広島高等裁判所 昭和25年(う)864号 判決
記録を精査するになるほど所論の如く天野進作(調書に新作とあるは宣誓書に徴し誤記と認む)に対する尋問調書の記載のみから清古ハルミが判示の如く心神耗弱の状態にあつたものと認定することは困難である。しかし原判決は右証人尋問調書のみならず証人原田善六、同津川柳一をも綜合して右認定をしたものであること原判決の証拠の挙示によつて明であつて、右証拠を綜合すれば被告人が清古ハルミから判示の如く衣類の交付を受けた当時(判決に昭和二十四年四月十日頃とあるは同年二月頃の誤であること後記のとおり)心神耗弱の状態であつたことが認められるから論旨は理由がない。
(二) 控訴趣意第二点について。
原判決が被害者清古ハルミの心神耗弱認定の一資料として証人天野進作の尋問調書を採用していること、右証人は、弁護人が右清古ハルミが心神耗弱でなかつたことの立証の為申渡したものであることは所論のとおりである。しかしわが刑事訴訟法は当事者主義を徹底するものでなく真実発見の為に職権による証拠調も認められてをり、証拠の証明力は裁判官の自由心証に委ねられてをる。証人天野進作は被害者の精神状態に関し弁護人より申請の証人であつて弁護人において十分その証言を吟味する機会を与えられてをるので検察官に於て右証拠を採用すると否とに拘らず裁判所が公判廷に於て適法に証拠調を終えた証人天野進作に対する尋問調書を被告人に不利な事実認定の資料として採用しても違法ではない。論旨は独自の見解に立つもので採用できない。