広島高等裁判所 昭和26年(う)1165号 判決
一、検察官の控訴趣意第一点の(一)(二)(事実誤認)について
論旨は、原判決が判示第二の長門時行に対する不法監禁致傷の点につき被告人林がこれに共謀加功したものとは認め難いとして無罪を言渡したのは事実の誤認がある。即ち原判示第一及び第二の各不法監禁は本件争議に当り戦術委員会等で予め被告人等組合幹部の間に協議計画されたものであつて決して偶発的犯行ではないのであるから被告人林は直接これが実行の衝に当つていなかつたとしても長門時行に対する不法監禁致傷の点についても当然共謀による共同正犯の責任が認めらるべきものであると主張する。よつて所論指摘の各証拠その他原審の取調べた証拠を精査検討するに、本件争議に当り組合側はその機構を闘争態勢に切り換え執行委員会を拡大して闘争委員会を設け、更に被告人林外数名の闘争委員を以て戦術委員会を形成し闘争方式の企面考案並びに組合員の指導に当つていたことは是認できるけれども、右戦術委員会等において予め前記板垣茂等会社幹部並びに長門警備主任を不法に監禁することまで謀議決定したと認むべき確証は存しないところであつて、所論指摘の証拠からも被告人林等が右の謀議を企画指導したとの事実をたやすく推断することはできないのである。即ち右被告人等組合幹部としては当時あくまで会社の馘首案を全面的に撤回を為さしむべくその闘争方式等を考案し且つ争議を指導していたとしても、そのことから当然右の不法監禁の犯行までも謀議決定し指導したと速断することはできないのみならず、原審の取調べた証拠に現われている事実によると、板垣茂等が玄関前に監禁されるに至つたいきさつは、原判決の説示するとおり最初同人が所外よりの電話に応ずる為め所長室を立出で西門横の守衛本部に赴かんとした際先ず組合員である相被告人徳永等約十名の者は板垣が交渉を回避し所外に逃げるものと速断し「板垣を逃がすな」と連呼し乍らその後を追い本館附近に居た他の組合員もこれに呼応し「板垣を逃がすな」などと叫び乍ら同守衛本部に殺到し、同人が電話室から出るに及んで組合員約三十名位が同人の左右背後に密集し更にその附近に居た組合員と共にこれを押し包み、次いで中の島に至るスクラムを組んで同人の身体を押し揉みながら同方向に連行しようとしたが、板垣が本館玄関前に座り込むや組合員多数を以てこれを包囲し且つ勢の赴くところ遂に他の会社幹部十一名と共にそのまゝ玄関前に監禁するに至つたものであつて、当初板垣が所外よりの電話に応ずるため所長室を出て守衛本部へ姿を現わしたことは組合側としては全く予期しない事態であり、板垣が守衛本部を出てから後の一部組合員のとつた前記行動はこの種争議に当り応々見る如く当時の昂奮した雰囲気から醸成された偶発的なものであると認める外なく、必ずしも所論のように予め計画された予定の行動であつたとは断じ難く、且つしかく断定すべき証明も十分であるとはいえない。又長門時行に対する不法監禁に至つては、そのいきさつは原判決の説示するとおり最初同人が鈴木重喜に対し煙草を勧めようとして煙草入を差出した際、傍らにいた被告人北平が「俺にも一本くれ」と言い乍ら手を伸して煙草を取ろうとしたのに対し不用意にも「ホイト(乞食)のような真似をするな」と失言したことから同被告人を刺戟しそれが紛糾して遂に原判示のように監禁されるに至つたもので、全く偶発的な犯行に過ぎないものであることが認められる。従つて前記同人等に対する不法監禁致傷は、いずれもその現場に在つてこれが実行行為に関与した者のみの責に帰せらるべきものであり、右実行行為に関与していなかつた者にその罪責を負担させることはできないのである。従つて原判決が被告人林に対し長門時行に対する不法監禁致傷の点につき無罪を言渡したのは相当であつて、所論のような事実誤認等の違法はない。論旨は理由がない。
二、A弁護人及び被告人林の控訴趣意中原判示第一の不法監禁致傷の点に関する事実誤認の論旨について
論旨は要するに、被告人林は原判示第一に判示するように共謀して板垣茂等会社幹部十二名を不法監禁したことはなく原判決には事実の誤認があると主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示第一の犯罪事実を認定することができるのであつて、記録を調査するも右の認定に誤があるとは認められない。そして右にいわゆる共謀の上というのは、必ずしも事前に共同謀議(予謀)の上というのではなく、当時被告人林等はそれぞれその場に在つて共同犯行の認識があり互に他の行為を利用し全員協力して即ち各自の行為が相呼応し相補充し合つて判示不法監禁致傷の事実を実現せしめたという意に外ならないのである。そして右のように事前の謀議に基いてしたものではないとしても実行中共同犯行の認識があり互に一方の行為を利用し全員協力して犯罪事実を実現せしむるにおいてはなお共同正犯が成立し全体としてその罪責を負わねばならないものである。所論はひつきよう右の共同正犯に関する法理を誤解し、或は原審が採用しなかつた証拠等に基いて原審が適法にした事実認定ないし証拠の取捨判断を非難するものに過ぎず、記録を調査するも原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨はいずれも理由がない。
