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広島高等裁判所 昭和28年(う)849号 判決 1954年8月04日

控訴人 被告人 西村寛

弁護人 小河虎彦 外一名

検察官 今井和夫

主文

原判決中被告人の有罪部分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収に係る請求書(証第二号の四、西村寛名義)同(証第二号の七、斎藤清子名義)同(証第二号の九、斎藤幾重名義)各一通及び扶養親族認定申請書(証第一四号)一通の各偽造部分はこれを没収する。

原審における訴訟費用中、証人御園生義太に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人は山口県事務吏員として昭和二四年八月三一日山口県防府渉外事務局勤務を命ぜられ、昭和二五年五月三一日同事務局廃止と共に山口県総務部渉外課防府駐在員となり、同年六月二一日頃まで引続き前記防府渉外事務局の残務整理事務に従事し、同局関係文書並に現金保管の責に任じていたものであるが

第一前記の如く防府渉外事務局が廃止となつた頃、同事務局に配付された山口県予算中現金に振替えた現金八万円余を業務上保管中同年六月九日頃防府市中関郵便局において、擅に該金員の内金八万円を吉良大輔名義を以て郵便貯金に預け入れて着服横領し

第二昭和二五年七月二六日頃山口県吉敷郡小郡町上郷一、二七五番地の当時の被告人居宅において法定又は正当の事由がないのに拘らず専売公社の売渡さない製造たばこであるラツキーストライク二〇〇本入一箱(但一〇〇本在中)プリンスアルバート三〇瓦入罐四個、ハーフアンドハルト三〇瓦入罐一個(価格合計約金七二五円相当)を所持していた

ものであるとの点については被告人は無罪。

理由

弁護人小河虎彦、同小河正儀の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(判示第一事実に関する事実誤認)について

所論の要旨は文書偽造罪の成立には、その偽造に係る文書を真正な文書として行使する目的のあることを要し、又偽造文書の行使というには、該文書を真正な文書として使用することを要するところ、本件において原判決が有罪として認定した判示第一の(一)(二)(四)の各文書については、これを行使した相手方である吉本益三郎において、右各文書は予算の操作上作成せられたものであつて、該文書の名義人及びその内容がいずれも真正なものでないことを知悉していたことは各証拠によつて明かである、されば前記各文書は真正な文書として行使したものでなく、従つて又真正な文書として行使する目的を以て作成したものでもないことも亦明かである、故にこれを文書偽造並に偽造文書の行使であると認定したのは事実誤認であるというにある。よつて記録並に原審が取調べた各証拠を検討するに、司法警察員作成の被告人に対する供述調書(第四回)及び検察官に対する被告人の供述調書(第二回)の各記載によれば、論旨の各文書はいずれも判示防府渉外事務局に配付された予算の執行に関する証憑書類として山口県出納長に提出すべき書類として作成したものであることが認められるので、仮に所論の如く防府渉外事務局長において該文書が偽造に係るものであることを諒知していたとしても、その文書作成に当つて所謂行使の目的がなかつたということはできないのみならず、西村寛、佐藤アキエの各上申書、斎藤幾重の申述書の各記載によれば、判示第一の(一)(二)(四)の各文書は、いずれも文書の作成名義を詐つてなされたものであることが認められ、又原審公廷における吉本益三郎の供述調書(第一、二回)同人に対する証人尋問調書の各記載によれば、同人が防府渉外事務局における予算操作に当り占領軍接待費捻出のため諸経費支出額の「つけ増し」をなし、或は同事務局において備品の買入をしないのに拘らず、これを購入した如も内容虚偽の証憑書類を作成することについては、予め被告人に対し諒解を与えていたことを認められるけれども、斯る文書作成に当つて名義人の承諾を得ずして他人名義を冐用した文書を作成することについてまで諒解を与えていたとは到底認めることができない。従つて判示第一の各文書については、いずれの点から見ても文書偽造罪が成立するは勿論、該文書の使用については、偽造文書の行使としての刑責を免れないものといわねばならない。それ故原判決には所論の如き事実誤認はなく、論旨は採用できない。

同第二点(判示第二事実に関する事実誤認)について

原判決はその理由において第二事実として、被告人は前記防府渉外事務局に配付された予算中現金に振替えた金八万余円を業務上保管中、昭和二五年六月九日頃、その内金八万円を擅に吉良大輔名義を以て郵便貯金に預け入れ、以てこれを着服横領した旨認定している。しかし原判決が該事実を認定する証拠として挙示している証拠によつては未だ被告人において、該金員につき領得の意思があつたと認定するのは不十分であるといわざるを得ず、その他本件記録並に原審が取調べた各証拠を綜合検討するも、被告人の右所為について不法領得の意思を認定するに足りる確証がないので結局該公訴挙実については犯罪の証明がないことに帰する。してみれば原判決はこの点において判決に影響を及ぼす事実誤認若くは判決の理由にくいちがいがあるものとして破棄を免れない。

