広島高等裁判所 昭和28年(う)793号 判決
惟うに集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、我が憲法の保障するところであり、(日本国憲法第二一条)ひいて集団行進、集団示威運動等の団体行動権も亦憲法によつて保障されている。
勿論その自由は濫用することを許されず、常に公共の福祉のために、これを利用する責任のあること(憲法第一二条)は明らかであるけれどもさればと云つて公共の福祉の名の下に国家又は地方公共団体が不当にその自由を制限することは厳に警戒すべきことは多言を要しない、従つて昭和二四年九月一二日岩国市条例三二号行進及び集団示威運動に関する条例が若し原判決理由説示の如く集団行進及び集団示威運動を一般的に禁止し、特別の許可によつてその禁止を解除するものであるとするならば、右条例は憲法第二一条の規定に違反するといわねばならない。
しかしながら右条例はこれを仔細に検討すると、以下に述べる理由により、集団行進及び集団示威運動を一般的に禁止するものとは認められないのであつて、これを憲法に違反し無効のものとすることは出来ない。仍ち、右条例第一条は行進又は集団示威運動で街路或は公共の場所を占拠又は行進し他の公衆の個人的権利及び街路の使用を排除又は妨害するに至るべきものは公安委員会の許可を受けなければ、これを行つてはならないとし、第二条第三条にその許可申請の手続を定め、第四条第一項において公安委員会はその行進又は集団示威運動が公安に差迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合の外は、許可しなければならないものとし、第三項においてその許可には個人又は群集による無秩序又は暴力行為に対し、公衆を保護する為め、公安委員会が必要と認める適当な条件を附することが出来ることを定め、その条件は昭和二四年九月一九日岩国市公安委員会規則第一号行進及び集団示威運動に関する条例施行規則第五条によれば公安上特に必要ある場合を除いて一、占領軍の事務に支障を及ぼさない事、二、市役所、税務署、裁判所、検察庁、警察署地方事務所を含む官公衙の出入口附近において行進が開始し、又終了し、或は集団示威運動が行われることにより国の事務又は公共事務が妨害せられないこと、三、兇器戎器を携帯し、又は泥酔したものを参加せしめないこととなつている、而して右条例第五条には罰則を定め第六条第一項には、この条例は第一条に定める行進又は集団示威運動以外の公の集会を催す如何なる権利を如何なる方法においても禁止制限するものではない旨を明らかにしている。
これらの規定を見ると右条例によつて許可をうけることを要する集団行進又は集団示威運動は、(イ)街路又は公共場所を占拠又は行進することによつて行われるものであること及び (ロ)それによつて他の公衆の個人的権利及び街路の使用を排除又は妨害するに至るべきものであること、の二つの条件を具備するものでなければならない。(右条例第一条には単に「行進」と規定してあるが、これは個々の人の行進を意味するものではなく、「集団行進」を意味するものであることは右条例制定の目的に照し又第二条第三条の規定に徴して明らかである)而して (イ)の条件については集団行進又は集団示威運動はその性質上街路を行進し、或は公共の場所を占拠して行われるのが通例であるから多くの場合は、この条件を具備することとなるであろうが、特定の集会場、運動場、又は遊園地の如き場所を借りて行われるものについては許可を要しないと解すべきであらう、又(ロ)の条件については街路又は公共の場所における集団行進又は集団示威運動は多かれ少なかれ公衆の個人的権利及び街路の使用を排除し、又は妨害するを常とするとの見解も成り立たないことはないが、斯の如き解釈は右条例の規定がこのような条件を附して許可を必要とする集団行進又は集団示威運動の範囲を限定しようとする趣旨をことさらに沒却するもので、右条例の前文に示された制定の目的に照し合理的な解釈とは認められない、集団行進又は集団示威運動が憲法の保障するところである以上それが秩序を保つて平穏に行われる場合に、その通常の結果として一般公衆が受ける多少の不自由や不便は、一般公衆においてこれを受忍しなければならないのであつて、これをもし公衆の個人的権利及び街路の使用を排除又は妨害するものであるというわけには行かない。従つて街路或は公共の場所を占拠又は行進する集団行進又は集団示威運動であつてもそれが右の限界内に止るべきものであれば、許可を受ける必要はないものと解すべきで例えば学生、生徒、その他の遠足、修学旅行、体育競技における集団行進又は冠婚葬祭等慣例による行事としての集団行進等はこれに当ると謂うべきであろう。しかしながら若しそれが右の限界を超えて無秩序になり、暴力行為を伴う等一般公衆の個人的権利を侵外し又はその街路の通行を不能にし若しくは著しく困難ならしめる虞れのある場合には、その集団行進又は集団示威運動は、公衆の個人的権利及び街路の使用を排除又は妨害するに至るべきものとして、許可を受ける必要があると解すべきである。而して第四条第一項によれば、その許可の申請を受けた公安委員会は、それが公共の安全に差迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合に限つて、不許可の処分をすることができるが、然らざる場合は必ず許可すべきことを義務附けられておりしかもその処分の適正を担保する為、同条二項によつて公安委員会は不許可の処分をしたときは速かに市議会に詳細な経緯及び理由を附して報告する義務を負はされ、以てその監視に服せしめられておるのである。このやうに見てくると右条例は集団行進又は集団示威運動を一般的に禁止したものではなく前記の如き特別の場合にのみ公安委員会をしてこれを禁止することを得しめるものであると云わざるを得ない、然るに右条例第一条に於て同条所定の集団行進又は集団示威運動について、その主催者に対し予め公安委員会に許可を申請すべき義務を負わせた所以は、右行進又は示威運動はその性質上、その参加者が往々にして群集心理に駆られやゝもすれば自由の濫用に陥り延いては公共の福祉を侵害することに鑑み、公安委員会として予め該集団行進又は集団示威運動が禁止すべきものに該当するか否かを検討する機会を得しめ、且許可するに当り参加者が秩序をみだし、又は暴力行為に出ることによつて生ずることあるべき公衆に対する危害を予防するため必要と認める条件を附し以て事を未然に防止することを得しめんとするものであつて、公共の福祉保持のため必要且つ已むを得ない最少限度の制度を加えるものであるからこれを以て憲法の条項に違反するものとは認められない。従つて無許可で又は許可の条件に違反して行われた第一条所定の集団行進又は集団示威運動を計画し、又はこれに参加した者に対する処罰規定たる第五条も亦何ら憲法に違反するものではない。尤も右条例が濫用されることをおそれてこれを戒めるべく前文を掲げ且第六条及び第七条の規定を設けなければならなかつたということは、その立法技術の拙劣を示すものであるとはいえ、それは右条例が憲法違反なりや否やの問題と一応区別して考へるべきであることはいうまでもないことである。