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広島高等裁判所 平成9年(ネ)425号 判決 2002年7月24日

控訴人

森戸治雄

同訴訟代理人弁護士

高村是懿

(他二名)

被控訴人

三菱重工業株式会社

同代表者代表取締役

増田信行

同訴訟代理人弁護士

末國陽夫

中村信介

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、一五二五万一四一四円及び内一四七五万一四一四円に対する平成五年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行の宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張(略)

第三証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  前提となる事実

証拠略及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む)。

(1)  控訴人(昭和八年五月生)は、中学校を卒業した昭和二四年四月一日、被控訴人(合併前の三菱造船株式会社)広島造船所(現広島製作所)に養成工として入社し、同所内の三菱広島造船工業学校の養成過程二年を終了して、昭和二六年四月一日、同所造船部造船設計課に配属され、それ以降、昭和五四年に造船部の廃止により海洋エンジニアリングセンターに、さらに昭和六一年広島海洋機器工場(広海)に配属されて、運搬機械等の設計業務に従事してきたものであるが、平成元年四月、広海の閉鎖により、被控訴人の一〇〇パーセント子会社であるリョーインに休職派遣(出向)となり、同社に在籍中の平成五年九月三〇日、六〇歳を迎えて定年により退職した。被控訴人への入社と同時に分会に加入し、その後、昭和四〇年及び昭和五八年に分会の職場委員を務めたこともあり、退職まで分会に属していた。

被控訴人は、昭和三九年六月、三菱日本重工株式会社、新三菱重工株式会社、三菱造船株式会社の三社が合併して誕生した株式会社であり、船舶、原動機、各種産業機械、航空機の製造販売等を目的とし、広島製作所の従業員数は現在約三七〇〇名余である。

(2)  被控訴人広島造船所(現広島製作所)内において、被控訴人の従業員で構成する労働組合は、かつては分会しかなかったが、その後、三重工合併に伴う四労組の統一問題を巡って分裂し、昭和四一年第二組合(現造船重機労連三菱重工労組広島支部)が結成され、現在二つの労働組合が存在する。昭和五九年の本件和解当時には、広島製作所において、第二組合所属者は約六六〇〇人であるのに対して、分会所属者は三一人にとどまる。

(3)  分会は、昭和四三年一月二〇日と九月二四日に、地労委に対し、被控訴人を相手として、分会組合員に対する賃金不利益取扱禁止等を求める不当労働行為救済命令の申立てをなし(広労委昭和四三年(不)第一号、第一四号)、同事件は地労委から和解の勧告がなされ、昭和四八年二月二三日、「会社は分会組合員に対して定期昇給及び奨励金などの差別はしない。分会は両事件を取り下げるほか、別途地方裁判所に提起している組合員に対する懲戒処分無効確認の訴えを取り下げる。会社は分会に解決金四〇万円を支払う」等を内容とする和解が成立した。

(4)  被控訴人は、昭和四四年一一月一日、それ以前の旧社員制度(主に学歴・勤続年数を基準とする年功序列的色彩の濃いもの)を改め、社員の能力主義・実力主義の考え方に立つ現社員制度を制定し、これを労使合意の上実施し、現在に及んでいる。

(5)  分会及び分会組合員のうち三二人は昭和五一年一一月、同じく三人は昭和五四年三月、被控訴人(広島造船所)を相手として、地労委に対し、それぞれ、三二人については昭和四四年現社員制度実施以来の、三人については分会に加入して以来の、昇給・進級差別是正を中心とする不当労働行為救済命令の申立てを行った(広労委昭和五一年(不)第一七号、昭和五四年(不)第四号併合事件)。地労委は昭和五五年一一月、三二人については昭和五一年度の進級昇給につき、三人については昭和五四年度の進級昇給につき不当な差別扱いがあったとして、申立ての一部を認容し、不当労働行為救済命令を発した。当事者双方はこの命令を不服として中労委に再審査の申立てをした。

上記の救済命令申立ては分会が属する全造船三菱重工支部の各分会(長崎造船分会、福岡工作分会、下関造船分会、広島精機分会、横浜造船分会)が各事業所毎に一斉に申し立てたものであって、上記救済命令と前後して各地方労働委員会から何らかの救済命令が発せられ、いずれも再審査の申立てにより中労委に係属した。

(6)  昭和五九年三月、中労委の関与により、上記各分会と被控訴人との間で和解が成立し、同月五日、分会(広船分会)と被控訴人(広島造船所)との間にも本件和解が成立した。本件和解の協定書では、「事業所(被控訴人広島造船所)と分会とは、分会組合員(退職者及び死亡者を含む)の『組合間成績差別』に係わる一切の問題を解決するため、下記のとおり協定する」との前文に引き続き、第一項に「事業所・分会間に『組合間成績差別』に係わる問題が生じたことは遺憾なことであり、事業所は、本件和解の趣旨を尊重し、今後不当労働行為と疑われる行為を行わない」と合意された。また各事業所ごとの和解成立を受けて、同月六日、被控訴人(代表取締役)と全造船三菱重工支部との間でも「確認書」が交わされた。これには、各事業所と各分会との間において「組合間成績差別に係わる一切の問題が解決したことをここに確認し、今後、労使関係の正常化のために双方誠意をもって努力する」旨の記載がある。この和解により、中労委に係属した各事業所ごとの救済命令に関する再審査事件はすべて取り下げられた。

(7)  本件和解では、個別の組合員の処遇については、「等級については、事業所・分会間で昭和五八年四月二八日及び昭和五九年二月二九日に協定したとおりとする」、「本給については、事業所・分会間で昭和五八年六月一〇日及び昭和五九年二月二九日に協定したとおりとする」と合意された。また、上記申立てに加わっていない分会組合員についても、上記和解の趣旨を及ぼすため、昭和五九年二月二九日に労使間協定が締結された。

控訴人は上記救済命令申立てに加わらなかった一人であるが、分会と被控訴人間の上記協定により、本給は、従来の五万九〇〇〇円(月額)から六万円に是正され、その年の定期昇給により六万一六〇〇円となった。

(8)  控訴人は、平成元年四月、それまで所属していた広海(広島海洋機器工場)が閉鎖されることになったため、リョーインに休職派遣(出向)され、マイクロフィルム管理業務の専従担当者となり、平成五年九月三〇日定年退職するまで同じ業務を担当した。

(9)  分会は、本件和解後も、被控訴人が分会組合員に対し、職場において差別的取扱いを行い、昇給・進級差別を継続し、差別が拡大していると主張して、昭和五九年秋から平成四年にかけて、本給・等級の是正を要求するほか、分会組合員に対する暴力やいやがらせ、仕事や資格取得・講習受講に関する差別、分会組合員の進級の遅れ等に対する抗議、休暇制度に対する異議等を、再々にわたり被控訴人に申入れを行い、あるいは団交を要求した。これに対し被控訴人においては、団交に応じて合意に至ったこともあり、逆に分会からの文書の受取りや団交要求を拒否することもあった。

2  本件和解協定の債務不履行について

(1)  控訴人は、被控訴人が、本件和解協定において、同和解の成立によって改められた控訴人の賃金と、当時控訴人と同期同年齢の事技職平均本給(モデル賃金)との間に存した較差を、将来にわたり漸次解消する旨合意したと主張する。

(2)<1>  しかしながら、まず、労働協約である本件和解協定が直接債権債務関係を生じさせるとしても、その当事者は分会と被控訴人であり、分会の組合員である控訴人がその債務不履行責任を直接被控訴人に問うことができるとは考え難い。

<2>  もっとも、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は上基準の定めるところによるとされるので(労組法一六条)、控訴人は、このことを根拠として、協約による規律を受けた労働契約の債務不履行を主張するものと解する余地もある。

しかし、前記判示のとおり、本件和解協定書では、「事業所(被控訴人)と分会とは分会組合員(退職者及び死亡者を含む)の組合間成績差別に係わる一切の問題を解決するため、下記のとおり協定する」旨の前文の記載に引き続き、第一項として、「事業所・分会間に組合間成績差別に係わる問題が生じたことは遺憾なことであり、事業所は、本件和解の趣旨を尊重し、今後不当労働行為と疑われる行為を行わない」旨協定されたところ、この文言は、いわば当然の、法律に従った、無色な抽象的不作為を宣言するものに過ぎないものであり、これを合理的に解釈しても、被控訴人が分会あるいは控訴人に対し、将来にわたり控訴人主張の賃金較差を解消する旨約したものと解することはできないし、極めて広い意味で労働者の待遇について定めたものといえるとしても、労働条件その他の労働者の待遇に関する基準となり得るものではない。

(3)<1>  控訴人は、前記条項の成立過程を解釈の根拠として挙げ、かつモデル賃金を示すことにより、その主張を具体的なものとしているが、労働協約について、一定の書面方式を要求し、法規範にも比せられる労働協約の存在と内容を明確にして法的安全を期そうとした労組法一四条の立法趣旨に照らせば、本件和解は、その協定書の記載文言に即して厳格に解釈されるべきものであるところ、控訴人主張の債務の存在及び内容は、賃金モデルの設定を含めて協定書に何ら記載されていないのであるから、本件和解の合意内容に控訴人主張の債務を負担する旨の意思表示が含まれているものと解する余地はない(なお、第二組合の資料を入手して賃金モデルを設定し、これを示して被控訴人と団交するようになったのが平成四年以降であることは、控訴人の認めるところであり、(人証略)であって、本件和解時点では、分会にとっても「モデル賃金」は不明であった。(証拠略)中には、平成元年の賃金体系改正交渉の際に被控訴人が示した資料(書証略)に基づいて、支部組合・分会が賃金モデルを設定したとの部分があるが、のちにモデルを設定するに用いられたものの、入手当時は資料にとどまっていたと思われる)。

