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広島高等裁判所 昭和33年(う)304号 判決 1958年12月24日

控訴人 被告人 松浦甚吉

弁護人 穐山定登

検察官 十河清行

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を刑期に算入する。

理由

弁護人穐山定登の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨第二点(事実誤認)について。

所論は原判示第五の事実の被害者○○○○○は被告人と性交を行う以前に完全に覚醒していて、唯、部屋の暗さ、被告人の声が夫のそれに似ていた等のため、夫と間違つて関係を結んだに過ぎないのであつて当時被害者は刑法にいわゆる抗拒不能の状態にあつたものではないから、これに対し準強姦の認定をしたのは事実の認定を誤つたものであると言うにある。

よつて所論に従つて記録並に証拠を検討するに原審の挙示する被害者○○○○○の検察官に対する供述調書の記載によると、成程右○○○○○は所論の如く被告人が同女の寝床にもぐり込んで来たので眼をさまし、被告人の音声が夫のそれに酷似していたこと、部屋が暗闇であつたこと等より被告人を自己の夫と間違い、二三言葉を交した上、同人と性交に及んだ(但し被告人は射精はしていない)が中途において被告人の動作が平素の夫と相違し且頭髪の様子、服装等が夫と違うため人違いであることに気付き必死の抵抗をしたことが認められる。しかし他面被害者○○○○○は当日相当過労な麦刈りの仕事をしており、その上、夫の帰りを待つため、深夜近くまで繕い仕事をしたため疲労甚しく、被告人が同女の寝床に忍び込んだことにより眼をさましたとは云うものの、未だ頭がはつきりせず暫くは、いわゆる半睡半醒の状態であつたことが窺われ、従つて当時被害者の寝室が消燈されて暗黒であつたこと、被告人の声が被害者の夫のそれに似ていたこと等被告人を自己の夫と間違えたことの他の要素の存することもさることながら、前記の如き被害者の完全に睡眠よりさめ切らない、もうろうたる半睡半醒の精神状態が被告人を自己の夫と思い誤つた主たる原因であつたことは否み難い事実であると認め得られる。

しかして当初より犯人に婦女を強姦する意思があり、しかも被害者が前叙の如き精神状態によつて陥つた重大な錯誤(自己の夫と間違えると云う)に乗じ犯人が其の婦女を姦淫した以上右性交の当時或はその直前には被害者が睡眠より完全に覚醒していたとしても、なお被害者が犯人を自己の夫と誤認している状態の継続する限り右は刑法第一七八条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫したものと解するを妨げないものと謂うべきであるから原判決には所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

論旨第一点(量刑不当)について

よつて所論に鑑み記録並に証拠を検討するに、成程原審の鑑定人村上仁の被告人に対する精神鑑定の結果によると被告人の知能は低く常識も尋常ではない点も見受けられないでもないがさればと云つて右鑑定によるも未だ以て到底刑法にいわゆる心神耗弱者でないことは勿論事理の是非善悪の識別困難な精神状態とも見られざるのみならず却つて被告人が本件各強姦又は之に類する犯行を行うに際りその発覚或は逃亡に備えて常に現場に自転車を携行し或は土足の儘部屋に侵入していること等の比較的周到な犯罪態様殊に原判示第四の犯罪の如きは暗に被害者の母に金銭を与え被害者と関係することにつきその母の了解を得たが如く装い詐欺的手段を弄して強姦していること等を綜合すると被告人の精神状態は必ずしも所論の如き薄弱のものとは云い難く寧ろ通常人に決して劣らない智能を有する点もあることが認められるから被告人の精神状態を前提とする論旨は認め難い。

しかして被告人の本件各犯行の動機態様殊にその回数その他記録に現われた諸般の情状を綜合すると弁護人所論の被告人に有利の事情の総てを参酌するもなお原審の科刑はやむを得ないものと謂うの外はないから論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条、刑法第二一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 林歓一 裁判官 牛尾守三)

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