三、前記弁護人又び被告人の控訴趣意中同上の点に関する法令適用の誤の論旨について
論旨は要するに、憲法が労働者の団結権、団体交渉権、争議権等を認めたことを論拠とし労働者の団体交渉権又は争議権の行使として為された行為についてはすべて違法性を阻却する旨主張する。しかし憲法は他面においてすべての国民に対し平等権、自由権、財産権等の基本的人権をも保障しているのであつて、これら諸々の基本権が労働者の前記権利の無制限な行使の前にすべて排除されることを認めているものではなく又後者が前者に対し絶対的優位を有することを認めているのでもない。むしろこれら諸々の一般基本的人権と労働者の権利の調和を期待しているのであつて、この調和を破らないことが即ち前者の正当性の限界であつて労働組合法第一条第二項の精神も右の趣旨に外ならないのである(昭和二三年(れ)第一〇四九号同二五年一一月一日最高裁判所大法廷判決参照)。そして原判示第一のような暴力的行為の如きは団体交渉権又は争議権の正当な範囲を逸脱したものであつて違法であることは多言を要しない。更に所論は、本件は従業員の大量解雇により生ずる被解雇者及びその家族の生存権を擁護するためやむことを得ざるに出た行為であるから刑法第三七条第一項の緊急避難行為として罪とならない旨主張する。しかし労働者が従来の雇用関係から解雇されることは将来の生活に不安と脅威を感ずるものであることは所論のとおりであろうけれども、他に就労の機会を絶対に喪失するわけではなく且つ本件の場合は被解雇者に対し当分の生活の資として相当額の臨時退職手当等が支給されることになつていたものであり、又一面失業者に対しては失業保険法等の保障も存するところであるから、被解雇者及びその家族の生存に危難の急迫したものがあつたとは解し難いのみならず、前記のような監禁行為に出ることがこれを避けるための真にやむを得ない方法であつたとも到底認めることはできない。従つてこれに対し緊急避難を主張するのは当らないものといわねばならない。論旨はいずれも理由がない。
第二、工場不法侵入事件(原判示第三事実)関係A弁護人及び被告人森の各控訴趣意中同上の点に関する事実誤認、法令適用の誤の論旨について
原判決挙示の証拠によれば、被告人森は組合員でもないのに他の相被告人等と共に原判示第三に摘示するように当時会社が同製作所の各出入口に立入禁止の標札を掲げているのを知り乍らこれを無視し守衛等の制止を排して混乱に乗じ同構内に入門し且つ入門後も会社側より要求を受け乍ら退去しなかつた事実を認めることができる。所論は右被告人等は憲法において保障された団体交渉権を行使するため入門し又は退去しなかつたものであり、会社の右立入禁止は初めから不法のものであるから建造物侵入罪を構成しないと主張する。しかし原判決挙示の証拠その他原審の取調べた証拠に現われている事実によると、同会社が右のように構内への立入を禁止し入門を拒否するに至つたのは、同構内の施設全部は挙げていわゆる賠償施設に指定されていたことから、前々日来の暴力沙汰と混乱状況に鑑み右賠償施設に如何なる危険の及ぶかも測られぬことを危惧し、これが管理担当者として該施設保全の完遂を期するため已むを得ないものとして執つた措置であることが是認されるから、右は特別の事情に基く正当な措置であつたと認めざるを得ない(昭和二六年(れ)第一九五二号同二七年一月一七日最高裁判所判決参照)。そして被告人は団体交渉のためというけれども、当時の状況は前々日来よりの多数の組合員以外の応援者が続々と詰めかけ構内は一層混乱を増大するばかりであり、構内に入つた被告人等も「一度退場すれば血を流さねば再び入場はできぬ、工場を死守せよ」などと絶叫して退場せんとする者を阻止するの言動に出ていたものであつて、当時の情況の下においては到底平穏な団体交渉の如きは期待し得ず、右は単にその名を藉るに過ぎないものであつたことが窺われる。なお所論は本件のような異常な状況の下においては被告人等にかかる行為に出るの外他に執るべき方法はなかつたものであるからいわゆる行為の期待可能性を欠き責任はない旨主張するけれども、記録に現われた諸般の証拠を検討し、当時の情勢を考慮に入れても、情状としてはとも角、本件のような行為に出ないことは何人からも期待できないことを理由として犯罪の成立を否定することはできない。従つて原判決が判示事実に対し刑法第一三〇条を適用処断したのは相当であつて、所論のような事実誤認、法令適用の誤等はない。論旨はいずれも理由がない。
(裁判長判事 尾坂貞治 判事 高橋英明 判事 池田章)