また、前記判示のとおり、本件和解は、昇給・進級差別を中心とする不当労働行為救済命令申立事件(広労委昭和五一年(不)第一七号、同昭和五四年(不)第四号併合事件)で地労委がこれら申立てを一部認容して不当労働行為救済命令を発したことに対し、当事者双方が同命令を不服として中労委に再審査の申立てをなし、その審理の過程で中労委の関与の下に、被控訴人と分会との双方が互譲した結果、成立するに至ったものであり、この経緯や上記の和解協定の文言及び被控訴人と労組支部との協定に徴すれば、本件和解は、不当労働行為救済命令申立事件で審理の対象とされた組合間成績差別の存否をめぐる過去の一切の紛争を解決し、被控訴人と分会との労使関係の円満かつ正常な状態の回復を図るために締結されたものといえるから、仮に控訴人主張のような債務を被控訴人が負担することにつき当事者間に合意があれば、その旨明確に条項に記載することができた筈であるのに、その文言は前記内容にとどまっている。そして、証拠略によれば、和解条項の策定に当たり、被控訴人と分会との間でそれぞれの立場から相当に議論がなされ、前記条項の文言も分会の主張に副って決定されたものであると認められるが、それ以上に分会組合員の将来の賃金とそれ以外の従業員の賃金との比較等について分会と被控訴人とが合意に至ったことは認められない(むしろ、(人証略)によれば、分会が組合員の賃金を同期同年入社の者に近づける努力をするとの文言を入れるよう被控訴人に求めたが容れられず、最終的には分会側が意見としてその旨を述べるにとどまったことが認められる)。

<2>  控訴人は、前記条項について、前記是正後の控訴人の賃金とモデル賃金との較差が拡大すれば、分会は不当労働行為と疑わざるを得ないから、被控訴人には上較差を拡大しない義務を負うと主張するが、同条項の「疑われる行為」との文言を根拠としてそのような解釈をすることは、上記説示したところからしても無理がある。

<3>  控訴人は、公正・公平な査定をする義務についても言及するが、後記(3(3)<2>)説示のとおり、労働契約上の法律効果として、勤務成績の査定が使用者の裁量的判断に委ねられることを否定することはできないし、被控訴人が公平に査定を行えば、控訴人の賃金とモデル賃金との較差は漸次是正されることになるという前提についても、これを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張は採用できない。

<4>  そうすると、本件和解上の債務不履行に基づく控訴人の主張は、その前提となる控訴人主張の債務が認められないから、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

3  不法行為としての賃金差別の成否について

(1)  被控訴人の現行の賃金体系と人事考課

(書証略)、弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

<1>  被控訴人が昭和四四年に導入した現行の社員制度は、旧制度が年功序列型の賃金・昇進制度であったのを、能力主義、実力主義により昇給や昇進を行うものである。

まず、「社員職群等級規則」に基づき、従業員を、従事している職務の性質により「職群」に当てはめ、従事している職務内容及び保有する職務遂行能力の程度により「等級」に当てはめる。控訴人に関係する事務技術職群は一級ないし五級に区分され、五級が最上位とされている。進級は現等級になってからの所要の経過年数(最短滞留年数)を経過した昇進有資格者について、上位等級の職務を遂行するに必要な能力の有無(能力考課)によって、成績考課をも勘案して行われるが、三級まえは現等級を付与されてから所要経過年数(最長滞留年数)を満たした場合にも行われる。

賃金は、「本給+勤務給+職能給+諸手当(家族手当など)」の算定式により定まる。

本給の昇給は「社員昇給規則」に基づき、各職群等級毎に定められた予算基準額に当該職群等級に属する人員数を乗じて得た予算総額に合致するよう、各職群等級別に基準額、最高額、最低額が定められ、一定期間内に社員が実際に示した貢献の程度を考課査定し(成績考課)、これに基づき、毎年四月一日付けで行われるが、職群等級が上位になるほど基準額、最高額、最低額とも高くなっている。

勤務給は「本給×(支給率+付加係数)」であり、支給率、付加係数は定率である。

職能給は、「職群等級別金額×成績係数」であり、職群等級ごとに定められた職能給額と付加額(かつては同一等級に五年以上経過した場合に定額が付加されていた。平成元年の賃金体系改正以降は、経過年数に応じて一年目から付加されることになり、付加額も五年目までは増加するが、五年目以降は増加しない)の合計額に、各人の成績を賃金に反映させた成績係数を乗じて算出される。成績係数は、最高値、最低値を定め、各職群等級ごとに平均が一・〇〇になるよう、同一職群等級内の他の者との相対的な比較をする成績考課により行われる(平成元年の改正後は、〇・八四ないし一・一六の幅とされた)。一時金の支給においてもこれに準じた成績係数の査定が行われる。

こうして、同期入社の者でも、職群等級の昇格時期、本給の昇給額、成績係数によって、賃金に差が生じることとなる。

<2>  被控訴人においては、人事考課として、成績考課、能力考課及び適性考課が行われる。成績考課は社員が一定期間内に実際に示した貢献の程度を見るものであり、能力考課は、進級有資格者について、上位等級職務を遂行するのに必要な能力の有無を見るものであり、適性考課は、配置や教育の目的で、職務と能力のずれ、現職に対する適格度、適性職種、職務系統、性格等を見るものである。

成績考課は、考課要素に基づいて評定する「分析評定」と、仕事の成果、勤務振り等を全体的に評定する「総合評定」による。「分析評定」は、社員が保有する職務遂行能力を実際にどの程度発揮し、実績を挙げたかを見る「業績評定」(知識、企画、計画、創意工夫、理解、判断、処理、仕事の速さ、正確さ、表現、折衝、指導等)と他の社員とうまく協調しながら責任感をもって仕事をしていたか等を見る「勤務態度評定」(積極性、協調性、勤勉性等)の二面から行われる。能力考課は、事技職群の考課要素は、知識、企画、計画力、創意工夫力、理解力、判断力、処理力、表現、折衝力、指導力等とされる。

考課者は、直接管理監督にあたる者(係長)を第一次考課者とし、その上長(課長)を第二次考課者、その上長(部長)を第三次考課者とする。第二次、第三次の考課者は調整的機能を果たすものとされる。

(2)  控訴人の賃金

<1>  証拠略及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ⅰ 昭和五九年以降、控訴人が定年退職するまでの控訴人の本給、各年の昇給額及び職群・等級の推移は、別紙「原告の職群等級・本給・昇給額の推移」記載のとおりであり(ただし、平成三年以降は、高齢者賃金制度の適用を受け、現実の支給額は異なる。後記ⅳ)、就業規則や現社員制度の最高、最低の範囲内で被控訴人の裁量により決定されたものである。昇給額は当該等級につき予定された予算基準額よりも各年度とも少なかった。

ⅱ 控訴人は、昭和四四年に現社員制度に移行した際、事技職二級で滞留年数一三年とあてはめられ、昭和四九年に事技職三級に進級し、その後昭和六〇年に滞留年数一一年で事技職四級に、平成二年に滞留年数五年で事技職五級に各進級し、平成五年九月に定年退職した。

ⅲ 社員職群等級規則は、最長滞留年数を、事技職一級は一〇年、同二級は一二年、同三級は一五年と定めている(四級は定めない)が、現社員制度に移行した際、移行時の経過措置として移行時にあてはめられた等級に限り最長滞留年数が延長された結果、事技職二級にあてはめられた者の最長滞留年数は一八年に延長された。したがって、控訴人が、事技職二級滞留期間一三年にあてはめられてから二級に五年間留まって、通算滞留期間が一八年となったこと、その結果、昭和二六年の造船部造船設計課配属時から事技職三級に進級するまでに二三年かかったことに就業規則上の問題はない。また、三級の滞留期間一一年は最長滞留期間一五年よりも短かった。

ⅳ 控訴人及びこれと同期同学歴の者の本給月額は次のとおりである。

なお、被控訴人の社員昇給規則一二条により、五五・五歳に達した平成元年四月以降、控訴人及び同期同学歴の者に対する昇給は一切実施されていない。平成二年四月分の本給が大幅に増額されているのは、平成元年六月に賃金体系が改正され、各人の本給額が改正前に比べて概ね二倍になった結果である。平成三年以降の本給額が変動しているのは、被控訴人社員就業規則の別紙三「五五・五歳時点経過後に勤務する者の取り扱い」により、五七歳を経過したことから、いわゆる高齢者賃金制度が適用され、本給、職務給等の賃金項目毎に所定の支給比率(一より小さい)が乗じられるためであり(名目本給は変動がない)、かつ、その支給比率の取扱いの改正のためである。

ア 平成元年四月

控訴人の本給月額は七万〇五〇〇円である。その余の三一名についてみれば、三〇万五二〇〇円と抜群に高額である者が一名いるほか、その他の者の最高額は一〇万六三〇〇円、最低額が八万七二五〇円であり、平均額は九万七九四一円である。

イ 平成二年四月

控訴人の本給月額は一四万〇二〇〇円である。その余の一九名についてみれば、最高額は二〇万六三〇〇円、最低額が一五万一四四〇円であり、平均額は一九万一二八一円である。

ウ 平成三年四月

控訴人の本給月額は一一万二一六〇円である。その余の一三名についてみれば、最高額は一六万五〇四〇円、最低額が一三万六二九六円であり、平均額は一五万二六一〇円である。

エ 平成四年四月

控訴人の本給月額は一〇万八三七五円である。その余の六名についてみれば、最高額は一四万〇七六〇円、最低額が一二万三四四四円であり、平均額は一三万四五七一円である。

オ 平成五年四月

控訴人の本給月額は一一万九一七〇円である。その余の四名についてみれば、最高額は一六万六一七五円、最低額が一四万五七三三円であり、平均額は一五万九一四一円である。

<2>  賃金較差と不法行為の成否

ⅰ 上記<1>ⅳ認定の事実によれば、控訴人の本給月額と控訴人と同期同学歴の者との本給月額との間には較差があり、平成元年から平成五年までの間、控訴人の本給額は同期同学歴の者の中で最低であり、直近の者ともかなりの較差があること、そして毎年の昇給は予算基準額よりも常に低い金額で行われたことが認められる(ただし、本件和解により是正の行われた昭和五九年度の同期同学歴の者との較差は不明であるが、少なくとも平成元年から平成四年までは、他の者の本給(平均額)との較差比率は、僅かではあるが、縮まっている)。

