉することは困難であるのが通例であることに鑑みると、控訴人指摘の点は、控訴人の総収入についての主張を裏付けるものとはなし難い。

3 以上によれば、控訴人の総収入についての証明があったということはできないから、その余について判断するまでもなく、控訴人の実額反証は理由がない。」

二  結論

よって原判決は相当で、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日髙千之 裁判官 野々上友之 裁判官 太田雅也)

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