広島高等裁判所 昭和25年(う)150号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(理由)
論旨に援用してある各證據其の他訴訟記録及び原審に現われた凡ての證據を詳細檢討してみるに、成る程之等の證據によれば公訴第二、第四、第五の事實について被告人が窃盜被害品を夫々所持し、且之を處分したという事實だけは明かである。論旨は尚被告人が盜難被害品の最近接所持者であることも認められると云つて居るけれども、それは以上の證據上明らかになつた關係人の範圍においての最近接所持者であつて被告人は他人から賣却方を賴まれて所持していたと述べて居るものである。誰に賴まれたかということは當時色々な人に賴まれていたので憶えないと云つて居る點に不審の點はあるけれども、被告人が公訴第一、第三、の窃盜をしたことや定職が無く金錢に困つていたということから眞に右供述を虚僞のものであると斷定するに十分でない。
被告人は公訴第二、第四、第五の事實については警察での取調以來原審公判まで終始犯行を否認しているのである。そして證據上明らかなことは右各盜難被害のあつたこと、その被害品を被告人が所持していて他人に賣却したということ、丈であること洵に原判決の説示している通りである。そして被告人がどうした理由で右を所持するに至つたかの點についての被告人の辨解に常識上多少の不自然さの認められることも亦論旨の指摘の通りである。從つて右犯罪につき被告人が犯人ではないかとの疑いも多分にあるといわねばならない。然し乍ら有罪の判決を下すには單なる疑いや、常識上そうある筈だという理窟丈では足りないのであつて確實且具體的な證明が無ければならないことは今更云う迄もないところである。現に賍物を所持している者はその所持の理由について立證する責任がありその立證が出來ない以上窃盜等の本犯と認めてよいとするというような立證責任の原則が訴訟上規定されて居るのならば又格別であるけれども現行刑法、刑事訴訟法上この樣な原則が容認されないことは勿論どこ迄も積極的に犯行自體を確實に證據立てるものがなければならない。
要するに原判決が公訴第二、第四、第五の事實につき被告人に一應の疑はあるけれども未だ以て被告人の犯行を確認するに足りないものとして右事實につき被告人に對し無罪の言渡をしたことに何等事實誤認乃至は採證法則の違背があるということはできない。論旨は理由がない。