広島高等裁判所 昭和24年(ネ)10号・昭24年(ネ)12号・昭24年(ネ)9号・昭24年(ネ)14号・昭24年(ネ)8号・昭24年(ネ)11号・昭24年(ネ)13号・昭24年(ネ)15号・昭24年(ネ)39号・昭24年(ネ)16号 判決
控訴費用を一四九〇六に分ち、その一二〇四二を控訴人下松土地株式会社、その二五五を同松村義一、その一一六を同山田孝太郎、その二八六を同丸山海介、その八一二を同山県寿祥、その九五四を同三浦佐一、その七八を同三浦英槌、その二を同三浦卓、その二を同山田誼衡、その一三三を同渡辺定吾、その一八〇を同山県泰、その四〇を同山県行平、その六を同吉田重雪の各負担とする。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取り消す」第一次の請求として「原判決末尾添付の各目録に記載の農地がそれぞれ控訴人等の所有に属することを確認する。」第二次の請求として「被控訴人の控訴人等に対する右目録記載の農地の買収処分における買収の対価をそれぞれ該目録の請求対価欄記載のとおり変更する」「訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨並に控訴費用は控訴人等の負担とする、旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
先ず被控訴人の本案前の抗弁について判断する。
控訴人等(昭和二十四年(ネ)第三九号事件の控訴人山田孝太郎外五名を除く)が本件各訴状に山口県知事を被告と表示して本訴を提起し、昭和二十三年三月二十五日の各第一回準備手続期日に被告の表示を国に訂正したこと並に本訴の請求の趣旨が第一次には本件農地の所有権がそれぞれ控訴人等に属することの確認を求め、第二次に自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十四条により買収対価の増額を求めるものであることは記録に徴し明らかである。
そこで、第一次の請求について右被告の変更が許されるか否かにつき考えるに、右請求の訴訟物が私法上の権利関係であることは請求の趣旨に徴し明らかであつて、控訴人等が本件農地が控訴人等の所有に属する理由として本件買収処分が無効であると主張することは、右訴訟物が私法上の権利関係であることに何等影響するところはないといわなければならない。そうすると、本件第一次の請求について被告の変更が許されるか否かは専ら通常の民事訴訟の法理に従つて解決すべきであつて、当事者の変更に関する行政事件訴訟特例法第七条の規定を適用することは許されない。そして、通常の民事訴訟において当事者の変更は民事訴訟法第四七条第七二条第七四条第二〇八条第六百二十三条等の如く特に明文の定めがない限り許されないものと解するを相当とし、本件のような場合に当事者の変更を許す旨の規定は民事訴訟法上存しないから、本件第一次の請求については被告の変更を許さないものといわなければならない。
次に第二次の請求について被告の変更が許されるか否かにつき考察するに、右請求の訴訟物が公法上の権利関係であることは前記請求の趣旨に徴し明らかであるところ、当事者の変更に関する行政事件訴訟特例法第七条の規定は公法上の権利関係に関する行政争訟に準用あるものと解するを相当とし、本件において被告を誤つたことについては特に控訴人等に故意又は重大な過失があつたとは認められないから、本件第二次の請求については被告の変更を許さなければならない。
進んで本案の請求の当否について判断する。
先ず控訴人等(昭和二十四年(ネ)第三九号事件の控訴人山田孝太郎外五名を除く)の被告変更前の第一次の請求につき判断するに、本件において控訴人等は山口県知事の本件農地買収処分が無効であるとして、該農地がそれぞれ控訴人等の所有に属することの確認を求めるのであつて、右請求の訴訟物が私法上の権利関係であることは前段説示のとおりであるが、私法上の権利関係に関する訴訟において国を被告としてこれを提起することはできるけれども、行政庁を被告として訴を提起することは許されないものと解するを相当とするから、山口県知事は本件第一次の請求において被告として訴訟を遂行する当事者適格を欠くものというべく、右請求は権利保護の要件を欠くものとしてこれを棄却すべきである。
次に昭和二十四年(ネ)第三九号事件の第一次及び第二次の請求並にその他の各号事件の第二次の請求について判断するに、控訴人主張の農地がそれぞれもと控訴人等の所有であつたこと、山口県知事が自創法に基いて右農地をその主張の対価で、その主張の日時に買収の処分をしたこと及び右対価が同法第六条第三項本文前段の規定により定められたことはいずれも当事者間に争がない。
控訴人等は、自創法第六条に定める農地買収の対価は憲法第二十九条にいわゆる「正当な補償」といえないから、右対価を以てなされた本件農地の買収処分は無効である、と主張するに対し、被控訴人は、自創法は日本管理法令の性格を有し、憲法に優先にして適用され、憲法第二十九条の適用ないものである。仮りにそうでないとしても自創法に定める農地の買収対価は憲法第二十九条にいわゆる「正当な補償」である、と抗争するから、この点につき順次判断を加えよう。
先ず自創法が憲法に優先するものであるか否かについて判断する。
