広島高等裁判所 平成9年(う)60号 判決 1998年3月19日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年六か月に処する。
原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入する。
理由
弁護人の控訴の趣意は、弁護人椎木緑司作成の控訴趣意書(第一及び第二点のみ)に(ただし、弁護人は、逮捕及び強制連行が不当である等捜査及び手続の違法を主張する部分は、事実誤認の一事情として主張するものである旨釈明した。)、被告人の控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書に(弁護人は、事実誤認の主張である旨釈明した。)各記載されているとおりであり、検察官の控訴の趣意は、広島地方検察庁検察官片山博仁作成(広島高等検察庁検察官安田哲也提出)の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人の右控訴趣意書(第三点)に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。
第一 弁護人及び被告人の事実誤認の論旨について
論旨は、要するに、原判決は、被告人が、株式会社甲野「甲野グラン広島」(以下、甲野という。)において、紳士スエード靴二足外三点(以下、本件商品という。)を窃取した旨認定しているが、被告人は、本件商品を購入するには財布内の所持金が不足していたことから、甲野店舗前の駐輪場に止めた自己の自転車の前篭に置いていた現金を取りに行こうとして、同店二重扉の内側のドア付近に本件商品が入った紙袋を置き、右ドアを少し開けたところで甲野の保安係に呼び止められたものであり、被告人は、本件商品の代金を支払う意思を有し、窃盗の故意及び不法領得の意思がなかったものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというものである。
そこで、原審記録を調査して検討するに、原審で取り調べた関係各証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」中の「第一事実認定について」の項で認定説示するところは正当として是認することができ、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、右認定を左右するものではないから、被告人に窃盗の故意及び不法領得の意思を認めた原判決には所論指摘の事実誤認があるとは認められない。以下、所論にかんがみ、付言する。
一 客観的な事実経過について
原審関係証拠によれば、次の事実が認められる。
1 被告人は、平成八年四月二三日午後四時過ぎころ、自転車に乗って広島市中区《番地略》所在の甲野に行き、同店前の駐輪場に自転車を止め、自宅から持ってきた幅的四〇ないし四五センチメートル、深さ約五〇センチメートルで外側がビニールで覆われた手提げ紙袋(以下、紙袋という。)を持って同店内に入った。
2 被告人は、同店二階売場において、婦人用ジャンパー一着(販売価格四九〇〇円)、革製セカンドバッグ二個(黒色の物と茶色の物、販売価格は各二万一〇〇〇円)、紳士スエード靴二足(サイズは二六センチの物と二四・五センチの物、販売価格は各一万四八〇〇円)を順次紙袋に入れた。
右のとおり、以上五点の本件商品の販売価格合計は七万六五〇〇円であった。
3 甲野二階には、甲野の売場とテナントの売場があるが、本件商品が陳列されていた甲野の売場では、数か所に設けられたレジにおいて、商品代金を支払う仕組みになっており、また、二階南北の二か所に客が商品を入れるプラスチック製買い物篭やカートが置かれていた。
4 被告人は、本件商品の代金を支払わないまま、本件商品の入った紙袋を持って、階段を利用して一階に降り、そのまま同店正面出入口付近に至ったところで(その場所が店内か店外かについては、後に検討する。)、同店保安係のAに呼び止められた。
5 そして、被告人は、Aらに連れられて同店二階のカウンセリングルームに行き、その場所において、Aらは、紙袋の中の本件商品を確認するなどし、被告人が現金五万七七四〇円を所持していることが明らかになった。
その後、被告人は、通報によってその場所に駆けつけた警察官に引き渡され、広島東警察署に連行された。
6 被告人は、Aに呼び止められたときや同店カウンセリングルーム内において、保安係やその場所に駆けつけた警察官に対して、自転車の前篭の中に現金を入れているから、それを取りに行こうと思っていたと供述していた。