しかし、控訴人の賃金と分会組合員でない同期同学歴の者の賃金や控訴人のいうモデル賃金との間で較差があるとしても、直ちに不当労働行為が成立するとか不法行為が成立するとはいえない。すなわち、前記認定のとおり、被控訴人は、それ以前の学歴・勤続年数を基準とする年功序列的色彩の濃い社員制度を改め、社員の能力主義・実力主義の考え方に立つ現社員制度を制定し、これが現在まで適用されており、この制度は、勤続年数という形式的な要素だけでなく、その者の従事勤務と職務遂行能力等の種々の事情を総合的に勘案した上で進級・昇格対象者が選定されることになり、一定の年限を経た者すべてをいわば自動的に進級・昇格させるという運用が行われていたのではない。そして、控訴人の進級・昇格は就業規則や現社員制度の最高、最低の範囲内で規則等に従って決定されていることは前記<1>ⅰないしⅲに認定したとおりである。

したがって、被控訴人における進級・昇格対象者の選定や昇給額の決定等、労働者の勤務成績の査定は、使用者の裁量的判断に委ねられるものであり、それが合理性を欠く場合において、裁量の範囲を逸脱したものとして違法となり不法行為を構成することとなると解するべきこととなる。

ⅱ 控訴人は、査定が合理的かつ公正に運用されれば、昇給については金額について、進級については同一等級の滞留年数について、それぞれ平均的な査定を受ける者の人数を最多として、それより高い評価、低い評価を受ける者が逐次減少するという統計上の正規分布になるのが必然であると主張し、当審(人証略)中にはこれに副う部分があるが、その証言内容は抽象的なものに止まり、上記ⅰに判示の事実に照らしたやすく採用できない。

(3)  差別についての立証責任等

<1>ⅰ  不法行為に基づき損害賠償の請求をする者は、不法行為の要件に該当する事実につき証明責任を負担するから、進級・昇給制度が上記のように勤務成績に基づいて行われている以上、控訴人個人が分会の組合員であることを実質的理由として、分会組合員でない労働者との間で進級・昇給について差別を受けたと主張するには、自身の進級・昇給が分会に所属しない従業員の進級・昇給等に比べて較差があることだけでなく、進級・昇給等の基礎となるべき控訴人の勤務実績ないし成績が分会に所属しない従業員のそれと隔たりがないことを個別的、具体的に立証する必要がある。

ⅱ  この点について、控訴人は、分会組合員とそれ以外の者とを集団として比較して、客観的・外形的に賃金較差が存在することを証明すれば、被控訴人において、控訴人の勤務成績が標準的な社員の勤務成績と比較して劣っていることを証明しない限り、控訴人の勤務成績は標準的な社員の勤務成績と同一であったと推定されると主張する。

しかしながら、控訴人とその他の同期同学歴の従業員の勤務成績、分会組合員とそれ以外の従業員との間(あるいは複数組合がある場合の各組合員相互間)の勤務成績が同一であること、さらには分会組合員中控訴人の勤務成績が標準以上であることは、いずれもそのように推認できる経験則はない(第二組合の結成された要因が勤務成績と関係がないからといって、そのことが第二組合組合員と分会組合員との勤務成績が均質であることを推定する根拠となるとはいえない)。また、人事考課制度によって利益を得ているのが専ら被控訴人であるとしても、それが証明責任の分配を変更する根拠となると解することはできない。

<2>  公平査定義務について

ⅰ 控訴人は、被控訴人には労働契約に付随する義務として、公平・公正な査定を行う義務を負うので、査定理由が明示されていない以上、控訴人が組合間差別や思想信条による差別を疑わせる一応の事情を証明すれば、被控訴人において査定の経過及び結果が合理的で公平・公正であることの証明責任を負うこととなり、本件ではその立証がなされていないから、本件和解以降になした控訴人の賃金の査定は、公平・公正な査定をする義務の違反又は査定権の濫用として違法であり、不法行為を構成すると主張する。

ⅱ しかしながら、労働者の勤務成績の査定は、使用者の裁量的判断に委ねられるものであり、それが合理性を欠く場合には裁量の範囲を逸脱したものとしてこれを違法なものとして不法行為を構成することとなるが、その事実は不法行為の成立を主張する者において主張立証すべきであり、使用者が勤務成績を査定する場合、公平無私にこれを行い裁量権を逸脱しないようすべきことは当然であるが、それ以上に、労働契約上の法律効果として、査定が裁量的判断に委ねられるべきことを否定したり、あるいは不法行為の成立要件としての裁量権逸脱について、被控訴人に証明責任を負わせるような解釈をとることはできない。控訴人の主張は採用できない。

ⅲ なお、控訴人は、労働条件の対等決定の例外である、使用者の一方的査定による賃金が合理的なものとして労働者を拘束するのは、それが公正公平である限りにおいてのことであり、労働者は労働条件明示義務からして、自己の賃金が公正公平に決定されたか否かを知る権利を有し、公平査定義務を負う使用者は、査定理由の開示義務を負う旨主張する。労使協約においてこれを定めて、企業内での紛争処理機構を設けるべきとの政策的提言としては傾聴すべき意見ではあるが、人事考課が他の労働者との比較を免れないものである以上は、わが国の労働慣行からして、未だこれを法律上の義務として認めることはできない。

(4)  控訴人の成績査定について

<1>  控訴人の勤務実績ないし成績が、同期同学歴で被控訴人に入社した分会組合員以外の者のうち、平均値に近い処遇を受けている者あるいは最も劣位の処遇を受けている者のそれより劣っていないことを認めるに足りる証拠はない。

<2>  原審において控訴人は、被控訴人の設計部門に在籍中、控訴人考案にかかる実用新案を四件取得した旨供述する。確かに、控訴人は当時の上司と共同の名義で、昭和五五年から五六年にかけて特許庁に三件の実用新案の出願をしたことが認められるが、これが特許庁に実用新案として登録されたことを認めるに足りる証拠はなく(他の一件については登録されていることは被控訴人は争わない)、控訴人の設計部門在籍期間や被控訴人(設計部門)の当時の年間出願数(二〇〇件以上。弁論の全趣旨)、被控訴人の実用新案の実際の効用や有用性が不明であること、他の者より多くの実用新案を出願した時期(約一、二年の間)があったとしても、勤務実績の総合的な評価を高めるものとは直ちにはいえないこと等を勘案すると、控訴人の成績の評価は分かれるところである。原審において控訴人は、四件の実用新案を出願し登録される社員は多くなく、荷役係留部門の設計について他の者に負けない能力を持っていた旨供述するが、その供述は具体性がなく、これを裏付ける証拠もない。結局、これら控訴人の供述のみをもって、控訴人の勤務実績ないし成績が、同期同学歴で被控訴人に入社した分会組合員以外の者のうち、平均的な処遇を受けている者あるいは最も劣位の処遇を受けている者のそれより劣っていないことを認めることはできない。

(5)  差別意思の徴表について

<1>  他の分会組合員に対する査定について

控訴人は、被控訴人が、控訴人以外の分会組合員に対しても賃金差別を行っており、全体として分会組合員の賃金が、第二組合員の賃金との間に較差があることをもって被控訴人の上記差別意思を基礎付けるものとして主張するが、前記認定のとおり、被控訴人においては、各社員の従事職務と職務遂行能力等の種々の事情を総合的に勘案した上で進級対象者が選定され、昇給額が決定されているから、分会組合員各個人つき、個別に他の社員と比較してその勤務成績が同等であったと認められなければ、単に分会組合員の処遇が一般的に低くなされている実情であることだけから、直ちにそれが被控訴人の差別意思に基づくものと認定することは困難である。

<2>  ところで、控訴人は、被控訴人が分会を敵視して、分会に対する攻撃や分会組合員に対する差別的取扱いを行った旨主張するところ、仮にそうした事実が認められれば、それらの事実と、控訴人の進級・昇給等が分会に所属しない従業員(本件では、比較対照として挙げられた控訴人と同期同学歴の者)の進級・昇給等に比べて較差があることが相俟って、被控訴人の組合間差別によって控訴人を進級・昇給等において差別的に取り扱ったと推認することも不可能ではない。そこで、控訴人主張の、被控訴人の分会組合員に対する差別的取扱いの事実等について判断する。

ⅰ 第二組合結成の問題

ア 証拠略によれば、次の事実が認められる。

昭和三九年六月、三菱日本重工株式会社、新三菱重工株式会社及び三菱造船株式会社の三社が合併して被控訴人となった際、合併前の各会社に存在した三つの労働組合(同盟三菱重工労働組合、三菱重工労働組合、全造船三菱重工支部)に加えて三菱重工業本社労働組合が発足し、この四つの労働組合の組織統一問題が起きたが、全造船三菱重工支部(分会の上部組織)は統一方針案を否決した。

被控訴人広島造船所(現広島製作所)内において、被控訴人の従業員中の工員で構成する労働組合は分会しか存在しなかったが、昭和四一年一月一三日、分会組合員が多数脱退し、その者らが加入して第二組合が結成され、分会はたちまち少数組合となった。

イ 控訴人は、上記分会組合員の脱退及び第二組合の結成が被控訴人の工作や策動によってなされた旨主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。

原審(人証略)は、被控訴人の末端職制である組長の上垣内や、当時の分会職場委員の浜本が全造船三菱重工支部からの脱退届及び第二組合への加入届を多くの分会組合員から徴求したこと、上行為が就業時間内になされていたことから被控訴人がこれを認めていたということができ、わずかな時間に一〇〇〇通を越える脱退届・加入届が提出され、その中に同一筆跡のものが多数存在した旨証言する。しかし、上記両名が被控訴人の分会敵視・攻撃の意思に基づき行動したことを認めるに足りる証拠はないし、短気に多数の脱退届・加入届が提出され、その中に同一筆跡のものが多数含まれるとしても、バスに乗り遅れるな等の心理が働いて(書証略)多数の脱退者が続出し、第二組合設立に与する者がそれを取りまとめたことは十分考えられるから、上記判断を左右しない。

(書証略)の書籍には、被控訴人の勤労部長作成の昭和四〇年一月一九日付け文書のことが記載されているが(二八頁)、その記載内容から直ちに上記分会組合員の脱退及び第二組合の結成に被控訴人が関与していたことを認めることはできないし、そもそもこの記載が何に基づいてなされたのかは不明である(同書籍に引用された文書は証拠として提出されておらず、文書の真否や入手経路等も全く不明である)。また、(書証略)には、被控訴人の関与により分会が分裂して第二組合が結成された旨の分会員らの陳述記載があるが、一般的評価を述べるに止まる。したがって、控訴人主張事実を認めるに足りない。

