広島高等裁判所 昭和27年(う)531号 判決
(一) 弁護人は「原審の公判手続は憲法の保障する公開の原則に違反し違法無効のものである」と主張し、種々論述する。
しかし法廷の秩序維持の為裁判所構内に警察官を配置し、又開廷した一人の裁判官が法廷警備上必要と認める場合法延内に若干の警察官を入れ、或は傍聴人の数を制限することは審判公開の原則に反するものではない。又本件に於て原審が被告人を退廷せしめた儘審理を進行した事情を記録により検討するに、原審第一回公判に於ては裁判官が人定質問に入り「各被告人に対し各別に氏名年令住居本籍を質問したが各被告人は各自大声連呼し人定質問に答えず」次で検察官の起訴状朗読後裁判官が黙秘権を告知し「全被告人に対し被告事件に対する意見弁解を求めた処この間全被告人は各自に被告人席に立上り口々に大声連呼したので全被告人に対し着席静粛を命じたが全被告人は之に応ぜず喧騒を極めたので、被告人全員に退廷を命じ全被告人を退廷させた」上検察官の立証に入り、第二回公判に於ては全被告人出廷したが「被告人等(被告人串田を除く)が裁判官の着席命令に服せず各自被告人席に立上り各自大声にて発言し審理ができないので法廷秩序維持の為裁判官が被告人串田を除く全被告人に退廷を命じ被告人串田を除く全被告人を退廷させ」た上証拠調をしたものであり、第三回公判に於ては裁判官が被告人大竹福三郎の供述調書の要旨を他の被告人に告げておる際「被告人等(被告人串田を除く)はこの間各自に被告人席から立上り罵声を大声にて発した為着席命令を発したが之に服せず串田被告人以外の全被告人はスクラムを組んで労働歌を唱い出し且又傍聴人のうち拍手したり立上つて罵声を発したので之を制止したが従はなかつたので被告人串田を除く全被告人及び審判を妨害した傍聴人三名に退廷を命じた」上暫時休憩し、その後退廷を命じた被告人を入廷させたところ、被告人等は山本利平を特別弁護人にされ度い旨申立て裁判官が之を却下するや「被告人等(被告人串田を除く)は被告人席から立上り各自大声にて裁判官退廷しろ、警備の警官を撤退させろ等発言し更にスクラムを組んでインターナシヨナル歌を合唱し裁判官の発言禁止命令着席命令に従はないので法廷秩序維持のため被告人串回を除く全被告人を退廷させた」上証拠調を終了し、先に退廷させた被告人等を入廷せしめ検察官の最終の意見陳述に入つたところ「被告人等(串田を除く)が検察官の意見陳述中各自被告席に立上り勝手に発言し検察官の意見陳述が終るとスクラムを組みインターナシヨナル歌を唱い出したので着席命令、発言禁止命令を発したが之に従はなかつたので被告人串田を除く全被告人に退廷命令を発し之を退廷させた」上被告人串田の弁護人の最終意見陳述に入り、第四回公判に於ては被告人等に最終意見陳述の機会を与えたところ他の被告人の陳述中「先に陳述した被告人赤間、鹿島、大竹等が夫々被告人席に立上り各自発言をし且被告人狩野は陳述台と書記官席との間にある木柵を持上げたりゆすつたりして騒音を出したので着席命令を発したがいづれも之に従はなかつたので退廷命令を発し被告人赤間、鹿島、狩野、大竹を退廷させた」上暫く休憩し判決宣告の為め被告人池田、関谷、藤川、和田、串田、稲葉、萩田及原審相被告人中原を入廷させ判決の宣告を為す旨告げたところ「被告人池田、(中原)、藤川、和田、稲葉、萩田の六名が被告入席より立上り口々に、退廷させた者を入れろ、と大声に呼んだので発言を禁止、着席命令を発したが之に服せずスクラムを組みインターナシヨナル歌を唱い出したので退廷命令を発し被告人池田、(中原)、藤川、和田、稲葉、萩田を退廷させた」上判決を宣告したものであることが認められる。
以上を要するに被告人等が喧騒を極め裁判官の職務の執行を妨げた為法廷の秩序維持の必要上裁判所法第七十一条により止むを得ず被告人等に退廷を命じ被告人不在廷の儘証人調等の審理並に判決言渡を行つたものであり同法第七十一条刑事訴訟法第二百八十八条第二項によれば右の如き場合には被告人に対しても、退廷を命じ得べきものと解せられるから右原審の措置には何等違法なく、その他記録を精査するも原審の公判手続が公開の規定に違反しておる疑は認められない。論旨は理由がない。
(中略)
(三) 弁護人は「原審判決は違憲無効の出入国管理令を適用し、日本国民の基本的人権である移住出入国の自由を侵害した違法がある」と主張し種々論述せる。