7 被告人は、同日午後六時一〇分ころから三〇分ころにかけての引き当たり捜査において、甲野正面玄関前の駐輪場に赴き、被告人が現金を入れていたと主張する被告人の自転車前篭内の三枚のタオルの間を確認したところ、現金は発見されなかった。
二 被告人が保安係に呼び止められた場所及びそのときの状況
1 被告人を呼び止めたAは、原審公判廷において、「店内を巡回中、二階のかばん売場において、周囲をうかがう不審な男性(被告人)を認め、他の保安係員の応援を求め、被告人を追尾したところ、二階靴売場において、被告人が靴二足を持っていた紙袋に入れるのを現認した。そして、被告人がレジに行かないで階段の方に向かったので、保安係のB子に後を追うように指示し、自分はエスカレーターを使って一階に降りた。被告人が紙袋を持ったまま、一階の出入口に向かったので、被告人と並ぶようにして出入口に行き、二重扉の手動のドアを二枚とも自分が開け、被告人がこれに付いてくるような格好で、二人とも店外に出た。そこで、『ちょっと待ってください。お金を支払ってください。支払ってないのがあるでしょう。』と言って被告人を呼び止め、持っている袋を取り上げてB子に渡した。」旨証言し、B子は、原審公判廷において、「店内を巡回中、二階の靴売場に来て欲しいという連絡があり、同場所に赴いてAと合流し、大きい袋を持って、周囲の様子をうかがっている男性(被告人)を見て、靴の棚のすき間から監視していると、被告人が辺りをうかがいながら、靴を二足たて続けに紙袋に入れるのを見た。その後、被告人は、レジに行かずに階段を降りて一階に向かったので、私も階段を降りて追尾し、他の保安係員はエスカレーターから一階に向かった。そして、被告人は一階出入口に向かい、A、被告人、私の順で外に出て、外に出たときに、Aは、『支払が済んでないので、お金を払ってください。』と声をかけ、私は、右出入口付近で、Aから被告人が持っていた紙袋を受け取った。」旨証言しているところ、両者とも、二階靴売場において被告人が紙袋に靴を入れたところを現認し、同場所から被告人を追尾し、被告人が一階出入口からA、被告人の順で店外に出た段階でAが声をかけ、Aが被告人から紙袋を取り上げてB子に渡した状況を具体的に証言しており、その証言内容は互いに合致している。さらに、B子の原審公判廷における証言によると、保安係員は、万引きをした疑いのある者に対し、店外に出ないと声をかけられない決まりになっていることが認められるところ、被告人が店外に出た段階で呼び止めたというA及びB子の各証言は、右の決まりにも沿った自然なものであるということができる。
なお、被告人は、当審における陳述書(弁八号証等)において、Aの平成八年四月二三日付け警察官調書(当審検二一号証)放び同月二七日付け警察官調書(同検二二号証)並びにB子の同月二八日付け警察官調書(同検二三号証)の各供述内容に矛盾があり、A及びB子の供述は全体として信用できないと供述している。確かに、右各供述調書には、被告人が右陳述書で指摘しているような、B子が靴売場において被告人を見張るようになった経緯、Aが店外で被告人に声をかけたときの状況やそのときの被告人の返答の具体的内容等について、互いにそごしている部分が認められるものの、A及びB子とも、右各供述調書及び原審公判廷を通じ、二階靴売場で被告人が紙袋に靴を入れたのを見て、被告人を追尾し、被告人が一階出入口から店外に出た段階でAが被告人に声をかけたという基本的部分においては一貫し、互いに合致していることから、右の基本的部分以外の各供述のそごは単なる記憶違いであると認められ、A及びB子の右基本的部分の供述の信用性に影響するものではない。
以上によれば、A及びB子の原審公判廷における各証言にはいずれも信用性が認められる。
2 これに対して、被告人は、原審及び当審公判延を通じ、自転車の前篭に入れた現金を取りに行くため、本件商品を入れた紙袋を一階出入口の扉内側付近に置き、二重扉の内側の扉を一〇センチメートル程度開けたところで、保安係員に呼び止められたもので、呼び止められたのは店内であると供述している。しかし、被告人の右供述は、信用性が認められるA及びB子の原審公判廷における各証言に照らして不自然であること、店外に出ないと声をかけられないという保安係の決まりから、Aがこの決まりに反して店内で被告人を呼び止めなければならない事情は窺われないこと、被告人は、逮捕された日の翌日の平成八年四月二四日付け警察官調書(原審検一六号証)において、万引きするつもりはなかったと述べながら、品物を店の外に持って出たことは間違いないと述べていること、被告人は、原審及び当審公判廷において、万引きをするつもりがなかったことを証する事実として、本件商品を入れた紙袋を一階出入口の扉内側付近に置いたということを供述しているが、被告人は、捜査段階(原審検一八、三五号証の検察官調書、原審検一七、三四号証の警察官調書)において、代金を支払うつもりであり、出入口付近の店内において呼び止められたと供述しながら、本件商品を入れた紙袋を一階出入口の扉内側付近に置いたということを全く供述していないことに照らすと、被告人の前記原審及び当審公判廷における供述(陳述書を含む。)は信用することはできない。