ⅱ 体育文化行事等からの排除、仕事差別等の問題

控訴人は、被控訴人が分会組合員に対し、体育文化行事や親睦会等班の行事から排除し、冠婚葬祭の案内をしない、必要以外は口をきかず、口をきくときには名前を呼び捨てにする等し、あるいは仕事上の差別をしたと主張し、証拠略はこれに副う。

しかしながら、上記証拠中には、差別をされたあるいは冠婚葬祭・親睦会から排除された等と抽象的な事実や評価を述べるに止まるものも多く、具体的日時や経過を記載したものについても、行為自体から直ちに差別的なものと断定できない事項もあり、これらが被控訴人の分会に対する差別意思による指示に基づくことや、行為者が被控訴人の差別意思を体現したものであることを根拠付ける事情として十分なものとはいえない。同証拠中、被控訴人が分会に対する差別を指示したり、分会組合員を差別しない者を糾弾したことを内容とするもの等、被控訴人の差別意思を直接窺わせる事情に関する部分は、伝聞に止ったり具体性に乏しいものである。さらに、上記証拠中には、差別されたとする分会組合員に対し、その上司等が分会を差別していることを匂わせる発言をした旨述べる部分があるが、その内容は事実関係が不明確であったり、被控訴人の意向というよりその上司個人の感情の吐露というべきものに止まっている。

結局、分会が少数組合であることから、その組合員が周囲の同僚である多数派組合の組合員らから職場において距離を置かれることが間々あったことは窺えるものの、被控訴人が分会に対する差別意思に基づき、その組合員に不当な取扱いをしていたことを認めるに足りない。

ⅲ 分会組合員茶谷、木村に対する監視活動等の問題

控訴人は、被控訴人が茶谷及び木村に対し監視活動をしたり差別的取扱いをしていた旨主張し、原審(人証略)及び控訴人提出の書籍の記載はこの主張に副うが(書証略)、その記載の根拠が不明であることは前記のとおりであり、(人証略)も同書籍の記載をなぞるものに過ぎず、上各証拠から控訴人主張事実を認めることはできない。

ⅳ 分会に入会した淀徳麿に対する攻撃の問題

ア 証拠略によれば、昭和五九年九月頃分会に入会した淀に対し、第二組合の役員が第二組合に戻るよう説得したことにつき、その説得工作が不当なものであるのに、被控訴人が第二組合に会議室を貸したことを問題として、同年九月七日、分会が被控訴人に団交開催を求めたことが認められる。しかし、第二組合役員が被控訴人の会議室を利用するに至った経過や利用した際の状況を認め得る証拠はなく、被控訴人が淀に対する不当な説得工作を行うことに加担する趣旨で第二組合に会議室を貸したとの事実を認めるに足りないから、この点を理由として、被控訴人の分会に対する差別意思を認めることはできない。

また、原審(人証略)は、淀が分会に留まったため、仕事内容をコピー機の修理からシュレッダーで紙を細断するだけの単純作業に変更された旨証言するが、仮にそのような仕事内容の変更があったとしても、変更の事情や同作業に従事した期間、その後の仕事内容などは明らかでなく、これが分会と被控訴人との間で問題となった形跡もないから、同証言を根拠として淀が被控訴人から仕事差別を受けていたと認めることはできない。

イ 証拠略によれば、淀が出勤途中に広島造船所構内において交通事故に遭遇した事件について、分会の申請により労働基準監督署が労働災害の認定をした後に、被控訴人が事実関係の調査を行ったことが認められるが、事故態様、調査の態様や内容・目的について認定するに足りる証拠はなく、同交通事故が従業員の通勤時間中に職場構内で起きたものであることを考慮すれば、これが直ちに嫌がらせの目的に出たものであるとは認められず、被控訴人の行為が分会に対する差別意思を基礎付けるものとはいい難い。

ⅴ 分会組合員奥村司の問題

ア 証拠略によれば、次の事実が認められる。

a 被控訴人は、昭和六〇年九月二六日、奥村に対し、同年一〇月一日付けで、海洋品質保証課検査係から海洋工作部装備課集配材係渡部班へ転勤するよう命じる際、分会を通さず直接本人に通告した。なお、被控訴人と第二組合との間において締結された労働協約には、被控訴人が組合員に転任・転勤・職場変更をさせる場合は、事前に第二組合の意見を十分に聴取すべき旨の定めがある。

b 被控訴人の職制は、奥村に、配転に伴い必要となったことから昭和六二年四月一八、一九日に行われるガス溶接講習会を受講するよう指示したが、直前になって受講を中止させた。なお、奥村は後日同講習を受講した。

c 昭和六二年一〇月三〇日、奥村は、那須副作業長からハンドレイルスタンションを仮付けした後に本付けするよう指示を受けたが、その後被控訴人社員の松本から同人と一緒に一部補強作業をするよう指示を受け、その作業を終えた奥村が、左舷に移っていた松本を手伝いに行くべきかを那須副作業長に問うたことから、奥村が指示に逆らったと考えた那須副作業長との間で口論になり、結局その日は奥村に仕事は与えられず、奥村は中谷作業長や植木係長の指示により、始末書や決意書を書いた。

イ 分会組合員奥村について、上記の事実が認められるものの、aのような取扱いやbの受講中止の理由は証拠上明らかでなく、被控訴人が転勤等に当たって常に分会と第二組合とを区別し、分会組合員に対してのみabのような取扱いをしていたことを認めるに足りる証拠はないこと(原審人証略や後記ⅵ認定の事実によれば、分会組合員の人事異動に関しても、分会との間で交渉がなされていたことが窺われる)、cの言い争いは那須副作業長と奥村司との作業手順・内容に関する理解の齟齬を原因とするものであり(この点に関する分会の団交申入書記載の経過をみても奥村が松本の後を追って左舷に行くべき理由は見当たらず、那須副作業長において奥村が指示に逆らったと考えたのも、理解できないことではない)、那須副作業長や中谷作業長ら上司のその後の対応も、奥村司が分会員であることを理由に差別的に扱ったものとは認められないことに照らせば、仮に被控訴人の奥村司に対する個別の処遇に問題があったとしても、これらの事実が被控訴人の分会に対する差別意思を基礎づけるものに当たるとは認め難い。

ⅵ 分会組合員大山泰弘、淀徳麿、松下英雄の問題

ア 証拠略及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

a 昭和六二年一月から五月にかけて多数回に渡り、同じ鉄構工作課に勤務する大山及び淀の安全帽と洗面器の中にタバコの吸い殻や水、使用済み紙コップ、日本共産党や分会のビラをちぎったものが入れられるという事件が続発し、また、同年一月から六月にかけて数回に渡り、同課勤務の社員十数名ないし二十数名が、大山及び淀に対し、以前同人らが配布した分会と日本共産党のビラを持ち寄り、「ゴミを返すから受け取れ」「ビラ配るな」等と怒鳴る事件が発生し、分会は、これらの摘発と根絶を求める文書を被控訴人に提出した。

b 分会は、平成二年七月三日に鉄構工作課勤務の社員である向井晃が分会組合員である淀に暴行を加えたとして、広島製作所に対し、加害者向井に対する厳重な処置や分会敵視政策を中止して分会に謝罪すること等を求める文書を提出し、あるいは団交の開催を要求した。

c 大山、淀及び分会は、平成二年一一月二七日頃、上記abの事件について訴訟提起の予定であることを被控訴人に通告したところ、被控訴人は分会に対し話合いを求めた。その後、被控訴人と分会とは約七か月にわたって話し合い、平成三年一〇月三一日、上各問題について協定書を作成し、被控訴人が分会に対して解決金を支払った。

イ 上記認定事実によれば、分会組合員でない被控訴人社員が、分会組合員である大山や淀に対して嫌がらせや暴行を行ったことが認められるが、これらの行為が、被控訴人の分会に対する差別意思に基づく指示によって行われたことを認めるに足りる証拠はない。被控訴人が、前記問題について分会との間で協定を結び解決金を支払ったことが認められるが、前記認定の事実からして、被控訴人が安全配慮義務違反ないし使用者責任を追及される可能性のある事案であり、訴訟によらずにこの問題を解決することは被控訴人にとって利益であったと認められるから、上協定締結等の事実をもって前記各事件が被控訴人の差別意思に基づくものということはできない。控訴人は、協定締結後から大山や淀に対する不法行為が止んだことから、被控訴人が嫌がらせを指示していたと主張するが、大山らから訴訟提起の通告を受けたために話合いによる解決を求めた被控訴人が、一方で話合いの間も嫌がらせ等を続けさせていたというのは不自然であるし、協定締結を機に行為者らが反省したり、被控訴人が改めて社員への指導を強化することも考えられるから、仮に控訴人主張のとおり協定締結後嫌がらせ等の行為が止んだとしても、被控訴人が上記行為を指示していたと認めるには足りない。

なお、原審(人証略)によると、昭和六一年二月、大山らと同じ鉄構工作課に勤務していた分会組合員松下英雄が自殺したことが認められるが、自殺の理由が被控訴人の差別行為である旨の同証言は裏付けに乏しく、他に自殺の原因を認定するに足りる証拠はない。

ⅶ 休日振替及び計画休暇の問題

証拠略によれば、被控訴人の判断で従業員の休日と出勤日を振り替えることができる制度に対して、分会が団交において反対の意向を示していたところ、被控訴人は、昭和六三年八月三日、「休日振替の件」と題する文書を分会組合員に配布し、さらに平成元年二月頃には、分会が年次有給休暇の計画付与について反対しているにもかかわらず、休暇(欠勤)届に「計画休暇」の項を設けたことが認められる。

休日振替や計画休暇の具体的内容を含め詳細な事実関係は証拠上明らかではないが、上記認定事実から直ちにいえることは、上記の各問題について分会と被控訴人との間に見解の対立があったことのみであり、被控訴人が、上記各問題について分会組合員と第二組合組合員を区別して取り扱っていたことを認めるに足りる証拠もないから、仮に被控訴人の上記認定の対応が不適切なものであったとしても、被控訴人が分会に対する差別意思を有していたことを基礎付ける事情に当たるとは認め難い。

