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広島高等裁判所 昭和28年(う)443号 判決 1953年10月05日

控訴人 検察官 佐々木道雄

被告人 村田春雄 弁護人 宗政美三

検察官 小西茂

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官佐々木道雄、弁護人宗政美三、被告本人の各控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一、検察官の控訴趣意第一点について

原判決は本件の公訴事実第二に対し所論のように説示して、これに無罪の言渡をしていることは所論のとおりである。

ところで、刑法第四三条にいわゆる「犯罪の実行に著手し」の意義については、主観説、客観説等解釈上種種の説があり、或は犯意がその遂行的行為によつて確定的に認められるときとか、或は実行行為の一部又はこれに密接する行為が行われたときとか、或は法益侵害の危険が現出したときとか、その他種々説明されているけれども、結局各個の事件について具体的に如何なる方法行為によつて犯罪を遂行するかを広く観察し、行為が結果発生のおそれある客観的状態に到つたかどうかを考慮し、如何なる段階までは準備行為即ち、予備と認むべきか、如何なる段階に達した場合構成要件に該当する行為の開始即ち実行の著手と認め得るかを決定するのである。

これを本件について見るに、原判決が公訴事実第二の窃盗未遂に対する判断中に指摘する証拠によると、被告人は広本輝一のズボンの右ポケツト内に金品のあることを知りこれを窃取しようとして右手を同ポケツトの外側に触れたが、三浦茂に発見されてその目的を遂げなかつたことが認定できるから更に進んでポケツト内に指先を突込む等の程度に至らなくとも、右は窃盗罪の実行に著手したと解するのが相当である。

尤もすり犯人が普通人込み中において予め犯行の相手方を物色するため犯人のポケツト等に手を触れ金品の存在を確めるいわゆる「あたり」行為は、普通に家屋に侵入して金品を物色するのとは異り、単にそれだけでは未だ実行の著手とは解し難い場合もあろうけれども、本件は右「あたり」行為と解することはできない。然るに原判決が単にポケツトの外側に手を触れた程度では未だ犯罪の実行に著手したものとは解し難いとしてこれに対し無罪を言渡したのは法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

二、弁護人の控訴趣意第一点及び被告本人の控訴趣意について

しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決摘示の窃盗事実(公訴事実第一)を認めることができるのであつて、記録を精査するも右の認定に誤があるとは認められない。所論のアリバイの主張は原審におけるものと更に異つて居り、到底措信することができないものである。論旨はいずれも理由がない。

なお、本件二個の窃盗は併合罪の関係にあるものであるから、検察官の控訴趣意第二点及び弁護人の同第二点(いずれも量刑不当)についての判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条により原判決全部を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当審において更に左のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和二八年一月二三日呉市海岸通二丁目呉市中央水産市場内において浜口留五郎のズボン左ポケツトから現金五七〇円をすり取り窃取し

第二、同年二月七日前記同所において、広本輝一のズボン右ポケツトから現金をすり取ろうとして同ポケツトに手を差し述べその外側に触れたがその時三浦茂に発見取押えられたためその目的を遂げなかつたものである。

(証拠)

右の事実は原審における証人浜口留五郎、広本輝一、三浦茂、高畑ヨシエ、高畑正美、徳満シゲ子に対する各尋問調書、原審検証調書を綜合してこれを認定する。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法第二三五条に判示第二の所為は同法第二三五条第二四三条に各該当するところ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条により犯情重い判示第一の刑に法定の加重をした刑期範園内において被告人を懲役三年に処し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項に従い全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 伏見正保 判事 尾坂貞治 判事 村木友一)

検事佐々木道雄の控訴趣意

第一、原判決は事実の誤認があり右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて破棄さるべきものと思料する。

原審簡易裁判所は昭和二十八年五月二十六日被告人に対する公訴事実中第二の事実即ち「被告人が昭和二十八年二月七日呉市海岸通り二丁目呉中央水産市場において広本輝一のズボン右ポケツト在中の現金を窃取しようとして同ポケツトに手をかけたが三浦茂に発見されて其の目的を遂げなかつたものである」との点に付てその判決理由において「検証調書中の記載及証人浜口留五郎同広本輝一に対する各尋問調書中の各供述を綜合すれば被告人は右公訴事実に記載の日時場所において広本輝一のズボン右ポケツト内より在中物を窃取しようとして右手を右ポケツトの外側に触れたが三浦茂に発見されてその目的を遂げなかつた事実を認める事が出来る」と述べ乍ら「その行為が他人の事実上の支配を侵すに付て密接な程度に達しているものとは解し難いのでいまだ窃盗の実行に着手してその目的を遂げなかつたものと認めることは出来ない」と認定して刑事訴訟法第三百二十六条を適用して無罪を言渡した。原審裁判所は前述の如くズボンの右ポケツトの外側に触れた行為は未だ窃盗の実行々為の着手に至らないものと認定しているが証人広本輝一の尋問調書中「乗馬ズボンを着し第三売場で買付をしていた」(記録四十三頁七行目より十行目迄)「ポケツト内には千円札を十枚十円札を四、五十枚残りは百円札を二ツ折にしてポケツトに入れていたのですが、それは外から見た場合お金がポケツトにあるのが良く見える状態でした」(記録四十四頁表四行より八行目迄)旨の供述に徴すれば被告人が同証人の着用していた乗馬ズボン右ポケツトに相当厚みの現金があつた事実を知悉し居たるものと認められ被告人は原審裁判所認定の如く之を窃取しようとして右ズボンに触れたものであつて証人広本輝一の所持する現金に付ては既に具体的に危険が生じているのであるから本件被告人の行為は実行に着手したものと言うべきであり然して同証人が右ポケツトを押えた為にその目的を遂げなかつたもので窃盗未遂罪と認定すべきであるに拘らず無罪を言渡したのは事実に誤認があり判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原審判決は破棄さるべきものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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