3 以上によれば、被告人は、一階出入口からAの後に続いて店外に出た段階でAから呼び止められ、Aが被告人から紙袋を取り上げてB子に渡したことが認められる。
三 以上の一及び二の事実を総合すると、被告人は、甲野の売場において、自ら自宅から持ってきた紙袋に本件商品を直接手に取って入れ、二階数か所に設置されたレジで代金を支払うことなく、階段を使って一階に降り、一階のレジにも行かず、そのまま一階出入口から店外に出たものであるから、被告人が取った行動につき、合理的な理由がある等の特段の事情がない以上、右の行動から、被告人には、窃盗の故意及び不法領得の意思があったと認められるといわなければならない。
四 被告人の右行動に対する弁解の検討
1 被告人は、原審及び当審公判廷において、概ね次のとおり供述している。
被告人は、日頃世話になり、また、最近火事に遭った知人に靴でも買ってあげよう、自分もいいものがあったら買おうと考えて、現金約九万七〇〇〇円と紙袋を持って、初めて甲野に行った。
被告人は、自宅を出たとき、右現金約九万七〇〇〇円の内、四万円については茶封筒に入れ、残り約五万七〇〇〇円は財布に入れていたが、自転車を甲野の正面出入口前駐輪場に止めたとき、店内で落としたり、すられたりしてはいけないと考え、茶封筒の四万円は、自転車の前篭の中に入れていた三枚重ねのタオルの間に隠した。
紙袋を持って行ったのは、両手変形性関節症のため、店内篭を握って持つことが困難であり、紙袋を肘の内側に提げるようにすれば多少重い物でも持つことができるからであり、買いたい商品をひとまず紙袋に入れてレジに行き、代金を支払うつもりだった。
甲野二階の売り場に行き、婦人用ジャンパー一着、革製セカンドバッグ二個(黒色の物と茶色の物)、紳士スエード靴二足(サイズは二六センチの物と二四・五センチの物)を順次紙袋に入れたが、その時点で本件商品の値段を計算してみたところ、財布に入れていた約五万七〇〇〇円では足りないことに気付き、足りない分の商品を戻そうかなどと迷ったが、自転車の前篭に四万円を入れていたことを思い出し、これを取りに行こうと考えた。そこで、本件商品の入った紙袋を持ったまま、二階レジを通らずに、階段を利用して一階に降り、そのまま同店正面出入口付近に至ったところで、同店保安係に呼び止められた。
2 まず、被告人は、両手が不自由であるために自分が持ってきた紙袋に本件商品を入れたという供述について、検討する。
確かに、電話聴取書(原審検四八号証)によれば、被告人は、「両手第二指ないし第四指、両手小指屈指異常及びリウマチ」という病名で、広島赤十字・原爆病院整形外科に通院しており、鎮痛剤及び湿布薬の交付を受けるだけで、物をつかんだり持ち上げたりするなど日常生活に格別支障はない程度であるものの、両手指の屈指がやや困難であると認められる。
しかしながら、仮に被告人が右のような両手の症状のために店内篭を持つことに不自由さを感じるとしても、陳列してある商品を直接手に取り、その場で自分が持ってきた紙袋に入れた被告人の行動は、代金を支払う意思がある者の行動としては不自然である。すなわち、被告人は、原審公判廷において、普段スーパーマーケット等で買い物をする場合、店内篭をカートに乗せて利用しており、カートがないような店では、重い物は、店員に言って、レジまで持ってもらっていた旨供述しており、スーパーマーケットの売場において、店内篭を利用せず、陳列してある商品を手に取り、自分が持ってきた紙袋等に直接入れたりすれば、万引きであると疑われることは、被告人自身十分わかっていたと認められるし、甲野二階には、カートが設置されており、また、数か所のレジがあって被告人がレジにいる店員に声をかけることは容易であったと認められるから(B子の検察官調書[当審検八号証]、Aの原審証言)、カートの設置場所がわからなくても店員にその場所を尋ねたりして、カートを利用することができたはずであり、また、店内篭やカートを利用しなくても、店員に頼んで品物をレジまで運んでもらうなど、適当な処置を取ることができたはずであるから、それにもかかわらず、被告人は、自宅から用意していった紙袋に陳列してある商品を直接入れたことは、代金を支払う意思がある者の行動としては不自然であるといわざるをえない。