自創法は連合国最高司令官から日本政府宛ての一九四五年十二月九日付覚書に従い、自作農を急速且つ広汎に創設し、又土地の農業上の利益を増進し、以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的として、制定公布されたものである。右覚書は「民主々義的傾向の復活強化に対する経済的障碍を除去し、個人の権威に対する尊敬を確立し、数世紀にわたる封建的圧迫により日本農民を奴隷化し来つた経済束縛を破壊せんがため、日本の土地耕作者をして労働の成果を亭受する上に一層均等なる機会を得しむるよう確実なる措置を講ずべきこと」を指令しているが、右措置については何等具体的な事項に触れていないし、右覚書に従つて制定された自創法が特に昭和二十年勅令第五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く政令によらずに、憲法の下における一般法律の形式に従つて公布された点に鑑みると自創法が日本管理法令の性格を有するものと考えることは困難であつた。ところが、連合軍最高司令官は一九四八年二月四日付日本政府宛ての覚書において「自創法等は封建的土地所有制度を廃止し、公平且つ民主的な基礎による土地の再分配に対する経済的障碍を排除するを目的として前記覚書(一九四五年二月九日付)に基き制定された」ものであり「土地改革計画の強力な実施は日本に真に自由で且つ民主的な社会を創設するための先決要件である。本改革の実施は日本国民並びに連合軍占領の最も重要な目標の一となつている。従つて自創法等の厳正且つ果断な実施は不可欠な至上命令である」とし「農林省は土地改革計画の目的を阻害せんとして圧迫を加える組織的反動勢力の不当な干渉を顧慮することなく、現行手続に基き土地改革法の適用を受くべき一切の土地を即時買収する旨の訓令を都道府県農地委員会及び市町村農地委員会に発すべきである。」として、断乎自創法所定の手続に基く農地買収の励行を指令した。ここにおいて、自創法は連合国の日本管理法令としての性格を有することを指摘され、その規定の内容を憲法の条項と対比し、これが効力を云為することは本来許されないものであることが明らかにされたわけである。改めて説くまでもなく今次敗戦の結果、降伏文書に記載されたとおり「天皇及び日本政府の国家統治の権限は、降伏条項が実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下に置かれる」こととなつたのであるが、一九四五年九月三日連合国最高司令官指令第二号第四項において、連合国最高司令官の権限により「発せられた何らかの訓令の意義に関し、疑義が生ずるときは、その発令官憲の解釈をもつて最終的のものとする」と指示されているから、一九四五年十二月九日付の農地改革に関する覚書の意義は発令官憲である連合国最高司令官の一九四八年二月四日付の覚書による前記解釈が最終的な権威を有し、確固不動のものといわなければならない。
以上説示によつて明らかなとおり、自創法は日本管理法令の性格を具有し超憲法的なものというべきであるから、自創法第六条に定める対価による本件農地買収処分を目して憲法第二十九条に違反するものとし、これが無効であることを前提とする控訴人等の本訴請求が失当であることは明らかである。
仮りに自創法が国内法制定の手続によつて成立した点のみから立論して自創法の規定も当然憲法の制約を受けるものとしても、自創法第六条に基き本件農地買収の対価として定められた額が憲法第二十九条第三項にいわゆる正当な補償に値しないとの控訴人等の主張はこれを採用しない。正当な補償であるためにはその物の自由取引価格を基準とする完全な補償でなくとも国家的社会的諸事情をも考慮して決定せられた合理的な額であれば足るものと解すべく、原判決説示のような算定の根拠に基き、農地価格として法定されたいわゆる自作収益価格は、当時の情況の下においてはこれを合理的な価格と認むべきことは原判決説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。もつとも自創法制定後インフレの昂進に伴い貨幣価値が暴落していることは顕著な事実であるが、農地の統制が依然として継続し、その自由処分が制限され、小作料も引続き釘付にされている限り地主にとつては農地の価格は経済事情の変動に拘らず恰も小作料を産み出す一定額の預金債権と化したものとも見られるのであつて、右小作料額を資本還元した前記自作収益価格を以て正当な農地価格といわなければならない。しかも、本件農地の買収処分決定が昭和二十年十二月十日に行われたことは当事者間に争ないところで鑑定人近藤康男の鑑定の結果によれば、自作田収益価格は、昭和二十年米穀年度は米価石当り百五十円を基礎として反当七百五十七円同じく三百円を基礎として反当二百二十五円、昭和二十一年、二十二年両米穀年度はいずれもマイナスである事実が認められるから、昭和二十一年十月二十一日公布の自創法第六条所定の農地の買収対価を昭和二十二年十二月十日に行われた本件農地の買収対価決定に適用することは、むしろ控訴人等にとつて有利であるというべきである。鑑定人橋本伝左衛門の鑑定の結果中前記認定に反する部分は採用しない。
なお、昭和二十四年第八乃至第一一号、第一四、一五、三九号事件の各控訴人等は、控訴人下松土地株式会社は、諸物価低廉の時代に右各控訴人等の関係する本件農地に近接し又は類似した農地を坪当り三十八円乃至四十五円の割合で他へ売渡した事実があつて、この事実は本件農地の相当価格を決定するについて参考とせらるべきものである、と主張するけれども、右控訴人主張事実のみを以ては未だ自創法第六条第三項但書にいわゆる特別の事情ある場合に当るとは考えられないから、法定の買収対価を増額すべき理由とはならない。
以上のとおり控訴人等の主張はいずれの点よりするも認容できないところであつて、控訴人等の請求を棄却した原判決は結局において相当である。よつて本件控訴を理由なしとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小山慶作 宮田信夫 和田邦康)