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広島高等裁判所 昭和28年(ラ)35号 決定 1954年5月20日

抗告人 株式会社上野高商会

訴訟代理人 武井竹五郎

相手方 名越素行

訴訟代理人 三浦強一

主文

原決定を取消す。

相手方の異議申立を棄却する。

抗告費用は相手方の負担とする。

事実

抗告代理人は、主文第一、二項同旨の裁判を求め、その理由として次の通り述べた。

抗告人は、抗告人と三金興業株式会社との間の大阪簡易裁判所昭和二十八年(メ)第二〇四号毛織物買受代金支払猶予調停事件の執行力ある調停調書正本に基き、同会社に対する金千三十四万七千六百十二円の債権の執行として、昭和二十八年六月四日原裁判所に対し、同会社所有の別紙目録記載の山林に対する強制競売の申立をなし(同庁同年(ヌ)第一号事件)同日不動産強制競売決定がなされ、その競売事件は現に同庁に係属中である。相手方は、これより前、右会社を被申請人として原裁判所に対し仮処分の申請をなし(同庁同年(ヨ)第一号事件)同庁は同年三月二日「(一)被申請人(前記会社)は本案判決確定に至るまで別紙目録記載の山林の毛上立木(松及び杉を除く)の中雑木の伐採をしてはならない(二)前項の雑木は本案判決確定に至るまで申請人(相手方)の委任する広島地方裁判所庄原支部執行吏に之を保管させる(三)執行吏は現場に臨み前各項の目的を達するため適当な公示方法をとらなければならない」との仮処分決定をなしたので、相手方は同月九日執行吏をして右山林に臨み右仮処分の執行をなさしめた。しかるところ、相手方は右仮処分の存在を理由として、前示強制競売の目的山林に生立する松及び杉を除くその余の立木につき強制執行を許さゞる旨の裁判を求める旨、強制執行の方法に関する異議の申立をなした。そして原裁判所は昭和二十八年十一月十九日相手方の申立を容認して、前記強制競売の目的物件たる山林に生立する松杉を除くその余の立木につき強制執行を許さずとの決定をなした。

しかし原決定は次の通りの理由によつて違法である。

(一)  前記仮処分決定は、前記の通り単に債務者三金興業株式会社が前示山林に生立する立木を伐採することを禁止しているに止まり、同会社が右立木を譲渡することを禁止しているものでないから、右処分決定の存在は、前示強制競売の続行に何等支障を来さしめるものではない。

(二)  前記仮処分決定により、執行吏が右立木を保管するに至つたのであるが、これがために所有者たる前記会社は右立木の所有権を譲渡することを禁止せられるものではない。

(三)  仮に前記仮処分により、前記会社が右立木の処分を禁止せられたものとしても、処分禁止の仮処分は仮処分債務者の任意処分のみを禁止するものであつて、第三者の行為特に国家の権利保護行為として為される強制執行の如きを禁止する効力はない。従つて相手方は、前記仮処分の存在を理由として、本件強制競売開始決定に対し異議の申立をなすことは許されないところである。

(四)  なお、前記仮処分決定自体にも左記の如き違法の点があり、早晩その取消を免れないものである。

(イ)元来、右仮処分決定は相手方と綿谷清との間に作成せられた売買契約書に基き発せられたものであるところ、右契約書の成立には多大の疑惑があり現に相手方と三金興業株式会社との間に於て係争中であるのみならず、仮に右契約書が真正に成立したと仮定しても、右契約書中に記載せられてある「地上立木の松及び杉を除く雑木に限り甲(相手方)は終生自由に処分することを得るものとす」との文言は、売主たる相手方において昭和十三年五月二十日本件山林を前記会社に売渡すに当り松杉を除く雑木の所有権を留保したものではなく、単に本件山林中より雑木を伐採する債権も認められたものに過ぎない。従つて、相手方が右雑木の所有権を有することを前提として発せられた前記仮処分は違法である。

(ロ)更に、相手方において自由に伐採処分し得る雑木は、前示売買契約当時である昭和十三年五月二十日現在本件山林に生育していた松杉を除く雑木に制限せられるべきものであつて、その後に生育した雑木は含まれない。

(ハ)仮に、相手方が本件山林中の雑木の所有権を留保したとしても、前記売買契約成立後に至つて本件山林に生育した雑木に対して相手方が所有権を取得するいわれはない。従つて、前記仮処分は昭和十三年五月二十日当時本件山林に生育していた雑木のみを対象とすべきものである。

(ニ)前示三金興業株式会社が本件山林を買入れた目的は蝋石の採掘にあつたから、同会社は蝋石を採掘搬出するために地上立木を伐採して来た筈である。一方、相手方は昭和十三年五月二十日以降現在に至るまで、十五年余の久しきにわたつて、未だ一回も雑木を伐採したことなく、その伐採の申出をなしたことはない。従つて、相手方において本件山林の地上雑木全部につき所有権を留保するというが如きは、事理に合致しないものであつて、前記決定には甚だしい事実の誤認がある。よつて、申立人は、原決定の取消並びに相手方の異議申立の棄却の裁判を求めるため、即時抗告に及んだのである。