これに対し、被告人は、平成九年一〇月一三日付け陳述書(当審弁四号証)において、Cの検察官調書(当審検七号証)を引用し、他の客もあらかじめ買い物袋を持ってくることがあるから、自己の行動も不自然ではないと供述している。しかし、Cは、右検察官調書において、自ら買い物袋を持ってきた客は、あらかじめカードの交付を受けることにより、買った額に応じて割引を受けることができることを述べているところ、それは、レジでの精算を済ませた後、甲野専用の買い物袋を使用せずに自ら持参した買い物袋を利用する場合のことを述べているものであって、レジでの精算を済ませる前に客が自ら持参した買い物袋を利用して陳列商品を入れることを述べているのではないことは明らかであるから、被告人の右供述は採用の限りでない。
3 次に、被告人は、代金を支払うつもりで、自転車の前篭に入れていた四万円を取りに行くために店外に出ようとしたという供述について、検討する。
前記のとおり、本件当日午後六時一〇分ころから三〇分ころにかけて行われた引き当たり捜査において、被告人の自転車前篭内から現金は発見されなかったものであるが、仮に現金を置いていたとしても、被告人の供述するように、第三者が持ち去る可能性を否定できない以上、現金が発見されなかったことから直ちに被告人の自転車の前篭に四万円を入れていたという前記供述が虚偽であるということはできない。しかし、自転車の前篭に四万円を入れていたという供述は、その内容自体から不自然で、信用することはできないといわざるをえない。すなわち、被告人の供述は、茶封筒に入れていた現金四万円を自転車の前篭のタオルの間に入れたまま、甲野店内に入ったというものであるが、自分が直接監視できなくなる自転車の前篭に現金四万円も置いていたということ自体不自然であるし、被告人は、まさかこんなところに現金が置いてあったりしないだろうという普通の人の発想のいわば逆を突いたものであると供述するが、甲野正面玄関前の駐輪場に着いてから、その場所で、現金四万円を自転車の前篭のタオルの間に入れたという供述内容は、大型スーパーマーケット正面玄関前の駐輪場といういつ誰によって目撃されているかもしれない場所における行動としては、極めて不自然である。
さらに、被告人は、代金を支払うつもりで、自転車の前篭にある現金を取りに行こうとしたものであると供述するが、前記認定のとおり、被告人は、本件商品を入れた紙袋を持ったまま、店外に出たものであるところ、代金を支払うつもりなら、商品を一時店員に預けるとか、財布内の所持金の限度で精算し、足りない分は一旦売場に戻すなどして現金を取りに行くなど、他に適切な手段を取ることができたものであるにもかかわらず、本件商品を入れた紙袋を持ったまま、二階及び一階のレジに行かずに店外に出たということは、代金を支払う意思のある者の行動としては不自然であるといわざるをえない。
4 右に述べたとおり、被告人の供述内容は、本件商品を自ら持ってきた紙袋に直接入れた点、自転車の前篭に現金を置いていたという点、現金を取りに行こうとして、本件商品を持ったままレジを通らずに店外に出た点のいずれにおいても、商品の代金を支払う意思のある者の行動としては不自然であり、到底信用することはできない。
五 以上のとおり、本件商品を入れた紙袋を持ったまま、代金を支払うことなく、レジを通らずに店外に出たという被告人の行動及びその点についての被告人の弁解が不自然であり、何ら合理的な理由が認められないことを総合すると、被告人には、窃盗の故意及び不法領得の意思があったと認められる。弁護人及び被告人の事実誤認の論旨はいずれも理由がない。
第二 検察官の事実誤認の論旨について
論旨は、原判決は、「被告人は、昭和六一年八月二六日広島簡易裁判所において窃盗罪等により懲役一年二月に、昭和六三年三月二六日広島地方裁判所において常習累犯窃盗罪等により懲役四年に、平成四年一〇月一四日広島地方裁判所において常習累犯窃盗罪等により懲役三年六月に各処せられ、いずれもそのころ各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、平成八年四月二三日午後四時三五分ころ、広島市中区《番地略》株式会社甲野甲野グラン広島において、同店店長D管理に係る紳士スエード靴二足外三点(販売価格合計七万六五〇〇円)を窃取したものである。」との常習累犯窃盗罪の公訴事実に対し、常習性を否定し、単純窃盗罪を認定しているが、被告人は多数の窃盗等の前科があり、本件と窃盗の前科における犯行の手口、態様、窃盗物品の類似性を考慮すれば、被告人には、反復して窃盗行為をなす習癖、すなわち常習性があり、本件が常習累犯窃盗罪に該当することは明らかであるから、原判決は、常習性に関する事実を誤認し、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものである。