同第三点(判示第三事実に関する事実誤認)について

所論は、原判決が被告人と末永幸子との間に婚姻の予約すらなく、扶養手当を請求し得ないと認定したのは事実誤認であるのみならず、本件について被告人は扶養手当を請求し得ると信じていたので詐欺の犯意がないと主張する。

しかし原審において取調べた末永月子、末永幸子の各検察官に対する供述調書の記載によれば、昭和二五年四月頃、従来親族の関係にあつた被告人と末永幸子が親族に当る西村元昭の養子となると共に婚姻する話合ができ、その挙式日を同年秋頃と予定した程度であつて、被告人等は未だ同棲はもとより、結納の取交もなさず、従つて又互に生活費の扶助もしていないことが認められるので、この程度においては婚姻予約が成立したと認めるのは相当でないと解するが仮に婚姻予約が成立していたとしても、原審証人松岡明吾の供述調書の記載によれば、山口県における扶養手当支給規則によれば「扶養手当の支給については次に掲げる者で他に生計の途なく、主として職員の扶養を受けている者を扶養親族とする」「配偶者については、届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」旨規定していることが認められるので、配偶者に準じて扶義手当を受け得る者は、婚姻届出はしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある所謂内縁関係にあり而も他に生計の途なく、主として当該職員の扶養を受けている者に限ることは明かである。してみれば本件の如きは扶養手当の対象となり得ないことは明瞭であるといわなければならない。而して本件記録に徴し被告人の地位並に被告人が採つた判示認定の如き手段、方法等に照し、被告人において本件につき詐欺の犯意を認めるに十分であつて、いずれの点からしても論旨は採用できない。

同第四点(判示第四事実に関する事実誤認)について

所論の要旨は本件煙草の所持については、たばこ専売法第六六条第一項但書にいう正当の事由ある場合に該当すると解すべきであるというにある。

按ずるに被告人が判示の如く昭和二四年七月二六日頃、被告人居宅において専売公社の売り渡さない製造たばこであるラッキーストライク二〇〇本入一箱(但一〇〇本在中)プリンスアルバート三〇瓦入罐四個、ハーフアンドハルト三〇瓦入罐一個を所持していたことは争のないところであるが、記録並に原審が取調べた各証拠によれば、

一、被告人は昭和二四年八月以降山口県防府渉外事務局庶務主任として渉外事務に従事していたので、占領軍から儀礼的に外国たばこの贈与を受ける機会が屡々あり、且斯る場合贈与を受けることは許されていたこと

一、本件たばこはいづれも被告人が当時占領軍将兵から無償で譲受けたものであること

一、右は昭和二五年七月二六日、他の事件について被告人方を捜索した際警察官によつて発見押収されたものであること

一、本件たばこは被告人が自ら費消するためのものであつて、他に販売その他商取引の用に供する目的を以て所持したものでないこと

が認められるので、これらの事情を綜合し、且たばこ専売法が元来国に専属する専売権の擁護を主要な目的とするものであることに鑑み、本件はたばこ専売法第六六条第一項但書に所謂正当の事由によりこれを所持する場合に該当するものと解すべきである。

しかるに原判決が本件について有罪の言渡をしたのは法令の適用を誤つたものであつて、その誤は判決に影響を及ぼすこと明かな場合に相当するのでこの点においても原判決は破棄を免れない。

以上の理由により刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第三八二条に則り原判決中被告人の有罪部分を破棄し同法第四〇〇条但書により更に当裁判所において判決をする。

罪となるべき事実

被告人は昭和二二年五月、山口県吏員に任ぜられ、昭和二四年八月三一日山口県防府渉外事務局勤務となり昭和二五年五月三一日同局が廃止せられるまで同局庶務主任として同局の庶務会計事務並に山口県から配付せられる予算に関し、その企画、立案、履行の確認等予算運営の操作、執行の事務に従事していたものであるが

第一右防府渉外事務局庶務主任として在職中、占領軍接待費捻出のため

(一)昭和二四年一二月二六日頃防府渉外事務局において行使の目的を以て、擅に防府渉外事務局長吉本益三郎宛の請求書用紙の金額欄に「一万一千八百六十円也」請求年月日欄に「二十四年十二月二十日」請求者の住所、氏名欄に「山口市湯田西村寛」と夫々記入し、その名下に「西村」なる有合印を押捺し、因て西村寛(被告人と同名異人)作成名義の支払請求書一通を偽造し

(二)同日頃、右防府渉外事務局において右同様行使の目的を以て、擅に防府渉外事務局長吉本益三郎宛の請求書用紙の金額欄に「二万二千一百二十円也」請求年月日欄に「二十四年十二月十日請求者の住所氏名欄に「山口市野田斎藤清子」と夫々記入し、右名下に「斎藤」なる有合印を押捺し因て斎藤清子作成名義の支払請求書一通を偽造し

(三)その頃前記渉外事務局において、前記西村寛名義及び斎藤清子名義の各偽造請求書を真正に成立したものの如く装うて一括し同事務局出納員たる同局長吉本益三郎に提出行使し

