広島高等裁判所 昭和27年(う)295号 判決
原審が殺人で起訴した事実を傷害致死と認定していることは所論のとおりである。
これは恐らく原審が殺意を認定するに足る証拠がないと見たものではないかと窺われる。
従来贓物罪に於ける贓物性の認識、殺人罪に於ける殺意の如き主観的条件については主として被告人の自白に依存し、自白のないときは、多くの場合これらの主観的条件が否定される傾向にあつた。
然しながら新刑事訴訟法に於て黙秘権を認めた以上従来の観念には修正を加え、自白に依存せず専ら自白以外の客観的証拠によつてこれを認定すべきではあるまいか。即ち当該被告人にして苟も正常な意識を有していて反対に認むべき特段の証明のない限りは被告人の外形的行為の価値判断乃至状況証拠によつて犯罪の主観的条件を積極的に認定すべきであり且認定しなければならないものと思料される。
本件について見るに、被告人が殺意を以て川上清人を切りつけたと積極的に認め得べき供述は見当らないが、被告人は川上清人に突き刺されたので之に復讐するため一旦自宅に帰り自宅の天井に蔵つていた長さ一尺五、六寸に及ぶ日本刀を持出して前の場所に引返し、同所に於て川上に向つてこれを振りかざして同人に斬りつけ、同人の右側胸部から前胸部に及ぶ二十二糎余りの長さ(右胸腔内に達し右下葉を切断する)の創傷の外六個の重傷を負わせ、出血多量のため翌日同人を死亡せしめるに至つたというのである。
このような情況の下に於ては被告人が日本刀を自宅までとりに返つた意図、日本刀の長さ、その性能、これに対する日本人の伝統的な感情(即ち長さ一尺五、六寸もある日本刀で大人が切りつければ少くとも大傷を負わせ、その結果死ぬるようなことがあるかも知れないということは普通の人ならば無意識的にもよく承知している。換言すれば日本刀で切りつけることは一般の場合相手を殺さんとすることを意味し、相手にとつては殺されるかも知れないことを意味する。これは日本人の伝統的感情である)被告人が川上を切りつけた態度、方法、切りつけた部位、回数、傷の部位、程度、生じた結果等諸般の情況を仔細に検討すれば、苟も常識ある人間として死の結果については全く予見を欠いたとは到底認めることは出来ない。しかも原審は被告人が当時心神耗弱の状態にあつたとは認定出来ないとし、又かく認むべき特段の情況も見当らない。
すると、原審は結局、採証上の価値判断を誤り、ひいては殺人を傷害致死と誤認した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。