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、被告人は、本件犯行前一〇年間に窃盗罪等で三回六か月以上の懲役刑の執行を受けたほか、他に多数の窃盗等の前科を有すること、本件犯行と前科における窃盗の犯行との間でその手口及び態様が原判決がいうように著しく異なっているとはいえず、窃盗物品等については類似していること等を総合考慮すれば、被告人には、反復して窃盗行為をなす習癖、すなわち常習性があると認められるから、常習性を否定した原判決を肯認することはできない。以下、詳述する。
一 常習累犯窃盗罪の成立要件としては、その行為前一〇年間に窃盗罪等で三回以上六か月の懲役刑以上の刑の執行を受けたことのほかに、当該窃盗の犯行が常習として行われたこと、すなわち、当該犯行が、反復して窃盗行為をする習癖の発現としてなされることが必要であるが、右習癖はあるかないかで判断されれば足りるものであり、右習癖が特に顕著なものに限られるという原判決の判断は、常習性の要件を限定的に狭くとらえるものであって、相当ではない。そして、右の常習性の判断につき、常習特殊窃盗罪のように定まった手口、態様の犯行をなすことまで必要ではなく、当該犯行と前科の犯行の態様等の類似性は、常習性認定のための要件そのものではなく、常習性認定判断に用いる資料の内の一要素であると解すべきである。
二 そこで、本件窃盗が窃盗の習癖の発現としてなされたものであるかどうかにつき、前科調書(原審検二一号証)、判決書謄本一〇通(原審検二三、同二五、同二六号証、当審検九、同一一ないし一三、同一五ないし同一八号証)及び調書判決謄本四通(原審検二二、同二四号証、当審検一四、同一九号証)等により検討する。
1 被告人は、昭和二七年三月二九日から平成四年九月二九日までの間、窃盗罪または常習累犯窃盗罪によって(罪名に右の名罪を含んでいる場合を含む。)、合計一二回懲役刑に処せられ、通算約四〇年間近く服役していたものである上、本件は、常習累犯窃盗罪等による前刑の執行終了から約五か月後の犯行、前刑は、常習累犯窃盗罪等による前々刑の執行終了から一か月も経過しない内の犯行であるなど、被告人は前刑出所後短期間の内に窃盗を行って再び服役するということを繰り返していることに照らすと、被告人は、窃盗行為を反復しているといわざるをえない。
2 次に、被告人の前記一二回にわたる窃盗罪または常習累犯窃盗罪等の前科の内容をみると、合計二一〇回を超える窃盗行為を行っており、その手口は、いわゆる空き巣や店舗荒らし等の侵入盗が多数であるが、他に自動車盗、自転車盗、車上狙いや置き引き等の事案も認められ、被告人は、多くの態様の窃盗行為を反復していることが認められる。
したがって、確かに、被告人の多数の前科の中には本件と同様のいわゆる万引きの前科は存しないが、被告人は、多くの態様の窃盗行為を反復している上、その前科の中には、所有者や管理者の目を盗んで持ち去る点で万引きと形態において類似する置き引きや自転車盗等の事案も認められるのであることに照らすと、本件窃盗が、被告人の前科における窃盗とその犯行態様を著しく異にしているということはできない。
3 さらに、被告人の窃盗の前科における被害物品についてみると、現金だけでなく、貴金属類から始まり、自動車、自転車、電気製品や衣類、バッグ類、靴類等の日常品等様々な種類の物品を窃取していることが認められ、本件の被害品であるジャンパー、セカンドバッグ及び靴とは類似性が認められる。