ⅷ 分会運営に対する支配介入問題

証拠略によれば、平成元年三月一〇日及び一四日に、分会が被控訴人に対し、広海閉鎖に伴う人事配置について人事を含め提案は団交で行い、内示や意向の打診は現場の分会組合員に行わないように申入れていたこと、同月一五日、広海の係長向谷美徳が分会組合員である宮川敏信に対し、「中村勉(当時の分会執行委員)が早く決めてくれにゃ、お前に対する内示ができん」と発言したことが認められるが、上発言がどのような機会にどのような文脈でなされたかすら証拠上明確ではなく、この発言が被控訴人の分会の運営に対する支配介入や分会に対する差別意思を基礎づけるものに当たるとは認め難い。

ⅸ なお、控訴人が、請求原因(5)の<3>ないし<5>において不法行為であると主張する事実も、被控訴人の分会に対する差別意思を推認させる事情の主張としての側面を持つと解されるが、後に当該主張に対する判断において判示するとおり、これらの控訴人の主張から被控訴人の分会に対する差別意思を推認することもできないというべきである。

<3>  以上によれば、控訴人と同期同学歴で被控訴人に入社した者との間の賃金較差の実質的原因が、被控訴人の分会組合員に対する差別意思に基づくものであると推認させる事情があるとは認められない。

(6)  以上によれば、控訴人の勤務実績ないし成績が、同期同学歴で被控訴人に入社した分会組合員以外の者のうち、平均的な処遇を受けている者あるいは最も劣位の処遇を受けている者のそれより劣っていないにもかかわらず、被控訴人がその裁量の範囲を逸脱して控訴人の勤務成績を低く査定して進級・昇給させなかったこと、あるいは被控訴人が分会に対する差別意思に基づき、控訴人が分会組合員であることを理由として進級・昇給において差別的取扱いをしたことは認められないから、控訴人の賃金差別による不法行為の主張には理由がない。

4  被控訴人の不法行為による精神的損害

(1)  賃金差別

控訴人主張の賃金差別による不法行為の成立が認められないことは、既に説示したとおりである。

(2)  リョーイン出向前の、被控訴人における仕事上の差別的取扱い及び職場での自由な人間関係を形成する自由の侵害

<1>  控訴人は、第二組合結成後、現場に出かけたり出張したりする仕事がなくなり、「担当者」になることもできず、その指示に従う補助的な業務に制限されたと主張する。

しかしながら、原審控訴人本人尋問の結果によっても、船の試運転等現場での作業は、仕事が忙しい中で適宜誰かが出向いていたという程度のものであり、出張も他所の被控訴人の工場などに加勢に出るという趣旨のものであって、これらの仕事を与えられないこと自体が不利益な取扱いであるとは認められないし、これらの仕事の頻度やこれを担当する者の選定の実情等も明らかではないから、この点をもって控訴人に対する不当な差別があったということはできない。

また、証拠略及び弁論の全趣旨によれば、職務等級等被控訴人の人事制度の上で「担当者」という明確な制度はなく、設計図のチェックの際に下から二番目にサインをする者という程度の位置づけであり、控訴人自身、担当者がいないからといって担当者欄にサインをしたこともあることが認められるから、控訴人が担当者にならなかったことをもって(担当者になるということ自体、どのような人事上の措置を指すものかは明確ではないが)、控訴人に対する不当な差別があったということはできず、当審(人証略)中上記認定に反する部分は信用できない。

<2>  控訴人は、控訴人の父親が死亡しても被控訴人は就業規則の社員慶弔規則に定める花輪を送らなかったと主張するが、この点については、控訴人の原審における供述があるのみで、他にこれを確定する証拠がないばかりか、仮に花輪が贈られなかったとしても、弁論の全趣旨によると、広島造船所(または広島製作所)では、広島市から遠隔地で葬儀が行われた場合は、本人が自分で花輪を手配し、後日被控訴人にその費用を請求するという運用がなされていたことが認められ、その際の手違いがあった可能性も否定できないから、控訴人本人の供述をもって、控訴人が違法な差別を受けたと即断することはできない。

<3>  控訴人は、被控訴人が分会員を排除するため会費制の親睦会を廃止したと主張し、(証拠略)はこれに副う部分があるが、同部分は課や係単位の親睦会が分会員を排除するために解散させられたと抽象的に述べるのみであり、具体的に控訴人の所属する課や係の親睦会が控訴人を排除するために廃止されたことを認めるに足りるものとはいえないし、上記証言のみで、広島製作所の部課毎の親睦会が、分会組合員を排除するために解散させられたことを認めるにも足りない。

<4>  控訴人は、被控訴人が予算を出して全従業員を対象に行われるバレーボール等の体育文化行事、職場内の花見、忘年会、歓送迎会などの行事について連絡さえ受けず、冠婚葬祭からも排除されたと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、内容的に具体性に欠けるものであって、直ちに控訴人主張事実を認めるには足りない。また、証拠略中には控訴人の上主張に副うかのような部分もあるが、これらは直接控訴人に対する行為について語るものではなく、抽象的な内容に止まるものも多いので、控訴人主張事実を認定するに足りない。

<5>  控訴人は、職場の同僚の親族が死亡したため、世話係に香典を手渡したところ、後になって「あなたの香典は受け取れない」と返還された旨主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、その内容は抽象的であり、そのときのやりとりやその行為の理由等も明らかとはいえないから、被控訴人の指示による控訴人に対する不当な差別があったとは認められない。

また、「あんたら(分会員)とは話をするなと職制から言われている」と言って同僚等が控訴人と口をきいてくれない旨主張し、原審控訴人本人尋問の結果にはこれに副うかのような部分があるが、同供述は職制が控訴人と口をきかないよう圧力をかけている事実を具体的に基礎付ける内容のものではないから、控訴人主張の事実を認めることはできない。

(3)  リョーインにおける仕事上の差別的取扱い

<1>ⅰ  証拠略及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 控訴人がリョーインへの休職派遣前に所属していた広海は、被控訴人の経営対策上、平成元年三月末をもって閉鎖されることになったため、当時広海に在籍していた約九五〇名の社員全員が、広海閉鎖と同時に異動することとなった。広海閉鎖に伴って、被控訴人の他の事業所へ転任、あるいは他の会社へ休職派遣となった者の中には、神戸や長崎、名古屋等に異動したため居住地の変更を余儀なくされた者、業務内容が大幅に異なることとなった者も数多くおり、広海時代と同じ設計部門に派遣された者のほとんどが神戸や長崎等に配属された。控訴人は、広島に留まって被控訴人の設計部門へ配属されることを希望していたところ、設計部門への配属という希望はかなわなかったが、広海と同じ敷地内にあった被控訴人の関連会社であるリョーインへ休職派遣されることになり、県外に転出することはなかった。

イ 控訴人の配属されたリョーイン江波製作所部図面管理班は、被控訴人広島製作所が運搬機工事に当たって作成した設計図面を管理し、その貸出し(払出し)や複製を担当する部署で、工事完了後に設計図からマイクロフィルムも作成して管理していた。控訴人が休職派遣されるまで、リョーインにはマイクロフィルム管理に専従する社員はおらず、管理台帳の作成は図面管理班の社員が兼務で行っていた。また、マイクロフィルム収納キャビネットは江波第二事務所の四階に保管されており、その払出しの受付は図面管理班が行っていたが、実際にキャビネットから取り出すのは、第二事務所にいる江波製作課受付班が行っていた。

ウ 控訴人は、リョーインに休職派遣された際、辻課長から、マイクロフィルムの払出し(貸出し)と使用後の収納保管、新たに撮影されたマイクロフィルムの保管を指示されたほか、マイクロフィルム管理台帳の作成を業務内容として指示された。

辻課長が指示したのは、オーダー(工事)別マイクロフィルムの管理台帳及びオーダー図番(図面番号)別マイクロフィルムの管理台帳の作成で、辻課長がマイクロシステム管理要項(書証略)を渡したうえ、オーダー図番別管理台帳の作成について、収録漏れを防ぐため、すべてのマイクロフィルムについて棚卸しをし、マイクロフィルム自体から直接図面番号等を読みとって確認するよう指示し、シャウカステン、ルーペ及び台帳の用紙(書証略)を控訴人に手渡した。同用紙には、分類番号、工事番号、工事名称、図番、名称、ファイル番号、原図の処理、備考を記載する欄があった。

エ 控訴人が管理を担当したマイクロフィルムは、運搬機設計の工事用のもので、昭和六三年一二月末日現在でフィルムジャケットにして一一四冊(一冊に二〇〇シート、一〇〇〇コマ)一一万四〇〇〇コマ存在した。マイクロフィルムは幅三五ミリメートルのもので、六コマを一シートとしてシート単位で管理され、そのうち最初のコマはターゲットという名称で管理用に使用し、文類番号、工事名称、工事番号が肉眼で読みとれる大きさで焼き込まれ、分類番号は六桁の数字で、当該シートが納められているフィルムジャケットのファイルナンバー(三桁)とページ数(二桁)、何段目か(一桁)が記載されている。一コマのフィルムには、A0版の図面なら一枚収録されているだけであるが、A4版の図面なら八枚等とサイズの異なる図面を複数収録することもあり、一一万四〇〇〇コマに合計約三五万枚の図面が収録されている。また、必ずしも図面番号等の順番に並んで収録されているわけではない。

フィルム番号が分かれば、そのシートが特定でき、フィルムジャケットからマイクロフィルムを捜し出すことができるが、工事番号と図面番号だけではシートを特定することはできない。

オ 控訴人がリョーインに休職派遣された当時、リョーインもしくは被控訴人には、マイクロフィルムの検索に用いることのできる帳簿類として、次のようなものがあった。

旧管理台帳。(書証略)の書式を使ったオーダー図番別マイクロフィルム管理台帳であるが、工事番号順、図面番号順には並んではいない。ただし、リョーインの保管していたマイクロフィルムのすべてについて旧管理台帳が存在していたわけではない。なお、オーダー図番別マイクロフィルムは、オーダー及び図面番号によりマイクロフィルムを検索するための台帳である。

