広島高等裁判所 昭和31年(う)20号 判決
しかし競売法による不動産競売開始決定においては民事訴訟法の競売開始決定のように同時に不動産の差押を宣言するものではないが、競売法による不動産の競売も亦一種の執行処分に外ならないから、同法による競売開始決定は担保権者のためにその目的物を差押える効力を生ずるものと解すべきである(大正四年(ク)第五五四号同年九月八日言渡昭和一四年(オ)第五四五号同年九月一日言渡各大審院判決参照)のみでなく、所論の公訴事実は本件の建物に宝産業株式会社に対する被告人の債務のため抵当権が設定してあり、この抵当権に基いて競売手続が開始されその進行中被告人が之を損壊したというにあることが記録に徴し明瞭であり、原判決も右の趣旨に従つて罪となるべき事実を認定しているのであつて、同建物が刑法第二百六十二条にいわゆる「差押を受け」及び「物権を負担し」ていることには相違ないところであるから、之を損壊した以上何れの見地よりするも同条による罪責を免れるわけにはいかない。次に所論は同建物は広島市平和都市建設事業の遂行上移転を余儀なくされていたもので、その所有者野崎シズヱ、占有者小山花枝と広島市長とが協議をなして昭和二十七年七月十日までに移転することを決定していたものである。そして被告人は右野崎の委任を受けて移転工事をなしたに過ぎないから、その工事により家屋が多少損壊したとしても犯罪を構成するいわれがないと主張するのである。なるほど記録に徴すると、本件の建物が広島市平和都市計画による道路敷地上に二、三尺突出していたため早晩之を突出部分だけ後退させるか、或は他に移転する必要があつた事実を認め得るが、一面原判決挙示の関係証拠によれば同建物については昭和二十六年九月十二日上記抵当権の実行による競売開始決定があり、ついで同年十一月十三日最高価競買人有田吉郎のため競落許可決定がなされたところ、被告人が之に対し抗告をなし、昭和二十八年七月十五日広島高等裁判所において抗告棄却の決定がなされ、同年九月五日有田吉郎が競落代金を完納して同人の所有に帰したものであること、及び被告人は競落許可決定後である昭和二十七年五月末頃家屋移転の必要が左程緊迫した状況でなかつたのに拘らず野崎シズエと通謀し、抵当権者或は競落人有田吉郎等の意思を全く無視して同人等の不知の間に、しかも前記突出部分を後退せしめるか或は家屋の損壊を最少限度に止める適切な方法があつたのに拘らず、移転による家屋の損壊を毫も顧慮することなく、杜撰極まる方法で且つ最も安価な請負代金(一万五千円)で移転工事を請負わしめて旋工させたため、右移転により壁は落ち家屋は傾斜し、因つて十万円乃至二十万円の損害を生ぜしめたものであることが認められ右認定に反する被告人の供述乃至供述記載は措信し難く他にこの認定を動かすに足る証左はない。しかも被告人の検察官に対する第一回供述調書に徴すると、右移転工事は被告人所有の該敷地を高価に販売するための不純な動機に由来するものと疑わしめるに十分である。してみれば所論のような事情があつたとしても、被告人の所為が刑法第二百六十二条第二百六十条前段第六十条に該当することは明らかであるから所論は採るを得ない。
(裁判長判事 伏見正〓 判事 村木友市 判事 小竹正)