しかし所論の昭和二十六年政令第三百十九号出入国管理令は昭和二十七年四月二十八日法律第百二十六号により平和条約発効と同時に法律として有効に存続するものとせられたのである。即ち前記政令と同一内容の法律を新に制定する立法措置に代へ便宜、同政令に法律たる性格を附与し法律として新に効力を継続することとせられたのである。そして右の如き措置は昭和二十年政令第五百四十二号に基き発せられた政令についてもその内容が憲法に反せぬ限り有効に為し得るところといわねばならない。よつて進んでその内容を検討するに出入国管理令はその第一条所定の如く「本邦に入国し又は本邦から出国するすべての出入国の公正な管理について規定することを目的とする」ものであつてその管理の必要上旅券制度を定め第六十条に於て旅券なくして出国することを禁止したのである。そして右出入国の管理並にその遂行上右の如き取締規定を設けることは平和条約発効により占領状態の消滅した後に於ても日本の独自の立場に於てなお必要があると認められる。又国民の外国に赴く自由は所論の如く憲法第二十二条第二項所定の外国移住の自由に準じて考えられるのであるが、この自由権といえとも憲法第十三条により公共の福祉に反しない制限を受けるのであつて前記出入国管理令所定の制限は右自由権の濫用を防止する為め止むを得ないものと認められ憲法に違反するものではない。
よつて前記の如く法律としての効力を附与せられた出入国管理令は有効であつて違憲無効のものとはいえない。しかも本件犯行は右出入国管理令が右の如く法律たる効力を有するに至つた後に為されたものであつて之に対し原審が前記法律化された出入国管理令を適用したのは相当であつて何等違法はない。所論は独自の見解に立つもので採用できない。
(四) 弁護人は「被告人等は北京メーデーにあたり招請を受け各職場を代表して之に参列せんとし旅券の下附を求めたが政府が不当に之を拒んだので止むを得ず旅券なくして渡航せんと決意するに至つたもので此の如き場合日本国民、労働者であれば被告人等の如く有効の旅券を所持して出国の証印を受くることなく中国に渡航しようとするほかなかつたこと明であり、出入国管理令第六十条第二項第七十一条の「有効な旅券を所持し出国の証印を受ける」ことは期待されなかつたのであるから期待可能性理論により被告人等に刑事責任はない」旨主張し、その事情につき縷々論述する。
しかし弁論人主張の如く被告人等が北京メーデーにあたりその主催者から招請を受け、各職場の代表者として選ばれて之に参加すべく、先ず旅券を入手して渡航せんとして旅券の下附を当局に申請したが之を拒まれた事実があつたとして、本件の場合期待可能性理論により刑事責任なしと云えるであろうか。弁護人はかくの如き場合は日本国民、労働者であれば被告人等の如く正当手続によらずして渡航しようとするより外なかつたものであると主張するが、期待可能性を定める標準は当該被告人個人或は特殊の思想感情を有するものを以てすべきではなく、一般通常人(平均人)を標準にすべきである。そして之を本件について考えるに前記の如き事情があつたとしても通常日本人としてはかかる場合出国を思い止まるのが常態であつて之は決して一般人に対し期待できないことではない。したがつて本件につき期待可能性理論により被告人等に刑事責任なしということはできない。弁護人の所論は独自の見解に立つもので採用できない。
(中略)
第五、被告人串田花王丸の弁護人の控訴趣意について。
(一) 弁護人は「被告人の本件所為は密出国につきまだ予備にも至らない段階にあり、之を以て出入国管理令第七十一条に所謂「出国を企てた者」に該当するとして同条に問擬処断したのは法令の解釈適用を誤つた違法がある」と主張する。
しかし原判決挙示の証拠によれば被告人串田は他の被告人等と共謀の上正当な旅券を所持せずして日本を出国して中国(支那大陸)に渡航しようと決意し他の共謀者に於てその密航用船舶を物色し、その周施を他に依頼し、更に一同乗船の目的を以て夜中下関市彦島海岸に集結し乗船の到着を待期した事実が認められ、その際乗船できなかつたのがたまたま船長と称する者の欺罔手段に乗ぜられた為であつたとしても密航の劃策が具体化され、右の如くもし船があつたならば直ちに乗船したであろうという出国寸前の状態にまで達しておれば出入国管理令第七十一条に所謂「出国を企てた者」に該当すると解すべきである。
よつて論旨は採用出来ない。
(後略)