相手方代理人は、抗告棄却の裁判を求め抗告理由に対する答弁として次の通り述べた。

抗告人主張事実中、抗告人主張の如き強制競売開始決定及び仮処分決定のなされたこと並びに右仮処分決定の執行されたことは認める。

(一)  前記仮処分決定は、およそ(一)立木伐採禁止(二)執行吏に対する立木の占有移転(執行吏保管)を内容とするものであつて、その文言上、立木の売買譲渡等所有権移転行為を禁止していないものの如く解されるおそれがあるが、元来相手方は右立木に対する所有権の害せられることを予防しその権利を保全するために右仮処分申請に及んだものであつて、右仮処分決定もその目的を達成するために前示の如き表現方法を選んだものであるから、たとえ右立木に対する所有権移転を禁止する明文がないからといつて、右仮処分決定の存在が、右立木に対する強制執行を排除する効力がないとはいえない。

(二)  立木の伐採は、立木に対する所有権の作用としての処分であり、その所有権が第三者に移転すれば、第三者はその伐採権限を取得することとなり、その結果仮処分権利者たる相手方の保全目的は失われることになる。相手方のなした仮処分の趣旨が、立木の現物的保持を目的とするものである以上、その立木に対し強制競売を実施して第三者が伐採し得る権利を取得することは許されない。

(三)  強制競売においては、競落の結果として競落人に所有権が移転すると共に競売物件を引渡すべきこととなるから、本件強制競売と前記仮処分とは、この点において互に相容れないことは明白である。

(四)  抗告人は前記仮処分決定自体が違法であることを抗告理由としているが、仮処分決定の違法を本件手続において争うことはできないから、右抗告理由は失当である。

疏明として

相手方代理人は甲第一、第二、第三号証を提出し、乙各号証の成立を認め、抗告代理人は乙第一、第二号証第三号証の一二、三を提出し、甲各号証の成立を認め、甲第二、第三号証を利益に援用した。

理由

相手方が原裁判所に対し三金興業株式会社を被申請人として仮処分の申請をなし(同庁昭和二十八年(ヨ)第一号事件)、原裁判所が昭和二十八年三月二日右申請に基き、「(一)被申請人(前記会社)は本案判決確定に至るまで別紙目録記載の山林の毛上立木(松及び杉を除く)の中雑木の伐採をしてはならない(二)前項の雑木は本案判決確定に至るまで申請人(相手方)の委任する広島地方裁判所庄原支部執行吏に之を保管させる(三)執行吏は現場に臨み前各項の目的を達するため適当な公示方法をとらなければならない」との仮処分決定をなしたこと、相手方は同月九日執行吏をして右山林に臨み右仮処分の執行をなさしめたこと、抗告人が債務者三金興業株式会社との間の大阪簡易裁判所昭和二十八年(メ)第二〇四号毛織物買受代金支払猶予調停事件の調停調書の執行力ある正本に基き、同会社所有の前示山林に対し強制競売の申立をなし、原裁判所が同年六月四日強制競売開始決定をなした(同庁同年(ヌ)第一号事件)ことは当事者間に争がない。

よつて先ず前記仮処分決定の効力の範囲について考えて見るに、凡そ仮処分は権利保全のため暫定的に為される処分であるから真にこれを必要とする限度においてのみ為さるべきものであることは勿論であつて、例えば繋争の山林の立木についても或は相手方の伐採の危険が差し迫つているときは、伐採を禁止し、伐採の虞れはないが他に売却等の処分をする危険があればその処分を禁止し、又その双方とも危険があるときは、伐採並に法律上の処分を禁止する等各場合の事情に応じて必要と認める限度においてのみ許容せらるべきものであるところ、成立に争のない甲第二号証に徴して明かなように相手方は前示仮処分の申請において前示雑木の権利保全のために被申請会社に対し伐採禁止と共に売買譲渡その他一切の処分を禁止する仮処分を求めてはいるが、それに対して原裁判所は前記のように雑木の伐採のみを禁止しこれに附帯して執行吏の保管に付したに止まり、その法律上の処分は禁止しなかつたのである。これは同裁判所が当時の情況に照らしそこまでの必要はないものと認めたがために他ならないのであつて、この場合相手方代理人主張の如く右伐採禁止によつて当然法律上の処分一切も禁止されたものと解することは到底困難である。従つて、若し被申請会社に右雑木の所有権が属するときは、被申請会社が右雑木を他に譲渡する等の法律上の処分をなしても、右仮処分に違背するものとはいえない。また、右雑木が執行吏の保管にかかる以上その直接占有を他に移転することはできないが、執行吏保管のままで、被申請会社が右雑木の所有権を他に移転することは、右仮処分と何等牴触するものではない。よつて、若し右雑木の所有者が被申請会社であるならば、前記強制競売において、競落の結果競落人が右雑木の所有権を取得し得ることは明らかであつて、たゞ右仮処分の存続する限り、競落人は右雑木に対する執行吏の保管を排除することができない結果、右雑木を伐採し得ないのに止まる。また、競落人は競売不動産の直接占有を移転し得ない場合には競売手続を続行し得ないという理はないのであるから、右雑木に対する前記強制競売が、右仮処分の効力と相牴触する関係にないことは明白である。

しからば、前記強制競売が右仮処分の効力と相容れない関係にあることを前提とする相手方の本件異議申立は、その理由のないこと明白であるから、これを棄却すべきものである。従つて右と異る原決定は失当であるから民事訴訟法第四百十四条、三百八十六条、第八十九条第九十五条を適用して主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

(別紙目録省略)

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