(四)昭和二五年三月一七日頃前記防府渉外事務局において前同様行使の目的を以て情を知らない同事務局員加藤正義をして、擅に防府渉外事務局長吉本益三郎宛の請求書用紙の金額欄に「一万四千二百五十九円也」請求年月日欄に「昭和廿五年三月一七日」請求者の住所氏名欄に「山口県防府市東車塚町斎藤幾重」と夫々記入し、その名下に有合印を押捺せしめ、因て斎藤幾重作成名義の支払請求書一通を偽造し

(五)その頃前記防府渉外事務局において右偽造請求書を真正に成立したものの如く装うて同局出納員たる同局長吉本益三郎に提出行使し

第二同年五月頃末永幸子と婚姻はもとより、事実上婚姻関係と同様な事情にもなく、且扶養もしていなかつたのに拘らず妻幸子分として扶養手当を騙取しようと企て

(一)同年同月一九日頃前記防府渉外事務局において行使の目的を以て親族氏名欄に「幸子」職員との続柄欄に「妻」職員と同居別居の別欄に「同居」職業欄に「無」と記載した申請者自己名義の扶養親族認定申請書の所局長認定欄に、擅に「防府渉外事務局長吉本益三郎」と記入し、その名下に「吉本」の有合印を押捺し、因てその所属長が右申請事項を認定した旨の証明文書を偽造しその頃防府市役所においてこれを真正に成立したものの如く装うて防府市長に提出行使してその証明を受けた上、その頃右扶養親族認定申請書を真正なものの如く装い山口県総務部渉外課を経由して同部人事課に提出し、同人事課係員をしてその旨誤信せしめ因て同年六月二二日頃右渉外課において家族扶養手当六月分名義の下に金六〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

(二)同年五月二二日頃前記防府渉外事務局において、同局会計係加藤正義に対し、前記扶養家族認定申請書を県総務部人事課に提出しているから、今月分から計算して支払調書を書いてくれと真実未だ右人事課から右扶養家族の認定がないのに拘らず、恰も右認定があり扶養家族手当の支給を受けるべき資格が生じた如く虚構の事実を申向け右加藤正義をしてその旨誤信させ、因てその頃同事務局において同人から山口県防府渉外事務局俸給予算から同年五月分の扶養家族手当として金六〇〇円を被告人の俸給に加算交付せしめてこれを騙取し

たものである。

証拠の標目

判示冐頭の事実につき

一、被告人の原審公廷における供述調書

一、原審における証人吉本益三郎に対する尋問調書

一、被告人の履歴書謄本

判示第一事実につき

一、西村寛、佐藤アキエ各作成に係る上申書

一、斎藤幾重作成に係る申述書

一、証人吉本益三郎の原審公廷における供述(第一、二回)調書

一、証人吉本益三郎に対する証人尋問調書

一、司法警察員作成に係る被告人の第四回供述調書

一、検察官に対する被告人の第四回供述調書

一、押収に係る請求書三通(証第二号の四、七、九)

判示第二事実につき

一、吉本益三郎、中谷之烝、角戸馨各作成に係る上申書

一、証人吉本益三郎に対する証人尋問調書

一、証人松岡明吾の原審公廷における供述調書

一、証人加藤正義の原審公廷における供述調書

一、検察官に対する末永月子、末永幸子の各供述調書

一、検察官に対する被告人の第三回供述調書

一、司法巡査作成に係る被告人の第一七回供述調書

一、押収に係る扶養親族認定申請書一通(証第一四号)

法令の適用

被告人の判示所為中、判示第一の各私文書偽造の点は夫々刑法第一五九第一項に、同行使の点は各同法第一六一条第一項、第一五九条第一項に、判示第二の公文書偽造の点は同法第一五五条第一項に同行使の点は同法第一五八条第一項第一五五条第一項に、詐欺の点は同法第二四六条第一項に各該当するところ、判示第一の各私文書偽造と同行使は夫々手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段を適用し、且判示第一の(三)の偽造私文書行使は一個の行為にして数個の罪名に触れるので同条第一項前段を適用し夫々同法第一〇条に従い各最も重いと認める判示第一の(二)及(四)の各私文書偽造の罪について定める刑に従うこととし、判示第二の(一)の公文書偽造、同行使、詐欺は夫々手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段第一〇条により最も重いと認める公文書偽造罪の刑に従うこととし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条に従い最も重い公文書偽造罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、情状に鑑み同法第二五条第一項を適用し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、押収に係る主文第四項掲記の請求書三通、扶養親族認定申請書一通の各偽造部分は判示第一の(一)(二)(四)及び判示第二の(一)の各犯罪の組成物件であつて何人の所有をも許さないので同法第一九条第一項第一号第二項に従いいずれもこれを没収し、原審における訴訟費用中証人御園生義太に支給した分は刑事訴訟法第一八一条第一項を適用し被告人をして負担せしめる。

尚本件公訴事実中、主文第六項掲記の各事実については、曩に論旨第二、第四について説示した理由により業務横領の点については犯罪の証明なく、又たばこ専売法違反の点については罪とならないので夫々主文において無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 尾坂貞治 判事 石見勝四)

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