オーダー別マイクロフィルム管理台帳。オーダー毎に分類番号を明記したものであるが、未完成であった。オーダー毎の検索はできるが、図番による検索には時間がかかる。

A3ファイル。マイクロフィルムをA3版の大きさに焼き付けた図面をファイルしたものであり、工事番号、分類番号、図面番号を読みとることができる。ただし、前記旧管理台帳と同様に、リョーインの保管していたマイクロフィルムのすべてについてこの縮小図面が存在していたかどうかは確認されていない。

カ 控訴人が行ったマイクロフィルム払出し及び新規に作成されたマイクロフィルムの保管の作業は、平成元年四月一日に着任してから五月一二日までに出し入れが五〇シート、新規作成分の保管が六一三枚、ロール一巻であり、その仕事量は極めて少なかった。また、この間、控訴人は、管理台帳作成の仕事には着手していなかった。

キ 分会は、控訴人のリョーインにおける仕事場が、後記(4)<1>ⅰイのようにパーティションで区切られていることと合わせて、十分な仕事量を与えられていないことが問題であるとして、団交を行うよう被控訴人に申し入れ、平成元年五月二四日団交が行われた。団交にはリョーインの管理職のほか被控訴人広島製作所の勤労課長も出席した。この場で被控訴人側は、マイクロフィルム管理台帳の作成も控訴人に指示してある旨述べたが、分会からその指示自体を明確に否定する発言はなかった。また、分会は、「図面目録に基づいて管理台帳はできないか」と作業方法について被控訴人に疑問を提示していた。

控訴人は、団交後、辻課長からマイクロフィルム管理台帳を作成するよう再度指示を受け、その作業に取りかかった。

ク 控訴人は、辻課長から指示されたとおり、シャウカステンとルーペを用いて、マイクロフィルムから直接、図面番号を読み取って確認する作業を行ったが、筆記用具だけを用いてマイクロフィルムに収録された多数の図面について図面番号やオーダー番号(工事番号)順に整理することは困難であると考え、辻課長の同意を得た上で、私費でパーソナルコンピューターを購入し、入力したデータを自動的に番号順に並べ替えるソフトを作成し、これを用いて作業を行った。

なお、オーダー別マイクロフィルム管理台帳は、指示を受けて間もなく完成させている。

ケ 被控訴人設計部門がリョーインの図面管理班に図面の複写を要求する場合の手順は次のとおりである。

a 図面管理班が被控訴人から複写要求を受け付ける。それが保管図面からの複写要求であれば、図面管理班が保管図面を払い出し、図面から複写する。

b マイクロフィルムからの複写要求で、被控訴人が所有するA3ファイルにより分類番号(フィルム番号)が特定できる場合は、その番号を図面管理班の社員がメモをして控訴人に渡し、控訴人がマイクロフィルムをキャビネットから探し出して払い出す。分類番号を特定できないものは、オーダー番号及び図面番号により、旧管理台帳で検索して分類番号を特定し、同様の手順で控訴人がマイクロフィルムを払い出す。

c 被控訴人からの複写要求には、複写元の指定のある場合とない場合があり、ない場合には図面管理班が図面管理台帳を検索したうえ、保管図面があれば図面から複写し、ない場合はマイクロフィルムから拡大複写する。

控訴人の在職中、マイクロフィルム払出し作業においてトラブルは発生しなかった。

コ 控訴人は、遅くとも検索用リストの作成中には、A3ファイル及び旧管理台帳の存在に気付き、マイクロフィルムから直接、図面番号を読み取って確認する作業が意味のないものではないかと疑問を持ったが、分会組合員である自分は差別されているから抗議をしても事態は改善されないものと考えて、辻課長らリョーインの上司に抗議をしたり、作業内容や作業方法について意見を言うこともなかった。

サ 控訴人は、退職間際の平成五年九月半ば頃検索用リストを完成させ、その成果物(プリントアウトしたもの)を被控訴人に引き渡したが、その作成に用いた控訴人作成のソフトやデータを入力したフロッピーディスクは退職の際に持ち去った。

プリントアウトした検索用リストは、A4版のファイル一二冊に及び、オーダー番号毎に、図面番号、図面のサイズ、分類番号及び当該シートの何コマ目に図面が収録されているかを示す数字を一行にまとめたものが、上から図面番号順に記載されているが、工事名称は記載されていない。また、オーダー番号順に整理された目次も備えられている。

シ 被控訴人は、控訴人が退職した後にも、新規に撮影されたマイクロフィルムについて、そのデータを検索用リストに付加する形でマイクロフィルム管理台帳を作成しており、控訴人退職後一冊が追加された。

ⅱア  被控訴人は、控訴人がマイクロフィルム管理業務に専従する以前は、被控訴人からリョーインにマイクロフィルムの払出し等の依頼が来ても迅速に対応できなかった旨主張し、原審(人証略)はこれに副うが、上記主張、証言とも具体的に欠け、少なくとも控訴人の在職中は(控訴人はマイクロフィルム管理業務に専従していたが、検索用リストを作成しながらのものであった)マイクロフィルム払出しについてトラブルはなかったことが認められるから(同証言)、同証人の上記証言部分は信用できず、被控訴人からの払出し依頼にリョーインが迅速に対応できなかったとの主張は採用できない。

イ 控訴人は、マイクロフィルム管理台帳ないし検索用リストの作成を命じられたのは平成元年五月二四日の団交後のことであると主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、この団交の際、被控訴人は控訴人に与えられた仕事として「オーダー図番別管理台帳の作成」を挙げ、分会も控訴人が「オーダー図番別台帳」を作成している旨述べていること、分会からは「図面目録に基づいて管理台帳ができないか」と質問しており、これに対し、辻課長が「それも一つの方法、私が考えたのも一つの方法」と答えており、当時既にオーダー図番別管理台帳の作成について辻課長から控訴人に指示があったことが窺えること(書証略)、控訴人の主張と反対趣旨の原審証人辻茂の証言に照らせば、上記控訴人本人尋問の結果は信用できず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

ウ 控訴人は、検索用リスト作成に用いたソフトやデータを入力したフロッピーディスクを持ち去ったので、控訴人退職後、新規マイクロフィルムを作成の都度検索用リストにデータが追加されることはあり得ない旨主張する。しかしながら、控訴人作成の検索用リストの様式は前記認定のとおりであるから、新規のマイクロフィルムが検索用リストに挙げられたオーダー番号についてのものであれば、必要に応じて検索用リストに手書きで挿入や付記等をしたり別紙で追録を作成することも可能であるし、新しいオーダー番号であれば、単に新たなリストを追加作成すればよいのであるから(新規のマイクロフィルムを保管する毎に作業をすれば、ワードプロセッサーの加除挿入等の機能で十分可能と考えられる)、控訴人の入力したデータをそのまま利用して図面番号順に整然と並んだ印刷物を作成することは困難であるとしても、検索用リストにデータを追加して台帳を作成すること自体が不可能であるとはいえない。そして、検索用リストには工事名称が記載されていないという問題があるとしても、オーダー番号毎に、どの図面番号の図面のマイクロフィルムがどこに収録されているかが図面番号順に記載されているのであるから、これを基礎にして新規に撮影されたマイクロフィルムについて管理台帳を作成することは自然なことであるから、控訴人の主張は採用できない。

<2>  控訴人は、リョーインへの休職派遣自体に必要性はなく、控訴人を退職に追い込む目的でなされたものであると主張する。

しかしながら、控訴人がリョーインに出向となった事情は前記認定のとおりであり、被控訴人の経営対策上の広海閉鎖に伴い、人員対策の一環としてリョーインに休職派遣されたのであり、結果として県外に転出することもなく、設計業務と全く関係がないとはいえないマイクロフィルム管理業務に従事することになったのであるから、リョーインへの休職派遣が控訴人に対する不利益な取り扱いであるとは認められない。確かに、控訴人の従事した仕事は希望した設計の業務ではなく、事技職四級(平成二年五級に進級)の仕事としては単純作業といえるかも知れないが、広島に留まるという控訴人の希望は達成されているし、リョーインの業務自体、もともと被控訴人の図面の管理等であるから、その従業員として担当する仕事自体が限定されたものとならざるを得ないから、上記判断を左右するものではない。

また、控訴人が指示された業務のうち、マイクロフィルムの払出し及び新たに撮影されたマイクロフィルムの保管業務は一人の者が専従するほどの仕事量がなかったことが認められるが、マイクロフィルム管理台帳作成の仕事を含めれば、控訴人が指示された業務が全体としてまともな量の仕事でなかったとは認められない(マイクロフィルム管理台帳の作成が、その方法はともかくとして、それ自体不必要な仕事であったとは認められない)。

したがって、控訴人の主張は理由がない。

<3>  控訴人は、検索用リストの作成自体、必要がなかったと主張する。

既に認定した事実によれば、被控訴人及びリョーインには、マイクロフィルムの検索に使用することが可能なものとして、旧管理台帳、オーダー別マイクロフィルムの管理台帳、A3ファイルが存在し、従前はこれらによりマイクロフィルムを検索して払出しが行われており、特段のトラブル等はなかったことが認められる。

しかしながら、旧管理台帳には一部欠落部分があり、A3ファイルもリョーインが保管する全てのマイクロフィルムについて作成収録されていたか確認されておらず、検索用リストが完成する以前にはどのような欠落があるかは判明していなかったと思われるし(ただし、いずれにおいても、マイクロフィルムの大部分が記載・収録されており、被控訴人やリョーインにおいてはそのことが認識されていたとは認められる。弁論の全趣旨)、A3ファイルは元々マイクロフィルム検索や管理目的で作成されたものではなく、本来過去に作成した設計図を簡便に参照するために利用されていたのであるから、当時、マイクロフィルムの払出し業務に具体的な支障がなかったとしても、不完全な旧管理台帳に代わるものとして、オーダー図番別台帳を作成し直すことがマイクロフィルム管理業務にプラスとなることは否定できない。したがって、オーダー図番別マイクロフィルムの管理台帳の作成が焦眉の急であったとまでは認められないが、これを作成することには十分意味があり、それ自体が無意味な作業であったとは認められない。