三 以上のとおり、被告人の多数の窃盗罪または常習累犯窃盗罪の前科関係、前刑出所後短期間の内に窃盗を繰り返して再び服役するという生活を繰り返しており、本件も常習累犯窃盗罪等による前刑の執行終了から約五か月後の犯行であること、被告人は多くの態様の窃盗行為を反復しており、その中には、万引きと形態において類似する置き引きや自転車盗等の事案も認められること、本件の被害物品は、被告人の窃盗の前科における被害物品と類似性を有することなどの事実を総合考慮すれば、原判決が判示するように、被告人は、本件窃盗につき、知人にプレゼントしたいという動機を有しており、約五万七〇〇〇円の現金を所持していたことから、必ずしも計画的な犯行とまではいえず、また、被告人が本件以外に万引きをしたという事実は窺われないとしても、被告人は、反復して窃盗行為をする習癖があり、本件窃盗は、その習癖の発現として行われたものであると認めることができる。したがって、常習性を否定して単純窃盗罪を認定した原判決は、常習性の有無につき事実を誤認したものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。検察官の論旨は理由がある。
四 よって、弁護人の控訴趣意中量刑不当の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れないから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、当裁判所において、本件被告事件につき、更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和六一年八月二一日(同月二六日確定)広島簡易裁判所において窃盗罪等により懲役一年二月に、同六三年三月一一日(同月二六日確定)広島地方裁判所において常習累犯窃盗罪等により懲役四年に、平成四年九月二九日(同年一〇月一四日確定) 広島地方裁判所において常習累犯窃盗罪等により懲役三年六月に各処せられ、いずれもそのころ各刑の執行を受けたものであるが、さらに常習として、平成八年四月二三日午後四時三五分ころ、広島市中区《番地略》株式会社甲野甲野グラン広島において、同店店長D管理に係る紳士スエード靴二足外三点(販売価格合計七万六五〇〇円)を窃取したものである。
(証拠)《略》
(累犯前科)
一 事実
1 昭和六三年三月一一日広島地方裁判所宣告
常習累犯窃盗、銃砲刀剣類所持等取締法違反、暴力行為等処罰に関する法律違反、遺失物等横領の罪により懲役四年
平成四年一月一〇日右刑の執行終了
2 平成四年九月二九日広島地方裁判所宣告
右1の刑の執行終了後に犯した常習累犯窃盗、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役三年六か月
平成七年一一月三〇日右刑の執行終了
二 証拠《略》
(法令の適用)
被告人の判示所為は、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条、二条(刑法二三五条)に該当するところ、前記各前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で三犯の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六か月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、前記のとおり、その行為前一〇年以内に窃盗罪等により三回六か月以上の懲役刑に処せられて、その刑の執行を受けたにもかかわらず、さらに常習として、平成八年四月二三日午後四時三五分ころ、広島市中区所在の甲野グラン広島において、同店店長管理に係る紳士スエード靴二足外三点(販売価格合計七万六五〇〇円)を窃取したという常習累犯窃盗の事案であるところ、被告人は、前述のとおり窃盗罪または常習累犯窃盗罪等により一二回懲役刑に処せられ(内最初の一回は執行猶予付であったが、後に執行猶予が取り消された。)、いずれも服役しているにもかかわらず、常習累犯窃盗罪等による前刑の執行終了後五か月も経過しないうちに本件犯行に及んだものであることに照らすと、被告人の窃盗罪に関する常習性は顕著であるといわざるをえず、犯情はよくなく、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。
他方、被告人が犯行直後に現行犯逮捕されたため、被害品はすべて被害店舗に返っていること、被告人は、被爆者健康手帳の交付を受けており、両手変形関節症のため、両手の屈指がやや困難であるなど、身体に障害を抱えていること、被告人の知人であるEが今後の被告人の更生のために協力したいと述べていることなど、被告人にとって酌むべき事情も存する。
そこで、以上の諸事情を総合考慮した上、被告人を懲役二年六か月に処するのが相当であると判断した。
(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野 勉 裁判官 大善文男)