広島高等裁判所 昭和31年(う)254号 判決
判決理由〔抄録〕
原判決が被告人を有罪と認定した理由の要旨は、被告人は広島県比婆郡東城町帝国製鉄株式会社竹森工場の自動車運転者であるところ、昭和二十九年四月二十三日同会社所有の広第一―一〇五四七号貨物自動車(車長六・六米、車幅二・一四米)を運転し同県双三郡君田村から前記工場に向け進行中、同日午後一時二十分頃時速十五粁にて同県比婆郡西城町大字大佐字五日市の開晃橋を経て橋森謙一方手前にさしかかった際、前方約十二米の道路右端から約一・三米中央寄りを自転車の後部荷台に四斗入米糠一俵(重量三十瓩)を横積にし、且つ長さ一・三八米の鍬の柄をハンドルの上に横たえて握り持ち前方に向け時速約五粁で進行中の迫田砂登(当時三十五年)を発見し、警笛を吹鳴すると共に時速を十粁に減じて同人を追越そうとしたが、同所は幅員四米にして約二度の上り勾配の非舗装道路で、その両側に電柱があり、排水溝を隔てて人家が立並んでおり、迫田が重荷を積載しているので、車長六・六米に及ぶ被告人の運転する貨物自動車が完全に右自転車を追越すまでには、どのような事態(たとえば、自転車が最徐行に移った場合のふらつき、転倒、自動車への接触等)が発生するかもわからないので、このような場合自動車運転者たるものは、先行自転車に追従しながら警笛を連続吹鳴し、先行自転車の下車待避を促すべく、待避しない限り一時追越を見合せ、追越の際にひきおこされることのあるあらゆる事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、不注意にも右注意を怠り、右迫田が減速して漸次左側に避譲し、道路左端から約〇・四五米中央寄りを進行して前記橋森謙一方前にさしかかった際、前記鍬の柄の尖端と貨物自動車との間に約〇・五米の間隔のあることのみをもって、右迫田の右側を安全に通過し得るものと軽信し、漫然前記速度で追越を始めたため、貨物自動車の後輪が右迫田の右側を通過しようとした際、前記鍬の柄の尖端が被告人の運転する貨物自動車の車体左側底部に接触し、右迫田をして自転車もろともその場に転倒せしめ、因って同人に右肩胛骨骨折、第一、二、三、四肋骨骨折、右前腕骨複雑骨折、右肩鎖関節脱臼等の傷害を与え、同日午後五時四十五分同人をして右傷害に基き同町西城病院において死亡せしめたというにある。しかして、原判決挙示の各証拠によれば、被告人が広島県比婆郡東城町帝国製鉄株式会社竹森工場の自動車運転者として貨物自動車運転の業務に従事していたものであること、原判示日時頃原判示の貨物自動車を運転して時速約十五粁で同郡西城町大字大佐字五日市の橋森謙一方手前にさしかかった際、前方約十二米の幅員四米にして約二度の上り勾配の道路右端から約一・三米中央寄りを自転車の後部荷台に俵を横積にし、鍬の柄をハンドルの上に横たえてこれに乗車し、右自動車と同一方向に進行中の迫田砂登の姿を発見し、警笛を吹鳴すると共に時速を約十粁に減じ、右橋森謙一方前附近において道路左端に避譲して進行中の右迫田を追越そうとするにあたり、同人の運転する自転車上の鍬の柄の尖端が被告人の運転する貨物自動車の車体後部左側底部に接触し、これがため迫田がその場に自転車もろとも転倒して原判示の各傷害を負い、原判示の日時に同町西城病院において死亡するに至ったものであることが認められる。
よって、右迫田の運転する自転車上の鍬の柄の尖端が被告人の運転する貨物自動車の車体後部左側底部に接触したことが、被告人の自動車運転者としての業務上の注意義務を怠ったことに因るものであるかどうかについて按ずるに、自動車運転者が自動車を運転して進行中、上述の如き状況下に遭遇した場合に、警笛を吹鳴して先行自転車をして避譲せしめ、自動車との接触を避けて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あることは当然であるが、原判示の如く下車待避のない限り一時追越を見合せる義務があるかどうかは、その際における状況の如何により決すべきことで、直ちに断じ得ないところである。むしろ、進行中の自転車の位置、挙動等に照らし、特に自動車に接触する危険の認むべき状況のない限り、かかる注意義務はないものというべきである。しかるに訴訟記録並びに当審における事実取調の結果を綜合すれば被告人は原判示の貨物自動車を時速約十五粁にて運転し、前記橋森謙一方手前にさしかかり、前方約十二米の道路上を自転車に乗車して進行中の迫田砂登の姿を認めるや時速を約十粁に減じて警笛を数回吹鳴したところ、同人が橋森謙一方前附近に至って道路左端から約〇・四五米中央寄りに避譲しそのまま異状なく進行を継続したので自己の進路をも可及的に右端に寄せた上これを追越そうとしたものであること、その際における被告人の運転する貨物自動車と鍬の柄の尖端との間隔は約五十糎で、道路左端との間にはなお少なくとも約一・六四米の幅員があり、通常自転車に乗車した者が進行するには十分であったこと、被告人において自転車の後方からそのハンドル上の鍬の柄の長さや荷台の積荷の重量を測定することは極めて困難な状況にあったこと、本件事故発生直後ほぼそのままの位置に停車していた被告人の貨物自動車の左側を自動三輪車が難なく通過した事実があり、現に右鍬の柄が上述のように貨物自動車の車体後部左側底部に接触したのは追越を完了しようとした瞬間のできごとで、それ迄は無事に自転車が進行し得たものであること、被告人の目撃し得た範囲においては迫田がふらついている様子もなく且つ進路上に何等の障碍もなかったこと、前記鍬の柄が貨物自動車の車体後部左側底部に接触して迫田が転倒するに至ったのは被告人操縦の貨物自動車のせいではなくその予想に反し迫田が自らよろめいたことの特別事情に因るものであることがそれぞれ認められる。原審証人兼藤馨の供述中、迫田の自転車がふらふらしていたとの点は、原審証人伊藤三治、当審証人坂本富也の各供述に対比し、たやすく採用できないしまた原審及び当審証人藤本康登の指示、供述中被告人が迫田を追越そうとした際における貨物自動車及び自転車の各位置や貨物自動車の停車位置に関する部分は、もしそのとおりであると仮定すればその間隔からして迫田の自転車はその鍬の柄が貨物自動車の車体後部左側底部に接触するまでの間をも通過し得ない結果となるので、これ亦採用し得ないところである。叙上の事実関係から考察すれば、被告人が原判示橋森謙一方前附近において追越を開始した際には、迫田砂登の位置進路挙動等に照らし特に貨物自動車に接触する危険の認むべき状況がなく、その上本件事故発生は被告人の運転位置から到底認識し得ない死角圏内における前記特別事情に基くものであることが明白である。かような事情のもとにおいては、被告人が安全に迫田を追越し得るものと信じ同人の下車待避をまたずして追越をなそうとしたことにつき自動車運転者として咎むべきものありと断ずることは極めて困難なことに属し、被告人に対し原判示の如き注意義務を要求し、且つ本件事故の責任を問うことは、蓋し酷を強いるものとの謗りを免れ難い。