そして、控訴人が完成させた検索用リストは、控訴人の退職後、リョーインにおいてマイクロフィルム管理台帳として使用されている。

したがって、控訴人の主張は理由がない。

<4>  さらに控訴人は、検索用リストを作成する際、マイクロフィルムの棚卸しや、これを拡大鏡で直接確認する作業は必要がなかったと主張する。

控訴人が検索用リスト作成のために行った作業は既に認定したとおりであり、マイクロフィルムから文字を読み取る作業自体の性質やマイクロフィルムの数を考慮すれば、その作業は比較的若年の者にとっても負担の重いものであり、特に定年に近くなった年齢の控訴人にとって相当な負担であったというべきである。そして、控訴人ないしリョーインにはマイクロフィルムを拡大したA3ファイルがあり、リョーインが保管するマイクロフィルムのほとんどがこれに収録されており、控訴人やリョーインの管理職はそのことを認識していたことが認められる(証拠略)。そうだとすれば、マイクロフィルムの管理台帳を作成する際にA3ファイルを見れば、直接マイクロフィルムを確認しなくても、図面番号、分類番号、オーダー番号を知ることができ、控訴人の負担はかなり軽減されることは明らかである。A3ファイルに収録されていないマイクロフィルムがあるとしても、A3ファイルから分類番号を特定できるのであるから、その分類番号とシートのターゲットに記載された分類番号を比較すれば、最終的にどのマイクロフィルムを直接確認しなければならないかが明らかになるので、上の点に変わりはない。そうすると、マイクロフィルム管理台帳の作成に当たっては、A3ファイルにある分はこれを参照し、これがない分についてマイクロフィルムに直接当たるのが通常の作業手順であり、効率的な手順であると考えられる(控訴人がA3ファイルを上記作業に用いることにより、控訴人やリョーイン業務に支障を来すことを認めるに足りる証拠はない)。

したがって、あえてA3ファイルを利用しないで、マイクロフィルムを直接確認して作業せよという、控訴人への指示には合理性がなく、辻課長もそのことを認識し得たというべきである。

また、旧管理台帳については、マイクロフィルムをそのまま拡大したA3ファイルと異なり、その記載の誤りをチェックする必要があるとの被控訴人の主張にも理由があるが、少なくとも台帳作成作業の牽引的な役割は十分に果たしうるものと思えるから、記載を鵜呑みにせず確認することを指示することはさておき、作業の際にこれを示さないことにも合理的な理由はないと考えられる。

<5>  控訴人は、被控訴人が控訴人を退職に追い込むため、リョーインに出向した当初はまともな仕事を与えず、平成元年五月二四日の団交後は、逆に検索用リストの作成という膨大な量の仕事を指示したと主張し、原審及び当審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、控訴人は当初からマイクロフィルム管理台帳の作成を指示されていたのであるから、まともな仕事を与えなかったということはできないし、マイクロフィルム管理台帳の作成も、その作業方法に関する指示はともかく、仕事自体が無駄なものであったとはいえないから、この仕事を命じたこと自体が、控訴人を退職に追い込むためのものであったとは考えられない。

(4)  リョーインにおける職場での自由な人間関係を形成する自由の侵害

<1>ⅰ  証拠略及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する当審証人栗栖基紀の証言は信用できない。

ア 被控訴人広島製作所には、観音地区のほか、江波第一事務所及び第二事務所等の建物が存在し、第一事務所は被控訴人の設計事務所であり、リョーインがそのフロアの一部を借り受けており、リョーイン江波製作課のうち図面管理班の仕事場は、広島製作所の設計部門に附属する形で江波第一事務所の三階及び四階にあった。図面管理班の四階の仕事場は、江波第一事務所四階の東西の通路に北側の階段から南に伸びる通路が突き当たった箇所の北西側のスペースにあり、北面は壁、東西両面は移動ラックによって区切られていた。また、もともとマイクロフィルムは江波第一事務所と渡り廊下によって繋がれた江波第二事務所四階に保管されていたが、平成元年三月広海が閉鎖され、第一事務所三階から撤退することに伴って、同事務所三階を改装し、それまで三階及び四階に分散していたリョーイン図面管理班と広島製作所の設計部門を三階に集約することとなった。

イ 被控訴人の鉄構部安全衛生係長であった辻課長は、平成元年四月、控訴人とともにリョーインに休職派遣されたが、その内示を受けた後、事前に江波第一事務所三階の改装及び四階の移転計画等を担当した。その際、前任者たるリョーイン江波製作課の山下課長は、マイクロフィルム管理のための正規の作業場を設けてほしいと希望したが、辻課長は、本格移転までの暫定的な配置として、図面管理班の四階仕事場スペースとは別に、南北の通路を挟む向かい側に、マイクロフィルム管理を行う控訴人の仕事場を設けることとした。この仕事場は、南側が東西通路に向かって開いているが、西側の南北通路とはマイクロフィルム収納キャビネットで、東側の被控訴人運搬機設計課及び北側の廊下との間は高さ約一・八メートルの半透明アクリル製のパーティションで区切られた、東西が約一・八メートル(ただし、マイクロフィルム収納キャビネットの幅の分、狭くなる)、南北が約三・六メートルほどの広さの空間であり、北側のパーティションに向かって作業机が、南側通路に向かって受付台が置かれた。

ウ 平成元年四月、リョーインに着任後、図面管理班に配置された控訴人は、上記仕事場で一人で仕事をすることとなった。当時図面管理班には、控訴人を含め(辻課長を除く)四人が所属していた。

分会は、このような控訴人の仕事場の状況のほか、控訴人がまともに仕事を与えられていないこと等が問題であるとして、被控訴人に対して団交を申し入れ、前記のとおり同年五月二四日団交が行われた。その結果、縦置きのパーティションが横置きに変更され、これによって、北側及び東側を区切るパーティションの高さは約九〇センチメートルとなり、解放感が得られた。

エ 平成元年八月、江波第一事務所三階の改装が終了し、図面管理班の仕事場は三階に集約され、控訴人の作業机も他の三名と同じスペースに置かれることとなった。ただし、その配置は、同スペースの中央やや北西寄りに島状に図面キャビネット(高さ九〇センチメートルで、立ったまま図面を折ったり広げたりする作業の台に用いることを予定したもの)を置き、その南東に控訴人以外の三人の机を島状に置き、控訴人の机はこの三人の机に背を向けて、北側にある課長席と向かい合わせて配置された。この課長席は辻課長の席であるが、辻課長は別棟にある席に常駐しており、実際には雑談をしに来る時くらいしか使用されていなかった。

オ 控訴人が休職派遣される前後のリョーインにおけるマイクロフィルム払出しの事務の実情は、前記(3)<1>ⅰイ、カ、ケのとおりであり、辻課長が控訴人に指示したマイクロフィルム管理台帳の作成手順は、同ウのとおりである。

ⅱア  被控訴人は、図面管理班の仕事場が狭いため、図面管理班の図面収納キャビネットをそこに集めたうえ、さらにマイクロフィルム収納キャビネットを設置する場所がなく、図面管理班の業務の性格上、図面を広げたり閉じたりする場所で、薄く小さなマイクロフィルムを管理するのは紛失の危険性があった旨主張する。確かに、証拠略によれば、平成元年八月までの図面管理班の仕事場の面積は限られており、マイクロフィルム収納キャビネットを置くだけの余裕はないところ、大きな図面(A0版のものが最大である)と小さなマイクロフィルムを同一の狭い場所で取り扱うとマイクロフィルムが紛失する危険性があることは否定できず、マイクロフィルムの管理を担当する者の机の側にマイクロフィルム収納キャビネットを置くことが望ましいことはいうまでもないから、控訴人の仕事場を図面管理班とは別に設けることにも合理性は認められる。しかしながら、マイクロフィルムの払出し及び新規マイクロフィルムの保管の作業量が極めて少なかったことは前記認定のとおりであるから、それまでマイクロフィルム収納キャビネットが江波第二事務所の四階に置かれていたこと、平成元年八月に三階の改装が終了すれば図面管理班全体が三階に集約される予定であり、同キャビネットも再度移転しなければならないことを考慮すれば、マイクロフィルム払出し及び保管の作業を円滑にするためにその収納キャビネットの位置を変更する必要性が強いものであったとまでは認められない。また、控訴人は、マイクロフィルムを直接確認してオーダー図番別マイクロフィルムの管理台帳を作成するよう指示されていたから、マイクロフィルム収納キャビネットが手近にあることが必要であったとも考えられるが、マイクロフィルムはジャケットファイル一一四冊に分けて収納され、一冊につき一〇〇〇コマが収録されているのであるから、控訴人が上指示のとおりマイクロフィルムを確認する際、一度に何冊ものジャケットファイルを使う必要があるとは認められず、必要に応じて一、二冊持ち出せば足りたと考えられるから、マイクロフィルム収納キャビネットが控訴人の仕事場になければ困るとも即断できない。

そして、前記ⅰイウ認定の控訴人の仕事場の形状は一見して異様であり、その中で仕事をする者が強い不快感・疎外感を感じることは明らかであるから、控訴人の仕事場にマイクロフィルム収納キャビネットを配置するために、上記のような控訴人の仕事場を設ける必要があったとは考えられず、辻課長もそのことを容易に認識し得たというべきである。

なお、マイクロフィルム収納キャビネットを従前どおり江波第二事務所四階に置いておくことが、その秘密保持のために適当でないことを窺わせる証拠はない。

イ 控訴人は、平成元年八月末、図面管理班の仕事場が三階に集約された後にも、控訴人がほかの社員と接触しないように、控訴人の机だけが他の三人の机とは別に、形だけの課長席と向かい合わせに配置されたと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副う。

前記認定のとおり、平成元年八月以降の図面管理班の仕事場の客観的状況は控訴人主張のとおりである。しかしながら、証拠略によれば、図面管理班の仕事場自体が、多数の図面やマイクロフィルムを収納するキャビネットを置く必要があるため、同仕事場の中央には図面収納キャビネットが存在し、それが控訴人の机を他の三名の職員と一緒に配置する障害となっているようにも見えるが、図面収納キャビネットの高さが通常の事務机より高く、立ったままで図面を取り扱うのに適していること、キャビネット等の全体的な配置が不合理であるとは認められないから、上図面収納キャビネットの配置が不合理とはいえないこと、辻課長は図面管理班をも統括すべき立場にあるから、そこに常駐していないとしても、図面管理班に席を置くことが不合理であるとはいえないことを考慮すれば、控訴人の机を初めとする図面管理班の配置が最適なものかどうかはさておき、控訴人の机の配置が、控訴人に対する差別的意思のもとに、控訴人を隔離した状態で仕事をさせるものであったとは認められない。

