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広島高等裁判所 昭和24年(う)767号 判決 1950年4月19日

被告人

盛川操

主文

原判決を破棄する。

本件を廣島地方裁判所三次支部に差戻す。

理由

弁護人大井靜雄の控訴趣意第一点について。

本件公訴は被告人の所爲を強姦致傷として刑法第百八十一條に問擬したるに対し、原判決は之を猥褻致傷として刑法第百七十六條前段第百八十一條により処断したのは違法であるというのであるが、原審第三回公判調書によれば檢察官より被告人に対する起訴罪名を強姦致傷又は猥褻致傷に変更する旨請求のあつた事実は認められるが右変更請求の趣旨は訴因の変更であるか否かは明かでない。然し刑事訴訟法第二百五十六條は第二項において起訴状に公訴事実及罪名の記載を要求し第三項において公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定している点より見れば、訴因変更の場合において單に罪名変更の請求のみでは法の要件を具備したものとは解し得ない。然るに原判決が強姦致傷の起訴事実に対し訴因の変更なくして猥褻致傷を以て処断したのは正しくない。尤強姦致傷と猥褻致傷とは目的を異にするも共に暴行脅迫による猥褻行爲であつて罪質を同じくしているから、訴因の変更なくして審判することを妨げないと見る解釈もあり得るであらうが、右両者はその犯罪構成要件を異にするを以て之れを採らない。結局原判決は刑事訴訟法第三百七十八條第三号に該当するのでこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(弁護人大井靜雄の控訴趣意第一点)

原判決は其事実理由において「被告人盛川操は予てより居村の田平菊枝に対し密かに思いを寄せて居たがたまたま昭和二十四年七月二日夜同村字永田の靑年会館へ芝居見物に出掛けた際そこに同女の姿を見かけたのでこの機会に意中をうちあけようと考え翌三日午前零時過頃折から帰途についた同女のあとを追い同村湯木字池津池津池附近路上において同女に手をかけて「話があるから」と止めようとしたところ同女がこれを振切つたはずみに同人等は相前後して傍らの小川の中に顛落するに至つたが、これに立腹した同被告人は同女の陰部を見ることによつて恥辱を與えようと決意し好奇心から二人のあとを追つてその場に來あわせていた被告人澁川淸治、同岡田博吉、同西本侑云々共謀の上同女を池津池堤の上に仰向けに倒し云々同女の自由を奪い、そのズロースを引脱がし股を開かせて陰部を露出せしめ以て猥褻の行爲をなし因て同女に対し治療二週間を要する右肘関節外額部挫傷、口腔内左頬部裂傷を與えたものである」と判示し以て刑法第百七十六條前段第百八十一條猥褻致傷罪の法條を適用処断した。然しながら本件被告人に対する起訴状には公訴事実の部に「被告人等は西本侑と共謀の上昭和二十四年七月三日午前一時頃、比婆郡口南村大字湯本字池津池附近路上において同村田平菊枝(当二十二年)を姦淫せん事を企て同所に同女を押倒し手足を押へ口を塞ぎ強いてズロースを脱ぎ取る等暴行を加へ因て同女の右肘関節外側部口腔内左頬部等に治療二週間を要する傷害を加へたるも通行人に妨げられ姦淫の目的を遂げざりしものなり」とあり其の罪名罰條の部に強姦致傷罪刑法第百八十一條とあり、而して原審第一回公判において裁判所は被告人西本侑を除く他三名の被告に付ては頭書の強姦致傷被告事件につき審理を爲す旨を告げ檢事は前掲起訴状を朗読して公訴事実の陳述を爲したるものなること記録上明白にして同第二回公判においても又同樣なれば原審においては本件を強姦致傷罪として審理したるものたること一点の疑を容るゝ余地がないものと云はなければならぬ。但し原審第三回公判において檢事は盛川被告外二名に対し起訴罪名を強姦致傷又は猥褻致傷と変更する旨述べた事実があるけれども右は單に罪名を変更したるに過ぎないので書面による訴因及罰條の変更なきは勿論口頭による訴因及罰條の変更を爲したるものでないことも亦記録上極めて明白である。されば原判決書においても西本被告についてのみ強姦致傷、猥褻致傷擇一関係被告事件と表示し他三被告については各強姦致傷被告事件と表示している。而して強姦致傷罪と猥褻致傷罪とは其犯意並所爲共に全然別個にして其犯罪構成要件を異にするものであるから、旧刑事訴訟法第二百九十一條の解釈としても之を同一の犯罪事実と目すること能はざるは勿論であるが、訴因の予備的又は擇一的記載の認められたる新刑事訴訟法第二百五十六條の下においては一層訴因の特定は之を嚴格に解釈せらるべきものであるからこの両者は全然別個の犯罪事実なりと云はなければならぬこと論をまたないところである。果して然らば原判決は強姦致傷罪の訴因を以て起訴せられたる本件に対し訴因の異なる猥褻致傷罪の認定を爲す以上犯罪の証明なきものとして刑事訴訟法第三百三十六條により無罪の言渡を爲すべきものたること当然であるに拘らず猥褻致傷罪として有罪の言渡を爲したるは違法の甚しきものであり畢竟爰点において刑事訴訟法第三百七十八條第一項第三号に所謂審判の請求を受けた事件について判決をせず且つ審判の請求をも受けない事件について判決を爲したものであるから同法第三百九十七條に依り之を破棄すべきものと信ずる。

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