ⅲ  以上によれば、請求原因(5)<4>ⅰⅱの事実のうち、平成元年四月から同年八月まで、パーティション等で三方を区切った仕事場で控訴人に仕事をさせたことに合理的な理由はないというべきであるが、その余の控訴人の指摘は相当ではない。

<2>  控訴人は、平成元年九月まで控訴人をリョーイン会に加入させなかったと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副い、また証拠略によれば、平成元年四月にリョーインに休職派遣となった控訴人がリョーイン会に入会したのは同年九月であったこと、リョーイン会運営に関する取扱要領(書証略)に被控訴人が主張するような入会時期の制限は記載されていないことが認められる。しかし、前記各証拠によれば、控訴人と同時に休職派遣となった辻課長がリョーイン会に入会したのも同年九月であること、同年五月には上取扱要領の定める行事である控訴人の誕生会が行われたこと、上記加入以降、控訴人は体育文化行事や親睦行事にかなり参加していたことが認められ、これらの事実を考慮すれば、特に控訴人を差別するため九月までリョーイン会に参加させなかったとは認められず、慣例上の制約から控訴人の入会時期が遅れたものと認められる。

<3>  控訴人は、被控訴人が、江波作業課親睦会について、分会が気付いてこれに抗議するまで三年間その存在を控訴人に隠し続けたため、控訴人は平成四年四月まで同会に加入することができなかった旨主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、証拠略によれば、辻課長が同会に入会したのも幹事の勧誘によるものであること、控訴人も平成元年四月の同会主催の歓迎会には出席しており、同年九月リョーイン会入会後は親睦行事等に参加していることが認められ、他方、同会の会員勧誘等が辻課長らリョーインや被控訴人の管理職の指示によりなされていたことを認めるに足りる証拠はないから、江波作業課(現製作課)に席を置く者で構成する親睦会(会則一条)に自ら参加しながら控訴人が入会していないことを放置していた辻課長の態度は適当なものとはいえないが、この辻課長の行為が被控訴人の控訴人に対する差別意思を体現したものと認めることはできない。

<4>  控訴人は、控訴人がリョーインに着任した際、職場で紹介してもらえず、挨拶もさせなかったと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副う。

控訴人がリョーインに着任した際、辻課長が部下に控訴人の紹介をしていないことは当事者間に争いがないが、これが控訴人を差別的に取り扱う目的によるものであると認めるに足りる証拠はない。出向後の最初の出社日である平成元年四月三日、辻課長は被控訴人広島製作所観音工場にあるリョーインの広島地区本部へ出頭して課長職の辞令を受け取った後、江波工場に着任したが、控訴人は同工場内のリョーイン江波作業課に直接出頭着任しており(証拠略)、同日の始業時に江波作業課に不在であった辻課長が控訴人の紹介を失念していた(原審証人辻茂)というのも肯ける。この点につき、控訴人は、辻課長に「どうして挨拶させないのか」と抗議したが知らん顔をされたと原審で供述するが、反対趣旨の原審(人証略)に照らせば、控訴人が辻課長に抗議した事実を認めることはできない。なお、休職派遣された辻課長と控訴人の最初の出頭場所が異なることが、控訴人を紹介しないことを自然に見せかけるためのものであると認めるに足りる証拠はない。

したがって、辻課長が、控訴人を紹介しなかったことが控訴人に対する不当な差別であったとは認められない。

<5>  控訴人は、定年退職する際、通常は勤務時間(一七時一五分まで)の終了間際に、業務命令で職場内の従業員全員を集めてお別れ会をし、退職者に挨拶させるところを、辻課長は、終了時間後の一七時三〇分に挨拶に来るよう指示したと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副う。しかし、原審(人証略)は、控訴人(退職の前数日間休暇を取っていた)に、勤務終了時間である一七時一五分に退職者(辻自身と控訴人)の挨拶及びお別れ会を行うので一七時に来るよう指示したと証言しており、原審における控訴人の供述及び(人証略)によれば、現に職場の全員(三十数名)が花束と餞別を持って控訴人が来るのを待っており、この間、控訴人が退職金受領などで手間取っているのかと観音地区にある被控訴人の勤労課に問い合わせるなどしたことが認められるのであって、職場の全員を待たせながら、あえて通常より遅い時間に挨拶にくるよう指示するとは考え難いから、辻課長は、一七時に来るよう控訴人に指示したものと認められる。そして、原審(人証略)によれば、リョーイン江波製作課におていは、客先である被控訴人の作業時間が終了するまで残っている必要があることや仕事場が散在していることから、勤務時間終了後に退職者の挨拶等の行事を行っていたことが認められるから、この点でも控訴人に対する差別的取扱いがあったとはいえない。控訴人は当審において、控訴人が意見具申した結果リョーインにおいても被控訴人におけると同様に退職者の挨拶が勤務時間内に行われるようになっていた旨述べるが、原審においては、退職時の挨拶は通常どう行われていたかという質問に対して、リョーインでのことではなく被控訴人においては勤務時間内に行われていた旨を述べるのみであったから、当審での上記供述はたやすく信用できない。

したがって、控訴人が退職の挨拶をしなかったのは同人の意思によるものというほかない。

<6>  控訴人は、同僚の親が死亡したことを控訴人にだけは知らせなかったと主張し、原審控訴人本人尋問の結果はこれに副うが、同供述の内容は具体性に乏しく、被控訴人もしくはその意を受けた者がどのような差別行為を行ったかも明らかではないから、同供述のみをもって控訴人主張事実を認めることはできない。

(5)  不法行為の成否

<1>  以上によれば、請求原因(5)の不法行為の主張は、<4>ⅱウ(マイクロフィルム管理台帳の作成方法に関する指示内容)及び<5>ⅰ(暫定的な仕事場の閉鎖性)を除いては、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

<2>ⅰ  請求原因(5)<4>ⅱウの事実(マイクロフィルム管理台帳の作成方法に関する指示内容)について

前記認定のとおり、控訴人に対し、必要・有用な資料であるA3ファイルや旧管理台帳を示さずにマイクロフィルムを直接確認してオーダー図番別マイクロフィルム管理台帳を作成するよう指示したことは合理的な指示ということはできず、その作業内容・作業期間からして、控訴人は精神的・肉体的な苦痛を受けたというべきである。

しかしながら、管理台帳の作成自体は必要な業務であること、控訴人はA3ファイルや旧管理台帳等の資料が存在することを知った後も、その提示や作業方法の改善等を求めることなく(控訴人が具体的にこれら資料の存在を知った時期は証拠上明確ではないが、平成元年五月二四日の団交の際、分会から、図面目録に基づいて管理台帳ができないかと問題提起をしていること、控訴人が長年にわたり被控訴人の設計業務を担当していたことを考慮すれば、比較的早い時期にこれらの資料の存在を知っていたものと推認できる)、分会組合員は差別されているからと意地になって辻課長の指示した方法を固守し続けることにより、結果として退職に至るまでその作業方法を受け入れていたともいえること、A3ファイルや旧管理台帳がどの程度網羅的なものであったかを認めるに足りる証拠はなく、一定の範囲で直接マイクロフィルムを確認する必要があったことは否定できず、その意味で辻課長が台帳への収録漏れ等を心配して上のような指示をしたこともおよそ理解できないわけではないこと、辻課長は、同人の原審証言によると、被控訴人勤務中は新造船の検査を担当していた期間が長く、出向直前は鉄構部の安全衛生係長として作業場等の管理を行っていたもので(この関係で、出向後の被控訴人の作業場のレイアウトを行った)、マイクロフィルム管理要領や台帳の書式は前任の山下課長が作成したのを引き継いだものであることが認められ、これらの事実とその証言態度からみて、管理台帳の作成に利用できる台帳やファイルの内容を熟知したうえで、上記の作成方法を指示したとは認めがたいこと等を考慮すれば、辻課長の指示が控訴人に対する配慮を著しく欠くものといえるとしても、その指示が直ちに被控訴人の差別意思の徴表であるとは認められないし、辻課長に不法行為が成立するということもできない。

ⅱ  請求原因(5)<5>ⅰの事実(暫定的な仕事場の閉鎖性)について

辻課長がパーティションで囲んだ閉鎖性の強い場所をレイアウトし、その中で控訴人に仕事をさせたことは、控訴人に強い不快感・疎外感を与えるものであり、仕事場の状況から辻課長はそれを容易に認識し得たことは既に認定判断したとおりであり、控訴人はこれによって精神的苦痛を受けたというべきである。

辻課長がパーティションで囲んだ仕事場を控訴人に宛った理由は必ずしも明らかでなく、分会組合員である控訴人に対し偏見を抱いていた可能性も否定できないが、その配置は辻課長が同人の前任者であるリョーインの山下課長の意見に反する形で決定したものであるから、少なくともそれが被控訴人の差別意思に基づくものとは認め難い(リョーインは被控訴人の一〇〇パーセント出資する子会社であり、その業務も被控訴人の設計図面の管理等に限られているから、仮に被控訴人が控訴人に対する差別意思を有していたとすれば、休職派遣先の山下課長がそのことを知らなかったり、控訴人の仕事場について独自の意見を述べたりするとは考え難い)。そして、マイクロフィルムの管理を担当する者の仕事場を図面管理班の仕事場と別に設けることには一応の合理性があること、かつその配置は江波第一事務所三階の改装が終了するまでの暫定的なものに過ぎず、実際四か月後には控訴人の仕事場は変更され、図面管理班の部屋で仕事をするようになったこと等を考慮すれば、この点について辻課長や被控訴人に不法行為が成立するとまではいえない。

<3>  したがって、控訴人の不法行為の主張はいずれも理由がない。

5  結論

よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 檜皮高弘 裁判官野々上友之は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 下司正明)

理論賃金損害額

<省略>

是正額との一時金格差計算書

<省略>

是正額と月収格差計算書

<省略>

原告の職群等級・本給・昇給額の推移

<省略>

1989年(平成元年)控訴人と同期入社の従業員の55歳時点における本給と定年退職時の退職金額一覧表(書証略)

<省略>

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